#21 社交界と多忙な職場
私は教官としての日々を送っているが、爵位を賜ったために、訓練生からは尊敬され、一方で同僚からは揶揄されている。
最近、教練所で私は「男爵様」と呼ばれる。騎士である訓練生からそう呼ばれていたのだが、だんだんと同僚らにも男爵と呼ばれるようになってしまった。
騎士たちは文字通り、敬称としてそう呼ぶのだけれど、こっちの人間は面白がって呼んでいるだけだ。少し腹立たしいが、騎士たちの手前、この呼び方に異議を唱えるわけにもいかない。
しかし、領地を頂いたこと以外は貴族になったという自覚はなかったが、やはり「貴族」になってしまったことを実感させられるイベントが発生する。
金曜日の夜に「社交界」というやつにお呼ばれされた。招待主は、国王陛下だ。もちろん断るわけにはいかない。
陛下の次女の誕生日だそうで、そのお祝い会が行われるそうだ。こっちの側からも、私以外にシェリフ交渉官など、文官の方々が何人も参加される。
招待状は夫婦宛に来た。そこで、私とマデリーンさんは出席することにした。
が、ここで問題発生。
私は礼装用の軍服を持っているが、マデリーンさんがこういう場で着るドレスがない。そういえば、こういう場所用のドレスなど、作ってなかった。
困ったものだ。あと3日しかないが、今から間に合うのだろうか?
ということで、シェリフさんに相談してみた。
「ああ、いい仕立て屋を知っているよ。デザインから仕上げまでその場でできちゃうので、まさに今のダニエルさんにうってつけのお店さ。」
通常、ドレスというものは注文してできるまでに1週間はかかる。ところが最近、王都のある仕立て屋が我々の技術を導入し、ドレスを素早く作れる店になったそうだ。
早速、そのお店に行ってみる。事情を話すと、すぐに作ってくれることになった。
まずはデザイン。男爵夫人なら、落ち着いた薄い青色の服がいいだろうというアドバイスをいただき、おのずと決まってしまった。
続いて採寸。万歳をした下着姿のマデリーンさんを、3Dスキャナーが一気に彼女の体型を読み取ったようだ。残念ながら、私はその場には入れなかった。
そして服の製作。レーザーでカッティングされた布が、慣性制御で空中に舞い上げられて、それを数本のミシン付きのロボットアームで一気に縫い上げる。
店に着いてから僅か30分で、マデリーンさんの社交界用ドレスが完成した。
早速、そこでドレスを試着してみた。マデリーンさんには青色のドレスもお似合いだ。これなら、どこから見ても男爵夫人だろう。
礼儀作法に関しては、シェリフさんに聞いたり、ネットで調べてなんとかした。
こうして迎えた金曜日の夜。
ややこしいことだが、王宮の前は馬車しか横付けできないため、一旦車で王都に入り、数百メートルだけ馬車に乗る。こういう需要向けの馬車手配業者がいたのだ。
我々夫婦を乗せた馬車は引き返して、別の貴族を乗せてまたここに来る。1台の馬車を何度も使い回す、実に合理的なサービスをその業者は行っていた。でも、それなら素直に馬車をやめて、車にすればいいのにと思う。貴族という人種は、合理性よりも伝統を重んじるようだ。
王宮に着くと、そこは中世の面影が残る華やかな場所だった。
ここには、多くの貴族や文官殿がいた。皆、前近代的な姿、中世な建物。しかしよく見ると、照明は電化されていたり、案内板はスクリーン化されていたりと、ちょくちょく我々の技術が見え隠れしている。
男爵というのは貴族の中でも低い爵位なため、会場の端の方に固まっている。中央部は子爵、伯爵クラスで占められる。
そういえばこの国には公爵がいない。オルドムド公爵は独立して公国を築いているし、他の公爵はことごとく断絶してしまったそうだ。今はコンラッド伯爵がこの国のナンバー2となっているのは、そういう事情だ。
国王陛下も、コンラッド伯爵を公爵にとお考えらしい。が、本人がこれを固辞しているとのこと。領地が広がるのは負担だし、何よりも他の伯爵家とのバランスを気にされているようだ。
