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#15 鈍感魔女と直感商社マン

エイブラムとは、子供のころからの付き合いだ。家が近所で、学校でも遊びでもいつも一緒だった。


ただ、あまり裕福でない私の家と違い、彼は比較的恵まれていたため、普通の大学に進み、それなりの商社に就職できた。


私は遠征艦隊に配属となったが、時々地球(アース)401に帰ってきては、彼と飲みに行っていた。だが、この星にきて1年。地球(アース)401に帰ることなく、彼とも会うこともなく、今に至る。


そんな幼馴染と、こんなところでばったり会ってしまった。なんという偶然、私たちは驚いた。


「いやあ、こんなところで会えるなんて思ってなかったよ!」

「俺もだよ、ダニエル。この星にいるって聞いてはいたが、まさかここで会えるとは思わなかったよ。あれ?そちらの2人は?」

「こちらは私の妻のマデリーンさん、そして、こちらがミリアさんという人だ。」

「よろしく!マデリーンよ。」

「ミリアって言います。」

「よろしく!なんだ、ダニエル、お前結婚してたのか?」

「まあね。ところでエイブラム、こんなところで何してるのよ?」

「いやあ、ここで使用人を雇いたくてきたんだよ。お前もか!?」

「いや、逆で、ミリアさんを紹介所に登録するためにきたんだ。」

「ふーん、そうか。まあいいや。俺が雇いたい人がいないか、ここの主人と話していたんだよ。」

「さっきの口ぶりからすると、どうやらいなかったようだな。どういう人が希望なんだ?」

「ああ、『魔女』だよ。」


一瞬、私はその言葉にピクッと反応した。


「ま…魔女!?」

「そうだ。ここに転勤が決まった時から決めてたんだよ。俺はこの星で魔女を雇う。夢だったんだよ、そういう不思議な人との出会いがさ。いや、それ以外にも目的はあるのだが。」

