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#147 防衛艦隊設立式

ついに、我が地球(アース)760の防衛艦隊の艦艇数が、ぴったり1万隻になった。

艦艇自体はすでに1万隻揃っていたのだが、人が追いついていなかった。が、地球(アース)401との接触から9年半で、ようやく一個艦隊を構える星として、自立することになった。

この9年ほどのうちに、私はマデリーンさんと結婚し、家族も増え、気づけば1千隻を従える中艦隊司令官となっていた。長いようで、短い9年だった。

これをもって地球(アース)401の最後まで残っていた艦艇1千隻は帰還し、ついに我々だけでこの星を防衛しなくてはならなくなった。

もっとも、地球(アース)001の艦隊3千隻は駐留を続けている。なにせここには重力子研究とワームホール研究の発展に関わるものが存在するため、連合内でも最重要星と位置付けられているからだ。


さて、防衛艦隊の自立を記念して、オルドムド公国にある司令本部にて「防衛艦隊設立式」が行われることとなった。

参加するのは、防衛艦隊各司令官と、その家族である。私も家族一同を連れ、その式典に列席する。


「オルドムド公国なんて久しぶりね。イレーネ達、元気かしら?」

「そういえば先月、ローランド中将にお会いした時には、2人のお子さん共々元気だと言っていたよ。」

「へぇー、そうなんだ。その2人目の子供に会うのは初めてね。」


ローランド中将は司令本部付き幕僚長を務めており、オルドムド公国でイレーネさんと共に暮らしている。私は時々公務でオルドムド公国を訪れるので、イレーネさんと顔をあわせることはあるのだが、マデリーンさんは随分とご無沙汰だ。

家族を乗せた車は王都宇宙港へと向かい、そのまま駆逐艦0972号艦に乗る。出入り口では、トビアス艦長が出迎える。


「お待ちしておりました。オルドムド公国までお連れいたします。」

「ああ、頼む。」

「世話になるわね。」

「お世話になります。」


マデリーンさんとフレアさんは、トビアス艦長に挨拶をしつつ艦に乗り込む。子供らは久しぶりに乗り込む駆逐艦を見て、大はしゃぎだ。


「大きいね。」

「おっきー!」

「何言ってんのよ、向こうに行ったら、もっと大きなお船があるんだよ!これくらい、なんてことないわよ!」


ユリエル、ラミエル、そしてアイリーンがこの駆逐艦を見上げながら、ぶつぶつと何か話している。


「そういえば、閣下の令嬢、アイリーン嬢はどうですか?」

「どうって、見ての通り、普通の小学生をしているぞ。」

「そうですけど、世間に鮮烈なデビューを果たしたばかりですからね。その後どうなのかと思いまして。」

「魔女としてはすごい能力だが、人間としてはこの通り、まだ子供だ。別段、なにか大きく変わったと言うことはないよ。ご近所さんから声をかけられるようになったくらいかな。」


そういえば、トビアス艦長は有名人好きだ。やはりあの魔女競技会で名を馳せた我が娘のことが気になるようだ。

だが、今ここにいるアイリーンは2人の弟を世話するお姉ちゃんをしている。どこにでもいる、ごく普通の長女といったところだ。


「ほら、アイリーン、ユリエル、ラミエル!行くわよ!」

「はーい。」


スロープを登る3人の子供ら。私とトビアス艦長も、そのあとについて行く。

7人でエレベーターに乗り込む。なぜだかわからないが、ユリエルとラミエルが妙にテンションが高い。


「動いた!動いたよ!」

「うごいたー!」

「当たり前じゃない!何言ってんのよ!」


いちいち弟達に突っ込むアイリーン。だが、息子らはこのお姉ちゃんなど構わず、エレベーターのボタンを眺めていた。我々は環境のある最上階の15階に向かっているのだが、ユリエルが8階のボタンを押してしまう。

