#32 クリスマスの魔女
クリスマスの季節になった。
地球001から伝わったこの祭り、意味はわからないが、とにかくいつも以上に消費を拡大して、馬鹿騒ぎするイベントということになっている。
子供にプレゼントをあげる風習があるのだが、どういうわけかこの雰囲気にのまれて、カップルがプレゼントを贈りあうのがこの祭りの風物詩だ。
特に12月24日はクリスマス・イブと呼ばれ、そのカップル達のボルテージが一気に上昇する時期だ。どこのホテルもレストランも予約で一杯。なお、この時期は例のタダ券が使えない。
ちなみに翌25日がクリスマス当日なのだが、何故かこの日を境に盛り下がる。本来なら当日券こそ盛り上がるべき日じゃないのか?いったい、地球001ではこの日、何があったのか?宗教的なものだと言われているが、その由来を私はよく知らない。
それはともかく、そんな私も世間にならって、クリスマス・イブにはマデリーンさんにプレゼントを贈ろうと考えている。
実はマデリーンにはこの日、もう1つの特別な意味がある日だ。
それは、マデリーンさんの誕生日なのだ。
昨年は、マデリーンさんとは初めて過ごしたクリスマス。去年のイブには、この日にふさわしいとされるチキンを買ってみた。
だが、これが不評で、かなり文句を言われてしまった。今思えば、帝都チキンにすればよかったのだろう。
で、この時マデリーンさんはクリスマスを知らず、これを誕生日プレゼントだと思ったのだ。そんな出来事から、私はマデリーンさんの誕生日を知った。
というわけで、今年は昨年のリベンジに帝都チキンでも買ってこようかと思っている。
そんなことを教練所の食堂で考えながら昼食を食べていた。前から!声をかけられる。
「男爵様、ご相談があるのですが。」
ヴァリアーノ騎士だ。
「なんだい?」
「実はですね、地球401より伝わるクリスマスというやつで、カトリーヌさんの贈り物を考えているのですが、どんなものがいいんでしょうか?」
実はヴァリアーノさん、カトリーヌさんとの交際を公言している。パイロット候補の自分は、宇宙の船乗りと付き合っている、この上ない幸せだと自慢してるそうだ。
「うーん、そう言われてもねえ…特にこれという決まりがあるわけではないからね、このイベント。」
「そうですか。男爵様は奥様に、何を贈られるので?」
「私は帝都チキンでも買ってこようかと思ってる。マデリーンさんの大好物ですから。」
「なるほど、それはいいですね。でも王国のことわざで『食物は2日、服は2年、宝石は20年、書物は200年』とわれております。価値あるものを贈られるのも、たまにはいいと思いますよ?」
うっ…暗にチキンは価値がないと言われてしまった。他を考えないといけないのか?
だが、うちの魔女にこのことわざは当てはまらない。
あまりいい服を買うと窮屈だと言って脱ぎすてるし、宝石は買ったことがあるが、最初は喜んだもののどこかにしまいこんでしまったし、この間は料理の本が欲しいと言ったので買ったら、今はソファーでの足置きに使っている。
食物2日、服2時間、宝石1日、書物は2分。これが我が魔女の実態だ。食べ物の方がマシだ。
しかし、マデリーンさんが長く持ち続けてくれそうなものってあるんだろうか?あまり考えたことがなかったが、いい機会だから少し考えてみるか。
その夜、マデリーンさんを観察した。
「何よ!?じーっとこっちを見て。」
「いや、ちょっとマデリーンさんを観察しているんだ。」
「何で?」
「マデリーンさんって、いったい何が好きなんだろうって思ってさ。」
突然、妙なことを言うやつだと思ったことだろう。
ちなみにこのとき、マデリーンさんは魔女のぬいぐるみを抱えて、ソファーに寝っ転がったまま帝都チキン味のポテチを食べていた。例によって、どちらもコンビニ限定商品だ。
この魔女のぬいぐるみ、間違いなくモデルはマデリーンさんだ。あのビル上説得事件にあやかって作られたであろうぬいぐるみ。本星では大変な売れ行きだったそうだが、「マデリーン」という名前を使っておらず、マデリーンさん自身も一切ギャラをもらっていない。何というか、商売人の黒い側面を垣間見たようだ。
そんな製品を「コンビニ限定」だからという理由で買ってしまう、うちの魔女。「限定」や「希少」という言葉に弱い。
だが、そういう商品は飽きるのも早い。先日買った核融合炉クマはすっかり飽きてしまった。そういうぬいぐるみが、2階のクローゼットにたくさん詰め込まれている。
なお、魔王のぬいぐるみはすでに3代目だ。あの魔王シリーズの映画は2、3ヶ月に一回新作が公開されているため、その度に魔王が変わる。それを律儀に集めるマデリーンさん。そろそろ飽きないんだろうか?
