#27 王国貴族の魔女
「全く、これだから下賤な、にわか男爵は困るんだ!よいか!?こう言う時はだなあ…」
今日も陛下直々の社交界が催されていた。随分と酷く罵られている私。相手はコルネリオ男爵。王国でも最も長く続いた男爵家の方である。
最初に会った時には、随分嫌味な方だと思っていたのだが、この人、こうみえて結構世話好きだ。罵りながらも、貴族マナーの基本を丁寧に教えてくれる。
グラスの持ち方ひとつとってもいろいろあるようで、コルネリオ男爵から実に多くのことを学んだ。
その男爵から前回の社交界の際に言われたのだが、貴族というのは騎士のお供を1人付けてくるのが常識だそうだ。そういえば、控えの間というのがあるが、そこは各貴族の護衛を務める騎士が控えていた。みんな、護衛の方だったんだ。
というわけで、4日ほど前に私は訓練生のヴァリアーノさんに護衛役をお願いした。報酬は、あの宇宙港ホテルの20階にあるレストランのタダ券。貧乏男爵の私には、これくらいしかない。
「喜んでお供いたします。社交界の護衛など、騎士の誉れ。こちらからお願いしたいほどですよ。」
で、今は控え室にて待機中。あちらでも食事やワインが振る舞われてるそうなので、他の騎士達と談笑していることだろう。
社交界というのは、だいたい月に一回くらいのペースで行われる。前回はひと月前、あの戦闘から帰った直後に、戦勝祝いということで催された。
この時は王都横の宇宙港に常駐する我々のチーム艦隊の艦長9人も招待された。なおこの時、撃沈した駆逐艦6702号艦の艦長の遺影も、会場の隅に置かれた。
さて、今回の社交界だが、意外な人物が参加していた。
なんと、10年以上仲違いしていた国王陛下とオルドムド公王の両者が、今回の主役である。
王国はオルドムド公国を国として認めた上で、正式に国交の樹立を宣言する。昼間にその式典が行われて、そのお祝いの席がこの社交界というわけである。
このため、イレーネさん…あ、いや、イレーネ公女も出席されている。もちろん、ローランド公爵様も一緒だ。
この両者が突然急接近したのには、訳がある。
きっかけは、あの大会戦だ。
あの戦闘によって、国王陛下は危機を感じたらしい。
戦闘は今回で2度目だったが、前回以上に危機感を抱いてしまわれたようだ。
多分だが、駆逐艦6702号艦の撃沈が相当ショックだったのだろう。
我々10隻のチーム艦隊は、一度陛下の御前で観艦式を行なったことがある。
この王宮ほどの大きさの駆逐艦が、いともあっさりと消滅してしまったという報告を受けて、かなり驚かれたと聞く。
危機感を持たれた国王陛下は、人材育成に動き出す。次回募集する駆逐艦要員の訓練生を倍増するため、我々地球401の政府、艦隊司令部に教官の増員を要請するとともに、身分を問わず自国内で訓練生の募集をかけた。
建造や動力炉の自国生産化に向けても、積極的に動き出す。多くの刀鍛冶職人が集められて、この新しい技術の習得に回された。
だが、やはり人材には限りがある。一国だけで頑張っても仕方がない。そこで公国との和平を模索、公国にも人材育成の協力するよう、呼びかけることにした。
ちょうど公国でも似たような状況に陥っていた。王国よりも小さな国であり、人の不足は痛いほど感じていた。
しかも、この国はさらに大きい戦艦を受け入れるドックを持っている。あんな山のように大きなものが修理を要するほどの戦闘が行われた。その事実が、公国にとってはかなりショックだったようだ。実際、公国に入港した時の戦艦ニューフォーレイカーには、生々しい被弾痕がいくつか残っていた。
