#23 ロヌギ牛と航海士
地球760に到着した。宇宙港入港寸前に、いつものがやってきた。
「2時の方向、距離6000!速力85!こっちに向かって接近する物体あり!」
「ああ、それいつものマデリーンさんだから、私が迎えに行ってきます。」
「でも大尉殿!奥さんの速力は70じゃなかったですか?この飛行物体は、時速85キロ出てますよ!?」
「地球401でいろいろあってね。最近、速力が上がってるんだよ。」
いつものように艦長に許可をもらい、甲板に上がる。そして、いつものように抱きついてくるマデリーンさん。駆逐艦6707号艦入港時のいつもの光景だ。
たった4日間留守にしただけでこれだ。マデリーンさん、よっぽど寂しがりやなんだろうな。
駆逐艦は入港し、私とマデリーンさんはいつものように一緒に降りる。その前を、あの女海賊さんと7人の村人が連行されていく。
私とマデリーンさんは宇宙港のカフェに行った。マデリーンさんに、あの海賊のことを話した。
「ふーん。で、どうするのよ、その海賊さんの言ってた村の事。」
「うん、ミリア村っていうらしいんだ。ちょうどダミア村を超えて行ったところらしい。なんでも、領主がいないそうで、そんな惨状なのに放置されているらしい。だから、伯爵様に相談してみようかと。」
「そうねぇ、こんな貧乏男爵じゃあ、どうしようもないもんね。でも、伯爵様に話すにも、一度見ておいた方がいいんじゃない?」
「そうだよね…『ミリア村を助けてください』だけじゃ困っちゃうよね、伯爵様も。どうなっているのか、一度様子を見ておこうか。」
というわけで、翌日は休暇を取って、そのミリア村に行ってみた。
着いてみると、確かに酷いことになっていることがわかる。
村全体がひっそりとしている。お店らしきものもあるが、ほとんど閉まっていた。道を通る馬車は全くいない。
中央の繁華なところにいるはずなのだが、人の気配がほとんどない。いったい村人は、どこに行ってしまったのか?
あるお店らしきところに、1人の老人が座っていた。この人に話を聞いてみることにした。
「あの~すいません。」
「なんじゃ?」
「ちょっと、この村のことお尋ねしたいんですが…」
「なんや!なんで、よそもんにこの村のことを言わなあかんねん!他当たってくれ!」
妙に訛りのあるしゃべり口調で、えらい剣幕で怒り出した。
「なに行ってんのよ!この人、これでも男爵なのよ?この村の惨状を伯爵様になんとかしてもらおうと、わざわざ王都からやってきたのに!」
マデリーンさん、私のポケットから男爵の証である紋章を取り出して、その老人に見せる。
「な…なんやて!?こ、これは男爵の紋章!?し…失礼しました!いやあ、また人買いでも現れたんかと思うて…」
急に低姿勢になった。こういう時、爵位は便利だ。それにしても、「人買い」なんて言葉が出てくるほどの惨状のようだ。
で、まず私が海賊のことを話す。その海賊船の船長から頼まれて、この村のことをどうにかすることになったことを話す。
で、その老人にこの村のことを聞いた。その老人によれば、ここはヴェスミア王国と我々のいる王国との交易で栄えた村で、以前は馬車が行き交い、宿泊客でごった返していたそうだ。
が、5ヶ月前からぱったりと馬車が減ってしまった。聞けば、ヴェスミア王国に宇宙港ができたため、交易品は空を経由して流通するようになり、馬車が全く来なくなったようだ。
困り果てた村人は、多くが出稼ぎに出ている。ヴェスミア王国の宇宙港は人手不足だから、たくさんの人がそこで働いている。
だが、すべての人が宇宙港に行けるわけではない。老人と子供のいる親は、宇宙港に行ったところで働き口がない。すっかり困っていた。
そこで、とうとう出稼ぎに出るために、子供を売りに出す親まで現れたという。
それにしても、なぜここには領主がいないのか?
