#12 公爵様と駆逐艦6710号艦
「…あの、確認しておきたいのですが、イレーネさん…あ、いや、イレーネ様でよろしいのですよね?」
私は思わず「様付け」で呼んでしまった。侍女を何人も引き連れて歩き、しかもこのお姿だ、どう見たってただ者ではない。
「いかにも、私はイレーネ。イレーネ・オルドムドだ。」
「…そのお名前から察するに、もしかして、公王様の血縁者ということでしょうか?」
「御察しの通りだ、私は公王の娘。そなたたちには騎士だと嘘をついていた。すまぬ。」
外観はご令嬢だが、中身はさっきまでのイレーネさんと変わりないようだ。
「だ…だが、好きで嘘を言ってたわけではないぞ!あの場で私が公王の娘だといっても、おそらくは信じないだろう。おかしなことを言うやつだと思われてはなにかと不便だから、騎士ということにしたのだ。」
「はあ…そうなんですか。で、その公王様のご令嬢が、何故あのような場所にいらしたのでしょうか?」
痛いところを突いたのか、急に黙り込んでしまう。一息ついて、ゆっくりと話し始める。
「…実はな、家出していたのだ。最近、王国の動きがまったくつかめなくなってしまい、父上には王国の様子を探るように散々行ったのだが、まったく聞き入れてもらえない。そこで私が王国の様子を見るために、宮殿を飛び出して王国に向かったのだ。」
家出娘だったのか、イレーネさん…いや、イレーネ様。それにしても、まさか公王様のご令嬢と遭遇するなど、予想外の展開だ。
それにしても、最速の魔女といい、公王のご令嬢といい、私はレアな人物に会う運命に恵まれているようだ。
「そなたらをずいぶんと待たせてしまったが、実は家出の件で父上にひどく怒られていてな。それで手間取ってしまったのだ。」
そりゃ当然、親父はカンカンに怒るだろう。なるほど、どおりで時間がかかったわけだ。
「先にも話した通り、馬が怪我をしてエストマナフより奥には行けなくなってしまったので引き返してきた。何とかエールディンにたどり着いたのだが、山に阻まれてあの町から動けなくなってしまったのだ。」
「はあ、そうでございますか…あの、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ!まだ何か聞きたいことがあるのか!?」
美しい外観に反して、このご令嬢は結構口調がきつい。
「公王様のご令嬢ということですけど、何故あの数人の強盗団とやりあえるほどの腕がおありなんでしょうか?」
「ああ、それは宮殿内が暇だから、配下の騎士どもと日々鍛錬しているからだ。それくらいしかやることがないからな、この公国は。」
なんとまあ、暇つぶしで鍛えていたらしい。でも普通、貴族のご令嬢が暇だからと言って、身体を鍛えようと思うものなのか?
「立ち話もなんだ、奥には公王であるわが父上が待っている。ついてまいれ。」
「は、はい。ついてまいります…」
いまいちまだ事実を受け入れられていないが、元々の用事である公王様に書簡を渡すという仕事もある。とにかくついていった。
宮殿の中は豪華だ。聞けばこの街は、かつて隣国との交易で栄えた街だそうだ。
こんな山奥で交易なんかできるのだろうか?と思ったのだが、聞けばこの先の国では、多くの香辛料が取れるという。それを仲介するのが、この街の元々の役割だったようだ。
ここの香辛料は山を越えると数倍の値段で王国や帝国で売られていたそうだ。公国として独立してからも交易は行われ、この国の貴重な財源となっていた。
だがこの数ヶ月ほど前から、急に交易が途絶え始めた。イレーネさんはこの変化を察知して、王国のことを探るよう父上である公王様に言い続けていたようだ。
しかし、公王様は取り合わない。国王のやつが嫌がらせで経済封鎖をしているだけで、いずれ根をあげるからそれまで待てといって聞かない。
だが、この場合はイレーネさんの方が正しい。王国は経済封鎖をしていたのではなく、単に別ルートの交易を始めたために、ここの交易ルートを使わなくなっただけだ。
