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#146 アイリーンの強敵(とも)

あの一件で、アイリーンはすっかり有名人になった。


「アイリーンちゃん、今日も元気そうね!いってらっしゃい!」

「はーい、いってきまーす!」


おかげで、近所に住む貴族のご婦人達からもよく、声をかけられるようになった。

今日は休日、マデリーンさんはフレアさんと息子2人を連れてお出かけ中。クレア、ベシィ、デリアの3人もお供しており、この屋敷にはいない。珍しく取り残された私とアイリーンの2人で、近所の公園まで散歩している。

往々にして起こりうることだが、有名になると、それを妬んで嫌がらせをする奴が現れるということは十分にあり得る。まだ小学生のアイリーンだが、その辺はどうなのだろう?同級生や歳上の子などから絡まれてはいないのだろうか?

いや、考えてみれば、それ以前に私はアイリーンの交友関係を知らない。同じ敷地に住むリサちゃんやダリアンナちゃん以外に、友人はいるのだろうか?


「なあ、アイリーン。」

「なあに?」

「お前、友達はいるのか?」

「うん、いっぱいいるよ。」


まあ、そうだろうな。マデリーンさん譲りの、あの人を惹きつける不思議な雰囲気をアイリーンも持っているから、友人は多くて当然だろう。


「どんな友人がいるんだ?」

「そうね……『いつかお前を倒す!』って、毎日話しかけてくるのもいるわ。」

「はあ!?倒すだって!?」


急に穏やかならぬワードが出てきた。


「おい、大丈夫なのか!?やばい奴じゃないのか、それ!」

「大丈夫よ。毎日返り討ちしてるから。」


おい、娘の方も何かやばいことを言いだしたぞ。なんだこいつ、まさか外で毎日、暴力沙汰なことをしているのではあるまいな。

ところが公園に着くや、そのやばいのが現れた。


「見つけた!アイリーン!」


アイリーンと同じくらいの男の子が現れた。


「来たわね、ジョエル!」

「今日こそ、お前を倒す!」


えっ?こいつがアイリーンの言っていた、やばい奴じゃないのか?


「いいわ!受けて立つわよ!」


こういうところはマデリーンさんの娘だなあ、挑発に乗りやすいというか……いや、そういうことを言ってる場合じゃない。


「おい、アイリーン、何をするつもり……」

「パパは黙ってて!」


戦闘モードに入ったアイリーン。父親でさえ押しのける威圧感がある。何が始まるんだ?


「よし……今日こそ僕の強さを見せてくれる……」


ジョエルという少年は物騒なセリフを吐きながら、ズボンのポケットから何かを取り出す。


「ふん、そういうのは、勝ってから言いなさい!」


アイリーンも肩にかけたポシェットから、何かを取り出した。

あのポシェット、そんなやばそうなものが入っていたのか?アイリーンは、取り出したそれを前に突き出す。


少年も、突き出す。


よく見るとそれは、スマホだった。


「私の戦乙女(ヴァルキリー)は、今日も負ける気がしないわよ!」

「うるさい!僕の育てた最強の魔法剣士は、昨日までとは違うぞ!」


ははーん、どうやらゲームの話をしているようだ。私はアイリーンのスマホを覗き込む。

画面を見ると、この公園に芝生の上に、鎧を身につけて背中に羽根の生えた女剣士が立っているのが見える。いわゆる仮想現実という奴だ。向こう側には、剣を持った男の姿が見える。


「いくわよ!」


先手を取ったのは、アイリーンの方だ。いきなり相手の魔法剣士に向かって飛びかかり、剣を振り下ろす。

すると相手は剣を構える。剣と剣が交差し、激しく火花が散る。すると相手の魔法剣士が、左手を前に差し出す。

手先が赤く光り始める。魔法を使うつもりだ。だが、その魔法が放たれた瞬間、するりとかわす戦乙女(ヴァルキリー)

魔法発動中は相手のキャラは動けないようで、その隙に戦乙女(ヴァルキリー)は側面に回り込んで、魔法剣士の脇腹に一撃を加える。

相手に撃たせて側面を取るとは、まるで私の戦法そのものだな……さすがは私の娘だ。

一方、ジョエルという男の子は、懲りずに剣を交えては魔法を使い、その度に脇を取られるのを繰り返す。そのうち彼の魔法剣士のHPがなくなり、彼は敗北する。


「やったーっ!今日も勝ったわ!」

「くぅー!負けたーっ!」


あっさりとアイリーンが勝利する。悔しそうなジョエル君。


「くそぉ……昨日よりも魔法を強化したのに……」

「当たらなければ、どうってことないわよ。だいたいあんたのキャラ、剣も魔法も中途半端なのよ。いっそ剣だけに絞った方が良かったんじゃない?」

「うう……そうは言ってもさ、魔法も剣も使えるところがいいんじゃないか。」


戦術的にはアイリーンの言う通りだ。剣だけで対応したなら、アイリーンのキャラの脇の攻撃を防げたかもしれない。魔法を使うなら、剣で攻撃して、相手が倒れ立ち上がろうとしている時に使うのが良いのではないか?