国境の村なので、所属が曖昧なことが問題だったようだ。以前は、王国とヴェスミア王国が領有権をめぐって取り合っていた村だったらしいが、どちらも帝国の属領となり、どうでもよくなったらしい。
一応王国側ということになっているが、代官も派遣されず、領主も定まっていない。おかげで、これまで租税を免れられた代わりに、こういう時放置されて困ることになったようだ。
「いやあ、わしらも王国に言うたんでっせ?租税払いますから、領主様を決めてくださいって。でも100年ほどほったらかしにされてしもうて、今に至るんですわ。」
この言葉が本当かどうかは怪しい。本当は租税逃れのため敢えて黙っていたんじゃないかと思うのだが、今となってはそんなことを言っても仕方がない。
村を見回ってみた。ここは交易中心の村だったため、畑などはほとんどない。ただ広大な草地が広がっているだけだ。
一方で、ロヌギ草がたくさん生えている。ダミア村同様に、ここも群生地のようだった。
視察を終えた私は、一旦王都に行くことにした。コンラッド伯爵様に会うためだ。
王都に着くや否や、すぐに伯爵様のお屋敷に向かう。幸いお屋敷にいらっしゃった伯爵様とすぐに面会できた。
で、海賊のこと、ミリア村のことを話した。領主不在で、王国でもこの村のことは把握していなかったようだ。
「うーん、そうか。そう言う村があるのだな。しかし、領主不在では、なんともし難いなあ…」
「はあ、そうなんですか。なんとかなりませんかねぇ。」
「そうだな、交易は今更どうしようもないから、他に収入が得られる手段があればいいのがな…」
「交易頼みの村だったようで、農地はなく、広大な草地があるだけですからね、交易が無くなったら何もない村のようで…ああ、そうだ。ロヌギ草がたくさん生えてましたね。」
「ロヌギ草?そんな草がどうかしたのか?」
一応、伯爵様もロヌギ草のことは知っているようだ。だが、おそらく魔女が食料に使う草という程度の認識らしい。
「いや、実はこのロヌギ草を使った商品で儲けようとしてるやつがいてですね。」
「うむ、そんなものでも商売になるのか。たいしたものだな、お主らの星の者は。」
「私の領地であるダミア村にもたくさん生えてるんですが、これが結構売れるようで、たくさんこの業者が買い取ってくれてますよ。だから、それを使えば一定の収入は得られると思うんです。」
「そうなのか?でも、いったい誰がそんなものを買い取るんだ?」
「たまたま知り合いに、商社の人がいてですね、なんでも、私の星で健康にいいといって売り込んでるらしいんですよ。」
「よくそんな知り合いがいたものだな。男爵殿の人脈の広さには感心させられる。よし!分かった!じゃあその村、男爵殿の領地ということにしよう!」
「はえ?」
変な声が出てしまった。なんと、ミリア村が私の領地にされてしまった。
「国王陛下に進言しておく。まあ、元々放置していた村で、収入の見込みもないとなれば、すぐに認められるであろう。その上でお主の好きにするがよい。」
「は…はあ、分かりました。」
こうして、私はまた領地が増えてしまった。実感はないが、だんだん貴族っぽくなってきた。
この話を受けて、早速エイブラムに電話してみた。
「おう!なんだ、ダニエル。珍しいな、こんな平日に電話してくるとは。」
「ああ、エイブラム、ちょっとビジネス関連で話があるんだが…」
「なんだ?ビジネスだなんて、お前の口から珍しいじゃないか。」
「実は、ある村が私の領地になることになって、その村にはロヌギ草があってだなぁ…」
エイブラムにミリア村のことを話すと、早速明日にでも行こうということになった。
そういえばこの村の名前、エイブラムの奥さんと同じ名だ。エイブラムが来るということは、ミリアさんもミリア村に来るのだろうか?別にいいんだけど、なんだかややこしいことになりそうだ。
朝からバタバタと動いていたため、やっとここでマデリーンさんと遅い昼食をとる。
相変わらずハンバーグ好きのマデリーンさん。
「いやあ、お腹空いた時はハンバーグに限るわあ!」
ショッピングモールの例の専門店のハンバーグを食べてご満悦のマデリーンさん。いい気なもんだ。私は領地が増えて、その分責任も増えてどうしようかと思ってるのに…
自宅に帰ると、使者がやってきた。なんと、伯爵様からの連絡で、国王陛下が私をミリア村の領主にすることを認めてくれたとのことだった。早!