さて、我々も社交界初デビュー。手近な貴族と会話してみた。
国王陛下の次女の方の誕生会ということもあって、次女の話題が多い。マルガリータというお名前で、歳は23歳。長女は帝国の公爵家に嫁いだらしく、次女は国内の有力な貴族にと思っているようだ。
だが、コンラッド伯爵のご子息はすでに結婚されており、他に釣り合う相手がおらず、依然としてお相手が見つからないようだ。さりとて、帝国でもいい話はなく、地球401出身者にもちょうどいい相手はいない。国王陛下は、次女の嫁ぎ先にややお困りのようだった。
ちょっと前なら、ローランド少佐という、爵位だけならちょうどいい相手がいたのだが、今はもうイレーネさんがいるし、他にはもういなさそうだなあ…まあ、私などが悩んだところで、陛下の次女など雲の上の存在だ。私がどうこう考えたところで、どうしようもない。
貴族の方たちと会話していると、いろいろな人がいる。
「ほう…宇宙から来たというだけで、陛下より爵位を賜った下賤の者が、なんのゆえんがあってこのような場所におられるのじゃ!?」
などと皮肉る人もいれば、
「いやあ、ダニエル男爵殿!貴殿の星の文化は素晴らしい!今度ぜひ指南して頂きたい!」
という、すっかり我々の文化に好意的な人もいる。
他にも、配下の騎士が私の教練所で訓練生となっている人もいて、パイロットの話題にも及んだりした。
さて、この社交界の表の目的は次女の誕生会だが、実態は国王陛下の威厳を示すことのようだ。
出された料理は豪華絢爛、帝国から最高の食材を入手し、宇宙港ホテルの一流シェフにここの料理を任せたようだ。
ワインひとつ取っても、男爵エリアでも10年、20年物が惜しげもなく振舞われる。
壁にはいくつかの絵画が飾られている。中でも、奥にひときわ大きな絵画がある。
白馬に乗り、軍勢を先導する指揮官の絵、実はこれ、何代か前の国王とのこと。
なんでも、王国軍の数倍の兵力で攻めてきた帝国軍に対し、あの大河を挟んだ戦闘で勝利した時の絵なんだそうだ。
あれ?今はこの王国、帝国に属していなかったっけ?帝国に勝っちゃったことがあるの?
この話には続きがあって、結局、多勢に無勢な王国軍は、包囲されて追い詰められることになる。ただ、先の敗北で攻めあぐねていた帝国軍陣地に、ここの国王は単身で出向いていったらしい。
帝国軍の将軍の前にこの国王、自分の剣を目の前に置いて、こういったそうだ。
「我は、帝国との同盟に応じる為にここにきた!だがもし、ここで我を殺して王国に攻め入れば、王国軍は最後の一兵まで戦う覚悟!さすれば、この川は我が軍と帝国軍の死体の山で埋め尽くされるであろう!」
先の戦闘で、王国軍の強さを帝国軍は知っている。大きな犠牲を出すより、ここで同盟に応じた方が良いのではないか…
ということで、この将軍はこの王国と「同盟」を結ぶことで同意した。あの巨大帝国の属領の中で、この王国だけが唯一「同盟」関係にあるのだという。
そういえば、帝国にも王国にも国名がない。ただ「帝国」「王国」と呼ばれているが、それは唯一無二の帝国であり、王国だからそうなってるんだそうだ。
すごい歴史話を聞いたが、我々の出現により、惑星規模の連携が行われようとしているこのご時世、唯一無二だなんていってられない。帝国も王国も、自国の呼称の制定に迫られてるようだ。
というわけで、散々美味しいものを飲み食いして、有り難い歴史話も聞けた。
が、慣れない貴族階級の集まりに参加して緊張しすぎたせいか、2人ともすっかり疲れてしまった。
「ああーっ!疲れたぁー!」
家に着くや否や、青いドレスを脱ぎ捨て、半裸状態でソファーの上に寝っ転がる、はしたない魔女。
そんな無防備な魔女を見て、野獣と化す男爵。疲れてるくせに、ついつい激しい夜を過ごしてしまった。
そんな調子で迎えた土曜日の朝は、やっぱり遅いスタートとなる。