おかげで、エレベーターは8階で止まる。もっとも、誰一人降りるわけでなく、そのまま扉が閉まる。


「こら!ユリエル!ダメじゃないの、勝手に押しちゃあ!」


お姉ちゃんからどやされる長男のユリエル。泣き出すユリエル、それを見たマデリーンさんがユリエルをなだめる。

いくら競技会で最速を出した魔女だと言っても、こうして見ると所詮は弟のいる小学生の女の子である。今度はサリエルに怒鳴りすぎだとマデリーンさんから怒られて、シュンとするアイリーン。

たった15階まで上がるだけなのに、騒がしいエレベーターだ。やっと扉が開き、艦橋へと向かう。


「ついたわよ。」

「キャー!」


だが、艦橋に着くと、こんどはアイリーンのテンションが上がる。魔女だからだろうか、高いところに立つと、血が騒ぐようだ。


「お姉ちゃん、うるさい。」

「うるさいわね、いいじゃないの!」


今度は弟のユリエルから突っ込まれるアイリーン。だが、正面の大きな窓から見える青空と眼下に広がる王都の風景を見て、興奮してしまうようだ。窓際ではしゃいでいる。

そんな王国最速の魔女を横目に、艦橋内では発進準備が進められている。


「機関点検完了、問題なし。」

「各種センサー、異常なし。」

「こちら航海科、各員、配置につきました。発進準備、完了!」

「よし、ではこれよりオルドムド公国へ向けて発進する。機関始動!出力10パーセント!」

「機関始動、出力10パーセント!」

「繋留ロック解除、両舷微速上昇、駆逐艦0972号艦、発進!」

「繋留ロック解除、両舷微速上昇!」


トビアス艦長と航海士のやりとりが艦橋内に響く。艦は上昇を開始する。


「うわぁ、浮いた浮いた!浮いたわ、パパ!」

「当たり前じゃん。船なんだから。」


はしゃぐアイリーンに、冷静な突っ込みを返すユリエル。末っ子のラミエルは、窓の外をじーっと張り付くように眺めている。

いつもの発進風景だが、子供らがいるだけで随分と和むものだ。


オルドムド公国まで、馬車なら4日、魔女なら2、3日、車でなら1日だが、駆逐艦ならばわずか20分で着く。短い空の旅を経て、オルドムド公国の宇宙港が見えてきた。

ちょうどこのとき、少し離れた山の斜面を切り開いて作られた宇宙戦艦用ドックには、戦艦ヴェルニーナが入港していた。全長4300メートルのこの艦は今、定期メンテナンスのためドック付けされていた。

その大きな戦艦を見た子供らは、その巨大な船体に釘付けだ。


「何あのでっかい船は!?」

「お、おっきいね……」

「おっきい!」


その戦艦ヴェルニーナの横を通り過ぎて、宇宙港へと向かう。


「司令部より入電!第103番ドックへ入港されたし、以上です!」

「よし、入港準備!対地レーダー作動!両舷前進最微速!」

「両舷前進、最びそーく!」

「繋留ビーコン捕捉!進路修正、右へ2.3度!」

「おーもかーじ、ふたコンマさんっ!」


司令本部への入港だから、気が抜けない。進路修正をダラダラやっていたら、あとで苦情がくる。一発で決めて、ストレートに入港する。このため航海科の連中は、いつも以上にピリピリしている。

