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#145 最速魔女の日々

我が娘、アイリーン。歳は7歳になったばかり。ただいま、小学一年生。


それが、並みいる大人の一等魔女すら差しおいて、最速魔女として名乗りを上げた。


「キャーッ、やったーっ!」


一応、大人の部と子供の部では、別々に表彰される。だが、まさか子供の部の方が最高記録を出すとは思わなかったため、端っこでこじんまりと行う予定だった子供の部の表彰式を、大人の部の後に陛下の御前で行うことになった。その表彰台の上で、嬉しそうにはしゃぐアイリーン。その横に、申し訳なさそうに立つ2、3位の選手。


恐るべきはアイリーンの実力である。計測の結果、僅か1秒ほどでほぼトップスピードに入ってたようで、200メートルの大半をトップスピードで駆け抜けたことになる。


まさに脅威だ。我が娘が、まさかこれほどの実力を持っていたとは驚きだ。


てっきり愕然とするかと思っていたマデリーンさんは、娘の活躍を見て諸手を挙げて喜んでいる。マデリーンさんから手渡されるメダルを、受け取るアイリーン。まさか親子で表彰式を飾ることになるなどとは思わなかった。


で、閉会式を迎える。魔女代表として、マデリーンさんが登壇する。


「魔女のみんな!今日はあなた達の力、見せてもらったわ!勝ち負けはあったけど、みんなとっても素晴らしかったわよ!」


マデリーンさんらしい演説だ。会場の観衆から、拍手が沸き起こる。


「たとえコーヒーカップ一つしか浮かせられなくったって、そんなことができる女はこの宇宙でこの星くらいしかいないのよ!宇宙最強の女である我々魔女は、これからも強く、明るく、美しく、この王国、そして宇宙で輝き続けるわよ!」


ほとんど勢いだけの演説で、しかも魔女のみに向けられたメッセージだというのに、なぜか魔女以外の人ばかりのこの2万人の観客が大いに湧いた。こういうことは、マデリーンさんでなければできない。


こうして幕を閉じた魔女競技会だが、当然のことながら、クレアさんとアイリーンは一躍有名人になった。


これから1週間ほどのうちに、連合側の同盟星全てに配信されるということは、今連合に属する450もの地球(アース)でクレアさんとアイリーンの活躍が知られてしまうことになる。これは、えらいことだ。


それを発掘し、または育て上げたマデリーンさんの名もまた、広まることになる。


その翌日、真昼間から我が家で祝賀パーティーが開かれる。


「さあ、昨日の競技会でのみんなの活躍を祝って、かんぱーい!」


真昼間から、帝都ワインを振る舞うマデリーンさん。だが、マデリーンさんが手にしているのはワインではなく、ジャガイモ酒という王都発祥の強いお酒だ。マデリーンさん的に本当にめでたい時は、これを飲むらしい。


そういえば、そんなお酒があると地球(アース)117に行った時に言ってたな……私もコップ一杯に少しもらい、一口飲んでみる。


うっ!なんだ、この酒?確かに強烈だ。いきなり頭がくらっとくる。一体、どういう作り方をしているんだ?


「ああ、これね、なんでも王都の周囲で取れたジャガイモを収穫してすりつぶし、女の唾液をかけては足で何度も踏みつけてね……」


うげっ!?このお酒、唾液入りなの?これ。しかも足で踏んづけて……それを聞いて、私はもうこれ以上、飲む気にはならない。


さて、相変わらず酔っ払ったロサさんが絡んでくる。


「ねえ、私のコスプレ同好会、特別賞を受賞したのよ!?すごくない!?」


特別賞というのは、あの展示会場の半数以上が受賞したという、さほど特別でもない賞だ。まあ、何も賞を取っていないよりはマシだが、すごいかどうかはなんともいえない。


ちなみに、優秀賞は2つ。そのうちの一つはアイリスさんの衣料品ブース。デーシィさんとロサさんがモデルをやってアピールしていたあのブースだ。ロサさんよ、自慢すべきはそちらではないのか?