まあ、収入の見込みのない現状では、ただ負担が増えただけだが…それでもまあ、乗りかかった船、いや、乗ってしまった船と言うべきか?何とかするしかない。ちなみにその船は海賊船だったわけだ。それはともかく、ここまできたらもうやり切るしかない。
翌日、エイブラムが私の家にやってきた。
「車で行ってたら間に合わない。航空機を借りた。それで行こう。」
さすが商社、こういうところは融通が利く。てことで、マデリーンさんとミリアさんも一緒で、ミリア村に向かうため、宇宙港に行く。
ところでこの航空機、機体はあるが、操縦士がいない。どうやって飛ばすんだ?
「何言ってる、ここにパイロットがいるじゃないか!」
つまり、私が飛ばせといっている。なんだ、操縦士付きじゃないのか。
だがこの航空機、哨戒機によく似ている…と思ったら、哨戒機そのものだった。エイブラムの商社が移動用に一機買ったらしい。
この機体、エイブラムの計らいで、予約をとれば私はいつでも借りられるようだ。これを使えば、公国にダミア村、そしてミリア村に行くのは楽になる。いいように使われた気もするが、これはこれで私にとってありがたい話だ。
その商社の哨戒機で離陸する。機体こそ哨戒機だが、レーダーやセンサー類は民間機用になっている。ちょっと物足りない計器類で飛ぶことになる。
「マデリーン!久しぶりね!私、あれから随分とスタミナがついたのよ!また勝負しない?」
「いいわよ~でも今の私に勝てるかしら?」
「うるさいわね!今度こそ絶対に勝ってやるんだから!」
ミリア村までの機内で会話する魔女2人。ミリアさんは再戦する気満々だ。そういえばミリアさん、こうしてみると少しふっくらとしてきた。エイブラムのやつ、結構いいもの食わせてるな。スタミナも相当ついたことだろう。
だが、残念なことにマデリーンさんも地球401で強化されてしまった。最大速力90キロ。普通のホウキでも85キロを出せることは、一昨日に確認済みだ。科学理論で強化されたこの魔女に、果たして勝てるかな!?
ミリア村に着いた。突然現れたこの機体に、村人が何人か現れる。
そこで、私がここの領主になったことを告げる。すると、何人かの村人が私にすがって来る。
「なんとかしてください!ほんま大変なんですよ、この村!」
などと言われても、私は爵位だけの貴族。資金源は艦隊からの給料と、先日ダミア村で収穫された小麦の私の取り分5パーセントで得られた売買利益のみ。すがられても、どうしようもない貧乏貴族だ。
こう言っては何だが、今まで税金も払わず自由にやってきたツケが回ってきただけのことじゃないのか?都合がいいというか、なんというか…
まあ、そんなことはどうでもいい。頼みの綱はこのエイブラム。村が助かるかどうかは、こいつの商売感性に頼るほかはない。
「どうだ?ロヌギ草だらけだろ?こいつをまた売って、ここの村の収入源にしたいんだが。」
「うーん、それでもいいが、もっといい案があるぞ。」
「なんだ?いい案って。」
「ここを牧場にするんだよ。」
はあ?牧場?突然出てきた意外な案に、私は驚いた。
「帝国のすぐ横にブランド牛を作ったんだが、実はもう一つ作りたかったブランド牛構想があってだな。ここがその構想実現にぴったりなんだよ。」
「なんだ?その構想ってのは。」
「ああ『ロヌギ牛』てのを作ろうと思ってたんだ。」
「ロヌギ牛?なんじゃそら?」
「牛にロヌギ草を食べさせると、これが結構いい肉質になるんだよ。栄養価が高いロヌギ草だからこそなんだが、これをいちいち帝都の牧場に運んで食べさせるのは大変だから、ロヌギ草が生えていて、かつ牧場に適した広大な土地がないかと思ってたところなんだ。」
「…なるほど、それでここがちょうどその場所だってわけだ。」
「そうだ。」
「で、また5年契約を結びたいって、そういうことなのか?」
「話が早いな。そういうことだ。だが、ダミア村同様、ここの電化と村人の雇用もセットだ。それでどうだ?」
「まあいいよ。ただし、条件がある。」
「なんだ?」
「ダミアからは、収穫の5パーセントを受け取っている。ここの住人からは何も受け取っていないが、その牛の売り上げから5パーセントを取る。それが条件だ。」