我々の出現は、思わぬところに影響を与えていたようだ。こんな山あいの町を通らなくても、我々の持つ空中船を使えば、香辛料などたやすく運べる。その方が値段も安いし、好都合だ。
宮殿の奥にある玉座の間のようなところに着いた。周りの侍従、侍女たちが一斉にしゃがんだ。どうやら、公王様のお出迎えのようだ。
奥から、少し初老のすらりとした男性が現れた。こちらが公王様、オルドムド公であるようだ。
正面の玉座に座る。マデリーンさんはしゃがみこみ頭を下げる。私は軍人なので、直立にて敬礼した。
「…1人、変わった作法のものがおるな、お主がその星の国から来たというものか?」
「はい、陛下。私は地球401宇宙艦隊 駆逐艦6707号艦所属のパイロット、ダニエルと申します。我々流の作法にて失礼致します。王国のコンラッド伯爵様より書簡を預かって参りました。」
「それにしても、随分と長い肩書きだな。まあいい。わしの挨拶がまだであった。わしはこの公国の王、フィリップス・オルドムドである。」
挨拶が終わったところで、まず伯爵様の書簡を渡す。
しばらく公王様、その書簡を読んでいた。おそらく、我々のこと、王国と帝国の現状について細かく書かれていると思われる。
「…なるほど、外ではそういうことになっておったのか…」
「父上、どのようなお知らせでしたか。」
「うむ、悔しいが、家出娘のいう通りであった。この一年で、世の中は大きく動いている。通りで、この公国にくるものが減ったわけだ。」
我々が話すよりも、伯爵様の書簡の方がより説得力がある。伯爵様は、我々がここに来て一番最初に接触した為政者の1人だ。今の世の中の流れをこの星の人の中では一番ご存知なはずだ。
それ故に、オルドムド公も伯爵様の言葉に納得せざるを得ないようだ。何よりもこの公国や公王様のことを憂いておられる方だ。なおさら公王様の心を揺さぶったものと思われる。
「で、コンラッドの手紙にあった軍人とは、お主のことだな。遠い星から来たもので、コンラッドと最初に接触した1人で、空から現れたとか。」
「はい、あの時は哨戒機という乗り物で伯爵様の元へ参りました。」
「それだ。ここにも書かれているが、魔女でもないのに空を飛ぶのが当たり前になっているとある。それは、本当なのか?」
「はい…といっても、肝心の航空機がありませんので、今この場では飛ぶことができませんが…」
「なんだと!?そうか…いや、ならば仕方がないな。それを使えば、わしも空を飛べるかなと思ったんだがな。」
公王様、少し残念そうだ。
「あの?、ダメかもしれませんが、軍に要請してみましょうか?」
「なに!?本当か!?」
急に嬉しそうな顔になった。反応がまるで子供のようだ。
「少々お待ちください。電話で確認してみますから。」
「なんだ!?デンワというのは?」
「遠くの人と会話する仕組みのことです。少々お待ちください。」
私は艦長に電話をしてみることにした。
ここは携帯の基地局はないが、衛星回線ならば使用できる。私は電話をかけた。
「…ああ、もしもし、艦長ですか?私です、ダニエルです…ええ、分かってますよ。ですが、艦長にお願いするほかない用事があってですね…」
電話を知らない人からすれば、まるで一人芝居をしているように感じることだろう。
今、艦長も休暇中だ。私の長期休暇とは違い3日間の休暇だが、そんな貴重な休みだというのに、私は呼び出してしまった。だが、この手のことを相談する相手を他に知らない。
私は艦長に、駆逐艦をこのオルドムド公国へ派遣してもらうのはどうすればいいかを尋ねた。
艦長曰く、まずは艦隊司令部に相談することになるが、艦長以上でないと要請することすらできないという。で、せっかくの休み中の艦長が掛け合ってくれることになった。
あまり期待するなと釘を刺されて電話を切った艦長。しばらく、艦長からの電話を待った。
すぐにかかってきた。早い。さすがは艦長だ。が、要するに即答で断られたということなのだろうか?
