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#13 公爵の息子とアニメと5人目の魔女

「おい!イレーネ!」


公王様、早速この野望を実行に移すようだ。


「父上!もう終わったのですか?」

「そうだ。もうそろそろ帰る。だが、お前には一つ頼みがある。」

「なんでしょうか?」

「この船に乗り、王国に赴き、今の時代をその目で見て参れ!」

「はあ?わ…私が、王国に!?」

「どうせ家出してまで行こうとしていたのだろ。ならば、お前の気の済むまで見て参れ!おい!アンナ!」

「は…はい!陛下!」

「イレーネの共にお前も行け!イレーネのこと、しかと頼んだぞ!」

「はい!仰せのままに!」

「それから、ローランド公!」

「…は、はい?私ですか?」

「他にローランドというものがおるのか?まあいい、お主にも頼みがある。」

「はい、なんでしょうか。」

「その…なんだ。娘を頼む…」

「はい!責任を持って、エスコートさせていただきます。」

「…できれば、早く孫の顔が見たいのでな。暇さえあれば剣術ばかり鍛える愚かな娘だが、優しくていいところもある。可愛がってやってくれ…」


ローランド少佐、そしてイレーネさん、さっき会ったばかりで、男女の馴れ初めなど考えてもいない2人に、突如この親父は勝手に2人を引っ付ける気でいることを告げてしまう。