「なんだ?たった5パーセントでいいのか?他のところだと10から15パーセントだぞ?」
「いいよそれで。私のやり方だ。」
「分かった。そんなことでよければ、すぐにでもサインしよう!決まりだな!」
エイブラムと商談していると、マデリーンさんとミリアさんが、村の中央の通りでスピード対決をすることにしたようだった。
「ちょっと!また合図をお願い!」
マデリーンさんが呼ぶ。私は遊んでいるわけじゃないんだけど…渋々、私は2人の元に向かう。
合図と共にスタートした2人。ゴールはおよそ500メートル先のこの通りの端。今度のミリアさんは失速しない。スタミナがついてきたようだ。
だが、マデリーンさんが速度で勝る。最適化されたスティックではなく普通のホウキだったため、速度は85キロ程度だが、それでもミリアさんに圧勝した。
「はあ!?なんでこんなに早くなってるのよ?どうなってるの?」
不思議がるミリアさん。地球401の研究機関にて、科学的検証に基づいた増速理論により、マデリーンさんは一段と早くなってしまったのだ。そんなことを知らないミリアさん、自分が遅くなったのだと思い込んでしまったようだ。
「はあ、重いから遅くなったのかな。やっぱり最近、食べすぎなのかしら?お腹のお肉がちょっと…痩せないとダメかな?」
いや、多分ミリアさんは遅くなってるわけではない。うちの魔女がバカっ早くなっただけだ。気にしないでほしい。
早速、中央の広場に村人を集め、このエイブラムの牧場構想を話す。
交易収入以外の収入源をほとんど持たなかった村人たちは、この案に賛成だった。すぐに実行に移すことで合意した。
せっかくここまできたので、ダミア村にも行ってみることになった。
ダミア村に降り立つ。突然、空から見たことのないものが降りてきたので、地上は騒然となっていた。
が、私やエイブラムなど見知った顔ぶれが降りてきたので、皆安心したようだ。
「領主様、これはいったいなんでしょうかね?」
「ああ、哨戒機といって、空を飛ぶ乗り物ですよ。」
「へえ、それを領主様自ら飛ばしているんで!?すごい力ですねぇ!」
いや、私の力ではないのだが…ペネローザさんやマデリーンさんの方がよっぽどすごいですよ。本当に。
村の中を見回ってみた。かなり電化が進んでいて、どの家でも照明を導入したようだ。
ちょっと裕福な家だと、冷蔵庫や電子レンジを使っていた。スマホを持っている人もちらほらいる。
便利な機器を使いたがっている人がたくさんいるのだろうか、あっという間に普及しそうな勢いだ。
一度我々の持つ文化・技術の味を覚えると、元には戻れない。エイブラムも仕入れ値ぎりぎりでいろんな家電を持ち込むものだから、普及する一方だ。
「約束通り、村の電化を進めておいたよ。こんなものでいいか?」
うーん、やり過ぎかなあ。
ダミア村を見届けたのち、王都に戻る。そういえば、まだ昼ご飯を食べていない。そういうわけで、宇宙港に寄ったついで、そこの店で何か食べていこうということになった。
そういえば、ここのホテルの20階にあるレストランのタダ券をまだ使っていないことを思い出した。
マデリーンさんに聞くと、
「ええ!?ステーキ!?食べたい!」
ただ、ミリアさんが難色を示す。
「いや、あまり食べると私、ちょっと…」
太ったから遅くなったと思ってたようなので、こういう高カロリーな食べ物にやや抵抗を覚えるようだ。
「なあに、まさかあんた、最近太ったんじゃないの?」
「な…何言ってんのよ!そんなわけないでしょ!」
「でもステーキ食べるようになったから、私は速くなった気がするなあ。こういうのは、魔女にとっていいみたい。」
「えっ!?そうなの!?じゃあやっぱり行こうかな…」
マデリーンさん、あたかも自分が速いのはステーキのせいだと言っている。あまりこの鈍感魔女さんに高カロリー食を勧めると、本当に太るぞ。
で、ここの20階に着いて、あのレストランに行く。
相変わらずいい肉だ。素人でもわかる。こんなステーキ肉を、あのミリア村でも作れるようになれば、少しは活性化するんだろうか?