私は恐る恐る電話に出た。ところが、全く予想外の回答だった。なんと、すぐにでも一隻派遣するというのだ。
なんでも、この場所の座標を送ると、すぐに交渉官を派遣すると言ってきたそうだ。すぐに行くから、待機せよとの命令だ。
あれ?おかしいな。私は駆逐艦の派遣要請しかしていない。それが何故、交渉官を派遣する必要があるのだろうか?しかも待機命令までついてきた。休暇中なのに。
派遣される駆逐艦は、6710号艦。私の乗る駆逐艦6707号艦のいるチームのリーダー艦だ。ちょうど大気圏突入前で、地上に交渉官を派遣するために降りるところだったという。
ということは、元々ここにくる予定だったみたいだ。
すぐさま、指定されたメールアドレスに詳細なGPS座標を送る。今から40分後に向かうから、準備されたしとメールで返信があった。
もはや、この周辺は宇宙港もできており、なにもこんな小さな国をいまさら交渉相手に選ぶ必然性がない。ましてや山奥にある街であり、さほどメリットがあるとは思えない。
だから、けんもほろろに断られると思っていたのだが、逆に乗り気だった。一体どういうことなのだろうか?
考えても分からない。まあ、結果的には派遣が叶ったわけだし、公王様にお知らせしよう。
「公王様、駆逐艦6710号艦がこちらにくることになりました。」
「何!?それは空飛ぶ乗り物なのか?」
「はい、そうです。ただし、少々この辺りの人々が驚いてしまうと思いますが…」
公王様とイレーネさん、2人とも変な顔をしている。まあ、そうだろうな。どういうものが来るのか、まだよくわかってはいらっしゃらない。
宮殿のすぐ上に来てもらうことになっているため、お2人には外に出ていただくことになった。
「全く…王国を含め外が大変なことになっているというのに、空飛ぶ乗り物に乗りたいとか、父上からはまるで緊迫感が感じられない。どうしたものか…」
イレーネさん、父上である公王様の能天気ぶりにぷりぷりしている。
「いや、イレーネさん…じゃない、イレーネ様。」
「別にさん付けでよい!なんだ!急に改まって!」
いや、どう見てもご令嬢なその格好を見れば、普通、言葉遣いを改めるだろう。
「じゃあ、イレーネさん。公王様も、今からやってくる駆逐艦を見れば、緊迫感を持たざるを得なくなると思いますよ。」
「なぜだ?なぜ、そう言い切れる。」
「見ればわかります。もうそろそろ来るはずですが。」
その時、イレーネさんの脇で空を見ていた侍女が叫んだ。
「ああ!い…イレーネ様!空にとんでもないものが…」
どうやら。着いたようだ。
「やっと駆逐艦が着いたわよ。」
マデリーンさんも空を見上げていた。見慣れているマデリーンさんがいうなら、間違いない。
マデリーンさんが指差す方を見る。上空には全長350メートルの、灰色の船体がゆっくりと近づいてきていた。
公王様も気づいたようだ。まさかこんな大きなものがやって来るとは思わなかったようで、唖然とした顔で空を見上げている。
私のスマホに電話がかかってきた。多分、上空の駆逐艦からだ。
「こちら駆逐艦6710号艦。以降、『ローストビーフ』と呼称。停船ポイントを指示されたし。」
「了解!公王様に確認する。しばし待機せよ。」
私は公王様に聞いた。
「駆逐艦6710号艦、ただいま到着しました。どこか着陸させたいのですが、いいところはございませんか?」
「…ああ、あの大きさだと、あそこにある広場しかなさそうだな…」
「わかりました、上空の艦に伝えます。」