「あ…あの、父上?」

「そうだ。もう1人、連れて行って欲しいも者がいるのだ!」

「は、はあ、誰ですか?父上。」

「お前の兄じゃよ。宮殿の中から出ようともしない。この際じゃ、当主としての自覚を取り戻すためにも、この船に乗り、王国を見てもらおうと思う!」

「はあ?兄を、この船に乗せるのですか!?」


イレーネさん、自分のこととお兄さんのことをいっぺんに決められて、やや混乱気味のようだ。


「よし!そうと決まれば、すぐにでも出発してもらう!さあ、宮殿に戻るぞ!」

「ちょ、ちょっと!父上!」


そばに降り立った哨戒機に向かって歩く公王様。哨戒機は、イレーネさんと侍女のアンナさんも乗せて上昇、公国をぐるりと巡るようで、そのまま東の方に飛んでいった。


さて、残されたローランド少佐と私とマデリーンさん。


「…なんの話だったんだ?最後のは。イレーネ殿をよろしく頼むと言われたから、てっきり艦内を案内するということかと思ったのだが…」


私に聞かれても、答えようがない。公王様の考えられたことだ。私などに反論できるわけがない。


さて、書簡も渡したことだし、我々夫婦はそのまま帰るつもりだった。が、せっかくだからと、駆逐艦6710号艦に乗せてもらうことになった。


車を取ってきて、駆逐艦の下部格納庫に乗せてもらう。正直、あの山道を走るのはウンザリしていたので、ちょうどいい。


ただ、マデリーンさんはちょっと不満だ。


「せっかくの夫婦水入らずの旅行になるはずだったのに、駆逐艦で帰ったら、意味ないじゃないの!」


すでに水入らずな状態ではないから、今さらという気もするが、まだ休暇はあるし別のところに行こうとマデリーンさんをなだめた。


哨戒機が帰ってきた。上部格納庫に入っていく。おそらく、イレーネさんと侍女のアンナさん、それに長男のフェルマン殿も乗っているはずだ。


駆逐艦内にいた私とマデリーンさん、それにローランド少佐は、上部格納庫に向かう。


ちょうど、イレーネさんが降り立ち、兄のフェルマン殿と思しき人物が降りてきたところだった。


我々はこの両者に敬礼、そこに艦長も現れた。


「ようこそ!駆逐艦6710号艦へ!」

「すまない、父上の思いつきで、そなたらの手を煩わせてしまった。よろしく頼む。」


イレーネさん、すっかりあの格好のままだ。さすがに騎士の格好はないだろうが、これだけお嬢様のイレーネさんにも違和感を覚える。


「おい、兄上!兄上も世話になるのだ!何か一言申してはどうか!」

「ああ、イレーネ、わかったわかった。ええと、フェルマンだ、よろしく頼む。」

「兄上はちょっと気合が足りませぬ!もう少し当主となられるお方らしく…」

「ま…まあまあ、ここは寂しい格納庫です。ささ、お部屋まで案内いたします。どうぞこちらへ。」


ローランド少佐がこの2人を案内する。イレーネさん、フェルマン殿にはそれぞれ侍女がつく。


と言っても、わずか4時間ほどの旅。夜には王都の横の宇宙港にたどり着く。我々は着き次第家に帰るが、このお二人はまだ行き先が決まっていないため、とりあえず艦内で朝までいるようだ。


それにしても、貴族という人種は、一緒に移動するものが多い。哨戒機から、大きなつづらが2つ降ろされた。それぞれイレーネさんとフェルマン殿の荷物のようだ。


夕食にはちょっと早いが、我々夫婦は食堂に行くことにした。


「うわぁ!懐かしい!そういえば私、駆逐艦の食堂なんて久しぶりよね!」


マデリーンさん、変なことに感激している。


早速料理を注文していた。相変わらずハンバーグ系だ。キノコハンバーグを頼んでいた。


私はビーフシチューを頼んだ。今日はいろいろあって、あまり食欲がない。ずるずるとシチューをすすっていた。


と、そこにイレーネさんが現れた。ローランド少佐も一緒だ。


「ローランド殿、ここでは何をすればよろしいのかな?」

「まず、お召し上がりになりたいものを選びます。イレーネさんはどのようなものを召し上がります?」

「ええ、(わらわ)は肉料理などあれば…」

「承知しました。では、これなんかどうでしょう?」


まるで貴族同士の会話をしているようだ。ああ、そうか、2人とも貴族だった。ただの駆逐艦の食堂で、よくもまあ、あそこまで上品な会話ができるものだ。


「なんじゃ、そなたらもきていたか。何を食べてるんだ?」


我々相手になると、途端にいつものイレーネさんに戻る。


「ハンバーグよ!ハンバーグ!ここのハンバーグってとても美味しいのよ!」


別にここのではないハンバーグでも、美味しく召し上がっているマデリーンさんが言っても、あまり説得力はないだろうが。


「そうか、それは良かった。では、私はローランド殿を待たせておるので、失礼する。」


と言って、テーブル席二つ隣の場所に去っていった。


あの一角だけ、妙に気品が高い。正装用の軍服を着るローランド少佐と、紫色のドレスを身にまとうイレーネさん、脇にはメイド姿の侍女のアンナさんが控えていらっしゃる。2人ともステーキを頼んだようで、これがまた妙に気品溢れる雰囲気を一層盛り立てる。


周りの乗員も、このただならぬ雰囲気の食堂にためらっているようだった。


「あれはなんだ?副長のお向かいの、あのお嬢さん。」

「ああ、さっき降り立った公国のご令嬢だそうだ。」

「ええっ!?そうなのか?だから、副長のローランド公爵がお相手しているわけか。やはり、あの人も貴族だねぇ。」


すっかり乗員の中でも盛り上がっている。


そこにもう1人の貴族様がいらっしゃった。フェルマン殿だ。


彼にも1人、侍女がつく。食堂まで来たものの、この2人では注文方法がわからない。


侍女の方が、私のところにやってきた。


「…すいません、あの、ちょっとだけ教えていただけませんか?」


肝心のイレーネさんとローランド少佐は、もはや2人の世界に入っておいでだ。仕方がない、私とマデリーンさんで、このフェルマン殿をサポートした。


なんとか注文したものの、頼んだのはなんと「きしめん」とかいう変わった食べ物だった。見ると、まるで「うどん」のようだが、ちょっと違う。だが、フェルマン殿は満足のようだ。