「今日のはおごっとくよ。お前から牧場を譲ってもらったわけだし、航空機の運転代もあるしな。ステーキぐらい、安いものだ。」
そういって、ただでステーキをご馳走になった。おかげであのタダ券は使われず残った。また今度来るか。
ついでにここのご主人に挨拶することになった。あのロヌギ牛構想を持ちかけて、でき次第ここで試食会をやってみたいとのことだった。
「で、こいつがそのロヌギ牛を育てるための領地を持っている男爵殿。パイロットなのに男爵っていう変わったやつだけど、俺の幼馴染でさ。」
「へぇ、エイブラムさんのお知り合いに男爵様がいるんですか。あれ?もしかして、奥様のお名前はマデリーンとおっしゃるのでは?」
「はい、そうですよ。」
「やっぱり。結構有名ですよ、『ダニエル男爵と最速の魔女マデリーン』のお話。ロージニアのビルの救出劇と、そこで語られたご夫婦のお話など、ここのお客様より伺っております。まさかご本人がいらっしゃるとは、いやぜひこれからもご贔屓に。」
そう言うご主人から、またタダ券を何枚かもらった。あの一件、こんなところでも広まっていたようだ。宇宙港だしね。
さて、あとは家に帰るだけだが、ちょっと寄り道を思いついた。
「じゃあ、エイブラム。私はちょっと行きたいところがあるから、ここでお別れだ。」
「ああ、今日はいろいろありがとう。俺の構想がこんなにも早く実現するとは思わなかった。で、今からどこに行くんだ?」
「ああ、港湾署だよ。」
「警察に用事か?そりゃまたなんで?」
「例の海賊の船長がここにいるんだとさ。今日の話を一言言ってくる。」
「わざわざ話すこともあるまいに。まあいいや、じゃあまた!いい話があったらすぐに連絡をくれ!」
領地が手に入るなどという話は今後はないと思うが、確かにこちらもいいようにされつつ世話になった。もしなにかいいものを見つけることがあれば、またやつに頼もう。
マデリーンさんと一緒に港湾署に向かう。ここの留置場にあの海賊の女船長カトリーヌさんがいる。
署の入り口で面会受付をしたのち、カトリーヌさんとガラス越しに話す。
「ああ、男爵大尉殿、すまなかった…私のことようなもののためにわざわざ…」
「いいってことよ!この王国最速の魔女マデリーンもいるのよ!なんとかするに決まってるじゃないの!」
「そうか、救出劇の主役だったマデリーン殿もいたのだよな…いや、私は運が良かった。」
今回、残念ながらマデリーンさんは全く活躍していない。ミリア村で魔女同士のスピード争いをして、ステーキを食っただけだ。
「あのミリア村のことで、いろいろと動いたものだから、一応報告しておこうと思ってきたんですよ。」
「いや、すまない。わざわざ知らせてくれるとは…で、あの村はどうなるんです?」
「まずですね、私があの村の領主になりました。」
「なに!?あなたが領主に!?」
「どうやら王国でも放置されていた村だったので、私が責任を持つということになったんですよ。」
「そうなのか…いや、それは安心だ。男爵様なら、きっとあの村をなんとかしてくれるだろうと思う。」
「で、なんとかならないか、ある商社の社員に相談したんですよ。するとなかなかいいアイデアを出してくれてですねぇ…」
そこで、カトリーヌさんにエイブラムのロヌギ牛構想を話した。
「なるほど、そんなことができるのか。考えたものだ。私などは村を救うには海賊するしかないと考えてしまったのだが、やはり浅はかであった。」
いきなり海賊行為に走るというのはちょっと飛躍しすぎると思うのだが、彼女のことは笑えない。現に、ここ王国や帝国周辺部では、強盗が出没しているそうだ。理由は、ミリア村と同じだろう。
この星では我々の出現によって、急激に社会システムの変革が行われている。その狭間であふれた人々が思いの外たくさんいることを、今回思い知らされた。私が救えたのは、ほんの一部の人なのだ。
面会を終えて署を出る際に、ある署員から相談を受けた。