自動調理機が作った朝食がすっかり冷めた頃に起きだして、その朝食を人の手で電子レンジに放り込んで温め直すという、なんとも無駄な作業をする朝を迎えた。
遅い朝食が終わる頃、マデリーンさんのスマホにメールが届く。アイリスさんからだ。
メールの内容は、やや衝撃的な内容だった。
アイリスさん、なんと金曜日に「奴隷」を買ってしまったそうだ。
いったい彼女に何があったのか!?昼から早速会うことになった。
ショッピングモールのフードコートで待ち合わせた。アイリスさんと、見知らぬ女の子がいた。
さて、その女の子が要するに「奴隷」なわけだが、彼女の名はマドレーヌ、歳は18。どうやら両親に死なれて、孤児施設に身を寄せたそうだが、その施設が酷いところで、なんと人身売買の商人とつながっていたため、売られてしまったそうだ。
で、競りにかけられたところをアイリスさんが見つけて、競り落としてしまったらしい。
王都内で行われていたこの競りの現場を見てしまったアイリスさん。彼女がマドレーヌさんを買った理由は、あの帝都での砲撃長と同じ。正義感からついカッとなって、競り落としてしまったらしい。
「マデリーンさんがあのとき言ってたように、本当に奴隷制度っていうのがあるんですね!ここは!私信じられなくて、つい買ってしまったんです!」
「そういう話はよく聞くので、気持ちはわかるけど、どうするの?彼女。」
「そうなんですよ。で、実はですね…」
昨日の仕事帰りに彼女を「買って」しまったらしいが、その後どうすればいいか分からなかったので、いろいろ調べたらしい。
居住許可を得ないとこの街には住めない。居住許可を得るためには、少なくともこの街で住み込みの使用人になるか、ここの住人と結婚するか、地球401の企業に勤めてるか、のいずれかが必要だとわかった。
そこでアイリスさんの取った策が、なんとマドレーヌさんを自分の貿易会社の従業員にするというものだった。
王都の一角にあるアイリスさんの貿易会社の出張所には、なんと従業員が5人しかいない。おかげで仕事がまわらず困っていた。毎日朝早くから夜遅くまで働いているが、全然手が足りない。
給料もそれほど多い会社ではない。残業代もあまり認められないようだ。いわゆる典型的な「ブラック企業」なわけだが、新しい土地で新しい仕事。やりがいだけがこの5人を何とか支えていたようだ。
だが、そんな5人でも困っていたのは、ここの土地に慣れていないことだ。この星に来たばかりの5人だから、全く土地勘がない。そこで、現地民を雇いたいと思っていたところだったようだ。
そんなところに、アイリスさんはマドレーヌさんを連れていってしまった。他の4人は大歓迎。すぐに従業員として迎え入れられた。
本社には、この星の案内人を雇うことにしたと報告。街の事務所で居住許可をもらい、この宇宙港の街の一角にあるアパートに住むこととなった。
奴隷からブラック企業の従業員とは、正直あまり幸せな待遇とは言い難い気がする。が、一応こちらは週休2日で、安いながらも給料も出る。まあ、奴隷から見ればまずまずの待遇だろう。
さてこのマドレーヌさん。エドナさんのように暗い雰囲気かと思いきや、とても明るい。
「マドレーヌです!歳は18!いやあ、奴隷商人に売りつけられた時はどないしようかと思ってたんですけど、なんとかなるやろうとやけになって舞台で振舞ってたら、アイリス様にお買い上げ頂きました!仕事に住処まで頂いてしまって、ほんまにありがたいですわぁ!」
妙に訛りの強い言葉で話すマドレーヌさん。
アイリスさんがマドレーヌさんを選んでしまった理由がこの「明るさ」だという。舞台の上で鎖に繋がれたまま、観客に明るく振る舞う彼女を見て、とても惹かれてしまったのだという。
「いやあ、この元気さがうちの出張所には欲しいんですよ。毎日遅くまで働いているので、みんな疲れちゃって。昨日も来て早々、すごかったですよ。」