手に持ったスマホでは、その魔王シリーズが再生されている。このシリーズ、ほんと好きだなあ。
「ちっ!何よ今回の魔王!前回よりも弱いじゃないの!」
突然、魔王に悪態を吐く魔女。そういえば、今回の作品は、魔王より手下の堕天使がメインのストーリー。やたら強い手下に勇者が苦しめられるシーンが印象的だ。が、その分、魔王があっさり倒されてしまうという流れだ。
魔王一択のうちの魔女は、それが気に入らないらしい。手下より弱そうな魔王なんて、魔王じゃないと。
…いかんいかん、観察の趣旨がずれてきた。しかし、こうして眺める分には、マデリーンさんが長く使ってくれそうな何かは見当たらない。
そうこうしているうちに、24日を迎えた。
ここはいつものショッピングモール。今日は平日だが、教練所の帰りに寄ってみた。
表には大きなクリスマスツリーが飾られている。たくさんのキラキラした飾り、電飾に紛れて、液晶で作られたたくさんの短冊が付いている。
ここに、多くのお客さんの願い事が代わる代わる表示されている。クリスマスにはこの短冊に願い事を書くと、叶うとかどうとか言われているので、こういうサービスが行われてるようだ。
噂では、このツリーに短冊という風習は、別の行事の風習が混ざったなどと言われているけど、私が子供の頃からすでに行われていることなので、特に違和感はない。
ただ、王都の人々は違和感を感じているようだ。そもそもこの星にはクリスマスというものはない。だから、この街に来る王都の人々は、このお祭り騒ぎを不思議そうに見ているようだ。
さて、ショッピングモールで最初に行くお店は決まっている。
あの、魔女グッズ専門店だ。
あまり期待はしていないが、もしかすると何かあるかもしれない。覗いてみることにした。
「いらっしゃい!って、ダニエル男爵じゃありませんか!どうされました?」
「いや、うちの魔女にいいクリスマスプレゼントがないかと思って。」
「いいものありますよ!これなんてどうですか?」
シャロンさんが見せてくれたのは、青い石でできた指輪。
「ターコイズっていう石を使った指輪です!魔を退けて幸運を呼ぶ石とされてます!マデリーン様は今日が誕生日だと聞いてるので、12月の誕生石であるこの指輪がお似合いですよ!」
シャロンさん、いつのまにマデリーンさんの誕生日を聞き出したのだろうか?
ライトブルーのさわやかな色のその石、確かに綺麗な色だ。値段も30ユニバーサルドルだし、悪くはない。
とりあえず、この指輪を買うことにした。
ところでこの店には、別の魔女がいた。
「あれ?ダニエルさんじゃないですか?どうしたんですか?こんなお店にお一人でいらっしゃるなんて。」
アリアンナさんだ。
「いや、マデリーンさんにプレゼントを買おうと思って。」
「それでそんなありきたりなものを買ってるんですか。ダメですねぇ。マデリーンからクソ野郎扱いされますよ。」
いつもどこか引っかかる言葉を言う人だなあ。
「…そういうアリアンナさんは、何をしてるんです?」
「私はうちの豚主人にプレゼントを買う為、きたんですよ。ほら、これなんかどうかと思って。」
見せてくれたのは、水晶で作られたドクロだった。一瞬、ぎょっとした。
「ほら、この顎の部分が動いて、口が開閉できるんですよ。この口で、あの豚野郎のあそこをがぶっと食いつかせて…」
何というプレゼントだ。私なら願い下げだ。
「ふっふっふ…アリアンナ、私も同じものを買おうとしてるんだよ。」
シェリフ交渉官、店の奥より登場。一緒にいたのか?それにしても、しばらく見ないうちにさらに太ったようだ。
「これでアリアンナのあの部分にガブっとやると、アリアンナの顔が恍惚とした表情に変わって…」
「きゃーっ!ご主人…そういうのはベッドの上限定で…」
おかしな会話が始まった。そういうことは、家でやってくれ。
で、仲良く2人であの気味の悪い水晶ドクロをそれぞれ1つづつ、計2つ買っていった。私は思うのだが、1つ買って使いまわしたら、ダメなのだろうか?
さて、プレゼントを買った。だが、この指輪、クリスマスというよりは誕生日プレゼントだ。これだけというのも寂しい。帝都チキンでもいいが、他に何かないものだろうか?