カトリーヌさんと7人の村人達だが、このまま釈放ということになるそうだ。私に保証人になってほしいとのこと。
「それはいいんですけど、彼女、どうして釈放されるんですか?」
「海賊といっても未遂だったし、船はエンジン部さえ直せば元どおりになるということで、船主も告訴しないと言っているそうだ。で、我々としては拘留を延期する理由がない。」
ただし、カトリーヌさんはクビになった。そりゃそうだ。あれだけのことをすれば、当然といえば当然だ。
だが、不思議なことに航海士免許は剥奪されない。そのままだそうだ。前科がついたわけではないので、そういう処分にはならないらしい。
ということで、明日の朝に彼らを引き渡すので、ここまできて欲しいと言われてしまった。まるで猫の子でも引き渡すような口ぶりだ。
さて、7人の村人はミリア村に帰ってもらうとして、カトリーヌさんをどうしようか?地球401に帰ってもらうよう手配するか、それとも…
ふと思いついたことがあったので、アイリスさんに電話してみた。
電話に出たアイリスさん、なぜか妙に慌てている様子だった。
「あ!ダニエルさん!?すいません、こんな格好で…いや!風呂上がりなんですよ!本当に!」
なにを言ってるのか分からないが、多分、人に見せられない格好をしてるんだろう。でも音声通話だけだから、何も見えない。
「いや、突然電話して申し訳ないんだけど、アイリスさんの会社、航海士を募集してたりしない?」
「えっ!?航海士!?」
「やっぱり、要らないのかな…」
「いえいえ!大歓迎ですよ!航海士!ただいま絶賛募集中です!宇宙港間の荷物のやりとり業務を頼まれることが多いんですが、航海士がいなくて困ってたんですよ。」
「そうか、実は1人、いることはいるんだけど…」
「なんです?まるで宇宙で航海士でも拾ってきたような口ぶりは。」
いや、実際そうだから困ってるのだが…アイリスさんには、カトリーヌさんの事情を話した。
「ええっ!?女海賊ですか!?カッコいいじゃないですか!採用ですよ!採用!」
「正義感は強そうな人だけど、曰く付きだよ?いいの?」
「良いですよ。何言ってるんですか!私だって曰く付きじゃないですか!むしろウェルカム!ぜひ我が社が引き取らせていただきます!」
ところで、この時電話越しに誰かの声が聞こえた。
「アイリス、誰と喋ってるの?」
「ああ、男爵様よ!魔女の旦那様の!」
「ああ、パイロットのあの人ね。何かあったの?」
「うちの会社に女海賊要らないって聞いてきたから、OKしてたのよ!」
女海賊とは言っていないのだが…それにしても、誰だろうか?男の声なのは間違いない。どこかで聞いた声だが…
「ああ!すいません!じゃあ、明日の朝、宇宙港のロビー横のカフェでいいですか?」
「はい、お願いします。」
よく考えたら、カトリーヌさんに了解もとらずに話を進めてしまった。まあ、どのみち帰りの当てがあるわけでもなし、帰ったところで職は無し。あのロヌギ牛がうまくいったらこの会社が扱うことになりそうだし、彼女にとっても多分悪い話ではない。
帰りに宇宙港のお土産店に寄って、マデリーンさんはまた名物ふんわりスポンジケーキを買う。好きだな、このケーキ。
日が暮れてから家に着いた。なぜだろうか、最近休日は領地がらみの出来事が多すぎる。領主というのは大変だ。
翌朝、まず港湾署に行く。そこにはすでに出所手続きが済んだ8人がいた。
私は彼らに、ミリア村のことを話す。私が領主になったことと、商社が牧場を開こうとしていること、などだ。
「というわけで、7人の方には一度村に戻ってもらいたい。あと数ヶ月でどうにかするから、それまで我慢して欲しい。」
今の私は、彼らにこういうのが精一杯だった。
という話をしている時に、エイブラムから連絡があった。
「なに?今ちょっと立て込んでるんだが…」
「たいした話じゃない。すぐ終わる。明日、早速ミリア村の住人を何人か雇いたいんだが…」