私は6710号艦に着陸場所を伝える。
「ダニエルよりローストビーフへ。貴艦の右前方にある大きな広場への着陸許可が出た。直ちに着陸されたし。」
広場だけでなく、地上の街でも突然現れたこの巨大な物体を見て大騒ぎになっている。
そんなものが突然、広場に着陸しようとしたため、そこにいた人々は慌てて逃げ出した。
なんだか、段取り不足も甚だしい。こういう時は、事前に小型の哨戒機でまず訪問し、その後に住人に告知した上で駆逐艦でくるというのが通常の手順だ。だが、もうここ星にきて長いせいか、いきなり駆逐艦で行ってもいいだろうと考えてしまったようだ。
が、公王様もここの市民も、我々の存在を知らない。ちょうど一年前の王国と同じ状態だということを、配慮するべきであった。
しかし、もう今さら引き返せない。ここの人々が新しい時代の到来を認識してくれるには、これくらいの刺激が必要だろう、そう思うことにした。
ただ、広場の人払いはするべきだった。そこにいた20~30人ほどの人々が逃げ惑う姿を見ると、ちょっと刺激が強すぎた感はある。
駆逐艦6710号艦、着陸。350メートルという、やや大きめの巨体が広場にすっぽりと収まっている。
「ちょっと大きくない?あの船。」
「リーダー艦なので、航空機格納庫が多いんだよ、あの艦は。」
駆逐艦に何度か乗ったことのあるマデリーンさんは、やはりちょっと大きいと感じたようだ。
だが、あの駆逐艦を冷静に見ているのは我々夫婦2人だけで、あとは皆初めて見るこの巨大な空中艦艇に、言葉を失っている。
イレーネさんが、ようやく口を開いた。
「…確かにそなたのいう通り、緊迫感を感じざるを得ない乗り物だ。これが王都では、普通に飛んでいるのか?」
「ほぼ毎日、こんなようなものが空を舞っています。王都と帝都にそれぞれ、こうした船用の港があって、すでに交易や人の交流が始まっているんですよ。」
「昨日、この船の写真とかいうのを見せてもらったが、これほどの大きさだとは。そなたの話では、こんなのが1万隻もいるんだったな。確かに帝国も王国も、争いごとなどしてる場合ではないと感じるわけだ…」
イレーネさんは、言葉よりも肌で感じ取るタイプの人だ。この船の意味が、痛いほどわかってもらえたと思う。
私のスマホにメールが届いた。あの駆逐艦の艦長からだった。
「公王様、駆逐艦艦長から連絡です。よろしければ、艦に乗艦願いたいとのことです。」
「あ…ああ、分かった。あの広場に出向けばいいのだな。」
広場までは、歩いて10分ほどの距離だ。そこまで、公王様とイレーネさん、そして世話役の侍従1人は馬車で向かわれる。
その他の侍従、侍女、および我々夫婦は歩いて向かうことにした。
「あ…あの、旦那様?」
侍女の1人が話しかけてきた。
「あの大きな船ですけど…私どもに襲いかかったりしませんよね?大丈夫ですよね?」
「大丈夫ですよ。王都では、普通に見られる光景ですよ。」
「そうよ、私なんかよくあの上に乗ってるくらいよ。」
マデリーンさん、確かに突然ホウキに乗って現れて、駆逐艦の上に乗ることがある。でも、本当なら勝手に乗ってはいけないんだけどね。
この侍女さんの反応は、つい1年前にも王都などで見られたものだ。初めてみる灰色の大きな空中船には、不安を抱くのが当然だ。
それにしても気がかりなのは、なぜ急に艦隊司令部は交渉官を派遣してきたのかだ。
惑星発見直後ならいざ知らず、なぜこの時期に交渉官なのか?