「いやあ、これ、美味しいです。やっぱりあなた方の食べ物って、とても変わってますね。」

「まあ、宇宙で人気のものならいろいろと作れるので、他にもいろいろと選べますよ。」

「ほんと?いやあ、楽しみだなあ。宮殿にこもってばかりだったから、急にこんな凄いところに来て、ちょっとワクワクしてるんだ。」


イレーネさんが言っていた通り、優しそうな方だ。ただ、公王様やイレーネさんと比べたら、気迫に欠けるのは否めない。


「フェルマン殿は、以前帝都にいらしたんですよね?」

「そうそう、帝都はいいよ!食べ物が美味しい。私は帝都チキンが大好きで!」

「ええ!チキン!私も大好きです!」

「こら、マデリーンさん、あんまりしゃしゃり出てはいけないでしょう。」

「いやいや、よろしいですよ。ところで…マデリーンさんとおっしゃったが、もしかして、あの魔女の!?」


またしても、マデリーンさんを知る人が登場だ。


「そうですよ。私は雷光の魔女、帝国最速の魔女と言われた、マデリーンです!」

「で、その伝説の魔女の陰でひっそりと夫をしています、ダニエルと言います。」

「おっと、伝説の魔女は結婚してたんだ!それは驚いた。改めて、よろしくお願いする。」


なんだろうか、意外とフェルマン殿、明るい紳士ではないか。もっと暗くて、じめっとした感じの人物を想像していたが、外の世界を堪能している様子だ。


「こちらは、私に仕える侍女のキャロル。」

「キャロルです、よろしくお願い致します。」


こちらの侍女まで顔見知りになった。キャロルさんというのか。


「先ほどは、ありがとうございます。頼る者もおらず、つい公王陛下のお側にいたあなた様を頼ってしまいました。」

「ああ、いいですよ、全然。」


で、フェルマン殿とキャロルさんと一緒に食事をとったわけだが、ちょっと気になることがある。


イレーネさんの侍女さんは、横で立って控えているのに対して、こちらの侍女さんは一緒に座って食べていらっしゃる。


同じ公爵家の人達だというのに、なんだろうか?この違いは。


「まるで夫婦のようですね、お二人は。」


マデリーンさんがぼそっと言った。いや、マデリーンさん、ちょっとその発言は失礼ではないかと。


ところが、フェルマン殿から思わぬ応えがきた。


「え?私達は夫婦ですよ?」

「ええ!?夫婦!?」


私とマデリーンさんは、思わず声に出して驚いてしまった。


「ただ、私は公爵家の長男であり、彼女は侍女、身分の差があるので、表向きは側室ということになっています。でも、私にとって唯一の理解者なんですよ、彼女は。だから、父上は早く本妻を迎えろというんですが、私にはどうにも彼女以外の人を妻にとは考えられなくて…」


私はこのフェルマン殿のことを誤解していたようだ。


この人は、間違いなくこの星において我々に最も近い思想の持ち主だ。直感で、私はそう感じた。


イレーネさんの方が我々に近いかと思っていたが、この兄上に比べたら、イレーネさんの方がずっと保守的だ。身分によって態度が変わるあたりは、やはりこの星の標準的な貴族だ。


「ところで、フェルマン殿はいったい、宮殿で何をされているんですか?」

「ああ、私は文化を調べているんだよ。」

「文化?」

「うん、食文化に絵画、音楽や観劇など、ああいったものを私は調べているんだ。」

「はあ、なるほど。でも、公国ではなかなかそういうものがないんじゃないですか?」

「そう、それ。去年私は帝都から公国に戻り、文化というものに全く触れられなくなってしまった。帝都ではそれこそ毎日のように文化に触れていたのだけれど、この公国はダメだ。100年は遅れている。私はすっかり落胆して、引きこもってしまったというわけだ。」