「なに!?それはいいけど、なにするんだ!?」
「決まってるだろ!牧場を作るんだよ!柵を設けて、牛の育て方をレクチャーして…あ、そうそう、もう明後日には牛が来るから。3ヶ月後にロヌギ牛出荷を目指して、すぐに動くぞ!」
「そうだ、一つ確認しておきたいことがあるんだが。」
「なんだ!?」
「もしそのロヌギ牛ってやつがうまくいったとしてだ、」
「うまく行くに決まってるじゃねえか!失礼な!」
「じゃあ、うまく言ったあとのことだが、本星への輸送業務を、アイリスさんの会社に任せるってことで、いいか?」
「なんだそんな細かいこと。今から決めておきたいのか?」
「こっちにも事情があってだな。そういうことにしておくと、都合がいいことがあるんだよ。」
「そうだな、このあいだのあの会社と交わした契約には、お前の領地内の商材の輸送は全てあの会社が独占するって書かれていた。ダミア村とは特定してなかったから、ミリア村も契約上はあそこの会社に頼みことになるな。」
「そうか、分かった。その一言が欲しかったんだ。ありがとう。」
「じゃあ、そういうことで!」
切れてしまった…せっかちなやつだ。一応、ここの7人に、牧場の件は知らせておいた。
村人の7人は、私が手配した貸切バスに乗って、ミリア村に帰っていった。
さて、残るはこのカトリーヌさんだ。
「実はカトリーヌさん、あなたのことだけど…」
「知っている。クビになったことだろう?仕方がない、ここでしばらく日雇いでもやって、故郷に帰るお金を稼ごうかと…」
「いや、そうじゃなくて、あなたを雇いたいって人がいるんです。」
「は!?私を!?」
意外な申し出に、彼女は驚く。
「いったい誰なんだ!?私は海賊未遂の航海士だぞ!?いいのか!?」
「いや、いいらしいよ、女海賊ウェルカムだっていってるんで…ともかく、会ってみます?」
そういって向かったのは、宇宙港ロビー横のカフェ。
私とマデリーンさん、そしてカトリーヌさんで待っていたら、アイリスさんが現れた。
「お待たせしました!いやあ、さすがは男爵様!すごいですねぇ!今度は航海士を連れてきてくれるなんて!」
一緒についてきたのは、マドレーヌさんとペネローザさん、それにアランさんまでいる。
「いやあ、男爵様!アイリス様のために毎度ありがとうございます!さすがは王国の英雄!このマドレーヌ!感激しました!」
持ち上げ方が大げさすぎて、いまいち実感がわかない。なんとかならないのか?マデリーンさん。
「領主様、あ、いや、ダニエル様って呼ぶんでしたよね。どうも、おはようございます。」
随分とこっちは人見知りが直ったようだ。顔色もいいし、いい傾向だ。
「さてと、こちらがその女海賊さんですね!初めまして、アイリスって言います。」
「ああ、私はカトリーヌ。航海士をしているが…おっしゃる通り、海賊未遂の傷物でな…」
「何言ってるんですか!私だってビルから飛び降りようとした曰く付き社員ですよ!海賊ぐらいで、何を引け目感じてんですか!いいじゃないですか、カッコいいですよ!」
「なに!?じゃあ、こちらの魔女に助けられたというあのOLとは、あなたのことなのか!?」
「そうですよ。マデリーンさんのおかげで、人生変わりました。もう怖いものなしですよ。で、この星にきて、楽しく貿易の請負業務をしてるんですよ。」
「そうなのか、知らなかった…あの話には、その後がなかったから、どうなったのか気になっていたのだが、ここで貿易業者をしていたとは…」
「で、実は航海士の人が欲しくてですね。宇宙港間や、ここからアステロイドベルトまでの短距離輸送をするために航海士を募集してたんですよ。でもここじゃちっとも応募する人がいなくてですね、困ってたんです。」
「そりゃそうだろうな。普通、航海士は本星に行かないといないからな。分かった。男爵様の口添えでもあるし、私も人生をやり直したいところだったし、ミリア村の件もなんとかなったことだし、心置きなく働ける。」