ここは事実上の自治領とはいえ、今となってはいち地方都市扱いのはずだ。せいぜい領事を派遣すれば済むことで、交渉官を派遣するほどのことはないはずだ。
わざわざ交渉官を派遣してくるということは、新たな宇宙港の建設要請か、大規模な鉱山の採掘権の交渉、それくらいのレベルの話になる。
その真意を探るべく、私は駆逐艦6710号艦に向かう。
駆逐艦のそばまでやってきた。
なにせ全長350メートルもの四角い艦艇だ。ちょうど高層ビルを横倒ししたような大きさであるため、この辺りの人が見ればまるで窓のない宮殿が降りてきたように感じるだろう。
その駆逐艦の手前あたりで、ちょうど公王様とイレーネさんの馬車も追いついてきた。
が、馬車がそこで止まる。どうやら馬が駆逐艦の真下に入るのを恐れて、動かなくなったようだ。
馬だけではない。侍従、侍女もこの艦の真下に入るのをためらっている。
なにせ、上には350メートルものビルのような本体がそびえているというのに、地面にはせいぜい40メートルほどしか接地していない。今にも倒れてきそうに見えるため、馬も彼らも本能的に真下に入るのをためらわせているのだろう。
実際、駆逐艦は宇宙港の船体固定ドックでもない限り、着地している時も反重力を用いて浮いている。何かの拍子に機関が完全に停止してしまえば、この艦は倒れてくる。
もっとも、そんなことはここ100年以上起こった試しがないため、私はあまり気にならない。マデリーンさんでさえも、気にしている様子はない。夫婦2人は、まるで近所のショッピングモールにでも行くように、駆逐艦の方に近づいていく。
その後ろを、公王様をはじめ、ドレス姿のイレーネさんに侍従、侍女が数人ぞろぞろとついてくる。
中から、3人の人物が出てきた。
艦長と副長、それに交渉官だ。
「駆逐艦6707号艦パイロット、ダニエル中尉であります!」
私服姿だが、敬礼する。
「ご苦労!艦長のエドモントだ。こちらの公国の王であられる公王様は、どちらにいらっしゃるのか?」
私は、後ろからぞろぞろと侍従、侍女、娘を引き連れて近づいてくる公王様を指した。
艦長は公王様に向かって敬礼した。
「私は地球401宇宙艦隊所属の駆逐艦6710号艦 艦長、エドモントです。わざわざご訪問いただき、感謝いたします。」
「うむ、わしがここの王である、フィリップ・オルドムドだ。」
艦長はそのまま、艦内に公王様一行を案内した。
交渉官も艦長についていった。副長のみが取り残された。
「副長どの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ!?」
「なぜ、この時期に交渉官がいらしたんでしょうか?ここにはそれほど重要な何かがおありなんでしょうか?」
「ああ、そうだな。確かにこのタイミングでいきなり交渉官殿が現れるというのも、不可解に思うだろうな。実はここの地形が関係しているんだ。」
聞けば、最近の艦隊司令部は山間にある都市を探していたという。
なぜそんなものを探す必要があるのか?それは、先に行われた連盟軍との戦闘が関連していた。
あの戦闘で、戦艦ニューフォーレイカーを最前線に投入したが、その際8つのブロックと3門の砲塔を破壊された。
実は、それが宇宙では完全に直せないのだという。それだけ大規模にやられてしまうと、戦艦といえどもドックが必要だ。
すでにブロックや砲塔は修復されたものの、中に空気がない状態らしい。このため、いくつかのブロックは閉鎖されたままだそうだ。
いったんニューフォーレイカーを母星に帰還させて直す案も出たが、将来のことを考えるとこの星に戦艦用ドックを築くのが現実的ではないかという話になった。
ただ、戦艦といっても大きさは様々。3、4キロ程度の小惑星を荒削りして作る戦艦は、艦によってまちまちだ。
そこで、盆地や山脈の険しい山肌を使って、戦艦の片側だけを固定するタイプのドックを作る。もう一方が解放されているため、戦艦の形や大きさによらず固定が可能になる。
ただ、そのドックを築くには条件がある。
長さ5キロに渡って真っ直ぐな岩肌があること。その近くに街があること。
街なんかなくったっていいのではないかと思うのだが、さすがにある程度の街がないとドックとして機能させるのは困難なようだ。
作業員が住む場所が必要だし、ドック入港時には戦艦に乗っている2~3万人もの人々の受け入れ先が必要だ。
まさか数万人の人々がずーっと戦艦の中というわけにはいかない。地上に降りたくなるのは当然。そこが人里離れた場所というのでは、あまりにも不便だ。だから、戦艦用ドックのそばには、街が必要だという。
といっても、高々戦艦ニューフォーレイカー一隻のために、今後も使うかどうかわからないドックを築くのはどうなのか?と思ったのだが、案外戦艦というのは地上に降りて整備されているようなのだ。