「昔からお前、そういう神秘なものが好きだったよな。」

「そうよ。だが、ここには魔女がいないっていうんだ。しょうがないから、帝都の紹介所にでも行ってみようかと思っていたところなんだ。」

「そうなのか。」

「お前もここに来て1年経つんだろう?会ったことはないか?魔女に。」

「会ったことも何も、ここにいる2人が、その魔女だ。」


一瞬、エイブラムは信じられないとでもいうような顔になった。


「おい…ダニエル、お前の奥さんは、魔女だというのか?」

「そうよ!私は『雷光の魔女』マデリーン!この王国で一番早い魔女なのよ!」

「そ…そうなのか?それはすごい…」

「なんだお前、せっかく魔女に会えたのに、あまり嬉しそうじゃないな。」

「そりゃそうだろ。ここに来て2週間経つが、いきなり2人の魔女に会えたというのが信じられなくて…」


ということで、マデリーンさんとミリアさん、2人が魔女だと示すため、外で飛んでもらうことになった。


まずはマデリーンさん。


「ちょっと借りるわよ、ミリア!」

「私のホウキ、傷つけないでよ!それしかないんだから!」


マデリーンさんがミリアさんより借りたホウキにまたがる。


ふわっと浮かぶマデリーンさん。そのまま急上昇して空をぐるっと回って降りてくる。


「す…すごい!!ほんとに飛んだ!!いやあ、感動した!」


エイブラム、本物の魔女に会えて大喜びだ。


さて、続いてはミリアさんの番だ。


同じく、ふわっと浮き上がる。マデリーンさんと同様、空をぐるりと回るのだが、スタミナ切れですぐに降りて来てしまう。


「いやあ!こっちもすごい!本物の魔女に2人も会えるなんて、最高だ!!…けど、彼女、大丈夫か?」


ミリアさん、すっかりへたばっている。ぜいぜいと息切れしているミリアさん。私とマデリーンさんで抱え上げる。


「マデリーンさんはかなり長距離を飛べるのだが、ミリアさんはせいぜい300メートルしか飛べないんだ。」

「そうなのか?随分と短いな。」

「しかも彼女、まだここに来たばかりで、宇宙港のこともよく知らない。それでも、ここに暮らしたいというので、この紹介所に来たというわけだ。」

「何?すると、ミリアさんは使用人になりたいのか?」

「そうだよ、ただし、住み込み希望だが…」

「じゃあ、俺が雇うわ。」


私は一瞬、凍りついた。


「…おい、エイブラム。」

「なんだ?」

「そんなにあっさりと決めていいのか?」

「いいよ。俺の希望通りの人だし。」

「いや、住み込み希望だぞ!?いいのか?」

「私の部屋は、私が住むには広すぎるところだ。別に住み込みでも全然構わないが。」

「あのな…同じ屋根の下に一緒に暮らすことになる相手をだな、面接もなしに決めるというのはちょっと…」

「たった今面接した。彼女の空を飛ぶところを見た、それで決めた。悪いか?」

「はあ…お前って、ほんと直感だのみだな…」

「そうだよ。だが、俺の直感もなかなかのものさ。そうやってこれまでも商材となるものを掘り出してきたんだ。だから、この星に来た。」


そういえば、やつは商社マンだった。やつの仕事は、この宇宙にある売れそうなものを掘り起こすこと。それを買い付けて、本星で売りさばく。


彼曰く、これまでもこの星を訪れて、直感頼みでかなり実績をあげてきたようだ。そこでこの星に駐在し、さらに新しい商材探しを求められている、ということのようだ。


で、そのエイブラムがこの星に来て最初にゲットしようとしてるのが「魔女」。


いろいろ話を聞いてみると、魔女本人というより、魔女と関連する何かを探しているようだ。そこに何か「当たり」があるに違いない、とやつは言う。それが、魔女を雇いたいもう一つの理由のようだ。


で、ハンバーグとスマホ漬けになってしまったマデリーンさんよりも、このまだ文明に染まっていないミリアさんの方が、彼的にはうってつけだと言う。まあ、確かに魔女らしさはあまりないからな、今のマデリーンさんは。


