#2 帝都の祭りとチキンと奴隷市場
ベッドの中で、私はマデリーンさんに聞いてみた。
「明日はどこに行きたい?」
「そうねぇ。私、久しぶりに帝都に行ってみたい!」
「帝都?いいけど……あそこにマデリーンさんが行ってみたい場所なんて、あったっけ?」
「それがね、明日から『帝都祭り』をやるのよ!帝都で年に一度行われる大きなお祭りよ!一度行ったことがあるんだけど、これがすごいのなんのって!」
帝都とは、この王国の隣にある強大な国家である帝国の首都。私のいるこの王国も、帝国の属領として存在しており、この大陸にある国家のほとんどが、この帝国に忠義を示して存続している。
もっとも今は宇宙進出の中核として、この星の国を取りまとめる存在。そこで帝国と共同で、我々地球401政府は残りの国家との同盟交渉を粘り強く続けているそうだ。
さて、そんな絶大な国力を誇る帝国の首都である帝都「スリュムヘイム」。この帝都の人口は周辺地域を含めて約800万人。この星の文化レベルを考えると、かなり大きな都市だ。
その帝都では毎年この時期にお祭りが行われる。なんでも、明後日は建国記念の日らしい。その前後1週間の間、帝都の街は祭り一色で染まるそうだ。
そういえば、我々がここにきてちょうど1年ほど。この建国祭りというのに遭遇するのは初めてだ。
私もこの祭りには非常に興味がある。しかもマデリーンさんお勧めとあって、早速行ってみようということになった。
そのあとはマデリーンさんとお楽しみ……さて、翌朝のこと。
帝都までは車で行くことになるのだが、一つ気がかりなことがある。
私も一度、帝都上空まで飛行したことがあるが、確か帝都と王都の間には大きな河があったはずだ。
橋はあったけど、あの橋はたしか木造だった。あまり頑丈そうな橋ではなかったけれど、車で渡っていいのかなぁ…マデリーンさんは空を飛んでいけるが、私はそういうわけにはいかない。まさか哨戒機を貸してもらうわけにもいかないし、どうしたものか?
と思って、手元のスマホで調べてみると、何のことはない、もう立派な橋ができているらしくて、車で行けるようだ。しかも、王都と帝都の間はマッピングが進んでいて、自動運転エリアになっていた。
ということで、先月買ったばかりの車で出かけることにした。
なお、この星では未だに馬車が多いが、我々の車はもちろん馬など使わない。超小型の核融合炉を搭載し、それで発電した電気で動く。
「帝都はね、チキンが美味しいんだよ!絶対食べよう!」
そういえばマデリーンさんは何度か帝都に行ってるんだったよな。我々と接触する前は、帝都によく書簡を届けていたと言ってたっけ?
だが、帝都の役人は魔女に冷たかったようだ。魔女というのはこの星では差別の対象で、王国だけが比較的魔女を優遇していただけのようだ。魔女から届け物を受け取る時の帝都の役人の態度は、もはや魔女を人扱いするものではなかったらしい。だから、帝都の話をするとたいていマデリーンさんは不機嫌になる。そんな役人からの屈辱の鬱憤を晴らすのに、その帝都名物のチキンは役に立ったようだ。
王都から帝都の間は舗装も進んでて、かなり快適な車の旅ができる。自動運転モードのままで、まっすぐな道路を走り続ける。私はぼんやりと、周りの風景を眺める。
この道は片側3車線ある。内、2車線は車用、残り1車線は馬車用だ。
このため、舗装は2車線のみ。馬は舗装道路の上を歩かせると蹄を傷めるため、未舗装路が残されている。
トラックによる輸送が増えたとはいえ、まだまだ馬車は多い。地方国家への輸送手段は馬車が主流だから、しばらくはこの馬と車の並走状態は続くことだろう。
馬車向けの宿場町もところどころ見られる。ここは自動車用の道の駅もやってて、それなりに繁盛していた。
さて、帝都と王国とを分断する大きな河に差し掛かった。この河は大きい。幅は2キロといったところか。元々橋がかかっていたが、大雨のたびに壊れていたためしょっちゅう通行止めになっていたというから、つい1年前までは大変だったようだ。
ところが今は大きくて頑丈な橋ができた。馬車も車も渡ることができる橋で、それまでの不便な輸送事情は一変した。
私の車で橋を超える時も、脇にはたくさんの馬車が通っていた。それにしても、こんなにたくさんの馬車でいったい何を運んでるんだろうか?