「やったね、アイリーン!一位だってさ!」

「あったりまえじゃない!あたしが負けるわけ、ないじゃん!」


リサちゃんやダリアンナちゃんと話すアイリーン。3人の小学生がまるで学校の運動会の話でもしているような雰囲気で騒いでいるが、その結果は王国主催の、しかも宇宙で注目された魔女競技会でのものだ。


大人顔負けだとマデリーンさんは言っていたが、本当に大人を負かしてしまうとは思わなかった。しかも、まだこれから成長する娘が、すでに時速142キロ。大人になったら、一体何キロ出せるようになるのだろうか?期待というより、恐怖が先行する。


だが、そんな驚異の娘も地上に降りれば、ただの小学生だ。


「ねえ、パパ。」

「なんだい、アイリーン?」

「あの競技会で優勝したら、なんか買ってくれるって約束したよね!?」

「ああ、いいよ。約束だ、何か買ってあげよう。何がいい?」

「えーっ!ずるい!お姉ちゃんだけ!僕も何か買って!」

「あんたは何もしてないじゃない!せめて空くらい飛んでみせなさいよ!」

「あー、こらこら、兄弟喧嘩しちゃダメだって!」


アイリーンとユリエルが喧嘩しそうだったため、私は間に入って制止する。一方、異母弟のラミエルはというと、フレアさんに抱かれて黙々とフライドポテトを食べていた。


「まあまあ、子供というのは喧嘩をして成長するものですし、あまりカリカリなさらない方がいいですよ。」


と、私を諭してくるフレアさん。最近、フレアさんが妙に落ち着いている。フレアさんはこのところ、どちらかというと個性的で気性の激しい人間の多いこの家で、落ち着いて周りを収めるという役割に徹しているような気がする。


「いいっすね、閣下は。輸送艦とはいえせっかく艦長になったというのに、全然給料が足りなくて、家族に苦労ばかりかけてる俺なんか……」


酒に酔って口が軽くなった上に、妙にネガティブなアルベルト少佐が現れた。


「いや、別にいいじゃないか。グラビアの表紙を飾るほどの奥さんを持つなんて、そうそうないことだぞ!?」

「いやあ、それはそれで考えものですよ。考えてみてください?表紙に載ったロサを見る男どもが、ロサを見て何を考えているか……夫の私からすれば、気が気じゃないですよ。」


なるほど、そういう悩みもあるのか。確かに、妻がグラビアアイドルというのも考えものだな。


「くーっ!そんなこと心配してたの!?大丈夫よ!あんたから離れたりしないからさ!ずっといっしょだよ!」

「ほんと!?嬉しいなぁ。ロサ!俺も、もうちょっと出世できるよう頑張るよ!」


そこに再びロサさん登場。落ち込むアルベルトを少佐の後ろから抱きついて励ます。なんだかんだといってこの2人、お似合い夫婦だな。


「あーっ!いいわよね、ロサもマデリーンも!私なんか、せいぜいバイトで事務仕事するくらいしか能がないし、これじゃあこの敷地で私だけ肩身の狭い思いをするばかりだわ。」


サリアンナさんは相変わらずネガティブだ。もっとも、サリアンナさんにとってはこれが平常運転。


「何を言ってるんだい。たとえ世界一の美人と言われる人が目の前に現れても、僕が愛するのはサリアンナただ一人だよ。」

「ちょ、ちょっと、ロレンソ!他の人が見てるって……」


などといって抱き合い、周りを気にせず口づけするロレンソ夫婦。こちらも、平常運転だ。


いつも通りのパーティー風景。だがいつもと違うのは、アイリーンが少なくともこの王国で最速魔女になってしまったことだ。


いつまでも子供だと思っていたら、あっという間に大人になってしまう。空飛ぶ速度で、マデリーンさんを追い越してしまったアイリーン。うかうかしていると、私自身もいろんな意味で追い越されてしまいそうだ。子供の成長は早い。