マデリーンさんにジュースをもらって、ようやく口がきけるまでに回復しつつあったミリアさんのところに、エイブラムはずかずかと行く。


「あのさ、君。私の元で働かないか?」

「ええっ!?、私?」

「そう、君。もちろん、宇宙港の街での居住場所と、飲食付きだ。」

「はい、いいです!働きます!…でもまだ私、紹介所で登録ってやつをやってませんが…」

「そうだな、居住許可をもらうには登録しないとダメだな。分かった。さっさと登録しちゃおう。」


そう言って、やつはミリアさんを連れて紹介所に入っていく。


10分ほどすると、エイブラムとミリアさんが出てきた。登録は終わったらしい、


「ところでさ、エイブラム。彼女はどこに住むんだ?」

「ああ、さっきも言ったが、俺と同じ部屋だ。」

「…今お前、どういうところに住んでるんだ?」

「2LDKのアパートだよ。部屋が二つあるから、一つを使ってもらうつもりだが。」

「おい!2階建ての家じゃないのか!?いきなり同じフロアに住むのかよ!?ミリアさんも、それでいいの!?」

「はあ、いいですよ。何かまずいことありますか?」


…この魔女、そういえば鈍感だった。この住環境の意味が分かっていない。


「じゃあ俺、これから街の事務所行って、彼女の居住許可もらってくるわ。じゃあな!」

「おい!ちょっと待て!連絡先を教えてくれ!」

「ああ、分かった。」


そう言って、やつはスマホを取り出す。お互いのスマホを当てる。


今どきのスマホは「脳波認証」だ。お互いが連絡先を交換したいと思えば、双方のスマホがその思考を自動認識して、操作なしに当てるだけで連絡先が交換できる。


「なんかあったら、連絡するわ。じゃあな!」


こうして、ミリアさんはエイブラムに連れていかれた。


「行っちゃったわね。」

「ああ、行っちまった。」

「さっきの人、あんたの友達?」

「そうだよ。幼馴染ってやつだ。」

「へえ、随分と決断が早い人ね。」

「昔から、直感頼みなやつだったからな。でもミリアさん、大丈夫だろうか!?」

「うーん、大丈夫じゃない?なんとなくあの2人、上手くやれそうな気がするし。」

「いつもの『魔女の勘』てやつかい?」

「そ、魔女の勘。」


適当に行ってるだけのようだが、これまでの的中率を勘案するとあながち馬鹿にできない。しまったな、やつに「魔女の勘」といういい商材があることを、教えてやればよかった。


せっかく王都まで来たから、王都名物のスコーンを買って帰ることにした。これにハチミツやブルーベリージャムをつけて食べるとうまい。ついついたくさん買ってしまった。


そうこうしているうちに、もう夕方だ。なんだか朝からたくさんの人に会って、疲れてしまった。


自宅にたどり着く頃にメールが届いた。エイブラムからだ。どうやら居住許可を無事取得できたらしい。ベッドを買い込むなど、彼女の住環境を構築してるそうだ。


写真も送られてきた。ミリアさん、嬉しそうだ。どうやら彼女、もうスマホを買ってもらったらしい。


そういえば、ローランド少佐から、イレーネさんの連絡先が送られてきていた。これをマデリーンさんに転送して欲しいと書かれている。なお、モイラ少尉からも、フェルマン殿とキャロルさんの連絡先が届いていた。


こっちの星の人も、だんだんと我々の文化に染まってきた。ハチミツをつけた王都名物スコーンを頬張りながら、スマホのSNSアプリで他の女子らと会話するうちの魔女を見てると、もうあと10年もすればこの星も我々となんら変わりなくなるんじゃないかと思った。


さて、翌日。


この休暇は、公国でチンピラ集団に囲まれたり、公王様とそのご子息・ご令嬢に振り回されたり、新たな魔女が現れたり、ショッピングモールで女子会、男子会を催したり。


今日こそ、マデリーンさんと2人きりの生活を満喫してやる。そう思った矢先に、またローランド少佐から連絡。


その3時間後に、我々夫婦は宇宙港にいた。


ローランド少佐とイレーネさん、侍女のアンナさん、フェルマン殿とキャロルさんは、駆逐艦6710号艦に乗り1週間の宇宙視察へ出かけることになったため、その見送りにきた。


イレーネさんは、すっかりこちらのカジュアルな格好になっている。まあ、ここではドレス姿も騎士の甲冑も不便極まりないから、至極当然の選択だろう。ただ、キャロルさんとアンナさんは相変わらずメイド姿のまま。この格好でも艦内で特に機能上の問題はない。周囲の男性陣の注目を集めてしまうことを除けば、だが。


「気をつけて行ってきてね!」

「おう!ダニエル殿とマデリーン殿には世話になった!」


こうして、5人は宇宙へ旅立っていった。ドックを離れて、上昇する駆逐艦6710号艦。


まずここ星の姿を見て驚くだろう。青くて大きな球体が、無限に広がる漆黒に闇の中にポツンと浮かぶ、あの光景をみるわけだ。それを見た彼らは、果たして何を感じるだろうか?


