#29 貴族の魔女と失言パイロット
モイラ少尉から、宇宙港ホテル20階にあるレストランのタダ券を2枚よこせという連絡が来た。
なんでも、ヴァリアーノ、カトリーヌ両人のデートをコーディネートすることになったからだそうだ。
先日、この2人の関係を暴いたモイラ少尉、早速ヴァリアーノさんに証拠を突きつけた後、2人の関係を盛り上げてあげましょうと持ちかけたらしい。
で、その話にヴァリアーノさんは乗ってしまった。自分は地球401の人の習慣に疎いから、是非ともお願いしたいと言ってきたそうだ。
デートの夜のディナーに、あのお店は最高なんだそうだ。だから、タダ券が欲しいとおっしゃる。
「大尉殿は教官として、また男爵として、ヴァリアーノ騎士殿への義理が果たせることになるでしょう?」
などと言ってくる。
モイラ少尉にこのタダ券の存在を教えたのは間違いだったか?でも、まだ10枚以上あって、正直使いきれない。不思議と私があのお店に行くと、なぜかタダ券が増える仕組みだ。減る気配がない。
ならば、モイラ少尉に活用してもらった方がいいだろうということで、6枚渡しておくことにした。
「いやあ、さすがは男爵様!ありがとうございます!じゃあ、残りの4枚は別のペアに使わさせていただきますね!」
教練所の食堂でタダ券を渡した。モイラ少尉、とっても嬉しそうだ。でもこの調子で、今後もたかられるのかなあ…
それにしてもモイラ少尉、相変わらず他人の恋愛のお世話をするのが楽しいらしい。でも、たまには自分の夫のこと、思い出してあげてください。
さて、また華の土曜日がやってきた。最近は領地に行ったり、社交界に呼ばれたりと、することが多いのだが、今週は珍しくフリーだ。
マデリーンさんと2人きり!今日は楽しむぞ!
と、気合を入れてやってきたのは、いつものショッピングモール。
今、例のハンバーグ専門店のハンバーグを食べているところだ。
このあとは雑貨屋を巡回して、音楽ショップで最新の曲をチェックして帰る予定。なお、午前中は映画館に行って新作のチェック、そのあとはロサさんのショーを見ていた。
自分で言うのもなんだが、他にすることはないのだろうか?この夫婦。行動パターンが固定されてきたように思う。
一方のロサさんは、魔法少女以外にも手を出し始めていた。今やってるのは、新型車の紹介。どこかの車会社に頼まれたようだ。
空から舞い降りる魔法少女、その下にゆっくりと現れるその新型車。
屋根が開いて、その中に舞い降りる魔法少女。そこで、この車の紹介が始まる。
突然、車が持ち上がり、客席からは車を真上から見たようなビューになる。
さらにそのまま裏返って、車の下回りが観客に向けられる。見えないところも美しいと言いたいようだ。
魔法少女がオープンカーに舞い降りるのも斬新だが、車が急に持ち上がるのはかなり意表を突く演出だ。
もちろん、これをやってのけるのはペネローザさん。このイベントでは、2人の魔女が共演していたのだ。
なんだか、魔女を使う必然性がない気がするけれど、結果これだけ観客がたくさん集まるのだから、車会社の思惑通りとなったようだ。
そんな午前中を過ごして、今こうしてハンバーグを頬張っているうちの魔女。このワンパターンな生活を刷新するには、こいつにも何かショーをやらせた方がいいんだろうか?