帝都と公国では、確かに天と地の差だろう。フェルマン殿が落ち込むのも分かる。


「だから、父上がこの船に乗って、現実を見てこいと言われた時は、私はむしろいい機会だと思ったんだ。帝都ほどではないにせよ、王都に行けるのだ。この一年、ずーっとキャロルの話していた文化というものを見せてあげられると思うと、私は嬉しかった。」

「はあ、そうですか。いや、その通りだと思いますよ。でも今は、王都の方がやや進んでるかもしれません。」

「そうなのか?なぜ、帝都よりも王都が?」

「宇宙港が開かれたのは、帝都よりも王都の方が早いんです。だから、我々の文化の入り具合は、王都の方が進んでますね。」

「そうなのか?じゃあ、マデリーン殿もすでに進んだ文化を受け入れているのか?」

「そうですよね。こんなのを持ってますし。」


そういって取り出したのは、スマホだった。


「なんです?これは。」

「ああ、私も持ってますが、フェルマン殿のおっしゃる『文化』を垣間見ることができる物です。」


そういって、私は音楽プレーヤーを開いた。


フェルマン殿にふさわしいいい音楽が思いつかなかったが、とりあえず穏やかなリラクゼーション系の音楽を流してみた。


「なんです、これは!こんな小さな物から音楽が流せるんですか!」

「他にも、映像を見ることもできますよ。」


そう言って、私はマデリーンさんが大好きな勇者と魔王にシリーズのプロモーションビデオを流してみせた。


これには、かなりの衝撃を受けたようだ。


「なんだこれは!?すごい!まさに文化そのものだ!でもどうやってこんなことができるのだ?」

「いや、私にもわかりませんが、我々の星ではごく普通のものであり、マデリーンさんもこの一年ですっかり使いこなしていますよ。」

「いや、私もこれが欲しい!どうやったら手に入る!?」

「宇宙港の横の街なら、簡単に手に入ります。ただ、フェルマン殿の部屋に行けば、すでにこれに近いものが置いてあるんですよ。」

「なに?そうなのか?」

「ええ、ご飯食べたら、行きましょうか?」


急いで食事を済ませるフェルマン殿とキャロルさん。2人のお部屋にお邪魔して、そこにあったテレビをつけた。


「映像が選べないのが難点ですが、これならここのボタンを押すだけで、手軽に見られますよ。」


ちょうど音楽番組をやっていた。食い入るように見る2人。


「いやあ、これはすごい!ありがとう!こっちの方が画面が大きくて見易い。じっくり見させてもらうよ。」


こうして、2人の部屋をあとにした。


すると、今度は通路に侍女のアンナさんがぽつんと立っているのを見つけた。


「あれ?アンナさんじゃないの?どうしました?こんなところで。」

「ああ、ダニエル様。ここで見張をしているんですよ。」

「見張りなんてしなくても、通路には防犯装置がついてるので、大丈夫ですよ。」

「いや、その…」


どうしたのだろうか?何か言いにくそうなことがあるようだが。


「…絶対に内緒でお願いします。…実は今、イレーネ様の部屋に、ローランド様がいらっしゃるんです。」


…ああ、なるほど。そういう見張りか。納得した。


その上で、朝6時半ごろには自動掃除機が動き出すから、朝帰りは楽ですよとローランド少佐に伝えてもらうようアンナさんにお願いした。これはもう一年近く前に、モイラ少尉から教えてもらったノウハウだ。


そうこうしているうちに、もう王都上空に差し掛かったようだ。艦内放送が入る。


我々は下部格納庫に向かう。車を引き取りに行くためだ。


格納庫の着いたあたりで、駆逐艦も港に到着。ドックに接続する音が鳴り響く。


その音と同時に、下部ハッチが開き、地面と接触。ハッチでできた坂道を車でゆっくりと降りる。


そのまま走って、宇宙港出口ゲートに向かう。艦長に出してもらった許可証を見せて、ゲートを通過。


公国の宮殿すら顔パスで通った車だ。通い慣れた宇宙港を通過することくらい、なんてことはない。そんなどうでもいいことを考えながら、家路につく。


「そういえば、フェルマンさんとキャロルさん、それにイレーネさんとアンナさんはどうするの?まさかずっと駆逐艦に乗ってるわけにはいかないし、どこか泊まるところはあるのかしら?」