私は知らなかったのだが、本星でも戦艦用ドックを持つ街があって、頻繁に戦艦を受け入れている。
遠征艦隊には、1千隻に3隻の割合で戦艦がいる。地球401にいる防衛艦隊だとそれよりは少ないが、それでも1千隻に1隻は戦艦がいる。
戦艦というのは、だいたい1年に1度、2週間かけてメンテナンスするのが望ましいようだ。核融合炉や重力子エンジンのメンテナンスや、艦内の街に新鮮な空気を入れ替えるためには、大気のある地上の方が都合がいいようだ。
艦隊に所属する戦艦も、交代で戦艦が本星に戻っているようだ。この星に来てすでに1年。メンテナンス時期を迎える戦艦が出始めたために、そういう措置を取っている。
そこに戦艦ニューフォーレイカーを受け入れる余地がないという。あれを修理して復帰させるには、最低でも1ヶ月はかかる。その間、他の戦艦がメンテナンスを受けられなくなるため、艦隊全体のメンテナンス計画が破綻してしまうのだという。
どのみち、この星もいずれ戦艦用ドックが必要となるため、ニューフォーレイカーの件がきっかけで候補地を探していたという。
で、見つかったのがここ。オルドムド公国というわけだ。
ところが、ここは王国と仲が悪い。よって、別途公国代表者との交渉が必要ということになる。
そのタイミングで、私がこの公国にいたというわけだ。なんという偶然。
ただ、全くの偶然というわけではない。艦隊司令部より戦艦用ドックのことを相談された伯爵様が、このドック建設交渉に先立って、まずは公王様に今のこの星のことを知らせておこうと思い立って書簡をしたためられたということのようだ。
で、おそらく今、公王様とイレーネさんはこの駆逐艦内の会議室でその話をされているのだろう。思ったより、早く話が進んでしまったようだ。
ところでこの副長。ローランドという方で、階級は少佐。30歳手前で少佐という異例の速さで出世したエリートだ。
ところでこのローランド少佐、実は「公爵」の称号をお持ちの方だ。
といっても、我々の星ではもはや貴族だとかそういうものはあまり意味がない。ただ、我々の星にも昔から続く家名や称号を持つ国というのはあって、ローランド少佐はそういう国出身だというだけだ。
領地があるわけではないが、称号は国の制度として残っている、そういうわけで少佐は「公爵」ということになるんだそうだ。
しかしこっちの星の「公爵」様は、小国ながら国を1つ所有する、いかにも為政者というのに対して、うちの星の公爵は駆逐艦の副長に過ぎない。そのギャップが大き過ぎて、とても同じ爵位には見えないのが残念だ。
さて、そんな話をしていると、イレーネさんだけが駆逐艦の奥から出てきた。
「全く、先ほどまで能天気に構えていたくせに、いざ自分の国が重要だと言われた途端に私を外して交渉に入るなど…女は政治に口を出すなと言いたいのだろうが、私が同席していた方がいいのではないのか!?」
なにやら不満そうにブツブツ言いながら出てきた。政治的な話になったので、席を外したそうだが、それが不満なようだ。
「イレーネさん、どうしたんでしょうか?」
「いや、この公国に戦艦用ドックとかいうのを作りたいという話が出て、その条件の話が始まった途端、父上が私に席を外すよう言ってきたのだ。全く、このような事態を予見しておられなかったくせに、私を外して大丈夫なのだろうか…」
機嫌が悪いイレーネさん。しかし、私はそんなことよりも、この姿の方が気になる。最初に会った時の「女騎士」のイメージが強すぎるのか、今のドレス姿に違和感を覚えてしまう。
「まあまあ、お父上もあなたにご心配をおかけしたくないがゆえに、あなたを外されたのでしょう。」
ローランド少佐が話しかける。
「誰だ!?このひょろっとした男は。」
イレーネさん、私にこのローランド少佐のことを聞いてくる。
「ああ、こちらはこの艦の副長のローランド少佐です。」
「ローランドです。紹介にもあった通り、ここの副長をやっております。」
「こう見えても、この方は『公爵』なんですよ。」
「おい!中尉!そんなことわざわざ言わなくても!」
「なんだと!?彼は公爵なのか!?」
「肩書きだけですよ、今はご覧の通りの、ただの駆逐艦乗りですよ。」
「いや、失礼した。私はイレーネ・オルドムド。この公国の王の2番目の娘、なにぶんこんな田舎の国で自由に暮らしていたため、礼儀を知らぬ身。数々のご無礼、御容赦願いたい。」
あのイレーネさんが、副長に頭を下げている。これを見てつくづく思ったのは、貴族社会では階級がものを言うってことだ。
「どうかイレーネ殿、頭をお上げください。大丈夫ですよ、私は気にしていませんから。」
ローランド少佐もちょっと慌てていた。こんな展開は予想していなかったのだろう。
それよりもだ。気になったことが一つある。
それは、イレーネさんが「2番目の娘」だと言っていたことだ。
と言うことは、他に身内がいるってことなのに、なぜイレーネさんだけが出てきているのか?