で、公国からの訪問者が宇宙に旅立つのを見届けた私とマデリーンさんは家に帰る。これで、やっとマデリーンさんと2人きりに…


なれるはずだったのだが、なれなかった。


今、自宅には私1人だ。


マデリーンさんはというと、ホウキを持って飛び出していった。


きっかけは、昨日買ってきた王都名物スコーンに、何をつけるかという議論だった。


私はブルーベリージャムを推したが、彼女はイチゴジャムを主張。


ところが、たかがスコーンにつけるものの話をきっかけにして、普段抱えてる不満が爆発する。


「何よ!!私だってこれでもあんたに合わせてるんだから!!」

「いやいや、それでこのザマかよ!いい加減にしろ!」


ののしりあっている本人たちも、いったいなんの話だったのかも忘れ、もはや止められない「砲撃戦」となった。


元々負けず嫌いなところがあるマデリーンさんだ。こういう時、アリアンナさんもびっくりなほど手酷い言葉を投げかけてくる。


こうなると、意地と意地のぶつかり合い。一個艦隊同士のぶつかり合いの様相だ。私も普段の鬱憤を晴らすが如く、全力で応戦する。


ついにマデリーンさん、最後の言葉を放つ。


「もうあんたとは一緒にいられない!!出て行く!!」


と言って、ホウキ片手に出ていってしまったのは今から30分前のこと。


今私は、ソファーの上で腕を組んでじーっと座っている。


本当は、今ごろマデリーンさんと一緒にどこかに出かけて、彼女は大好きなハンバーグでも食べてるはずだった。どうしてこうなってしまったのか?


喧嘩の中身なんて振り返っても仕方がない。破壊的衝動によって発せられた言葉に、大して意味はない。問題は、なぜここまでこじれてしまったのかだ。


違う人間同士で異なる価値観、そういうものは多かれ少なかれどの夫婦にもある。ましてや、200光年もの距離を隔てて出会った2人だ。その差は大きい。


だが私は少し考えて、感じたことがある。


私は、自分の考えをマデリーンさんに押し付けてはいなかったか?自分としてはマデリーンさんに譲ってるつもりで、実は私の考えを優先させてきたにではないか?


そう考えた時に、私の心の奥底には、この星への蔑視というか、見下した感情があったのではないか?


ここは1年前までは中世の真っ只中、我々はそれより数百年も先を行く星だ。


当然、我々の方が技術も思想も上。そう思うのは仕方がないにしても、それが知らず知らずこの星の人間への蔑視に変わってはいなかったか?


それを否定できる自信はない。私自身のさっきの言動は、まさに彼女自身を蔑視した発言であったと言える。


いくら技術が進んでるからといって、それで人間性が優れていることにはならない。私自身、そう言い聞かせていたつもりだが、感情的になるとそのタガが一気に外れてしまい、どこかこの星の住人に対する見下した何かが働いたのではないか?