そんなことはさておき、王都から2時間ほど走ったところで帝都に着く。
帝都と呼ばれるのは、中央部にある城塞都市部と、周辺のいくつかの街を含めた領域だ。
だが、車が入れるのはこの城塞部の手前まで。祭りの行われる中央部に入るには、一旦車をどこかにおいていかないといけない。
中央の城塞部分のすぐ脇に山があるが、ここに街がある。ここは元々、人口密度の高い帝都にあって唯一人気のない場所だったが、我々の政府はそこを削って切り開き、帝都宇宙港と街を作ってしまった。
その帝都宇宙港のそばに大きな駐車場があって、帝都の外から来る人々の車を停めることができる。私の車もそこに停めた。
駐車場から歩いていったん宇宙港の街に入る。ここは王都宇宙港よりもまだ新しいため、あちこちでまだ建設が続けられている。
この街を抜けると、大きな城門が見える。ここから先が帝都「スリュムヘイム」の本体だ。
ここは500年もの歴史がある都市、帝国を作り上げた初代皇帝の名前を冠した城塞都市である。
もっとも、できた頃は周囲の王国とさほど変わらない国だったようだが、今から300年ほど前にとんでもない有能な皇帝が誕生し、一代で周辺国30か国を取り込んだ大帝国を築き上げたそうだ。
現在の皇帝陛下は、初代から数えて31代目。今の陛下の代でさらに属国が増えたそうだ。武力よりも調略で多くの国を従えたようで、300年前の皇帝の再来と言われているらしい。
そんな皇帝陛下の代で宇宙時代になり、惑星規模で国をまとめていかなければならない御時世になったが、この調略の天才である皇帝陛下は、帝国のさらに外の国を取り込むために動き出した。おかげで、あと3年はかかると言われていた惑星統一政府の樹立は、今のところ倍のペースで進んでいるようだ。こんなところに、皇帝陛下の手腕が発揮されてるらしい。
城門をくぐると、そこはもうお祭り状態だった。たくさんの露店が並び、様々なものが売られている。
マデリーンさんお勧めの帝都チキンを売っている店を見つける。早速そこで買おうかと思い店員に声をかけようとすると、マデリーンさんが引き留める。
「ダメだ、あそこは。焼き方が甘い!」
……そんなものか?私には、その違いが分からない。まあ、チキンの良し悪しはマデリーンさんがよく心得てるようだから、お任せしよう。
焼き菓子や、蜂蜜菓子のようなもの、それに飲み物を売っているお店が多い。工芸品もたくさんあるが、中には家電やスマホを売ってる店まであった。この祭りには、我々地球401の商社も入り込んでいるようだ。
飲み物のお店で売られてるものは、大抵はお酒だ。果実酒に蜂蜜酒に穀物酒、特にここはワインが多い。
帝都を超えて、我々のいる王国をも超えたその先にある国で、良質なブドウが取れる。そこで醸造樽に詰めてから馬車に乗せて、王都を超えてこの帝都まで運んでくる。その時、ブドウは揺られる馬車の中で熟成するんだという。
このため、遠くのワインほど味がまろやかになって美味しくなるという。それゆえ遠くの産地のワインほど人気があり、値段も高い。そうか。それであれだけたくさんの馬車が未だに行き来しているのか。あれはワインを運んでいたのだ。
試しにその高いワインを一杯飲んでみた。私は果実酒系は苦手なのだが、これは私でも飲みやすい。
おっと、車を運転するというのにお酒を飲んでしまった。まあいいか、どうせ帰りも自動運転だし。
そう言っているマデリーンさんもワインを飲んでいる。もう2、3杯は飲んだようで、かなりご機嫌だ。
今までマデリーンさんがこの帝都に来るときは、ホウキできていた。ワインを飲んでしまうとマデリーンさんは飛べなくなるので、飲みたくても飲めなかった。そりゃお酒好きのマデリーンさんにとっては耐えがたいものだったろう。
マデリーンさん、これまでは飲みたくても飲めなかったワインをここぞとばかりに飲んでいた。……しかし、大丈夫かなあ。わりとお酒は強い方だが、あのペースで飲むとそのうち寝てしまうんじゃないのか?
