#144 最速魔女、現る
2万人が入るこの競技場は、すでに満席だった。
出入り口に設置された顔認証システムの集計によれば、半数は地球760以外からの来場者だという。やはり他の星の人々は、この星の魔女の存在が気になるらしい。
だが、あまりの入場希望者の多さに、組織委員会は事前にサテライト会場を設けた。隣の公園の一角に、宇宙港ロビー、ショッピングモール、その他数カ所に同時中継を流している。
しかし、それでも足りないと予想されたため、開催の1週間前に急遽ネット配信をすることにした。これにより、特に王国外でネット配信を使ったサテライト会場を設けるところが出た。帝都宇宙港やリトラ王国、そのほかの国々でも同時中継が届けられることになっている。また、録画データは連合内の他の地球へと送られ、後日配信されることも決まっている。
想定以上に大規模な大会になってしまったこの魔女競技会。王国どころか、全世界、全宇宙の注目の的だ。
その競技会が今、開催される。
国王陛下ご臨席のこの競技場で、コンラッド公爵が壇上に立たれて開会宣言が行われた。
「国王陛下の名の下、開催されるこの魔女競技会で皆の力が発揮されることを切に願い、ここに開会を宣言する!」
宣言と同時に、会場にいる2万人の大観衆が一気に湧いた。こうしてついに、魔女達の力自慢が開始された。
はじめに、二等魔女による「砲弾投げ」が始まった。用意されたのは丸い旧世代な砲弾を模した鉄の玉。
だがこの鉄の玉、重さは1トンある。怪力系二等魔女でなければ投げられない代物だ。
実は先日、この鉄の玉を事前にクレアさんに投げてもらった。彼女は軽く投げたつもりらしいが、ポーンと競技場を超えて、そばの街路樹の上に着弾した。街路樹は粉々に破壊されたが、幸い人はおらず、怪我人は出なかった。このため、出場制限として5トン以下の能力の怪力系魔女に限るとした。
「1番!カピエトラ出身、フェリスさん!」
一人目の魔女の登場に、会場は大いに盛り上がる。あれはよく見ると、カピエトラの温泉街で魔女ショーをやっていたフェリスさんだ。
彼女は怪力系魔女だが、確か彼女の持ち上げ能力は500キロだったはず。重さ1トンの鉄の玉など、投げられるのか?
だが、どうやら彼女はいつの間にか強化されていて、今は重さ4トンまでいけるらしい。エイブラムめ、彼女に何をさせたのだ?
フェリスさんは大きな鉄の玉に手をかける。片手で軽々と持ち上げると、5メートルおきに扇状に引かれたラインめがけて投げつける。
ズシンという音とともに、着弾する。距離は瞬時に計測されて、競技場のメインパネルに表示される。
飛距離74メートル。数字が出た瞬間に、歓声が上がる。
こんな具合に、砲弾投げが進行する。この競技に参加した魔女は14人。ちなみに優勝はフェリスさんではなく、87メートルを飛ばした王国の北方出身の魔女だった。
その脇では、二等魔女の別の競技が行われていた。通常の二等魔女による「バケツリレー」だ。
水を張ったバケツをリレーするという競技だが、バケツには取っ手がつけられていない。これを握らず手のひらにひっつけてリレーする。まさに通常型の二等魔女の競技だ。
ただ走ればいいという競技ではない、いかに集中力を切らせず走るかが勝負になる。後ろからぬかされて動揺し、集中力が切れてバケツをひっくり返すランナーが続出する。水を補充され再び走り出すも、恥ずかしさで汗を流す二等魔女に、なぜか会場から拍手が起こる。
続いて、一等魔女の競技が開始される。「シンクロナイズド・フライング」。その名の通り、一等魔女が空中で息を合わせた演舞を見せるという競技だ。
スポーツウェアを着た一等魔女が5人1組で全部で5組、代わる代わる演技を見せる。空中で演舞するというより、皆まるで航空ショーのような飛び方になる。円を描いたり、回転したり、交差したり……
ちなみに優勝は、カリーナ中佐率いる特殊部隊チームだった。一糸乱れぬ動きに、衝突寸前でギリギリでかわすという際どい演技を見せる彼女らの動きは、他の組とは一線を画す動きだった。まあ、日頃こういう訓練を繰り返しているから、当たり前といえば当たり前の結果か。