彼女も悪いところはあるだろうが、私の方が相手を追い詰めたという点では罪が大きい。そういう結論に達した。


冷静になったところで、私は行動に出る。まずは、彼女を探そう。


幸いなことに、彼女はスマホを持っていったようだ。つまり、位置がわかる。


夫婦同士、はぐれた時に備えて位置情報を共有できるようにしておいた。こういう時に、この位置情報共有機能は役に立つ。


だが、彼女は最大速力70キロ、巡航距離200キロの魔女だ。さっきはあの権幕だ、どこまでいってしまったことか…と思いきや、案外近くにいた。


王都の広場の脇のあたり。ここから車で10分ほどの場所だ。


私は、車でそこに向かう。


宇宙港の街を出て、王都に入る。


石畳の道をゆっくり走り、広場に着く。


広場の脇に駐車し、歩いてマデリーンさんのいるところに向かった。


そこには、茂植え込みにホウキを立てかけてうずくまる、魔女の姿があった。


私は彼女に近づく。だが、どうやって声をかけようか…私には、全く言葉が思い浮かばない。


するとマデリーンさん、こちらに気づいたようで、顔を上げる。


顔はすっかり泣き顔だ。ここまで泣き崩れたマデリーンさんを見たのは、初めてかもしれない。


「あ…」


私は何か言おうとするが、言葉が出ない。


するとマデリーンさんの方から話してきた。


「ごめん…」


私は、それを聞いて答える。


「いや、こっちこそ、ごめん。」


私は、マデリーンさんの横に座る。


「私ね、あんたなしには生きられないのに、ついついあんたの優しさにのっかかって、自分の欲求を押し付けているなあって、今そう思ってたの。」

「そうかな?私の方が、マデリーンさんに何かを押し付けていたように思うけれど…」

「何いってるのよ!男なんて普通、そんなものじゃないの?あんたなんて、男のくせに女に譲りすぎるのよ!だから、私のようなうぬぼれた魔女がつけあがるんじゃないの!」


また喧嘩を再開するつもりか?この魔女は。


「じゃあ、私はもっとマデリーンさんに強気で接した方がいいのかい?」

「いや…今ぐらいがいい…」


この星の文化では、まだ男尊女卑な風習が残っている。貴族の間ではまだ一夫多妻制が残ってるし、奴隷として売られているのは、9割が女性だという。この星では、まだ女性の地位は低い方だと言わざるを得ない。


そういう文化の人間から見たら、私なんて男にしてはまだまだ甘い方だと言いたいのだろう。


でもマデリーンさんは、もう我々の思想に触れてしまった人だ。だから、今さら男が無意味に威張るような世界へ行かせるわけにはいかない。


それに、マデリーンさんが飛び出していって、はっきり分かったことがある。それは、私もマデリーンさん無しには生きられないってことだ。


さっきまで心の中にぽっかりと空いた穴が、マデリーンさんと話して、どんどん埋まっていくのを感じる。


この穴の空いた状態の心を抱えて、この先生きていくことなど考えられない。そう感じた。


「今夜は、どこか美味しいところに食べに行こうか。」

「えっ?どこにいくの?」

「たまには、宇宙港の横のホテルで食事というのは、どう?」

「ええ!高いよ、あそこ。」

「たまにはいいでしょう。この間、同僚からいいステーキのお店を教えてもらったんだけど、行く機会がなくてさ。」

「分かった、行こうか。たまには、ステーキもいいよね。」


私は立ち上がり、手を差し出す。マデリーンさんは私の手につかまって立ち上がる。


2人で車の方に向かって歩き出す。まだ少しわだかまりはあるが、それもすぐに消えるだろう。


そのまま、ホテルに直行してレストランに立ち寄る。それはこのホテルの20階にあった。


少し遅い昼食に、ちょっと高いステーキのコースを頼む。


以前に行ったテーマパークの時に食べたあのレストランほどじゃないが、ここも結構な風格のお店だ。


ただ、意外とここは敷居が低い。軽食コーナーを併設しており、普段着のお客さんも多いため、わりと入りやすいようだ。


なので、コース料理を食べるお客さんもカジュアルな服装の人が多い。気軽に入れる高級店、これがこのお店の売りのようだ。


とはいえ、ステーキは高い。でもその分味もいい。


肉は柔らかく、食べやすい。帝都のそばに大きな牧場があって、そこから取り寄せた肉を使ってるようだ。帝都でもこんなお肉、あるんだ。


2人でステーキを満喫する。マデリーンさんは満足気な顔をしてる。彼女は、本当に肉料理が大好きだ。


さて、ふと横を見る。すると、どこかで見たような人物がいた。


エイブラムだ。やつもここにいたのか?