2人でお酒を飲みながら街を歩き回ると、ようやくマデリーンさんのお目にかなうチキンのお店を見つけた。
その店で2つ買って、早速食べてみる。
何だろうか?私の街にもこの手の料理はあるけれど、肉に弾力がある。皮もパリッとしてて、歯ごたえがあって本当にうまい。
「私がなんで宇宙港の街のチキンがダメだっていつも言ってるのか、その理由がわかるでしょう?」
この帝都チキン、帝都ワインにもよく合う。思わず、チキンとワインをもう一つづつ追加してしまった。
このチキンに使われている鶏は、帝都のすぐそばの広い平原で飼われているらしい。
狭い飼育小屋で育てられた鶏を使った宇宙港の街のチキンとは違い、ここの鶏は自然の中で育ったもの。味が段違いな訳だ。
すっかりほろ酔いになってしまった我々夫婦を、一瞬で目覚めさせる出来事が起こる。
祭りの会場に、突如甲冑を着た集団があらわれる。そして、その周りの人々を襲い始めた。
緊張が走る。帝都の警備兵が集まり、この甲冑軍団に立ち向かう。
だが、周りの人々はそんな甲冑集団や警備兵に喝采を送っている。甲冑を着た連中は、無防備に近い警備兵の集団に押されて、会場から出て行ってしまった。一体どういうことなんだ!?
どうやら、あれは祭りの余興の一つのようだ。帝国建国直後に街に武装集団が押し寄せて来たそうだが、これを勇敢な警備兵が戦って追い払ったという故事にちなんだものだそうだ。
そんなイベントがあると知らない我々は、すっかり酔いが覚めてしまった。そういうイベントは、ちゃんとサイトに記載しておいて欲しいなあ。
で、仕切り直しに何かを食べようと思ったが、チキンを食べ過ぎてお腹いっぱい。しばらく歩き回って、お腹を空かせてから何か食べようということになった。
少し裏通りに入る。ここは表通りとは違った店が多い。食べ物よりも、工芸品や芸術品を売っているお店が多くみられる。
その奥にちょっとした広場のようなところがあって、そこに人だかりができていた。
人混みの前には、舞台のようなものが見えた。何かイベントでもしてるんだろうか。だが、祭りのイベントは表通りでしかやらないと、さっきのイベント騒ぎのことを教えてくれた人は言っていた。だから、ここで行われるのは祭りの行事ではないらしい。
なんとなく気になったので、マデリーンさんと一緒にその舞台の方に行ってみた。
近づくにつれて、舞台の様子が見えてきた。するとマデリーンさんが血相を変えて立ち止まった。
「あ…あれって…もしかして、人売りをやってるんじゃないの!?」
マデリーンさんが言った。
ここで私は知った。人を売買する、そんなおぞましい風習が、この帝都ではまだあるんだそうだ。
そしてあの舞台は、まさにその人の売り買いを行う「奴隷市場」だったのだ。
2人はその光景に、ただただ呆然として見ていた。