2度の戦闘は、この2つの国の為政者に危機感を感じさせるのには、十分すぎるほどの影響をもたらした。
で、1週間ほど前にイレーネさんとフェルマン殿が国王陛下に謁見して事前交渉を行い、続いて今日、オルドムド公王自ら王国に出向いたというわけだ。
この星に訪れた未曾有の危機に、仲違いなどしてる場合ではないと感じた両者。結果的に、コンラッド伯爵様の長年の悲願が実現することとなった。
私は男爵なので、この様子を遠くから伺うほかない。だが、なんとイレーネさんが、ローランド少佐を連れてわざわざ男爵エリアにやってきた。
「おお!いたいた!ダニエル殿!なんでこんなところにいるんだ!?」
「これはこれはイレーネ様、ご機嫌麗しゅう…」
「何がご機嫌麗しゅう、だ。先日ショッピングモールのフードコートであったばかりであろう!」
この間の日曜日、ローランド少佐の家に引っ越してくるというので、家具を買いにきたところをばったり会った。ここ社交界では雲の上の存在だというのに、普段は普通にコンビニでも顔を合わせる存在だから、こういう時困る。
「あのですね…私も立場上、こんなところでいつものように振る舞うわけにはいかないんですよ。合わせてください。」
「なんじゃ、肩苦しいな。ここはショッピングモールのフードコートとたいして変わらんだろう。」
いやいや、大違いですよ。こんなにたくさんの貴族がいて、10年もののワインが振舞われるフードコートなんて聞いたことがない。
「そういえば、今日は大尉殿の領地で育てられたブランド牛が出されているんだな。」
「はい、そうです。いよいよ出荷開始となって、今日ここの料理にも使われているんですよ。」
ローランド少佐に言われて思い出したが、そういえばあのロヌギ牛が、ついにこの社交界デビューを果たしたのだった。
「国王陛下もお喜びだったな。ついに王国も独自の肉牛を作れるまでになったと、伯爵、子爵殿に自慢されていたぞ。」
「はい、光栄なことです。」
ローランド少佐とイレーネさんは、他の男爵に挨拶に向かった。
さて、イレーネさんはここをショッピングモールのフードコートと変わらないと言っていたが、もう1人、ショッピングモール気分のやつがいる。
王国最速の魔女、我が妻、マデリーンさんだ。
ワイン片手にロヌギ牛のステーキを頬張っている。それにしても、嬉しそうな顔で飲み食いするものだ。
「マデリーンさん、あんまり食べてばかりいないで、もうちょっとしたら帰りますよ。」
「ん!?んんーんんんん、んんーん!」
口の中に入れ過ぎだ。モールス信号のように話しかけられても、何を言ってるのかわからない。多分、ちょっと待てと言ってるんだろうけど、頼むからあまりはしたない振る舞いはしないでほしい。
「…全く、だから下賤の者のくるところではないというとるのに…」
ああ、きちゃったよ、小言男爵。早速、マデリーンさん共々、コルネリオ男爵に小言を言われてしまう。
ところでこのコルネリオ男爵。ちょっと不思議なことがある。
これだけ私のことを下賤な者だの、にわか男爵だのというくせに、不思議とマデリーンさんに向かって「魔女のくせに」とは言わないのだ。
いくら王国きっての魔女とはいえ、貴族にとっては、魔女というのは普通蔑視の対象にされるものだ。
いままでも郵便屋として働いていた時に、たまに貴族から魔女を馬鹿にするようなことを言われることがあったらしい。だからこそ、社交界という場に魔女として顔が知れたマデリーンさんを連れて行くことは、少し抵抗があった。