大きな戦艦、緊迫した艦橋内、出港時とは違う雰囲気だと子供でも分かるようで、それから入港までの間、子供らは黙ったままだ。

ガシャンという音とともに、ドックの繋留ロックに接続する。ここでようやく緊張が解けた艦橋内。


「ふうーっ……上手く行ったわ、今日は大丈夫ねぇ。」


レーダー担当の女性士官のこの呟きを聞いて、子供らも声をあげる。


「ぷはー!苦しかったぁ!」

「なんだ、アイリーン。まさか、ずっと息を止めてたのか?」

「そういうわけじゃないけど、さっきから息がしづらいじゃない。やっと気兼ねなく息ができるって思ってさ。」


変な気遣いだが、多少は場の空気を読むことができるほど、うちの娘も成長したのだと実感する。

駆逐艦を降りると、迎えの車が到着する。そこから司令本部まで車で向かう。

すでに駆逐艦が何隻も入港している。たった今も、入港中の艦艇も車窓から見えた。

おそらくどこかの小中の艦隊司令の艦だろう。この防衛艦隊だけでも中艦隊は10、小艦隊は30ある。司令本部付きを含め、全部で50人の提督がいる。

まずは、その提督50人が集まっての記念式典が行われ、夕方からパーティだ。マデリーンさんをはじめ家族はそのパーティまで、この公国内で時間をつぶしてもらう。


「おお!来たな!」


宇宙港のロビーに着くと、懐かしい人物が出迎えてくれた。


「お久しぶりです、イレーネさん。」

「久しぶりね、イレーネ!」


イレーネさんだ。この公国のご令嬢で、ローランド中将の奥様。側には、2人の子供がいる。


「大きくなったわね、ええと、ジャスミンティー二世だっけ?」

「違う!ベンジャミン二世だ!ほら、父親似の立派な男になっただろう!」

「こんにちは、皆さま。ベンジャミン二世です。」


アイリーンと同い年のベンジャミン二世。名前はあれだが、見た目はごく普通の小学生といったところ。だが、話し口調は堂々としているな。

その横に、ユリエルと同じくらいの子がいる。


「その横の子は?」

「ああ、次男のヴリュナレス・シャルル7世だ。」

「は?ブイヤベース、しゃぶしゃぶ?」

「ヴリュナレス・シャルルだ!食い物か、うちの子は!?」


またややこしい名前の子供が登場した。マデリーンさんの聞き間違いも面白いが、それにしてもなぜ、イレーネさんは子供にそんな長い名前をつけるのか?


「こんにちは、はじめまして。私はアイリーンよ。」

「ああ、君がアイリーンだね。噂は聞いてるよ。君、速いんだってね。」

「そうよ!ママより速いんだから!」


などと話しながら、イレーネさんとマデリーンさん、それにフレアさんと子供達は、ロビーの奥へと向かった。


「行くか。」


私に声をかけてきたのは、ローランド中将だ。


「はい、ローランド中将。参りましょうか。」


私とローランド中将は、揃って宇宙港の5階に向かう。

そこは、地球(アース)760防衛艦隊設立記念式典が行われる会場となっていた。すでに多くの提督達が集まっており、皆、指定の座席に座っている。


「おお、ダニエル中将。初めまして、私は第7小艦隊の……」


早速、何人かの提督から挨拶を受ける。1万隻、10の中艦隊、30の小艦隊からなる防衛艦隊ではあるが、高速機動艦隊は我々だけ。そういう珍しさもあってか、提督らから声をかけられる。


しばらくして、式典が始まる。ジェファーソン大将が壇上に立つ。我々も起立し、敬礼する。


「本日は、我が地球(アース)760の防衛艦隊がついに1万隻の艦艇を揃え、一個艦隊として正式に設立したことを記念し、その記念式典を執り行う。なお……」


壇上に立ち、各諸将に向かって演説を始めたこのジェファーソン大将。元は地球(アース)401の中将だった方だ。遠征艦隊司令として地球(アース)760に長く関わり、地球(アース)760の残存を決めた数少ない提督の一人。晴れて、この地球(アース)760防衛艦隊の一個艦隊をまとめる大将閣下となった。


「かように伝統ある我が地球(アース)760防衛艦隊がこのように発展できたのも……」


だがこの大将閣下、まだ地球(アース)401の司令だった時の感覚が抜けていないらしい。伝統があるだって?今日正式に設立したばかりのこの艦隊、黎明期を含めてもまだ8年ほどだ。伝統なんてあるのか?