嬉しそうに語るアイリスさん。経緯はともかく、いい人材に巡り会えたようで、何よりだ。だけど、さっきは正義感から彼女を買い上げたといってなかったか?少し矛盾があるような気がするが…まあいいか。
で、今日マデリーンさんに連絡してきたのはマドレーヌさんの件だけではない。私の領地であるダミア村に行きたいのだという。
「あの村に用事なんてあるの?」
「あるんですよ。先週行った時にお会いした、あの二等魔女のペネローザさん。彼女をぜひうちの会社に入れたいんですよ。」
「ええ!?ペネローザさんを!?」
「はい、実はうちの会社の輸送船が荷物を受け取りに月に一回帰ってくるんですが、ちょっと困ったことになってまして。」
この会社の持つ輸送船というのは、700メートル級の大型のもの。結構いいものを保有している。
輸送船への積み込みというのは、当然ロボットが行う。ところが、要求されている荷物の量が多く、いくつかの会社の荷物を請け負ってしまったため、荷物コンテナの大きさもばらばら。
前回積み込み時には大変だったらしい。積み込み始めはまだ荷室にロボットが入る余裕があるので、難なく敷き詰めることができる。
が、ペイロードいっぱいに詰め込む最後の仕上げでは、もう格納スペースにロボットが入り込めない。その状態で、大きさの違うコンテナの格納作業を行おうとしたらしい。
が、人の力では到底無理。諦めて、他の輸送船にお願いしたそうだ。
で、あの時ペネローザさんがいてくれたら、間違いなく詰め込めただろう。そう考えたアイリスさん、どうしてもペネローザさんを従業員にしたいそうだ。
「月に一度、それも最後の仕上げだけいてくださればいいんです!その荷物を他に回すことによる損失の大きさを考えれば、月に一度の勤務に1ヶ月分の給料を払っても元が取れます!ぜひ我が社にペネローザさんを!」
私に力説されてもねぇ…やはり、本人に聞いてみないと。
あの村でも、年に一度の穀物積み込み時のみ仕事してるって言ってたから、そのときだ村にいれば、あちらにとっても迷惑ではなさそうだ。
というわけで、ダミア村に行くことにした。
私とマデリーンさん、アイリスさんにマドレーヌさん。それにもう1人ついてくることになった。
それは、アイリスさんと同じ会社の人で、名前はアランさん。さっき連絡したから、すぐにくるらしい。
だけど、5人だと私の車ではちょっと狭いなあ…と思っていたが、そのアランさんが大きい車を持っているらしい。
で、アランさんが現れた。その大きな車とともに。
大きいなんてものじゃない。10人乗りの大型車だ。コミューターワゴンで現れた。
「アランです。男爵様、よろしくお願いいたします。」
アイリスさん、私のことを男爵としか教えていなかったらしい。おかげでこのアランさん、私のことをここの星の人だと思っていたらしい。地球401出身のパイロットで、階級は大尉だと教えておいた。
「そちらの方が、魔女のマデリーンさんですね、確か『ライオンの魔女』と呼ばれてるとか。」
「『雷光の魔女』よ!なに間違えてんのよ!」
マデリーンさんに怒られていた。少しおっちょこちょいな人なのかもしれない。そう感じた。
「そういえばこの車、10人乗りだって言ってたよね?じゃあ、もう2人、乗せてもいいかな?」
私はアイリスさんに聞く。
「いいですよ、でも誰を乗せるんですか?」
「多分、ペネローザさんと気が合いそうな人だよ。」
それを聞いて、マデリーンさんが聞いてくる。
「誰よ!?ペネローザと気があう人って!」
「マデリーンさんも分かるんじゃない?あの人見知りっぷり、どこかで見たことはないかい?」
「あ!」
マデリーンさんは分かったようだ。
やがて、その2人がやってきた。
アルベルトと、ロサさんである。
「どうも、ダニエルさん。いったい何ですか?用事って。」
直前までショッピングモールでまたショーをやっていたようだ。魔法少女の格好で現れた。
一方のアルベルト少尉はというと、衣装や道具を入れたバックを2つほど抱えている。