で、翌日。私は家族と共に、ショッピングモールに出かける。


宇宙港の前に新しく出来たデパートにでも行こうかと考えたのだが、いくら最速魔女とはいえ、所詮は小学生。ショッピングモールあたりがちょうどよかろうということで、こちらにする。


おもちゃ売り場に着くや、アイリーンとユリエルの目の色が変わる。


「パパーっ!これっ!これが欲しい!」


このおもちゃ売り場というやつは、子供らの欲望を最大限に開放してくれる場所。特になにかを買ってもらえると決まっている時の子供らのテンションの高さには恐れ入る。


「パパーっ!僕はこれで、ラミエルはこっちがいいって!」


弟思いのユリエルは、ちゃんとラミエルの分まで選んでくれる。なんという兄弟思いな長男だ。それにひきかえ、アイリーンは……弟はほったらかして、1人で黙々とぬいぐるみを選んでいる。


結局3人とも、揃いも揃ってぬいぐるみを選ぶ。アイリーンは巨大なクマのぬいぐるみ。ユリエルは少し小ぶりなイルカのぬいぐるみ。そしてラミエルは……なんだこれ?アノマロカリスのぬいぐるみ?なんじゃそら?


「あら~っ!よかったわね、お嬢ちゃん!こんな大きなぬいぐるみを買って貰えるなんて、ご褒美か何かかしら?」

「うん!あのね、競走して勝ったの!」


店員さんに話しかけられて喜ぶアイリーンだが、その競走というのが、陛下の御前にて140キロオーバーのレンジで行われたものだとは、その店員は知る由もない。


まだベビーカーの中で移動するサリエルは、この得体の知れないぬいぐるみを抱えて笑みを浮かべる。それを見ながら自身もぬいぐるみを抱えてご満悦なユリエル。そして、片手で強大なクマのぬいぐるみを浮かせて歩くのは、アイリーンだ。


「ふんふふん、ふふふーん!」


なんの曲かわからない鼻歌を奏でながら上機嫌で歩くアイリーン。これだけ見れば、本当にただの子供なのだが、まさかこんな子供が少なくとも王国一の速さを誇る一等魔女だとは、当の親でも思えない。


「ねー、パパーっ!あれが食べたい!買ってーっ!」


1千隻の駆逐艦を指揮する宇宙艦隊司令に、王国一の最速魔女がおねだりをしたのは、なんの変哲も無いいちごケーキだった。


そう、アイリーンは「いちご」に目がない。基本的に赤いものが大好きだが、特にいちごは色と味の両面で彼女の好みに合致する。


ちなみにユリエルはマロンケーキが大好き。マデリーンさんとフレアさんの分も合わせて、たくさんのケーキを買った。


ケーキ好きの子供という微笑ましい姿のアイリーンだが、忘れてはならない。この子供が王国最速の魔女だということを。


いかんな……どうも昨日から、私のアイリーンの見る目が変わりすぎてしまった。


それほどまでに衝撃的な事実には違いないが、一方でこの娘は、私の子供だ。親として、その成長を喜ばなければならないだろう。


「すごいわねぇ、アイリーン。あんたそのうち、パパの操縦する哨戒機よりも速くなれるわよ!」

「ええっ!?そんなに速くはなれないよ、身体が壊れちゃう。」


一方でマデリーンさんは、我が娘の成長を喜び、さらに向上することを願っている。要求レベルはめちゃくちゃだが、親としてはこちらの方が当然の態度であろう。


「アイリーンなら多分、もっと速くなれるよ。大人になったら、パパの航空機よりも先に、カピエトラの街まで飛んでいけそうだな。」

「えっ!?ほんと?じゃあその時は、もっと大きなぬいぐるみを買ってね!」


恐ろしいほどの能力を持つこの可愛い魔女のこの要求を、もちろん私は承諾する。しかし、これよりも大きなぬいぐるみって、普通の人に手に入れられるのだろうか?


娘の輝かしい勝利から、一夜経ったこの王都のショッピングモールで見られたのは、微笑ましく無邪気な我が子らの日常の風景であった。

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