だからこそ、これだけ言いたい放題の小言男爵が、マデリーンさんのことを魔女だと言わないのが不思議でならない。なんだかとっても不自然だ。
で、一通り小言を聞いた後、突然このコルネリオ男爵、ある人を連れてきた。
「わしの娘だ。いま息子は帝国に出向いていて留守なので、娘を連れてきた。このような場にくるのは今日が初めてでな、よしみにしてやってほしい。」
と言って、別の男爵のところへ行った。
あの男爵の娘にしては、とても綺麗な方だ。名はアンリエットさんといい、歳は21だそうだ。マデリーンさんと同い年だ。
「申し訳ありません、厳しい父ですので、不快に思うことがあるとは思うんですが、あれでも優しいお方なんです。どうか許してやってください。」
「いえ、お気になさらないでください。いろいろと礼儀作法を教えていただいて、私も大変お世話になっているんですよ。」
「そう言っていただけると、私も助かります。このような場でもあんなに罵っておいでとは、思わなかったものですから…」
本当に、あの男爵の娘なのだろうか?姿、性格がまるで正反対だ。
「…ところで、あの…ダニエル様?実は、聞いていただきたいことがあるんですが…」
「はい、何でしょう?」
「奥様のマデリーンさんにも、聞いていただきたいのです。」
「はあ、こんなのでよければ。」
「こんなのとは何よ!こんなのとは!」
「…マデリーンさんは、王国最速の魔女さんですよね。」
突然、アンリエットさんから「魔女」という言葉が出てきた。
「私、マデリーンさんのことを尊敬しているというか、誇りに思っているんですよ。同じ男爵家で、これほどのお方がいらっしゃるというのが、私にはとても嬉しくてですね…」
「はあ、そうですか。今日は肉ばっかり食べてる変な魔女ですけど。」
「ええ、今日の肉は美味しいですよね。…でですね、聞いていただきたいことというのは…」
アンリエットさん、もじもじしながら、周りを確認したのち、口を開いた。
「私…実は、魔女なんです…」
彼女の口から突如、衝撃的なキーワードが出てきた。
考えてみれば、魔女というのは一定の割合で生まれるものらしい。両親の身分は関係ないらしく、当然、貴族にだって魔女が生まれることはあるはずだ。
だが、貴族社会では魔女のような異形の者はご法度とされてきた。だから、生まれた娘が魔女だったとしても、ひた隠しにするのだろう。
「父が、奥様が魔女のダニエル男爵なら、私のことを魔女だと打ち明けても大丈夫だろうから、一度顔を合わせておきなさいと言ったんです。それで今日、この場に連れてこられたんですよ。」
「はあ、なるほど、そういうことでしたか。」
「あの、ダニエル様?あなたのいらした地球401という星には、魔女はいないんですよね?」
「はい、いませんね。この宇宙でも、魔女がいる星というのはとても珍しいですよ。」
「そうなんですか。でもじゃあ、なぜダニエル様は魔女のことを恐れないんですか?」
「えっ?怖いですかね?魔女。」
「だ、だって、ものを浮かせたり、空飛んだりするんですよ?気味が悪くないですか?」
「そうですか?カッコいいと思いますよ?私は。」
そう言って、私はふと考えた。無意識に答えてしまったが、そういえばなぜ魔女を「カッコいい」と考えるのだろうか?
我々は空を飛んだりすることを怖い行為だとは思っていない。パイロットだし、空を飛ぶことに慣れているからだ。でも、生身の人間のまま空を飛んだり、ものを浮かせることは、よく考えてみれば奇妙なことだ。気味が悪いと思うのが、普通ではないか?