ショッピングモール内をうろうろしてると、また魔女と出くわす。
アウレーナさんとジーナさんだ。それぞれ上昇下降と前進回転が専門で、2人一組で一人前という魔女ペアが、仲良く一緒に歩いている。
聞くところによると、このペアは随分と息があってきたようだ。上に乗るアウレーナさんが指示を出し、ジーナさんがそれに合わせて推進する。10トンクラスのコンテナまでは持ち上げられるようで、先日、山間の村に、発電用の中型核融合炉を納品しに行ったらしい。この村、両脇の崖が迫っていて、通常の船では荷下ろしが困難な場所。地上にも船が着陸できるある一定の広さの平地もなく、周囲の道も細いため、大きな荷物が運べなくて困っていたところだったらしい。
「ダニエル殿。何をしている。」
アウレーナさんが尋ねてきた。
「ああ、クリスマスのプレゼントを買おうとしているところなんだ。」
「クリスマス?プレゼント?なんだそれは?」
ああそうか、ここ2人、クリスマスというものを知らないようだ。私は説明する。
「へえ、通りで最近、ここが賑やかなことになってるんですね!でも、なんでクリスマスってえやつがくると、そのプレゼントってものを贈りあうんです?」
「さあ…昔からそういうものだとしか聞いていないから、よくわからないんだ。」
「じゃあ、あっしもアウレーナさんに何か贈り物をしましょうかね!」
「ええ!?ジーナさんが、アウレーナさんに!?」
「そうですよ!あっしの大事な相方でっせ?そんな機会に何か贈らなきゃ、バチが当たるってえもんです。」
「じゃあ、私もジーナに何か贈る。大事な相方。私1人じゃ、今の仕事はできない。感謝してる。」
「ええ?アウレーナさんまで!?」
「何か変か?大切な人同士、贈り物を贈りあう日なんだろ?クリスマスというのは。」
「いや、そうなんだけどね…」
この2人が大事なパートナー同士であることは間違いない。だが、クリスマスにプレゼントを贈りあう間柄かと言われると、少し違う気がしてならないなあ。
「で、クリスマスの贈り物ってえのは、どういったものがいいんです!?」
「うーん、特に決まりはないようだ。指輪だったり、チキンだったり、豪華な食事だったり。子供の場合は、おもちゃを贈るそうだよ。夜にこっそり、枕元に置くんだそうだ。」
「へえ、それまたなんで?」
「サンタという人が年に一度、宇宙中の子供にプレゼントを贈るという言い伝えがあるらしい。それで、親がこっそりとサンタの代わりに、プレゼントを枕元に置くんだそうだよ。」
「へえ、直接渡しちゃダメなんで?」
「朝、子供が目を覚ますとプレゼントがあると、思わぬ贈り物に驚くだろう?そういうのを見るのが親は楽しいらしい。」
「そんなもんですかね?だって、せっかく親が子供のためにおもちゃを買ってやったのに、そのサンタとかいうやつの手柄になっちまうんですよね?なんだか、おかしくねえですかい?」
そういう解釈をするか。言ってることは一理あるが、昔からサンタの贈り物だということにするのは当たり前だと思っていた。私だって子供の頃は、枕元にプレゼントがあって喜んだものだ。
早速、2人でお互いのプレゼントを探してみるそうだ。まあなんにせよ、お互いの仲が良くなればそれでいいか。
不思議なカップルの次は、わりとまともなカップルの登場だ。
アイリスさんとアランさんだ。
「ありゃ?ダニエルさん、今日は珍しく1人ですか?どうしたんです?」
「ああ、マデリーンさんのプレゼントを探しているんだが…」
「ええ!?まさかマデリーンさんにサプライズなプレゼントを仕掛けるんですか!?羨ましいですね!」
「ま…まあね。アイリスさんは違うの?」
「ご覧の通り、一緒にお互いのプレゼントを探しているところです。外れはない分、サプライズもないなあって。」
「そうなんですよ~一緒にアイリスさんの下着を選んでしまったら、サプライズも何もあったものじゃ…痛て!」
アランさん、アイリスさんに殴られている。相変わらず、空気を読めないようだ。
「…で、アイリスさんへのプレゼントはたった今分かりましたが、アランさんには何を買うんです?」
「ええ、それがその…妙なものを欲しがっててですね。」
「妙なもの?」
「Tシャツなんですよ。」
「Tシャツ!?」
確かに変わっている。今は冬だ。なのになぜ、Tシャツ?
「ただのシャツじゃないんです。なんかこう、文字が書いてあるやつで、こういうのをたくさん集めてるんですよ。」
アイリスさんのスマホを見せてもらった。そこには、おびただしい数のTシャツがある。
それらのシャツには「質実剛健」だの「一日一善」だのと書かれてる。なんだ、これは?