そのまま、アランさんの車に乗り込む。人が7人に大荷物が2つ。9人分の席を占有した。10人乗りでよかった。
「いやあ!驚きましたわ!アイリス様に魔女の知り合いがこんなにいらっしゃるなんて!さすがは私のご主人様!すごいですねえ!」
マドレーヌさん、興奮状態だ。
「マデリーン様っていうたら、あの王国最速の魔女様ですよね!?」
「そうよ!私こそが最速の魔女!マデリーン!最近さらに速くなったのよ!」
「ええ!?そうなんです?めっちゃすごいじゃないですか!ぜひ一度、見てみたいですわぁ!」
マドレーヌさんが調子よく持ち上げるものだから、マデリーンさんはご満悦だ。
「ところでアランさん、なぜこんな大きな車を持ってるんです?」
「いやあ、この星に来てすぐに車を買ったんですよ。大きいのがいいなあと思ってワゴン車を選んですけど、その時グレード間違えちゃったみたいで、一番大きいやつがきちゃったんですよ。まあいいかって、そのまま使ってるんですけどね。」
やはりちょっと抜けたところがあるようだ。この男、大丈夫か!?
そんなやりとりをするうちに、ダミア村に着く。ちょうど収穫した小麦を馬車に積んでるところだった。
ということは、積み込み作業をしているペネローザさんがいるということに…いたいた、馬車の横にいた。まさにこれからあの小麦のかたまりを積み上げるところだ。
「アイリスさん、怪力の魔女っていうのは誰なの?」
「あそこですよ。あ、ちょうど今から持ち上げるところですね。」
アランさんがアイリスさんに尋ねているうちに、ペネローザさんは大人5人分の大きさはあろうかという巨大な束を、いとも簡単に持ち上げた。
アランさんはびっくりした。話には聞いていても、やはり実際に見ると衝撃的な光景だ。
馬車にその小麦の束を積み終えたペネローザさん、こちらに気づいた。
「あ、領主様。こんにちは。」
「いや、領主だなんて…ダニエルでいいよ。」
「じゃあ、ダニエル様、こんにちは。ところで…また知らない方が4人ほどいらっしゃいますが…ど、どちら様でしょうか?」
「ああ、ええと、いろんな人がいるんだけど、まずこちらはアランさん。アイリスさんの同僚の方だよ。」
「こんにちは、アランです。」
「あと、こちらはマドレーヌさんといって…」
「どうも!マドレーヌでーす。アイリス様の奴隷やってまーす!いやあ、先ほどは素晴らしい魔法を見せていただいて、とても感動しました!」
「えっ!?奴隷!?」
「ちょ…ちょっと!マドレーヌ!なんてこといってるのよ、あなたうちの会社の従業員でしょうが。」
「まあまあご主人様、いいじゃないですか!私はあなた様の奴隷!アイリス様~どこまでもついていきますよ~!」
盛り上がってるようだが、ペネローザさんはドン引きだ。こういう調子のいい人は苦手らしい。
というわけで、ちゃんと彼女向けの人物も連れてきたわけだ。
「私はロサって言います…よ、よろしく。」
さあ、今度はどちらかというと、ペネローザさんに近い人だ。
「…あの、もしかして、魔女ですか?」
「ええっ!?なんでわかったんですか!?」
「…いえ、その格好がいかにも魔女っぽかったので、つい…」
ああ、そうだ。魔女というより魔法少女なんだが、あの格好のまま連れてきてしまったのだった。
「ええとですね、私、一応は一等魔女なんです。で、こっちが私の旦那のアルベルト。」
「結婚されてるんですか、すごい、おめでとうございます。」
なんだか、いい感じに波長があってきた。やはり、ロサさんを連れてきて正解だった。
「アルベルトです、さっきの力、すごいですね。うちのショーにも欲しいですよ、その力。」
「え?なんですか?ショーって。」
我々の文明の存在について、ついこの間まで知らなかったくらいだ。魔法少女のアニメの存在など、知る由もない。
「さて、一通り挨拶が終わったところで、本題の入るわ。」
ここでアイリスさんがペネローザさんに話をしようとする。