お向かいの席にはミリアさんがいた。昨日までの黒っぽい服から、カジュアルな服に着替えていた。


少し離れてるので、こちらに気づいていない。2人とも、ステーキを食べている。


私が別のところを見ているのに気づいたマデリーンさん。


「ちょっと!どこ見てるのよ!」


私は無言で指をさす。その先を見て、マデリーンさんも理解した。


「あの2人もきてたのね。それにしてもよくあの2人、こんなお店にいきなり来るわね。」

「それだけ相性がいいってことじゃないの?でなきゃ2人で、こんなお店に来るわけないよ。」

「それって、私達にも言えるのかしら?」

「そうですよ、マデリーンさん。貴方は私の最高の妻ですよ。」

「よくいうわ、さっきはあんだけ酷いこと言っておいて…」


ぷりぷり言いながらも、顔を赤くしながらステーキを食べるマデリーンさん。


「まあ、このお肉に免じて許したげる。それにしてもここのお肉、柔らかくて美味しいわねぇ。」


いつものマデリーンさんに戻りつつある。この方が、彼女らしい。


そんな話をしていたら、向こうもこちらに気づいたようだ。手を振ってきた。


食事を終えて店を出ると、エイブラムとミリアさんが待っていた。


「やあ、ダニエル。こんなところで会うとは意外だな。お前がこんな店を知ってるなんて。」

「私だってそれくらいは知ってるよ。ところでエイブラム、なんでお前もここにいるんだ?」

「俺か?いや、彼女のいた街の話を聞きたかったし、どうせなら俺が関わったこのお店に来た方がいいと思って、ここに誘ったんだ。」

「美味しかったよ~ここのお肉。私初めて~。」


ミリアさんは上機嫌だ。


「このお店とお前が、どう関わってるんだ?」

「ああ、ここのお肉、俺が見つけたんだよ。以前この星に初めてやってきた時に、帝都のあたりに何か無いか探してたら、ある牧場を見つけたんだ。その時は寂れた牧場だと思ったんだが、肉質の良さにびびっときた。これは当たりだと。」


なんと、ここのお肉はこいつが見つけたのか。


「で、そこの牛肉を買い取って、本星で見本市を開いたのよ。そしたら、当時店を出して独立しようとしていたここの主人に出会った。こいつを売り込んだらそれが大ウケでさ。そこからここのホテルの出店までこぎつけるまで、いろいろと関わったわけよ。」

「はあ、そうだったのか。すごいな、お前。」

「何言ってるんだ。お前のこと聞いたぞ。ここの王国の交渉のきっかけを作ったのは、お前だって。」

「ああ、でもあれは、マデリーンさんが伯爵様と知り合いだったから、なんとかつながりを築けただけであって、私自身はただ飛んでただけだぞ?」

「いや、そのマデリーンさんと知り合ったことがすごいんじゃ無いか?俺なんて2週間暮らして会えなかった魔女を、まだこの星がどうなってるかわからない時に、お前は3日目にして会えたわけだ。すごいことだと思うがなあ。」


そうだろうか?単なる偶然の産物で、自分の力で切り開いていったという自覚はないが。


「そうだ、お前の奥さんに用事があったんだ。」

「えっ?マデリーンさんに。」


私もだが、唐突に名指しされたマデリーンさんもきょとんとしてしまった。


「魔女さんならご存知だろうと思うが、この辺りで『ロヌギ草』って草が生えてるところを知らないかい?」

「えっ!?ロヌギ草!?もちろん知ってるわよ。」

「よかった。その場所を教えて欲しいんだ。」


突然、ロヌギ草というキーワードが出てきた。


「おい、その草の名前、もしかして…」

「ミリアさんに聞いた。昨夜ベッドで一緒に寝ながら彼女の故郷のことを聞いてるうちに、その草の名前が出てきた。」


一緒に寝たって…おい。


「なんでも、魔力を維持するのにはその草を食べ続ける必要があるって話で、ミリアさんはそればっかり食べてたらしい。」

「そうね、魔女によっては、ロヌギ草しか食べない人がいるわね。私は無理だけど。」

「おい、エイブラム。まさかお前、その草を食べ続けると魔力が得られるって思ってるんじゃあ…」

「そんなわけないだろう。魔力を得るには、ここのステーキの方がいいに決まってる。」

「じゃあ、なんでそんな草に注目したんだ!?」

「考えてもみろよ。普通、人間が長期間、一種類の草だけ食べ続けていたら、どうなると思う?」

「そりゃあ、体に悪いだろう。多分、1週間ともたないで、すぐに体を壊しそうだ。」

「そうなんだよ。それがこのミリアさん、何年もほとんどロヌギ草だけを食べ続けて、この通り生きている。聞けば、彼女の街の周辺にはそれこそ雑草のように生えていて、食べるのに困らないと言っていた。普通、人間が雑草だけ食べて長期間生きていられるか?つまりだ、そのロヌギ草ってやつは、実は究極の非常食じゃないかってことだよ。」