だが、最初のあのセリフとは裏腹に、戦いが終わるとこの2人、妙に仲が良い。ベンチに並んで座りながら、その拡張現実のゲームの話で盛り上がっている。


「そういえばさ、僕、昨日、ミカエルの剣闘士を倒したんだぜ!」

「ええっ!?あの大男を!?」

「そうだよ。何度攻撃しても全然HPの減らない奴だけど、弱点が分かってさ。そこに強化したばかりの魔法を集中させたら、ギリギリ勝てたよ。」

「へぇ~あんた、あのミカエルにただやられてたわけじゃないんだ。」

「だからさ、倒せていないのは、あとはお前だけなんだけどなぁ……」

「そう簡単にはやられないわよ!いつでもかかってらっしゃい!」


ここで話は急にゲーム以外の話題に変わる。


「ところでアイリーン、今日は飛ばないのか?」

「ええ、だって、飛べないパパと一緒だし。」

「うーん、そうなのか。でもやっぱりお前、飛んでる時の方がいいよなぁ。この間の大会、大人を相手にぶち抜いたお前の姿、すごかったよなぁ。」

「大人がだらしないのよ。こんな子供相手に負けるなんて。」

「いや、どう考えてもお前がすごすぎるんだって……でもいいよなぁ。僕も空飛んで、大人をぶち抜かしてみたい。」


魔女であるアイリーンに、嫌悪感や嫉妬はなさそうだ。それどころか、憧れているように見える。


「パイロットになればいいじゃない。哨戒機みたいな遅いのじゃなくて、あの黒い複座機ってやつのパイロットになれば、その夢叶うわよ。」


さりげなく元哨戒機パイロットのパパをディスってるな、娘よ。


「いやあ、どうせなら司令官になりたいなぁ。パイロットなんて、宇宙に出たら役に立たないよ。たくさんの船を従えさっと手を振り、目の前の強敵を一掃してやりたいな。ね、ダニエル閣下。」


急に私に話をふってきたこの少年。私は応える。


「いや、そんなに簡単なことじゃないぞ。敵だって強い、いつも紙一重の戦いだ、宇宙の戦闘は。」

「でも、いつも勝ってますよね、ダニエル閣下は。王国貴族の誇りだって、僕の父上も言ってますよ。」


この話ぶりからすると、どうやら貴族の子のようだ。


「でも僕、長男だから、家を継がなきゃならないんだ。」

「いいじゃない。継げる家があるだけ幸せよ。普通はないんだから。」

「そうかな?この宇宙に行ける時代に、星に張り付いて生きるなんてつまんないなぁ。どうせならさ、宇宙に出て海賊相手に戦ってみたいよ。」


まあ、小さい頃は刺激的なものを求めるのが当たり前だ。いずれ今の自分が恵まれていることを知るだろうと思う。


しばらくこの少年と話していたが、ジョエル君が帰ると言い出して、ベンチを立つ。

そして、別れ際に言う。


「じゃあね、アイリーン!いつかお前を倒す!」

「いいわよ!いつでもかかってらっしゃい!」


そう言って、その少年は去っていった。

事前に思っていたより、仲がいいじゃないか、この2人。私はアイリーンに尋ねる。


「あのジョエル君とは、いつもこうなのか?」

「そうよ。いつもああやってゲーム勝負を挑んでくるの。でもね、毎回私が勝っちゃうのよね。」


アイリーンはゲーム仲間としか思っていないが、なんとなくあの子は、アイリーンに気があるような節がある。

先ほどの会話では、別の相手には勝っているのに、アイリーン相手にあの不自然なまでの単調な攻撃っぷり。もしかして、毎回わざと負けているのではないか?

戦術的には負けのようだが、戦略的には正しい行動かもしれない。事実、アイリーンの気をひくことにはそれなりに成功している。

そう思うと、このジョエルという少年はしたたかなやつかもしれない。まだ小学生だというのに、なかなかの策士だ。

だが我が娘アイリーンが、彼の想いに気づく日は来るのだろうか?魔女競技会で大人相手に勝利したアイリーンだが、まだ心の成長は追いついてはいない。

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