「ちょ…ちょっと待った!まだペネローザさん、荷物を積んでるところじゃないの?」
「いや、今ので最後じゃよ。ペネローザ、今年もおかげで助かった。また来年も頼む。」
パジアーノさんが出てきた。
「はい…じゃあ私はこれで。」
「おっと、私達も話があるのよ。」
「ええ…ま、まだ何かあるんですか…」
我々にすっかり怯えてしまったペネローザさん。半ば強引に、近くの村の役場を借りることにした。
「実はペネローザさんに、うちの会社のお手伝いをして欲しいの。」
「ええ!私がお手伝い!?な…何をするんですか?」
「宇宙港に来る宇宙船に荷物を載せるんだけど、荷物を詰め込む時の、あなたの力が借りたいの。お給料もなんとかたくさん出してもらうよう、本社にはお願いするから、ぜひきて欲しいの!」
「で…でも宇宙港って、王都の横にあるんですよね?あんなたくさん人がいる恐ろしいところ、私とてもいられませんよ…」
恐ろしい力を持っているのに、人がいるだけで恐ろしいというこの魔女さん。相当な人見知りだ。
そこにロサさんが話しかける。
「王都は私も怖いけれど、宇宙港の街なら全然大丈夫よ。私もね、最初は人が多くて怖かったけど、アルベルトに連れられてあるお店に行ったの。そしたら、すっかりあの街が気に入ってしまって。」
「ええ?ロサさんも人嫌いだったんですか?」
「私も1年前まで、人里離れた魔女の里に住んでたのよ。でも今はすっかり宇宙港の横の街に住みついてるのよ。」
「…その宇宙港の街というのは、そんなにいいところなんですか?」
「うん、多分あなたも、気に入ってくれるところだと思う。」
「そうよ!私も住んでるんだよ!ハンバーグが美味しくて、いいところよ!」
「ななな…なんですか?ハンバーグって。」
「ああ、マデリーンの言うことはほっといて…」
「なによ!私のことほっとくだなんて!王国最速の魔女なのよ!?私は!」
せっかくロサさんがいい流れを作っているところなのに、マデリーンさん、あなたぶち壊しにかかってますよ。ちょっと黙ってて欲しい。
「じゃあ、一度その街にきてみない?ロサさんがおっしゃるようにいい街だったら、そのまま住み着くってのは、どう?」
アイリスさんが提案してきた。
「アイリスさん、いくらなんでも、ペネローザさんがこの村を出たら、パジアーノさんが困るんじゃないの?」
「いや、わしらはかまわんよ。年に一度、手伝ってくれればいいし、いつも引きこもっててしんぱいだったくらいだから、外に出るのは賛成じゃよ。」
すっかり周りは、ペネローザさんの宇宙港行きに賛成のようだった。
観念したペネローザさん、ついに宇宙港の街に一度行ってみると言い出した。
「でも…怖かったら、帰ってきていいですか?ここならロヌギ草もいっぱいあるし、食べて行くだけなら困っていないんです。」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと外の世界を知ると、あそこに戻りたくなくなるわよ。私もそうだったし。」
ロサさん、珍しくペネローザさんを説得する。こんな積極的な彼女を見るのは初めてかもしれない。
「で…でも私、二等魔女ですよ?白い目で見られませんかね?」
「何言ってるんですか!私なんて奴隷でっせ!?それに比べたら魔女なんて、大したことありませんってば!」
「私も魔女だけど、あの街の人は全然魔女のこと嫌じゃないみたい。むしろ歓迎してくれるのよ?」
この場合、マドレーヌさんより、ロサさんの言葉の方が説得力がある。
「ええ?魔女を忌み嫌わないなんて…そんなところ、本当にあるんですか?」
「そうよ、でなきゃ私みたいな人見知りが、住もうだなんて思わないし。」
「そうなんですね、ちょっと楽しみにです、その街。」
ロサさんを連れてきて正解だった。やはり似た者同士、悩みのツボも心得ている。
「じゃあ早速、行きましょうか。」
「ええ!?い…今から行くんですか!?」