「1、2ヶ月ほど滞在するって言ってたから。多分ホテルの一室を使うんじゃないかな?宇宙港の横に、貴族でも使えるでっかいホテルがあるし。明日にでも艦を出て、どこかに移るって言ってたよ。」


などと、公国からの客人の行方を話しながら、家に帰った。


4日ぶりの我が家だ。やはり、なんだかんだ言っても自宅はいい。今日はいろいろあって疲れたのか、2人とも風呂に入るとすぐに寝てしまった。


で、翌日。


調理機をセットし忘れていたため、朝食が作られていないことに気づき、慌ててセット。すぐに朝食を作ってもらった。


自分で作ればいいのだが、どうも自動調理機というやつに慣れると、自分で作ろうという気にならない。以前は自炊していたマデリーンさんも、すっかりこの文明の機器に慣らされて、料理を作らなくなった。人間、堕落するのは簡単だ。


遅い朝食を食べていると、私のスマホにメールが来た。フェルマン殿より、火急の要件あり、早急に来られたし。


場所はまさしく、昨日の夜マデリーンさんに話していた宇宙港のそばにあるホテル・ユニバーサル・ポートというホテル。そこの35階にある部屋にフェルマン殿がいらっしゃる。


朝食もそこそこに、大急ぎで向かう。


フェルマン殿の部屋に着く。いったい、何事なのか!?文面からすれば、明らかにただ事ではなさそうだったが、何があったのか?


「おお、やっと来た!すまない、これを見て欲しい!」


と言って見せられたのは、テレビの画面。


そこには…あれ?これって、ロサさんがコスプレしてた、魔法少女シリーズのアニメじゃないのか?


ちょうど今、テレビにて過去に放送した回を12時間ぶっ続けで放映してるようで、たまたまそれを見たようだ。


…であるが、それがいったい、どうしたというのか?


「この映像はなんだ!?絵が動いているだけでなく、音楽あり、魔法あり、おまけに最後には悪の手先をバッサバサと倒すという決まりきった話なのに、なぜか続きを見たくなる。いったいこの芸術は、何なのか!?」


フェルマン殿とキャロルさん、2人ともこのアニメを食い入るように見ている。これを「芸術」と表現されたが、なるほど、いい目の付け所かもしれない。


アニメというのは、絵画でもあり、動く画像でもあり、文学でもあり、音楽あり、そしてコスプレなどのサブカルあり、多くのジャンルを包括するメディアである。いわば、我々の文化の集大成とも言える。


言い換えれば、アニメを知れば、我々の文化に関する情報の多くにつながるとも言える。まさに我々の文化を知ろうとしているフェルマン殿にとっては、うってつけとも言える題材ではないか?