などと考えていたら、意外な人物と遭遇した。
アンリエットさんだ。あのコルネリオ男爵の娘、二等魔女のお嬢様だ。
「あ!」
あちらもこっちを見つけて、声をあげた。
このお嬢様、いかにも王都でよく見られる丈の長いワンピース姿で、ここでは一目で王都の人とわかる格好。手に持っているのは、クレープだ。
「ど、どうしてダニエル様がこんなところに…」
「いえ、ここはうちのご近所なので…」
「あ、そ、そうなんですか…いや、こんなところで知り合いの方と会うなんて、思ってもいなかったものですから…あの、ご一緒してもよろしいですか?」
「はい、いいですよ。」
私も、貴族のお嬢様がクレープを持って現れるとは思わなかった。でも、よく考えたら、ここでよくイレーネさんを見かける。もっとも、イレーネさんはタコヤキを抱えてることが多いが。
「あの、コルネリオ男爵殿も一緒なのですか?」
「いえ、父上は今、領地の視察なのです。それで私、抜け出してきたんです。時々、父上の目を盗んでここに来るんですよ。」
「そうだったんですか、でもどうやって?」
「王都からこっちまでバスというものが走っていて、銅貨1枚でここに来られるということだったので、思い切って出てきたんですよ。すると、見たこともない食べ物ばかりが売られているこの社交界のような場所を見つけてですね。」
イレーネさんもそうだが、ここってそんなにあの社交界と似ているか?
「ここはほんと美味しい食べ物ばかりですね。おかげで何度もきてしまうんです。」
「そうよ!ここのおすすめはやっぱりこのハンバーグ!美味しいよ!」
マデリーンさん、男爵のお嬢様に早速ハンバーグを売り込み出した。
「そうなんですか?まだ私、ここの食べ物の多くを知らなくて…でも今はこのクレープというのが気に入ってしまって、いつも食べてるんです。初めて来た時に、匂いにつられて買ってしまったですが、甘くて美味しいんですよ。」
甘い物好きのようだ。そういえば、クレープ屋はまだ王都では見かけないなあ。
「ところで、お父上はこの街に来ることは、やっぱり反対なんですか?」
「いえ、そういうわけではないんです。父上とは時々来ますよ、馬車で。」
この街、馬車も入れるんだ。そんなの見たことがないから、知らなかった。
「でもこのお店には来ないんです。大抵はこちらの商人の方との打ち合わせで来るだけなので、何処にも寄らず帰ってしまうんです。だから、このお店が気になって仕方がなくて、とうとう1人で来てしまったんですよ。」
「じゃあ、別に反対というわけではないんですね?」
「いや、分からないです。1人で街に行ってもよろしいですか?なんてとても聞き出せないので、つい黙って来てしまうんですよ。」
「他の貴族のご令嬢はどうなんですかね?」
「反対されているところが多いと聞きますね。娘に万が一のことがあったら、どうするんだと思っている方が多いようですから。でも、ここは王都に比べて危険なところではないのですけどね。」
クレープを食べながら語るアンリエットさん。確かにこの街で、アンリエットさんのようにいかにも貴族のご令嬢という格好の人は見かけたことがない。
やっぱり、格式がどうとか言って反対してるんだろうか?ここは身分など御構いなしな公共の場。時々イレーネさんという公王のご令嬢がうろついているが、誰も気遣いなどしない。そんな場所だから、貴族の方には到底受け入れられないのだろう。
でもアンリエットさんくらいの年齢の人なら、こういう世界に興味津々なはずだ。実際にアンリエットさんのように飛び込んで来る人もいる。
でも、もうしばらくすれば、貴族のご令嬢も徐々にこのショッピングモールにやって来るかもしれない。わりと大人しいアンリエットさんでさえたどり着いた道、他のご令嬢だって、その気になれば、親の目を盗んで来るのではないか?
