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#3 正義の砲撃長と貴族の落とし子

 舞台の方を見ると、誰かが上がってきた。どうやらここを仕切る主人のようだ。


「さあ、本日最高の品をお見せ致します!なんと、貴族の娘ですぞ!」


 そう言った直後に、屈強な男に引きずられて、女の人が登場した。小柄だが、ちょうどマデリーンさんと同じくらいの歳の娘さんではなかろうか。あの主人は貴族だと言っていたが、顔立ちは確かに綺麗だ。


 ある程度、布で隠してはいるが、手や首には枷がかけられているのが分かる。舞台に立った主人は、その鎖の先を握りしめている。


「さあ、200から参りますよ!」


 すると舞台の下から声が上がる。300、500と高値がつけられていく。


「1600まできました!もういませんか?」


 なんだか盛り上がっているようだが、この場所は私とマデリーンさんにはかなり刺激が強すぎる。すぐに立ち去ろうと2人は歩き始めた。


 すると突然、どこかで聞き覚えのある声がする。


「2000だ!2000ユニバーサルドルだ!」


 最高額を上回る金額が出た。そのまま、その声の主に競り落とされたようだ。


 立ち去ろうとしたものの、声の主が誰か気になった。舞台に上がったその声の主を見たが、後ろ姿でよく分からない。


 お金を渡し、主人に鎖を受け取ったようで、その男は競り落としたその娘とともに降りてきた。


 なんだか、とっても嫌な予感がする。その声の主が気になる。それは、私の知ってる人だ。


「どこに行くの!?」

「さっき競り落とした相手を探す!ちょっと気になることがあるんだ。」


 マデリーンさんの手を引き、人混みをかき分けて、その人物を追いかける。


 その人物は、裏通りを少し奥に行ったところで立ち止まっていた。


 その人物をみて愕然とした。それは、私の所属する駆逐艦6707号艦の砲撃長、ミラルディ大尉だった。


「ほ……砲撃長!こんなところで何やってるんですか!」

「おう!ダニエルか!いいところにきた!」

「さっきの店……あなた、あれがどういう店かご存知なのですか!?」

「分かってるよ!分かってるんなら、お前もちょっと手伝え!」

「はぁ!?」


 我々軍人が「人」を所有することは禁止されている。当たり前だが、我々は地上にいる人々を守るのが使命の軍人だ。にも関わらず、この砲撃長はなんと人身売買に手を出てしまった。


 それにしても、人一倍正義感の強いはずの砲撃長。その砲撃長が、どうしてこんなことを……


 と思っていたが、何やらごそごそとやっている。


「ここ手枷が……外れないんだよ!おいダニエル中尉!そこ持ってくれ!」

「は……はい!」


 どうやら、この奴隷さんの拘束具を外そうとしてるらしい。


「あの……砲撃長?これ外してどうするんですか?」

「決まってるだろう!この娘を解放するんだよ!」


 ああ、そうか。ようやく合点がいった。正義感の強い砲撃長殿は、この娘を自由にするために競り落としたんだ。


 この制度には異論があるものの、ここは帝都だ。人身売買は帝国の法律で禁止されてはいない。このため、我々はこの行為に文句は言えない。


 だから、売られている人を救うためにはこうするしかない。合法的に正義を貫くには、競りで落とす他に方法がないのだ。


 もっとも、それで救えるのは一人が限界。2000ユニバーサルドルという価格は、下手な大型家電が一つ買える金額だ。ぽんぽんと出せる金額ではない。


 私も手枷を外すのを手伝った。錆びついてるようで、なかなか外れない。


「ひでえことしやがる……相手は人間だぞ!?どうしてこんなものつけられるんだよ!」


 こういうところはやっぱり砲撃長だ。この人、声が大きくてややおっかない人だと評判だが、少なくとも私利私欲で非道なことに手を出そうなどということは考えない人だ。だから、あの光景を見て我慢ならなかったのだろう。


 何とか手の方は取れた。今度は首だ。こっちはあまり錆びついていなかったようで、すぐに取れた。


「おい!痛いところはないか?」

「は……はい、大丈夫です。」

「帰るところがあれば連れてってやる。確か、貴族の娘だとか言ってたが、その貴族のところに行けばいいのか?」

「いえ、そんなところに行ったら、またあの舞台に逆戻りです。私には、帰るところがないんです……」


 少し詳しい事情を聞いた方が良さそうだ。裏通りで立ち話もなんだし、この奴隷さんもろくなものを食べていない様子。カフェ風のお店があったので、お茶とお菓子を食べながら、話をすることにした。


 その店の椅子に座り、蜂蜜味のお菓子を彼女にあげる。彼女はまだ怯えているようだったが、我々のことを少し信頼してくれたのか、またお菓子を食べて少し落ち着いたのか、彼女自身の話を始めた。