そう考えた私は、一つに提案をする。


「よろしければ、専門家を紹介いたしますが、いかがなさいます?」


そう、私はこの手のものに詳しい「専門家」を知っている。もちろん、フェルマン殿はこの専門家を招くよう希望された。


ということで、私はその専門家を電話で呼ぶ。


30分もすると、彼らはきた。


アルベルト少尉と、ロサさんである。


「中尉殿、やってまいりました。」

「…こ…こんにちは、ダニエルさん…」


ロサさん、相変わらずの人見知りっぷりだ。しかも今回の相手は、公爵家のご子息。いつになく緊張している。


「おお!やっときたか!早速だが、今このテレビってやつを見ていてだな…」

「はい、『魔法少女ホワイトウィッチ』ですよね。」

「それだそれ!で?そちらの人は?」

「ああ、彼女、休日になると、この魔法少女のコスプレをしてるんですよ。」

「コスプレ?なんだそれは?」


アルベルト少尉のアニメ講義が始まった。世をしのんで生きてきたあのロサさんを、この世界に引きずり込んだその手腕、ぜひふるっていただきたい。


この部屋をあとにした我々に、今度は別の人物から呼び出しがかかる。


この建物の34階。一つ下の階だ。


呼び出してきたのは、ローランド少佐。


ここにいるということは、つまりイレーネさんと一緒だということだ。


「ああ、すまない、休暇中だというのに呼び出してしまって…にしても早いな。メールを送って、わずか3分だぞ。」

「いや、たまたま一つ上の階にいたんですよ。で?御用件はなんですか?」

「いやなに、その…中尉とその奥さんに聞きたいことがあってな。」


簡単に言うと、デートしたいがどこがいいかと言う話だった。イレーネさんはまだここの文化に馴染んではいない。そんな彼女をまずどこに連れていったらいいか、こういう付き合いが初めての少佐にはわからなくて困ってるということだった。


うーん、困った。私はそれほど深く考えずに、マデリーンさんをいきなり戦艦内の街に連れていったからな。で、スポーツ用品店で野球のバットを使って空を飛んで、店内が大騒ぎになって…だめだ、とても参考にならない。