などと考えていたら、もう1人、知り合いがやってきた。
「あれ!?男爵様じゃねえか。何してんだ、こんなところで?」
同じパイロット養成の教官をしているフレッド中尉だ。
駆逐艦6705号艦に所属するパイロットで、珍しく複座機も乗れる。このため、複座機を使った限界訓練はこいつが担当している。
「見りゃわかるだろう、昼食食べてるんだ。」
「魔女の奥さんと一緒に?羨ましいねえ。」
「ハンバーグ美味しいわよ!ハンバーグ!」
「いやいや奥様、私のようなカス野郎には、これが一番なんです。」
やつが抱えてるのはハンバーガー。歩きながら食ってやがったようで、もう食いついた跡がある。
「ところで、こちらにいらっしゃるお方はどちら様?」
「ああ、こちらはアンリエットさんと言って、王都の方だ。」
「ええ!?もしかして、魔女さんですか!?」
マデリーンさんも一緒にいるし、私に魔女の知り合いが多いことを知ってるから出た言葉だろう。でも、たまたま図星だったため、一瞬アンリエットさんの顔に緊張が走ったように見えた。
「…はい…そうです。」
なんとアンリエットさん、魔女だとあっさり認めてしまう。
「ええ!?本当に魔女さんだったの!?空飛べたりするの!?」
「いえ、私は二等魔女だから、空は飛べなくて…」
「なーんだ、飛べないのか…つまんないなぁ。」
今度は私にも緊張が走った。なんてこというんだ!この男は。
アンリエットさんの顔がみるみる泣き顔になっていく。とうとうその場を飛び出してしまった。
「え?あ!あの!」
狼狽するフレッド中尉。
「バカ!!彼女は王国の男爵殿のご令嬢だぞ!なんてこというんだ!お前は!」
「えっ!?あっちは本物の男爵様のご令嬢なの!?やば!ちょっと俺行ってくるわ!」
私も本物の男爵なんだが…いや、今はそんなこと言ってる場合じゃない。私もマデリーンさんも食器を片付けて、急いで後を追う。
フードコートからちょっと行ったところにある自販機コーナーに、アンリエットさんとフレッド中尉がいた。
「…いや、つまらないだなんて行って悪かった…申し訳ない…」
「…せっかく勇気出して言ったのに…いうんじゃなかった…魔女だなんて…」
あーあ、すっかりトラウマになってしまったぞ。アンリエットさん、もうこの街にこないかもしれない。
「いや、俺みたいなやつの言うことを真に受けちゃいけませんよ、お嬢様!だいたい休日にはすることがなくて、ゲーセン通いしてるような下賤の身ですから!」
もしかして、今笑うところだったのか?だが、この雰囲気ではとてもそんな気にはならない。
「…ゲーセンって、何ですか?」
ほら、通じなかった。ますます不機嫌そうだぞ、アンリエットさん。
「えっ!?ゲーセンを知らない?あんなに楽しいところなのに!?」
「知りませんよ!どうせつまらない魔女ですから…」
根に持ってるぞ、アンリエットさん。
「ゲーセン、そこは、みんなが魔法使いになれる場所…王女様に変身したり、空を飛んでみたり、魔物を倒したり、まるで夢のような世界なんです。」
「えっ!?魔法使いに!?なんですか、それは!」
あれ?魔法使いという言葉に反応したぞ、アンリエットさん。
「私のような、つまらない魔女でも、魔法使いになれるんです?」
「だから『つまらない』はもう撤回させてくださいってば…いいですよ、ではお詫びに、お嬢様をその夢の国にご招待致します。このゲーセンの身のわたくしがご案内いたしますよ。」
「ぜ、是非お願いします!」
こんなつまらないやつの口車にのせられて、すっかり乗り気になったアンリエットさんを、やつはゲームコーナーに連れていってしまった。
私とマデリーンさんも心配なのでついていく。いいのか?魔法の世界だなどと言ってしまって。
まず彼女を連れて行ったのは、3Dプリクラマシン。
中に入ると、3Dホログラフィで服が変わる。それを撮影したり、3Dスキャンでスマホに取り込めるマシンだ。