「善は急げって言うじゃない?すぐに行きましょう!とりあえず、1週間の滞在許可をもらって、マドレーヌさんも住んでるアパートの一室を借りて住んでみればいいわよ。」
さすがブラック企業の従業員、もう取り込む気満々だ。
そのまま、半ば強引にアランさんの車に連れていかれたペネローザさん。これでも私の領地に住む領民、ちょっと可哀想になってきた。
車で1時間ほど走ると、宇宙港の街に着いた。早速街の入口の事務所で、滞在手続きをとる。
で、そのまま街に入る。ペネローザさんもそうだが、まだこの街を見慣れていないマドレーヌさんも夢中になって車の外を見ていた。
住宅街を通る。私の家をずっと過ぎて、ちょっと宇宙港寄りのところに、20階建のアパートがある。
こんな大きな建物が「アパート」かと思ったが、中は簡素なワンルームの部屋ばかりが並んでいる。確かに、建物内の雰囲気は「アパート」そのものだ。
そこの部屋を一つ借りた。手続きは簡単で、入口にある端末に、アイリスさんが会社から持ってきたというカードを当てる。すると、キーが出てきた。このキーを返却するまでは、会社が部屋を借りることができる仕組みだ。
部屋は4階の一室。なんとマドレーヌさんの隣の部屋だ。当のマドレーヌさんも昨日夜に来て手続きしたばかりだから、順番的にそうなったのだろう。土曜日にわざわざ企業向けアパートの一室を借りに来るものなど、アイリスさんくらいのものだろう。
荷物を置いて…いや、荷物なかったわ、ペネローザさん、身一つでそのまま来たんだった。なので、部屋の中を確認した後、とりあえず身の回り品とスマホを買ってくることになった。
なぜいきなりスマホ?アイリスさん曰く、連絡手段がないと不便だからと言う。もう従業員にするのが決定したように進めちゃってますけど、まだ試用期間中ですよ?
しかし、苦手なタイプのマドレーヌさんと隣同士になってしまった。大丈夫だろうか?私はそっちの方が心配だ。
アランさんの車に乗って、ショッピングモールに行く。もう夕方で、買い物客でごった返していた。ただでさえ人嫌いなペネローザさん、この光景に恐怖していた。
が、そこは元人見知りのロサさんがついている。いや、彼女は今でも人見知りか。それはともかく、服屋に日用品売り場に携帯電話ショップを回って必要なものを手に入れた後、早速あの店に向かう。
それは、行きつけのアニメショップ。ロサさんはここの依頼で毎週のようにイベントをしている。おかげでこのお店の売り上げは上々らしい。
「おや?ロサさん、どうしたんです?」
「ああ、店長。実は新しく知り合いになった魔女がいてですね、このお店を紹介しにきたんです。」
「あ、わわわ…私はペネローザって言います…」
「おお!ロサさんが初めてここに来たときみたいだね。懐かしい!」
「でしょ?だから店長にぜひいろいろ見せていただきたくて。」
「分かりましたよ、ロサさん。今流行りのやつ、とくとお見せ致しますよ!」
「ええ?なんですか?流行りのものって…」
「いいからいいから…」
そこから先は、私にはわからない世界だ。だが、ペネローザさんがその世界の片隅に入り込んでしまったようだった。
店の奥にあるモニターに映されるアニメのPVの数々。これを見たペネローザさん、みるみるうちに、目を輝かせる。こんな世界があったなんて、夢にも思っていなかったようだ。
やはり、ロサさんの眷属だったようだ。すっかりはまってしまう。
で、さっきアイリスさんが購入したスマホに動画をいくつか入れてもらう。これでまた1人、アニメの世界に入り込んだ魔女が増えてしまった。
「ロサさんが言ったことがよくわかります。確かにいい店ですよね、気に入りました。」
「でしょ?私もアルベルトに連れていかれて、その日以来ずっとはまっちゃったの。で、今は週に一回、あのお店のためにコスプレってのをやってるの。」
「コスプレ?なんですか?それ。」
立ち話もなんだからと、いつものフードコートへ行く。そこで夕飯を食べながら、ロサさんとペネローザさんは語り合うことになった。