「あの~、イレーネさん?」
「なんだ!」
やはり、無位無冠のものにはちょっときついようだ、この人。
「2番目の娘とおっしゃいましたけど、つまりお姉さんがいるということでしょうか?」
「そうだ。兄が2人、姉が1人いる。」
なんと、お姉さんどころか、お兄さんもいることが分かった。
「だが、姉は11年前に王国に嫁いで以来、連絡していない。2番目の兄は帝都にて留学中だが、何をしているのか、手紙もよこさないのだ。」
「でも、一番上のお兄さんがいらっしゃるのでは?」
「あれが一番ダメだ。宮殿にいるが、この騒ぎでも出てこない。すっかりひきこもっておいでだ。」
本来なら、公王様はこのお兄さんをともなってここにいるべきお方だというが、帝都に留学して帰ってきてからというもの、ちっとも出てこないらしい。
理由はわからないが、多分武術が苦手な人ゆえに、帝都で何かあったのではないかとイレーネさんはいう。
「言っておくが、兄は優しいお方だぞ!ただ、当主になられるお方としての気概がなさすぎる!ただそれが残念なだけだ!」
ということで、こういうところにイレーネさんが出張って行かざるを得ないと思ってるようだが、当の公王様はイレーネさんに政治的なことをやらせたくはないらしい。
我々の文化レベルであれば、男女平等という概念があるが、ここの文化ではまだそこまでの思想には到達していない。
もうあと1世代経てば、この星でも女性の政治参加が当たり前になってるであろうが、イレーネさんの登場はちょっと早すぎたようだ。
「ところで、さっき戦艦だのドックだのと言われたのだが、あれは一体なんのことだ!?この国にとって、どう関わりがあるのだ!?」
「あ、それに関しては、私が説明いたします。ダニエル中尉、後は私が引き継ごう。」
と言って、ローランド少佐はイレーネさんと一緒に、戦艦用ドックを作ろうとしている場所が見える方に向かって歩いて行った。
後には、マデリーンさんと私、そして侍女が1人取り残された。
「ねえ!」
マデリーンさんが私に話しかける。
「なに?」
「あの2人さ、お似合いだとは思わない?」
「なんで。」
「魔女の勘よ!」
また出た、魔女の勘。本当にあてになるのか?この勘とやらは。
「あの、旦那様?今、お嬢様と一緒におられる方はいったい、誰なんですか?」
侍女さんがローランド少佐の姿を見つけて、私に聞いてきた。
「あの人はここの駆逐艦の2番目に偉い人で、あれでも公爵なんですよ。」
「ええ!公爵閣下でいらっしゃったのですか?知りませんでした。では、ここで一番偉いお方というのはもしかしてどこかのお国の国王陛下なのでしょうか?」
確かに、艦長の方が階級は上になるが、多分ここの艦長は無位無冠のただの人だ。我々の星にも貴族制度があったなら、多分ローランド少佐が一番偉い。
ところでこの侍女さん、名はアンナさんという。イレーネさん専属の侍女さんで、ずっとイレーネさんを支えてるそうだ。
だから、先日イレーネさんが家出した時は肝を冷やしたという。侍従長には怒られるし、なによりもイレーネさんがどこ行ったのかがずっと気がかりだったという。
今日現れてホッとしたのもつかの間、今度は見たこともない、巨大な駆逐艦が現れた。いったい、どうなってるんだと言いたいところだろう。
