#149 恋愛の達人、鈍感魔女に挑む
そういえば、彼女の存在をすっかり忘れていた。
モイラだ。モイラ元少尉。自称、恋愛の達人。
その達人が、私の娘を嗅ぎつけてきた。
「ふっふっふ……見ましたよ、アイリーンちゃんが、男性と仲睦まじく話している現場を!」
我が家に来るなり、開口一発、あたかもスクープを掴んだゴシップサイトの記者のように、私に迫ってくるモイラ殿。
「……それは、ジョエル君ではないのか?」
「あれ?もうご存知でしたか、さすがは高速艦隊の司令官!情報入手が早いですね!」
「すでに彼とは二度ほど会っている。だが、相手はともかく、アイリーンは全くその気はないぞ。」
「そうですか?ですがアイリーンちゃんももう7歳ですし、恋に芽生えてもおかしくはないのでは?」
「いや、いくらなんでも7歳では……」
「私が恋愛に芽生えたのは、まさに7歳の時のこと!私の心に、まるで雷に打たれたような衝撃が襲い、男女の交合への熱き思いを抱いたものですよ!」
いや、それは嘘だろう。いくら恋愛の達人でも、そこまで進んでいたとは思えない。
「ということは、閣下は娘さんの殿方の想いに鈍感なことを、嘆いておられるのですね!」
「いや、そんなことは……」
「大丈夫ですよ!この私が、アイリーンちゃんにしっかり恋というものを教えて差し上げてご覧に入れます!」
「おい!そんなことはしなくてもいい……」
「はぁ~!それにしてもついこの間、この世に生を受けたばかりと思っていたアイリーンちゃんが、ついに殿方の心を射止める歳になったんですねぇ!いやはや、羨ましい!」
能天気なものだ。しかし親としてはそんな状況、むしろ気が気ではない。が、モイラ殿の気持ちとは裏腹に、娘は恋愛などには目覚めることはないだろう。いくら大人顔負けな魔女でも、所詮は7歳の女の子だ。
そこにアイリーンが現れる。すっかりのぼせ上がったモイラ殿、早速我が娘に尋ねる。
「ねえ、アイリーンちゃん!」
「な、なんですか、モイラさん!?」
テンションの上がったモイラ殿に、ドン引き気味のアイリーン。
「あなた、友達いるでしょう!男の子の!」
「いるよ。」
「どうなの!?その子のこと、好きなの!?」
「うん、好きだよ。」
私の中で、衝撃が走る。なんだと?アイリーンよ、お前、そこまで成長していたのか?
「でも、ポリーヌの方が好きかなぁ。だってあいつ、ゲームの話ばっかり。最近はちょっとつまんないかなぁ。」
これを聞いてホッとする。なんだ、恋愛的な意味ではなかった。やはりまだ子供だ。
「いや、でもさ、将来一緒に暮らしたいとか、思ったりしない?」
「ええーっ!やだよ!うちに男の子が2人もいるんだよ!これ以上手のかかるのが増えたら、めんどくさいよ!」
アイリーンにとっては、「男との生活 = めんどくさい」のようだ。これでは恋愛などおぼつかない。
だが恋愛の達人は、その程度では引き下がらない。
翌日、大きなタブレットを持って現れたモイラ殿。アイリーンとベシィさん、それにデリアさんまで巻き込んで何かを見せている。
『ああ、なんてお優しい方……』
その映像から流れているセリフを聞く限りでは、恋愛モノのようだ。大人のベシィさん、デリアさんは赤面してそのドラマの行く末を観ている。
が、アイリーンはといえば、つまらないようだ。アイリーンのブームは今、魔法少女系のアニメだ。派手な戦闘シーンがなければ、つまらないと感じるらしい。
「いやあ……ドキドキしますねぇ、これ。」
「でしょう!?ちょっと鈍感な男のあのじれったさが、かえっていいのよ!そんな男に焦がれる娘、ああ、まさしくこれが恋なのよね……」
ベシィさんはすっかりドラマが気に入った様子だが、うちの使用人ばかりが愛に目覚めて、肝心のアイリーンはまったく無反応だぞ?
だが、次に出てきたのは魔法少女モノだった。だが、モイラ殿が見せる動画だ。当然、途中からそれなりの展開があるのだろう。
そのアニメの戦闘シーンが始まると、アイリーンは釘付けとなる。きらびやかに変身する魔法少女たち、現れた敵を次々に倒す主人公。だが、わずかな心の隙を、敵は見逃さなかった。ピンチに陥る主人公。
そこに颯爽と現れたのは、正装姿の謎の男。たちまちそのピンチを切り抜け、敵のボスに勝利する主人公たち。
で、そこからラブラブな展開になるわけなのだが、どちらかというとそのあたりはアイリーンにとってはどうでもいいらしい。戦いに勝利した高揚感の方が強い。
「いやあ、かっこいいなぁ。私もああいう魔女になりたい!」
これにはさすがのモイラ殿も閉口した。男にはまるで無関心なご様子。まるで恋心に芽生える気配がない。
「ああ……まさかこれほどまで難攻不落な娘だったなんて……恋愛の達人、失格ね……」
すっかり自信をなくし、失意の中帰っていく恋愛の達人。いや、モイラよ、自信をなくすことはないと思う。ただ単に、うちの娘には早すぎただけだ。
だがその日の夜、マデリーンさんが見ているドラマを珍しく一緒に見ていたアイリーン。
そのドラマの舞台は、ちょうど10年前の王都のようなところ。美しくも身分の低い娘が、街角で暴漢に襲われそうになっている。
そこに颯爽と現れる貴族の御曹司。たちまちその暴漢どもをやっつけて、娘を救い出す。
そして貴族の息子と娘は恋に落ちるのだが、それを見ていたアイリーンが、ボソッとつぶやく。
「いいなぁ……ああいう男に出会ってみたいなぁ。」
大人の階段があるとすれば、おそらくその1段目にアイリーンが足をかけた瞬間に、私は遭遇してしまったようだ。それは、私にとって不安の種が一つ、増えた瞬間であった。