ペネローザさんが頼んだのは、ピザだった。店頭で見かけて、なんだかとても気になったようだ。
これがどうやら衝撃的な味だったらしい。美味しそうに食べるペネローザさん。もうすっかりピザの虜になってしまった。
一方のマドレーヌさんが食べていたのは、なんとタコヤキという、地球001から伝わったソウルフード。タコなどというグロテスクな海産物を使っているくせに美味いという、不思議な食べ物だ。
「いやあ、このタコヤキ、うまいですわあ!ほんま元気が出てきます!なんでっしゃろ?えらい懐かしい味がしますな!」
なんでも、マドレーヌさんは王国の西のはずれの街からやってきたそうだ。その街で両親は商売をしていたらしい。だが、流行り病なのか、二人ともいっぺんに亡くなってしまった。
親を亡くして行き場を失ったマドレーヌさん、王都に行けば何かあるだろうと思い来たそうだが、そこであの施設に騙されて奴隷として売られる羽目になってしまったとのこと。
だがマドレーヌさん、これはチャンスと思ったらしく、むしろ明るくふるまうことにしたそうだ。アイリスさんとはまるで逆の話。この二人が出会ったのが不思議でならない。
でもマドレーヌさん?いまあなたが入ってしまったアイリスさんの会社は、まさに多忙を極めたブラック企業。明後日からの仕事で幻滅してしまわないか、心配でならない。
「親が言うてました。どんな時も笑顔を絶やすなと。笑っていればいいことあるよと、死ぬ間際まで私に言うんですわ。変わった親でっしゃろ?」
タコヤキを食べているときのマドレーヌさんは、なぜか訛りが強くなる。
こうして、土曜日が暮れていく。ペネローザさんとマドレーヌさんはあの20階建てアパートに入っていく。我々も自宅にたどり着いた。
翌、日曜日。今日こそはマデリーンさんと2人きりで…とはならず、相変わらずいろいろな人から呼び出しがかかる。
まず来たのはアイリスさん。また会いたいとおっしゃられる。
朝っぱらからまた、ショッピングモールのフードコートに集合。マデリーンさんと一緒に行く。
「なんだろうね?また呼び出しなんて。」
「きっと、うちの村から雇いたい人がいるって相談じゃないの?」
もうダミア村のことを「うちの村」呼ばわりだ。確かに領主にはなったが、あまり自分のものっていう感覚はないなぁ。
で、アイリスさんが現れた。そこにはマドレーヌさんとペネローザさんも一緒だった。
話というのは、従業員追加の件ではなかった。ペネローザさんが正式に従業員になることが決まったということだった。
一晩たって、ペネローザさんはこの街で暮らすことを決めたそうだ。それにしても、たった一日で決めちゃってよかったんですか?ペネローザさん。
話を聞いてみると、ロサさんのアニメショップも決め手の一つだが、実は最大の決め手となったのは、マドレーヌさんだという。
昨日の夜、マドレーヌさんがペネローザさんの部屋に押しかけてきたそうだ。
まあ、女の人同士、心配することはないのだが、ペネローザさんはマドレーヌさんとはあまり相性がよさそうではなかったので、それで本当に大丈夫だったのかが心配になってしまう。
が、一晩話してこの二人、すっかり仲良しになれたようだ。
マドレーヌさんは自分の故郷の話をしたそうだ。考えてみたら、二人とも同じ西の方角から来た者同士、話があったようだ。
ということで、ペネローザさん、ここで暮らしていく決心がついたそうだ。
この2人にとってこれはよかったのか、それとも多忙な職場に放り込まれるという不幸の始まりなのか、今はまだわからない。ただ、閉じこもっていたペネローザさんが表に出ようと決心できたことは、決して悪いことではない。
こうして、平和なはずの休日は、アイリスさんによってほとんどつぶされてしまった。残り半日はマデリーンさんと過ごしたものの、もうちょっと2人きりで、べったりしていたかったなぁ。