だがこのアンナさん。文句も言わずに黙々とイレーネさんのそばで働いている。健気な方だ。
そのイレーネさん、ローランド少佐との話が弾んでるようで、時折笑顔を見せる。
マデリーンさんに言われたからではないが、あの2人、すごくお似合いだ。身分的にもちょうどいいし、なによりも、ここから見ると雰囲気がよく似ている。マデリーンさんの勘というやつも、あながち的外れではない気がして来た。
ただあの2人、この先何回会う機会があるだろうか?きちんとお付き合いする機会を与えれば、きっとうまく行くと思うんだが。
そんなことを考えていると、公王様と交渉官殿、そして艦長が現れた。どうやら、話し合いは一段落したようだ。
「待たせたな。いや、なかなかいい話し合いであった。我々にとっても実にいい提案だ。これでこの公国も安泰であろう。」
多分、戦艦用ドックの話だろう。私もそんなドックの必要性があるとは思ってもいなかった。戦艦用ドックだけでなく、宇宙港も併設され、また、近くに大きな鉱山も確認されているようだ。
取り急ぎ、戦艦用ドックの建設が始まるらしい。と行ってもまた例のごとく、宇宙で組み立て済みのものを地上に持ってくるという、いつものパターンでさっさと建設してしまうようだ。だいたい3週間でできるという。
公王様、ここから宮殿まで哨戒機にお乗りになり帰るという。念願の航空機に乗れるとあって、少しご機嫌の様子だ。
だが、イレーネさんが見知らぬ男と一緒に楽しげに喋っているのを見て、少し不機嫌になってしまった。
「なんじゃ?あの男は。何やらイレーネをたぶらかしているようじゃが、誰なんだ、あれは!」
「あの?、先ほどここで出迎えたものの1人で、この艦の副長、ローランド少佐です。」
「副長だかなんだか知らぬが、なんだ、あの馬の骨!誰の許しを得てイレーネと喋っている!」
「戦艦用ドックの話をすると言ってましたからね、そういう話で盛り上がってるんじゃないんですか?」
と言いつつも、公王様はどうも気に入らないらしい。よほどイレーネさんが可愛いとみえる。
「別にそんな話をイレーネにしなくてもいいだろうが。全く、うちの娘がどういう身分の人間か知っての所業か!?」
「はあ、でも、あのローランド少佐も一応『公爵』ですよ?」
「何!?公爵だと!?」
ここから急に、公王様の態度が変わる。
「うーん、言われてみれば、凛々しい顔つきじゃの…なるほど、公爵とはな…」
さっきまで馬の骨扱いだったじゃないか。どうしたらこうもがらっと評価が変わるのやら…
「決めた!」
「はあ?」
「この艦に乗せる公国の人間のことじゃよ。」
「はあ、そんな話があるんで…」
「この公国のことを考えると、だれか信頼できる人間に、宇宙や王国、帝国の港を見ておいてもらいたいと思ってたのじゃ。」
「つまり、イレーネさん…いや、お嬢様をこの駆逐艦に乗せると仰せで?」
「そうじゃ。それに侍女のアンナ、そして…」
何人乗せるおつもりですか。
「せがれの、フェルマンを乗せる!」
せがれ?せがれってことは、息子さん?
さっきイレーネさんが言っていた。宮殿にはこの公王様の長男がいると。
引きこもっておいでらしいが、その息子さんをなんとこの駆逐艦に乗せるといってきた。
悪い予感しかしない。大丈夫なのか?本当に。