 彼女の名はエドナ、20歳。マデリーンさんと一つ違いだ。


 あの奴隷商の言う通り、貴族の娘というのは事実だ。ただし貴族の娘といっても、貴族と使用人との間にできた子供らしい。


 そのため、長らく屋敷の片隅でひっそりと暮らしていたそうだが、3年ほど前に母親が亡くなり、ますます居場所がない状態だったそうだ。


 で、疎まれ続けてついに人身売買に出されてしまった。そして、砲撃長に競り落とされる。で、今に至るというわけだ。


 そんな境遇では、元の貴族の屋敷に戻しても、悲惨な運命しかないだろう。


 この話を聞いて、一同困ってしまった。


 マデリーンさんによれば、こういう話はよくあることらしい。王国貴族でも、こういう落とし子の話が絶えないそうだ。


 どこか帝都で引き取ってもらうところがないかと考えた。一応、孤児を引き取ってくれるところがあるようだ。が、そういうところはあの奴隷商とつながってることが多いと、マデリーンさんは言う。


 王都や帝都で仕事を見つけて自活するというのも考えたが、そのためには住むところと仕事を探さないといけない。しかしそんなものは急に見つかるはずがない。


「俺の家の2階が空いているから、そこに住むという方法ならあるぞ。」

「いや、砲撃長殿、その前にどうやって彼女の居住許可を取るんですか?」


 宇宙港の街は、いわば治外法権の街だ。


 あの領域だけ、法律や税制に関して地球(アース)401ということになっている。


 そのため、居住に関してかなり厳しい条件が課せられている。住めるのは、地球(アース)401出身者か、その配偶者、または特別に居住許可を受けたもの、これだけである。


 マデリーンさんがあの街で暮らせてるのも、私の妻だからだ。


 もちろん、この星の人間がそう簡単に居住許可を取ることはできない。簡単に居住許可が得られれば、政治闘争に敗れた貴族や、あるいは犯罪者がひょいひょい亡命してきてしまう。


 いや……待てよ?こういうことをよく知っていそうな人がいるぞ。


「ちょっと待っててください!今、ロレンソ先輩に電話してみます!」

「おい、あんなやつに電話して、どうするんだ?」

「実はロレンソ少尉、配偶者でもないこの星の住人と住んでたんですよ、最近まで。」

「なに!?あの男、そんなことをしてたのか!?何という不埒なことを…」


 今からその不埒なことをやろうとしている男が、人のことを言えた義理はないと思うんだが、ともかくロレンソ少尉に聞いてみることにした。


 ロレンソ少尉が同居していた相手とは、サリアンナさんのことだ。


 つい最近、ロレンソ少尉とサリアンナさんは婚姻届けを出したのだが、その前からあの2人は同居していた。サリアンナさんが恥ずかしがって婚姻届けになかなかサインをしなかったのが原因でそんなことになっていたようだが、今思えば婚姻届けを出すまでの間、どうやってサリアンナさんの居住許可を取っていたんだろうか?


 ところでロレンソ少尉は、階級は私よりも下だが、私の2つ先輩にあたる人だ。


 要領が悪くて、今ひとつ仕事ぶりを評価されていない。それが出世していない要因だ。


 だけどこの人は意外に器用だ。要領が悪いのに器用。変な感じだけれど、実際にそうなのだから仕方がない。


 妙にいろいろなことを知っている。まるで歩く辞書のような存在だが、知りすぎているがゆえに、いざ自分の仕事ではあれこれ考えてしまうのか、混乱してすすまない。そんな感じの人物だ。


 この知識の多さゆえに、彼の所属する整備科ではよく頼られているようで、決してダメな人ではないんだけれどなぁ……


 っと、そんなことを考えてる場合ではない。そのロレンソ先輩に電話するんだった。


 電話をかけると、ロレンソ先輩はすぐにつながった。


 砲撃長の事情を話した上で、サリアンナさんの居住許可をどうやって得ていたのかを聞いてみた。


 すると、さすがはロレンソ先輩、やはり裏の手を知っていた。


 先輩によれば、まず王都や帝都にある「紹介所」というところに行く。


 地球(アース)401の政府は、この星の地域経済を活性化させるために、現地住人を積極的に雇うことを推奨している。


 これは企業だけでなく、個人でも使用人を雇って、家事手伝いをしてもらうことが勧められている。このため、この星の都市には現地の人を登録し、我々にその登録者を紹介してくれるところがある。これが紹介所だ。


 この紹介所に行き、一旦エドナさんを使用人登録する。そして今度は、エドナさんを住み込みの使用人として雇うことにする。その後、宇宙港の街にある事務所に行って、紹介所で発行された使用人登録証を見せれば、居住許可証を発行してくれる。


 まさに政府の政策を逆手に取った裏の手コンボ。登録料は取られてしまうが、これなら極めて簡単にエドナさんの居住許可を得ることができる。


 この手を使う人は意外と多いようだ。砲撃長と同じように奴隷市場に正義感をくすぐられて、奴隷を買ってしまうということはよくあることらしい。だが、人身売買されるような人は大抵帰る場所はない。そこで、この裏の手コンボを使って自分の家に引き取るようだ。


 最近の奴隷商もその辺りをよく心得ていて、敢えて我々のような地球(アース)401出身の人間がよく来る場所で競りを行ってるらしい。


 そういえばこの場所、帝都宇宙港の街とつながる城門のすぐそばだった。なるほど、あの商人は最初から砲撃長のような人物の登場を狙っていたのか?