もっとも、ほとんどの提督が聞いているのかいないのか分からない。この大将閣下の話を、皆眠そうに……いや、粛々と聞き入っていた。


1時間近くの演説が終わると、艦隊の編成に関する説明が始まった。私は第1中艦隊、敵を奔走する高速機動艦隊の司令官として名前が挙がる。以下、第2、第3中艦隊と続き、次に小艦隊の司令官の名前を読み上げていた。大会戦で活躍したバクストン少将の名前も上がる。


淡々と進む式典だが、この日でついに地球(アース)760は、自前の艦隊を保有し軍事的に独立するところまで来たわけだ。この間、わずか9年半。つい10年前までは剣と槍で戦い、魔女しか空を舞うことがなかった、この星がだ。

私を含む地球(アース)401の出身者もいることはいるが、多くは地球(アース)760出身者である。元々は諸王国や帝国で指揮官を務めていた貴族が、艦隊司令官となったケースも多い。

中には、かつて戦場で対戦した者同士というケースもあるらしいが、今は同じ星、同じ艦隊の、共に強大な敵である連盟軍を排除するべく戦う同朋である。

式典が終わると、記念の立食パーティが行われる。ここには家族の参加も認められている。私とローランド中将は、我々の家族が待つところへと向かう。


「あはははっ!そんなことしてたの、あんた!」

「笑うな!いくら公爵家の娘だからといって、もはや新しい時代だ!いいではないか!」


……なんの話で盛り上がっているのだろうか?イレーネさんとマデリーンさんが大声で2人、話している。


「式典が終わったぞ。いよいよパーティだ。さあ、みんなで行こうか。」

「えっ!?もうそんな時間!?」


マデリーンさんに声をかけると、慌てて時計を見ている。話し込んでいて、時間が経つのをすっかり忘れいていたようだ。

アイリーンとベンジャミン二世君、それに……ええと、ブイヤベースじゃない、ヴリュナレス・シャルル7世君だったか、イレーネさんの次男とうちの長男のユリエル、次男のラミエルとが近くの遊び場で遊んでいる。


「それにしてもダニエル子爵殿、綺麗な第2夫人ではないか、さぞかしローランドも羨ましがることだろうな。」

「いえいえ、そんな……ローランド中将にはイレーネさんがいるではありませんか。」

「あははっ!実は私もローランドに側室を勧めたのだがな、なかなか迎える気が無くてな。仕方ないから、私が次男も生んでやったというわけだ。」


相変わらず豪胆な奥様だ。しかし、やはり貴族は側室を持つのが当たり前なのだろうか?イレーネさんも側室を持つことには全く抵抗感がないようだ。

だが、ローランド中将の方が我々的にはまともな感覚だろう。フレアさんがいる私がいうのもなんだが、多くの星では一夫多妻制というのはあまり見られない風習だ。この星でもいずれ、古い慣習として葬られることだろう。