「こういう格言的な文字ばかり書かれたシャツが大好きなんですよ。で、今この先のお店に新たなシャツがあるというので、買いに行くところなんです。なんでも、あと1枚集めると100枚になるらしいですからね。」
このシャツ、すでに99枚もあるんだ。ちなみに、今度買おうとしているシャツに書かれた文字を教えてもらったのだが…「魑魅魍魎」だそうだ…読めない…
「いやあ、こういうシャツ、かっこよくないですか?」
というアランさんの感性は、正直私にはよくわからない。
2人仲良く服売り場に行く。あれだけドン引きな趣味を見せつけられても、アイリスさんもアランさんとああやって手をつないで歩けるのだから、この2人は相当仲良くなったものだ。
いろんな人とすれ違ったが、肝心のプレゼントは見つけることができず。結局、帝都チキンを買って帰ることにした。最近は、このショッピングモールでも帝都チキンが売られるようになった。
プレゼントを抱えて家路に向かう。誕生日兼クリスマスで、マデリーンさんをお祝いだ。
で、公園の前を通ったその時、正面から凄まじい速度で飛んでくるものがいた。
私の頭上を通り過ぎる。それは、公園入り口を過ぎたあたりで止まる。
マデリーンさんとミリアさんだ。またスピード対決しているな。
「なんで??なんで追いつけないの?」
「どうよ!これが私の実力!そろそろ諦めたら?」
2人とも、最適化スティックを持っている。つまり、マデリーンさんは多分、時速90キロを出していたことになる。
やや遅れたとはいえ、ミリアさんも結構な速度が出ていた。さすがは魔女の能力を引き出すために作られたスティック。ホウキと比べると見た目はただの棒で貧弱に見えるが、効果は大きく、時速5キロは増速してくれる。
だが、ここは街中。そんなところで時速90キロは出しちゃいかんでしょう。いくら空飛んでても、スピード違反にならないか?
「おお!やっぱりミリアよりはマデリーンさんの方が速いな。」
などと能天気に感想を述べているのは、ミリアさんの夫、エイブラムである。
「…あんまりこういうことは、させちゃまずいだろ?」
「そうか?空だし、いいんじゃねぇ?」
まあ、マデリーンさんはしょっちゅう宇宙港付近を時速85キロで飛んでいるが、今のところ管制から怒られたことがない。元々魔女が飛ぶ星だからということで、よほど危険な行為をしない限りおとがめはないようだ。
「なんだ、あんた帰ってたの。」
マデリーンさんは私を見つけて、やってくる。
「マデリーンさん、なんでここでミリアさんとまた競走してるの?」
「ああ、近所のコンビニでばったり出くわしたのよ。で、このスティック同士で勝負しろって言うから、相手してやったのよ。」
飽きずによくやるものだ。いい加減、諦めないんだろうか?
「うう…やっぱり太ったのかな…」
落ち込むミリアさんに、エイブラムが寄り添う。
「そうか?今の方がいいぞ。以前のお前はちょっと痩せすぎで、抱きづらかったからな。」
「ほんと?今の方が好き?」
「決まってるじゃないか。さ、レストランの予約に遅れてしまう。行こうか。」
などと言いつつ、仲良く2人で去っていった。
「ところであんたさ、何持ってるの?」
「ああ、これ。マデリーンさんへのプレゼントだよ。」
「えっ!?プレゼント!?なになに!?」
急に嬉しそうな顔になる。
「マデリーンさん、今日が誕生日だし、クリスマスイブだから、買って来たんだよ。」
「あ、そうか。そういえば、地球401では、そんな習慣があるといってたわね…」
しばらく考え込むうちの魔女。突然、こんなことを言い出す。
「一緒に空飛んであげようか!」
「ええ?今から、宇宙港に行くの?」
「何言ってんの、私があんたを乗せて飛ぶのよ!私からのプレゼント!」
「ええっ!?だ、大丈夫なの?前に乗せてもらった時は、重いって言ってたし…」
「今はいけるのよ!さ、乗って!」
言われるがままに、私はマデリーンさんの後ろにまわる。
すると、ふわっと浮かぶ。みるみる上昇して、家の屋根の高さを超える。
「アウレーナに聞いたのよ。ここんとこに力を入れてると、重いものを軽々と持ち上げられるって。」
なるほど、アウレーナさんに技を伝授してもらったのか。例のスティックや地球401の研究機関に行った時の成果もあるんだろうが、以前とは比べものにならないほど力強さを感じる。
上空100メートルくらいに達しただろうか。街の灯りが星空のように見える。その向こう、王都の反対側は灯りがほとんどなく、本物の星空が見える。
私はあの星空からやって来た。そして今、マデリーンさんと一緒に飛んでいる。
この星空を、私は一生忘れない。最高のプレゼントだ。
ところで、今回買ったプレゼントのその後だが。
帝都チキンは食べてくれた。やや皮が柔らかすぎだのと文句を言っていたが、あっという間にたいらげてしまった。
ターコイズ指輪は大喜びだった。が、翌日にはどこかにしまいこんでしまったようだ。
チキン30分、指輪12時間。これが、今回のプレゼントの効果持続時間だ。