他にも、二等魔女が水を入れたコーヒーカップをソーサーに乗せて、それに手をかけてバランスよく運ぶ「カップレース」、砲弾ではなく自分を飛ばす距離を競う斥力系魔女による「魔力幅跳び」、一等魔女が空中でラケットを持ち打ち合う「空中テニス」などなどの魔女ならではの競技が続く。
その頃、競技場の外では、一等魔女による42.195キロを飛ぶ「魔女マラソン」が行われていた。
これに参加する魔女は平均速度70キロ以上、このため、1時間以内に競技が終わる。
規定高度10メートルの高さで飛び、王国内に立てられた規定のポールを直線で通過し、最後に競技場に戻ってくるというこの競技。中継用ドローンが追いかけるが、先頭集団は時速80キロ以上で飛ぶため、かなり迫力ある競技となった。
競技も大詰めで、最後のゴール地点に先頭集団3人が飛び込んできた。そしてゴールする選手たち。優勝した魔女の記録は、30分31秒。平均時速83キロ。恐ろしい記録だ。2位、3位もわずか1、2秒差。もはやマラソンというより、エアレースである。
その後もまるで矢のようにゴールする一等魔女達。想像以上にレベルの高いマラソン競技だった。
優勝は、王国ではなく帝国領内のとある王国出身の魔女だった。瞬間最大速力は100キロ近くまで迫っていたようで、もはやマデリーンさんが「最速」でないことを思い知らされる結果となった。
もっとも、当のマデリーンさんはあまり気にしていない。大いに盛り上がるこの競技会での魔女達の活躍に喜んでいる。まあ、マデリーンさんはもはや最速魔女というより、我々の出現前後に活躍し、魔女の力を広く知らしめた伝説魔女だ。魔女達の活躍が賛美される社会を見ることが目的に生きてきた魔女だから、この競技会の光景を見て満足なのだろう。
こうして競技は続き、いよいよメイン競技2つを残すところとなった。
まず、最強の怪力系二等魔女による「重量挙げ」が行われた。
この競技に参加するのは、20トン級の怪力を誇る怪力系二等魔女5人。ここには、ペネローザさんとクレアさんも含まれる。
小さな怪力系二等魔女に、割れんばかりの歓声が浴びせられる。
競技場の中央には、重さ20トンのコンテナが置かれている。これに重りを継ぎ足して、どこまで持ち上げられるかを競う。
「1番、王都出身、クレアさん!」
もはや王国どころか、周辺惑星や地球001にまでその名を轟かせているクレアさんの登場に、会場は大いに盛り上がる。右手を振りながら、コンテナのある競技場中央へと進む。
その右手をコンテナに当てて、力を込めるクレアさん。この重さ20トンのコンテナを軽々と持ち上げる。それを見た観衆から声が上がり、その観衆に応えるためコンテナを持ち上げたまま手を、いやコンテナを振るクレアさん。
他の4人も、この20トンのコンテナを持ち上げる。元々20トン級の人ばかりであるから、ここまでは当然だ。
だが、そこに重さ1トンが加わる。この時点で2人が脱落した。
さらに重さが加わり、25トンになった。ここで1人が脱落。
そして当初の予測通り、ペネローザさんとクレアさんの勝負となった。
すでに重さは30トンを超えていた。重さ32トンでの勝負となる。
「3番!ペネローザさん!32トンに挑戦します!」
会場から大歓声が上がる。その32トンのコンテナに手をかけるペネローザさん。
両手を当てて、気合いを入れるペネローザさん。なんとか32トンが持ち上がる。
この競技は、コンテナを高さ1メートル以上、5秒以上保持するというのがルール。だが、1メートルも上がらないうちにコンテナを下ろしてしまうペネローザさん。ズシンという音と揺れが、会場に響く。
「はぁ……ダメです、重すぎです、これ。」
ここでペネローザさん、脱落。残るはクレアさん、ただ一人。
さて、いよいよクレアさんの登場。だがクレアさん、なんとこの32トンに右手だけで挑もうとする。観衆からは歓声というより、ざわめきが起きる。