アンリエットさんが中に入る。すると、真っ白なドレスと小さな冠が、アンリエットさんの身体に表示された。
我々からすれば、なんてことのないホログラフィ技術を使った子供騙しな機械だが、アンリエットさんはこの機械にすっかり感動してしまった。
他にも青いドレスや女剣士、様々な格好をしては撮影されていた。
夢のような姿で撮影した何枚もの写真を抱えて、すっかりご機嫌なアンリエットさん。
「では姫!今度は魔物を倒しに参りましょうか。」
「えっ!?魔物!?そんな怖いものがいるんですか?ここは。」
「大丈夫ですよ、このわたくしが守ってご覧に入れますよ。」
調子のいいこと言って、どこにいくのかと思いきや、そこは大型のシューティングゲームだった。
複座機に乗って、空を舞うドラゴンを撃墜するというゲーム。3Dグラフィックとの組み合わせで、臨場感たっぷりだ。
カップル用に2人分の座席が付いているが、別に後ろの席の役割はない。ただ、きゃあきゃあわめいていればいい席だ。
その席にアンリエットさんを乗せて、フレッド中尉は前に乗って操縦する。
ゲームスタート。いきなりたくさんのドラゴンが現れた。やつめ、上級で始めたな。
あまりに大量の魔獣が現れたので、アンリエットさんはびっくりだ。座席だと臨場感たっぷりの画像だから、いきなり周りをドラゴンに囲まれたような、そんな感覚に陥ってるはずだ。
ところがこのドラゴンの攻撃を巧みにかわして、次々に撃墜するフレッド中尉。攻撃を紙一重でかわす中尉。よく考えたら、やつは我がチーム艦隊一の戦闘機乗りだった。このくらいのことはお手の物だ。
「ちょっと!あの人、すごすぎない!?あんたよりも上手いよ、同じパイロットなのに!」
マデリーンさんも私に随分と辛辣なことをおっしゃる。確かに、私はせいぜい逃げ惑う素人海賊を撃墜したことがあるくらいだ。
あまりに上手くドラゴンを撃墜するので、アンリエットさんも恐怖が快感に変わってきたようだ。落とすたびに腕を振り上げて興奮している。
だが、ついに最後のボスが現れた。
操縦席からは、視界いっぱいにこの巨大ドラゴンをが見えているんだろう。アンリエットさん、さすがにこの光景に恐れをなしたようだ。血の気が引いた顔をしている。
フレッド中尉、ここで後ろを振り返る。アンリエットさんに何かを話しているようだ。どうせ、この化け物を撃墜してご覧に入れますとか、キザなことを言ってるんだろう、きっと。
だが、有言実行、大きな口で食いつかれそうになるも、巧みにかわして目にビームを撃ち込む。怯んだところを次々にドラゴンの弱点を撃ち抜いて、ついに敵を倒す。
エンディングでは、王国に平和が訪れたというような映像が流れてきた。感動するアンリエットさん。まるで迫力のある映画でも見たような余韻に浸っている。
周りの人々も、この見事なまでのゲームクリアに感激している。このゲーセンにいる、全ゲーマーが泣いた、感動のスペクタクル。
もっとも、本当に大量のドラゴンが現れたら、複座機など使わず駆逐艦で一斉砲撃を行えばラスボスもろとも吹っ飛ばせるのではないか!?などと野暮なことは、言ってはいけないのだろうな。
すっかり機嫌を直したアンリエットさん。まさかゲーム機にこれほど感動するとは、まだ擦れていない王国貴族のお嬢様だけのことはある。
そのまま、フレッド中尉はアンリエットさんを連れてどこかに行ってしまった。大丈夫かな、アンリエットさん。
危険なやつに大事な貴族のご令嬢を任せてしまった気がする。不安を感じていろいろ探してはみたけれど、見失ってしまった。
仕方がないので、そのままいつもの巡回コースに戻る。まあ、アンリエットさんもフレッド中尉も大人だ。しかもアンリエットさんは門限がある。ここには何度も来ているようだし、適当な頃合いで帰ることだろう。
それにしても、アンリエットさんに引き合わせてはいけない相手を引き合わせてしまった気がする。失礼な一言が、思わぬ方向に展開してしまった。この先大丈夫だろうか?