パーティ会場は宇宙港併設のホテルの4階にある大宴会場。ずらりと並んだ豪華な料理、大きなシャンデリアが下がるきらびやかな会場に、子供らが騒ぎ出す。


「うわぁ!なにここ!?」


そういえば、アイリーンでさえこういう場所は初めてだ。社交界は子供が入ることができない。初めて見る豪華な立食会場に、子供らは目を輝かせる。


「うわっ、帝都ワインがいっぱい!ねえ、あれ、地球(アース)117のヴォッカじゃない?」


忘れもしない、地球(アース)117で飲んだ強烈なお酒、ヴォッカも置かれていた。マデリーンさんは大喜びだが、私は遠慮したいな。


「ふーん、地球(アース)117のお酒か。珍しいな。どんなお酒なんだ?」

「ええ……結構、強烈なお酒です。もう、すごいなんてもんじゃないですよ。ぜひ一度、飲んでみてください。」


元連盟側の星のお酒とあって、ローランド中将は興味津々だ。


「えー、皆様、もうまもなく開演となります。もうしばらくお待ちください。」


まだ始まっていないが、目の前には料理があるため、もう子供らは今にも料理に手を出そうとしているところだ。それをフレアさんとマデリーンさんが必死に止めている。


「このたびは、我が地球(アース)760防衛艦隊の設立記念式典にお越しいただき、ありがとうございます。我々はこの8年もの間……」


ジェファーソン大将閣下の、ありがたくも長い話が始まってしまった。たかだか乾杯の挨拶に、なんとこの状況で10分も喋る大将閣下。

大将の話が終わり、ようやく料理にありつけることができた。子供らは早速料理を物色し始める。


「僕、あのポテト欲しい!」

「ばかねぇ、こんなところに来てそんな安いもの、食べるものじゃないわよ!いいわ、私が選んであげる!」


ユリエルとラミエルの食べ物はアイリーンが仕切り始めた。そこにベンジャミン二世君とブイヤ……ヴリュナレス・シャルル7世君もやってくる。


「僕はポテト!」

「あー、ヴリュナ、それ安いやつだからダメだって。」

「えーっ!?でも僕、ポテトがいい!」


これくらいの年齢の子にとっては、やはりなんと言われようがフライドポテトがいいらしい。結局2人はそれを取り、仲良く食べている。


「ああ、アイリーン嬢。やはりここはローストビーフがよろしいのでは?」

「そうね、ベンジャミン殿。いただくわ。」


すっかり上流階級気取りのアイリーンとベンジャミン二世君。こうして見るとこの二人、案外お似合いじゃないか?


「ねえ、パパ。ちょっと持ち上げて。」


かと思うと、アイリーンは私のところに来て、急に持ちあげろと言ってくる。


「どうした?」

「うん、このテーブルがよく見えないの。せめて杖でもあれば、自分で飛ぶんだけどねー。」


いくら我が家ではお姉ちゃんでも、やはりまだ7歳そこそこの女の子だ。背が低くてよく見えないらしい。私はアイリーンを抱える。


「うわぁ、よく見えるわ!あっ、あのチキン、取る!」


アイリーンもマデリーンさんとよく似て、帝都チキンに目がない。会場でも帝都チキンを見つけて、早速手を出していた。


「おや、この子はもしや、アイリーンちゃん?」


とある提督のご婦人が声をかけてくる。


「そうだよ。」

「ああ、やっぱり。あの魔女競技会で大人顔負けの飛びっぷりだったというアイリーンちゃんね!会えて嬉しいわ!」


で、私が抱えたまま、アイリーンはこのご婦人と話し始める。

うーん、そろそろ下ろしたいんだが。私も料理にお酒を楽しみたい。

5分ほど談笑して、ようやくそのご婦人は去って行った。が、アイリーンを下ろすや、別のご婦人が現れて声をかけてくる。

気づけば次々とご婦人方に囲まれ始めるアイリーン。いつのまにか、ご婦人の集団ができていた。


「どうしたの?このおばさん連中の塊は!?」


帝都ワインですっかりいい気分になったマデリーンさんが、そのご婦人の集団を見て私に尋ねてくる。


「ああ、アイリーンが囲まれているんだ。」

「ええっ!?アイリーンが!?もう、何やってんのよ!」

「いや、別にいじめられているとかじゃないくて、ほら、あの競技会で有名人だし……」

「ちょっと、うちの娘がどうなっているかわかんないじゃないの!私、行ってくる!」


で、マデリーンさんがその輪に参戦。だが、マデリーンさんだって結構な有名人だ。早速ご婦人方に迎えられて、親子揃ってその塊に吸い込まれていった。


しかしだ。変われば変わるものである。かつて魔女といえば、どちらかというと忌み嫌われる存在。最速魔女として名を馳せたマデリーンさんでさえ、貴族からは差別されていたものだ。