ところがクレアさん、なんと32トンを片手で持ち上げてしまった。これを見た観衆は唖然とする。だが、パラパラと拍手が起こり、しまいには割れんばかりの拍手となる。
保持時間の終了を知らせるブザーが鳴って、32トンを下ろすクレアさん。ズシンという音とともに、会場中にその衝撃が伝わる。
この瞬間、クレアさんの優勝が確定した。
会場は大変な盛り上がりだ。予想外の好勝負をした小さな5人の怪力系二等魔女達に、2万人の観衆は絶賛の声と拍手を送った。
だが、ここで組織委員会から提案があった。
それは、クレアさんに限界重量に挑戦してもらおうというものである。
その重さとは、このコンテナで出せる最大重量である50トン。これをクレアさんに持ち上げてもらおうというのである。
この重さが伝えられて、さすがの会場もざわめいた。前人未到の重さ50トンチャレンジ。そのコンテナの前に、クレアさんが現れた。
会場は静まり返る。未だかつてない緊張の瞬間であった。それにしても当のクレアさん、よくまあこの空気の中、ニコニコと笑顔で手を振れるものだ。
だが、コンテナに手をかける瞬間、さすがのクレアさんから笑顔が消える。両手を伸ばし、コンテナに手をかけた。
ゆっくりと持ち上がるコンテナ。高さは1メートルを超えた。あとは5秒間、保持できるか。
静まりかえった会場に、保持時間を知らせるブザーが鳴り響く。その瞬間、50トンのコンテナが落ちる。会場中にこれまでにないズシンという音と衝撃が伝わってくる。
その次の瞬間には、会場から大歓声が響き渡る。手を振るクレアさん、それに答えて拍手を送る2万人の観衆。まさに桁違いの実力を見せつけたクレアさんが、名実ともに王国最強二等魔女となった瞬間だ。
大いに盛り上がった二等魔女勝負。そして最後の競技、一等魔女によるスピード勝負、「200メートル飛行」が行われる。
競技参加者は、大人の部、そして16歳未満の子供の部でそれぞれ5人づつ。あらかじめ予選で人数が絞り込まれて、決勝では両者同時スタートとなる。もちろん、アイリーンは子供の部での出場が決定している。
10人が競技場の端に並んだ。どちらかというと、大人の5人に注目が集まる。16歳未満の子供の方はおまけ扱いだ。
「それでは、最速魔女を決める200メートル飛行!競技者は皆、スタートラインに並んでください!」
審判員の声に合わせて、決勝出場者の10人の魔女たちは横一線に並んだ。2万人はこの最後の競技に大いに盛り上がり、皆10人に向かって手を振っていた。
縦長の10個の、カウントダウンを示すランプの一番上が点灯する。一番上の緑色から1秒おきに下っていく。
3秒前から音がなる。プッ、プッ、プッ、ポーンという音とともに、各自一斉にスタートした。
わずか200メートルだが、予選の段階で、すでにマデリーンさんでさえ追いつけない時速100キロ超を出している選手たちが、横一線に飛び出した。
ものすごい速さだ。普段からマデリーンさんの飛ぶ姿を見ているから、よく分かる。明らかにあの5人は、マデリーンさん以上の速度を出している。
だがここで、想定外のことが起こった。
頭一つ飛び出したのは、大人の部の選手ではなく、子供の部の1人だった。
あっという間にゴールする大人5人と子供の部の1人、少し遅れて、子供の部の4人がゴールする。
予想外の事態に、会場中がざわめく。審査員も動揺している。
まず、大人の魔女から順位と最高速度が発表された。王国南部に住む一等魔女が1位で、最高速度は122キロと発表された。
さすが大人の部だ、めちゃくちゃ速い。だが2万人の観客は、それすら上回った速度を出した子供の部のトップの発表に注目していた。
少し間をおいて、子供の部の順位が発表された。
3位、2位は最高速度60キロ台と、16歳未満の魔女としては確かに速い速度ではあった。
が、ついに注目のトップが発表される。
「そして子供の部、第1位は……」
会場中が、静まり返る。
「王都出身、アイリーンさん!タイム6.2秒!最高速度、時速142キロ!」
それは、我が娘に「王国最速」の座が譲られた瞬間であった。