 ついでに先輩が教えてくれたのだが、競りのほとんどはサクラらしい。値段が上がっていくのを見ると、我々にはとてつもない嫌悪感が出る。すると、それを上回る値段で競り落とす奴が出て来る。


 つまり、砲撃長はまんまと引っかかったというわけだ。


 だが、砲撃長は特に気にしていない。


「1人の人間を救えたんだ。他にもそうやって奴隷を競り落として助けている連中がいると聞けば、俺も安心だ。でないと他の人間を救うために、俺はもう一度あの舞台に行くところだった。」


 私もいたくらいだし、我々の星の人間は他にも大勢いるはずだ。だから、他の人も救われているに違いない。そう思うしかない。


 それにしてもロレンソ先輩、よくこんなことを知ってるものだ。いったいどうやって調べたのだろうか?


 聞いてみると、ネットで調べればこんなことはすぐにわかるそうだ。確かに、奴隷市場で検索するとそういう情報がぞろぞろと出てきた。なんだ、まずスマホで調べればよかったんだ。


 ということで早速、砲撃長殿は紹介所に行くことになった。エドナさんも一緒だ。


「私のようなもののために、何から何までしていただいてありがとうございます。あの……よろしければ、お名前を教えてください。」

「私の名はダニエル。王都のそばの宇宙港で、パイロット養成の教官をやってます。そしてこっちにいるのは私の妻、マデリーン。」

「そうですか……って!マデリーン様って、もしかして、魔女のマデリーン様ですか!?」

「ええ、そうよ!『雷光の魔女』マデリーンよ!」

「ええっ!?てことは、あの王国で最速の魔女といわれるマデリーン様ですよね!?」


 エドナさんから、いきなりマデリーンさんの名前が出てきた。それほど有名なのか、マデリーンさんは。


「よく知ってるわね、そんなことまで。」

「うわぁ、本物に会えるなんて、私とても感動しました!戦場でも活躍した女性として、私にとっては憧れの人だったんですよ!またお会いしたいです!」


 感動しているエドナさん。だが、私は一言忠告する。


「いいけど、マデリーンさんは結構めんどくさいところがあるから、気をつけた方がいいよ。」

「うるさいわね!せっかく私を憧れてるという人だって言うのに、変なこと言わない!」

「いや、現実を知るものとしては忠告しておきたいと思ったんで…っと、ところで砲撃長。今この帝都はお祭り騒ぎ。もしかしたら、紹介所はやってないかもしれませんよ。」

「なあに、ここがダメなら王都に行くまで。なんとかなるさ。じゃあエドナさん、行きますか。」

「はい!ご主人様!お願いいたします!」

「……うん、ご主人様というのはちょっとな……ミラルディでいいよ。」

「ではミラルディ様!お願いいたします!」


 少し元気になったようだ。さっきまではただの人形のようだったが、今はすっかり人間らしさを取り戻したようだ。


 街の奥に消えて行く砲撃長とエドナさんの後ろ姿を見送った。それを見ていたマデリーンさん。


「ねえ。」

「なに?」

「あの2人さ。」

「うん。」

「……なんとなく、お似合いだと思わない?」

「そうかな?背丈も性格もまるで違うし、あまり似合っているようには……」

「魔女の勘ってやつよ。絶対あの2人、すぐに一緒なるような気がする。」

「そうかな、私のパイロットの勘も、そうじゃないって言ってるよ。」

「ちょっと!魔女の勘の方が強いんだからね!私の方が上よ!上!」


 こういう、どうでもいいところで張り合いたがるのが、彼女の可愛いところでもある。


 再び表通りに出た。ワインを何本か買って、駐車場に戻って車に乗り、家に向かう。


 自動運転の車に乗りながら、窓の外を見て思った。砲撃長はうまくいったのだろうか?この先もうまくやれるんだろうか?


 マデリーンさんと話そうと思ったが、彼女はすっかり寝ている。私の3倍は飲んでいたからな、ワインを。そりゃ寝てしまうだろう。


 橋を超えたあたりで日が沈んだ。あたりはすっかり真っ暗だ。まだ街明かりがほとんどないこの付近は、星が綺麗に見える。


 銀河系が見える。我々のもつ技術のほとんどをもたらしてくれた星である地球(アース)001では、この銀河系の星の集まった部分を「天の川」と呼んでいるそうだ。確かに、川のようだ。


 光り輝く多くの星には、まだ我々が見つけていない星があって、そこではエドナさんのような人がたくさんいたりするんだろうか?


 私はこの星の人たちに航空機の操縦を教えているが、いずれこの星の人々も他の未知の惑星にたどり着き、今の我々のように宇宙への進出を進めることになるだろう。そのことが、まだ見つかっていない星に住むエドナさんのような人を救うことになるはずだ。


 だから、私は私の仕事を実直にこなすことにしよう。夜空を見上げて、そう思った。

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