それが今ではこの通り、もはや英雄扱いである。マデリーンさんの自慢話に耳を傾け、頷くご婦人たち。つい数年前までは、社交界に連れて行っても、やや避けられていた存在だったのが嘘のようだ。


「あらあら、マデリーン様とアイリーンさん、すっかり人気者ですね。」


フレアさんがその様子を眺めていた。ラミエルも一緒だ。


「どう?フレアさんは楽しんでいるかい?」

「ええ、ラミエルとこんな場所に来るなんて、初めてですから。」

「ママ、僕、お肉食べたい。」

「はいはい、わかりましたよ。」

「私が取ろうか?」

「いえ、ダニエル様のお手を煩わせるなんて……」

「いいよ、家族だろ。」


私はラミエルに、柔らかめの肉料理を選んでとってあげる。それを喜んで食べるラミエル。


「あー、ラミエル、なんか美味しそうなもの食べてる!」

「なんだ、ユリエルも欲しいのか?」

「僕も食べる!パパ、取って!」


息子2人は母親が違えど、食べるものの好みがよく似ている。ラミエルが食べるものをユリエルはよく欲しがるし、その逆も然り。


「おお、すっかり父親だな、ダニエル子爵殿。」

「ああ、イレーネさん。」


ワイングラスを片手に、イレーネさんが現れた。


「ところで子爵殿の娘、アイリーン嬢、彼女はすっかり有名人だな。」

「ええ、あれだけ派手なデビューをしましたからね。」

「どこからも引く手数多ではないのか?」

「いえ、せいぜい近所の貴族のご婦人方から声をかけられる程度ですよ。」

「そうか、では今のあの状況と同じということか。」

「はあ、そうですね。あんな感じです。」


ワイングラスを回しながらヴリュナレス・シャルル7世君の頭を撫で、イレーネさんは突如こんなことを言い出す。


「ならばアイリーン嬢を、我が嫡男ベンジャミン二世の妻に考えても良いか?」

「は!?」


私は、イレーネさんの言葉に思わず耳を疑った。だが、横にいるフレアさんも驚愕の表情でイレーネさんを見ているところを見ると、私の聞き間違いではなさそうだ。


「あ、あのイレーネさん、つ、妻って、それはどういう……」

「そのままだ。せっかく直接会える機会だし、ベンジャミン二世との婚約を取り付けておきたいと思ってな。」

「いや、でもうちの娘はまだ小学生ですよ!?」

「何を言うか。貴族なら10歳で輿入れする者も珍しくはない。別にこの歳で婚約することは、おかしなことではないぞ。」

「いやいやいや!おかしいでしょう!うちのアイリーンには、恋愛感情すら芽生えてもいませんよ!そんな歳で婚約だなんて!」


私がそういうと、イレーネさんは私の肩をポンと叩いて言った。


「……いや、実はな、ベンジャミン二世がアイリーン嬢のことを、ひどく気にいってしまってな……」

「は?」

「子供と侮ることなかれ、あの歳でも、芽生えるものは芽生えるのだぞ。早晩、アイリーン嬢にも訪れるはずだ。誰かとともに歩みたいと思う、その感情が。」

「いや、いくらなんでもアイリーンは……」

「まあ良い。今の話、考えておいてくれ。いずれまた王都で会うときにでも、返事を聞かせて頂こう。」


そう言ってイレーネさんはヴリュナレス・シャルル7世君を連れて、別のテーブルへと向かった。


「……あの、ダニエル様。今のお話、どうされますか?」


フレアさんが心配そうに尋ねてくる。


「いや、どうもこうもない。婚約なんて、いくらなんでも早すぎだ。放っておくしかないだろうな。」


私はこう応えるしかなかった。


まさかこの歳で、娘の結婚などという話を考えることになるなんて、思いもよらなかった。だが、当の娘はご婦人方にちやほやされて、笑顔を振りまいている。自身の人生に関わるほどの話があったことなど、知る由もない。

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