そういえば、こういうことに長けた「達人」がいる。適材適所、私は早速その「達人」を呼び出す。


「…あ、モイラ少尉?休み中、すまない。ひとつ頼みがあるんだが…」

「何でしょうか?」

「実は今、6710号艦の副長であるローランド少佐のところにいてだな…」

「ああ、紫色のドレスを着たご婦人と一緒に歩いているところを目撃された、あのローランド少佐ですね。」


こいつはどこからそういう情報を入手してくるんだろうか?一度聞いてみたい気がする。


「実はそのご婦人とのデートの相談をされたんだが、こういう話はモイラ少尉の方が得意かと思って。」

「いいですよ~。そのホテルの45階にあるラウンジ横の喫茶でランチをいただけるなら、私とワーナーが飛んでまいりますが、いかがでしょうか?」

「…ちょっと待ってて。」


私は、ローランド少佐に聞いた。


「そういうわけで、少佐殿、いかが致しますか?」

「ランチぐらいで済むならいいが、大丈夫なのか?その『恋愛の達人』という人物は。」

「我が艦において、この手の作戦立案には最良の人物です。我々もお世話になった実績があります。」

「分かった、中尉がいうなら間違いないだろう。その人物にお願いしよう。」

「ローランド殿~何をしてなさる~?」


妙に浮かれた声がする。信じられないが、あのイレーネさんだ。


「おお!なんじゃ!ダニエル殿も来ていたのか。なんだ!?ローランド殿とこそこそ話しおって!?」


私が相手では口調ががらっと変わる。なんだろうね、このご令嬢は。


「イレーネさん、実は中尉に、おすすめの場所を聞いていたんですが、今、その手のことに詳しい人物を紹介していただいてたんですよ。」

「そうなんですか?私はローランド殿となら、どこへでもお供いたしますよ。」


だめだ、このご令嬢。すっかり少佐にぞっこんのようだ。


モイラ少尉と再び話す。


「…というわけで、少佐の承諾を頂いた。ぜひお願いしたいとのことだ。」

「了解致しました!では、すぐにまいりますね。」

「だが少尉、相手は公爵家のご令嬢だぞ?いいのか?本当に。」

「大丈夫ですよ、相手が皇帝陛下でも、私はうまくやってみせますって。」


すごい自信満々だ。まあ、自称「恋愛の達人」の手腕を私も重々承知しているから頼んだのだが。


しばらくすると、モイラ少尉がワーナー少尉を連れて現れた。


「恋愛情報武官!モイラ少尉、ただいま到着いたしました!」


変な肩書きで名乗ってきた。まあ、今回の任務にはふさわしい役職名ではある。


「ご苦労!では、早速頼む!」

「なんですか?ローランド殿、この小生意気そうな女は?」


イレーネさん、これからのデートをコーディネートしてくれる相手に対して、随分な言い様だ。


「私はローランド少佐殿より依頼されて、この後のプランをご提案させていただく、モイラ少尉と言います。あ、こっちは補佐のワーナー少尉です。以後、お見知り置きを。」

「プランの提案?」

「詳しくは、ここの45階にあるお店にてお話しいたします。王都の人々を見下ろしながら食べるここのお店のベーグルの味は格別ですよ。」

「なんだと!?それは是非行きたい!案内せよ!」


すっかり乗り気にさせてしまった。しかし、公国が王国と仲が悪いこともちゃんと心得てるんだな、モイラ少尉。


公国の客人に適材適所を割り当てて、私は家に帰っていった。


「どうだった?フェルマンさんは。」

「ああ、アルベルト少尉に任せてきた。」

「えっ??あのロサの旦那に?なんで?」


話が飛躍しすぎていて、何をいっているのかわからないようだ。私はホテルであった話をする。


「…ふーん、そりゃあの夫婦の出番よね。でも、ローランドさんとイレーネさんのデートまでこなしてくるとは。」

「たまたまどちらもうってつけの人材がいたから、うまくいったって感じかな。」


などと話していると、玄関のベルが鳴った。


来客のようだが、映像を見る限りでは、誰だかわからない人物が立っている。


だが、ホウキ片手に黒服姿。明らかにこれは「魔女」だ。


私はマデリーンさんに聞いた。


「マデリーンさんの知り合いっぽいけど、誰だか分かる?」

「…知らない人ね。誰?あれ。」


マデリーンさんも知らないとは、いったい何者!?


だがマデリーンさん、その魔女と思しき人の正体を確かめるべく、玄関を出た。


相手が誰かもわからないのに、大丈夫なのか?心配になった私は、マデリーンさんの後を追う。


家の前に、ちょっと痩せ気味の黒服の女性が立っていた。


年齢はマデリーンさんと同じくらいと思われる。おそらく、ホウキを持っていることから「一等魔女」だろう。


「あなたが『雷光の魔女』、マデリーンね!」

「そうだけど、誰?」

「私の名は、ミリア!そういえば、分かっていただけるかしら!?」

「…分かんないわね…誰!?」

「ああ!もう!!『石火の魔女』って言えば、分かるでしょう!?」

「ああ、聞いたことがあるわ。へえ、あなただったのね、初めまして。」

「挨拶は抜きよ!私と勝負なさい!!」


なんだか、めんどくさい奴が現れたぞ。なんなんだ?石火の魔女ってのは?


「マデリーンさん?誰なの、あれは?」

「ああ、私よりも速いって噂の魔女よ。」


さらっと大変なことを言いましたよ、マデリーンさん。


「…てことは、最速の魔女というのは、彼女なの?」

「うーん、最速というかどうか…まあ、飛んでみれば分かるわよ。」


マデリーンさん、ホウキを取り出した。


「あんた、こんな時代に速さなんて競ってどうするのよ!」

「うるさいわね!私と勝負して負けるのが、そんなに怖いのかしら!?」


マデリーンさんを挑発してくる。確かに、宇宙船がばんばん飛ぶ時代に魔女同士の速さ勝負なんて、やってどうするんだろうか?


「いいわ!勝負してあげる!この家の前からあの公園の入り口まで、早く飛んだ方が勝ちってことで、いい?」

「いいわ!望むところよ!」


マデリーンさんも面倒な相手だと思ったのだろう、勝負を受けることにした。


ここから公園までは、だいたい400メートルある。


突如、魔女のゼロヨン対決が行われることになった。

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