そういう発想はなかった。こういう目の付け所の良さは、こいつの最大の武器だ。


「でも、この王都にはほとんど生えてなくて、彼女はここに来てロヌギ草を入手するのに苦労してたらしい。でも、この辺りの魔女なら、そのロヌギ草ってやつがたくさん生えてる場所を知ってるんじゃないかと思ってね。」

「はあ、それでマデリーンさんに聞いてみようと、そう思ったわけね。」

「そうさ、究極の非常食だけじゃない。彼女の体型を見てみろよ。草だけであれだけスリムな体を維持できてるんだ。究極のダイエット食品だと思わないか?」


目の付け所が少々いやらしいところを向いてるようだが、言ってることは正しい。改めて考えると、ロヌギ草というのは、確かにすごい草だ。


「で、マデリーンさん。そういうことだけど、知ってる?ロヌギ草の生えてる場所。」

「私が知ってるのはあそこだけね。ほら、ロサとサリアンナが住んでた、あの場所。」


そういえば、ロサさんとサリアンナさんは以前、人里離れた王都の北の方に住んでいた。あそこはロヌギ草の繁殖地でもあるんだ。


「誰だい?ロサさんとサリアンナさんていうのは?」

「ああ、魔女だよ。一等魔女。」

「なんだって!?まだ魔女の知り合いがいるのか?」

「一等魔女の知り合いが、マデリーンさんとミリアさんを含めて全部で5人いるよ。」

「なんてこった!お前、そんなに魔女の知り合いがいるのか!?」


そういえば、私の知り合いの魔女5人は、全て一等魔女だ。しかも、王国一だとかさらに早いやつだとか、それなりの魔女ばかりだ。


そこでふと思ったのだが、私は二等魔女の知り合いがいない。これだけ一等魔女に会えるのに、数的には一等魔女よりたくさんいるはずの二等魔女さんを、わたしは見かけたことがない。


この星の女性のうち、100人に1人は魔女として生まれ、さらにその中の5人に1人が自分自身を浮かせられる一等魔女らしい。つまり、二等魔女というのは一等魔女より4倍は多くいるはず。確率的には、私は二等魔女に20人は出会っていなければならない。


しかし、一等魔女よりも地味な能力だから、ひた隠しにして暮らしてるんだろうか?まあ、そんなところだろう。でも1人くらいは出会ってみたいものだ。


で、マップ上でロサさん、サリアンナさんの住んでいた里の場所を教える。早速明日にでも行ってみるそうだ。


ミリアさんやマデリーンさん曰く、ロヌギ草というのはそのままでは食べられない。独特の調理方法があるそうだ。


ただ、マデリーンさんはともかく、食べ慣れてるミリアさんでさえ、あまり美味しいものじゃないという。


大丈夫なのか?そんな草。でも手軽に取れるものだし、当たらなくてもどうってことはなさそうだ。


ホテルを出て、宇宙港に立ち寄る。土産物屋があるので、マデリーンさんが大好きな宇宙港名物「ふんわりスポンジケーキ」を買って帰る。


しばらく宇宙港の店を物色した後、エイブラムとミリアさんの2人とお別れ。その時、さっきのレストランのステーキ無料券を4枚くれた。


家に着くと、テーブルのはあのスコーンが置きっ放しだった。私もそのまま出てきてしまったのだった。


ということで、片付けるのもなんだからと、そのまま食べてしまうことにした。ここはマデリーンさんお勧めのイチゴジャムをつけて食べる。意外とうまい。なんだ、イチゴジャムの方がうまいじゃないか。私はなぜ、こんなことで喧嘩したのだろうか?


今日は変な日だ。マデリーンさんと喧嘩したことであのレストランに行き、その結果ミリアさんとエイブラムに会うことができた。


彼らは出会ってまだ2日目だが、このままうまくいきそうだ。そんな我々も、あの喧嘩を乗り越えてますます仲が深まった…という自覚はないが、多分、そうなってるはずだ。そうなってて欲しい。

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