「あの~、ミリア村がどうって言ってますけど、何のことです?」
マドレーヌさんが突然、ミリア村のことを尋ねてきた。
「ああ、実はカトリーヌさんが海賊行為をすることになったのは、その村が困窮状態になっててだね…」
私は、ミリア村のことを話す。
「…てことは、ダニエル男爵様が村の領主となられて、おまけにそのロヌギ牛というブランドを立ち上げようとしてるってことですか?」
「ええと、そういうことになるかな?これで村も助かるといいんだけど…」
と言いかけた時、マドレーヌさんの顔を見て驚く。彼女、目にいっぱいの涙を浮かべていた。
普段は調子のいい彼女が、こんな表情になるなんて思ってもいなかった。何かまずいこと言ったのだろうか?私は焦る。
「…私、ミリア村の出身なんですよ…」
突然マドレーヌさんが口を開く。
「えっ!?そういえば、西の方から来たって言ってたけど…」
「そうです、ミリア村なんです。両親が死んでしまったのはその通りなんですが、私、客足の途絶えたあの村を捨ててここに来たようなものなんです。そしたら奴隷商人に捕まって、売られる羽目になって…自業自得なんですよ、私。でもやっぱり、どこかあの村のこと気になってて、ああ、やっぱり残っておけばよかったんやないかって、ずっと後悔してて…」
とめどなく流れる涙を拭きながら語るマドレーヌさん。そうだったんだ。王都に来たって言ってたけど、そういう事情もあったのね。
「でも、男爵様が領主になられて、あの村のことなんとかしてくれてるって聞いたら、私涙が止まらんようになってしもうて…えらいすんません。」
「いや、いいよ。そういう話なら納得だ。突然泣き出したから、何事かと思ったけど、そういうことだったのね。」
「いや、私も同じだ。あの村のことを見たらいたたまれなくなってな。でも、結局何もできなかった。ここのダニエル殿がいなかったら、どうなっていたか…」
「そう、そのミリア村のことだけど、そのロヌギ牛が軌道に乗ったら、この会社に輸送業務を任せることになってるんだ。」
「ええ!?どういうことですか?」
「アイリスさんならお分かりでしょう?ダミア村のロヌギ草の輸送を請け負った時に交わした契約書には『ダニエル男爵の領地の商材輸送業務は我が社が独占することとする』っていう一文があったのを。」
「あ!」
「だから、エイブラムに確認したんだ。この一文、ミリア村にも有効かって。するとやつは有効だと認めた。だから、この会社で働くってことは、私の領民の利益につながることになってるんだ。」
「なんてことだ!じゃあ私がそこで航海士として働けば。…」
「いずれはミリア村のためになるってことですよ。」
一同、黙り込んでしまった。
「…じゃあ、私はここで働いたら、ダミア村を助けることになるんですか?」
また泣き顔になってしまったマドレーヌさんが、こう切り出してきた。
「…まあ、そういうことになるかな?物が売れなきゃ、いくらいいもの作っても意味がない。流通あってこそだよ。」
「じゃあ私、一生懸命働きます!ミリア村のこと、助けます!アイリス様のために一生懸命頑張ります!」
「じゃあ、私も懸命に働くとしよう。元々はあの村のために海賊となったんだ。それがこうして合法的に貢献できる道ができたのなら、私とて頑張らないわけにはいかない。よろしく頼む!」
正直言って、あまりいい給料の会社ではないらしい。だが、志を一つにした仲間が力を合わせれば、きっといい結果を生み出すことだろう。この努力が報われる日が、きっとくるものと願いたい。
ところで、私の捕まえた海賊は、元々我々の探していた海賊ではなかった。
他のチーム艦隊のおとり作戦にも引っかからず、このままお蔵入りかと思われたが、翌週にその本当の海賊船は検問に引っかかって、御用となった。
ちなみにこっちの海賊の頭領は、女船長でもなく、潔さのかけらもない、ただ悪いだけのおっさんだったそうだ。