だが、私は昔から、こういう存在に憧れている。そういえば、子供の頃から空を飛んで戦う主人公のアニメをよく見ていた。今も魔法少女のアニメが大人気だ。
魔法を使う人はカッコいい、それが長年、アニメなどを通して我々に植え付けられてきた。
たまたま、この星にはそんな魔法を使う人々が実在した。だから地球401の人々の多くは、私と同様に、この星にいる魔女を見ても気味が悪いというより憧れてしまうようだ。
おかげで、ロージニアでのマデリーンさんのビル上説得事件が、地球401では未だに語られているらしい。なにせリアルヒーローが突然現れて人を1人救ったのだ。あの中継の動画再生数が、未だに伸びている。
「やはり、魔女に抵抗はないお方なんですね。それを聞いて安心しました。実際にお会いできてよかったです。」
「ところで、アンリエットさんはどういう魔女さんなんですか?」
「私は二等魔女です。空を飛ぶほどの力はないんです。そうですね、例えば…」
ワインが乗ったテーブルがあった。周りを確認して、アンリエットさんはそのテーブルに触れる。
すると、ワインごとそのテーブルが少し浮き上がった。
「本当ですね!すごい力だ!私はとてもすごいと思いますよ。」
「ありがとうございます。こんなのを見ていただいた貴族は、ダニエル様が初めてです。でも、とても奥様にはかないませんが。」
「何言ってるのよ。私もすごいと思うわ。貴族で自分のこと魔女だって言える人、初めて会ったわよ。」
「ありがとうございます。また、機会あればお話ししてください。」
「おい!アンリエット!そろそろ帰るぞ!」
コルネリオ男爵がお呼びだ。一礼して、アンリエットさんは男爵のもとに去っていった。
私も会場を出た。そこには、ヴァリアーノさんが待っていた。
「男爵様、そろそろいらっしゃると思ってました。参りましょうか。」
そう言って、お迎えの馬車に乗る。
が、ものの500メートルほど行ったところで降りる。ここは王宮最寄りの駐車場の近く。最近は貴族の方々も車を持っているが、王宮前は馬車限定なため、皆この駐車場に車を置いてレンタル馬車に乗る。私が乗ってきた馬車は別の貴族を迎えに、再び王宮前に戻っていく。
さて、あとは駐車場に行って車に乗り、ヴァリアーノさんを送って帰るだけ…
と、そこにどこかで見た人が近くのバス停に立っていた。
カトリーヌさんだ。こんな遅くに、こんな場所にいるとは、どうしたのか?
「あれ?カトリーヌさんじゃないですか?どうしたんです?こんな夜遅くに王都にいるなんて。」
「ああ、なんだ、ダニエルさんか。夜遅いといっても、まだ9時だぞ?アイリスさんやアランさんは、まだ会社にいる時間だ。」
ああ、そうだ。カトリーヌさん、そういえば王都に事務所のあるブラック企業にお勤めだった。アイリスさん、先日あった時には、最近地球401からたくさん人がやってきて、教育に大忙しだといってたな。
「カトリーヌさん、これから帰るんですか?」
「そうだ。バスに乗って帰るところだが、宇宙港行きがあと30分後らしくてな。仕方ないから待っているのだ。」
「じゃあ、私の車に乗っけていきますよ。ちょうど我々も宇宙港の近くに行くわけだし。」
ヴァリアーノさんは今、宇宙港のそばの寮にいるので、カトリーヌさんのアパートのすぐそばだ。ついでに送って行こう。
「あの、男爵様、こちらの方は?」
「ああ、カトリーヌさんと言って、ある会社の航海士をしている方だ。」
「カトリーヌです。ええと、こちらの方は?」
「ああ、こちらは騎士のヴァリアーノさん。訓練生で、私の生徒なんだが、今日の社交界での護衛をお願いしたんですよ。」
「き…騎士!?本物の!?」
「いやあ、たいしたものじゃありません。航空機をようやく単独で操縦できるようになったばかりのひよっこです。」
車の中でそんな会話をしながら、王都を出て宇宙港の街に向かって走って行く。
王都の郊外に出て、街に入る前に林がある。私の車は自動運転で、その林の中の道を抜けて行った。
が、少し走ったところで突然、車が停止した。
前に人が立っている。路上に人を感知し、自動運転車は安全のため、止まったようだ。
ところが、よく見ると路上以外にも何人か人に姿がある。全部で6人、ぐるりと四方を囲まれてしまった。手にはなにかを持っている。
強盗だ。そう直感した。
社交界の帰り道、王都のすぐそばの林で強盗に囲まれてしまった。




