#11 「女騎士」イレーネ
私は軍人だ。宇宙艦隊所属の軍人だ。だから当然、護身用の兵器を持っている。
駆逐艦が主砲とバリアを持っているように、私も小型のビーム兵器とバリアを携行している。
携帯式のバリアは、半径1メートル以内に入る物体を排除可能だ。ベルトのあたりにスイッチがあり、これを押している間はバリアを有効化できるという仕組みだ。
また、拳銃型のビーム兵器も所持している。拳銃並みの威力から、大木や一軒家なら一撃で吹き飛ばせるほどの威力まで10段階の調整が可能な携帯兵器だ。
この二つがある限り、こんな連中には負けたりしない。
が、厄介なことに、我々宇宙艦隊の軍人は、原則、地上での殺生を禁じられている。
当たり前といえば当たり前だが、我々軍人は、地上の人の生命を守ることが使命である。だから、殺生などもっての外だ。
もっとも、正当防衛というのは認められている。しかし、やむを得ない場合に限り、相手になるべく危害を与えてはならないという条件付きだ。
私はマデリーンさんを抱き寄せる。バリア圏内に入れるためだ。これなら相手が攻撃して来ても、全てバリアが跳ね返してくれる。
防御を固めた上で、拳銃で一発脅してやれば彼らもすぐに退散するはず……
と、私が拳銃を出そうとしたその時。
「待て!」
急に、声がした。女の声だ。
「何だ、てめえは!」
「お前らに、名乗る名などない!」
「なんだと!?おいおめえら、この生意気な女をやっちまえ!」
などと、まるでB級映画に出て来そうなやりとりがあったのちに、2、3人が声の主に襲いかかる。
だがこの声の主、あっという間にその2人を弾き飛ばす。
「私が本気を出せば、お主らの命はないぞ!」
その声の主、急に剣を抜いた。
薄暗いところでも分かるくらい、ぴかぴかの剣だ。それを構えるのは、甲冑に身を固めたいかにも剣士といういでたちの人物。
この女剣士さんの気迫に押されて、この強盗集団はたちまち戦意を喪失した。
「くそっ!きょ……今日のところはこれくらいにしておいてやるわ!」
いかにも雑魚の言いそうなセリフを吐いて、奴らは立ち去った。
「大丈夫だったか?」
その女剣士さんが、我々に声をかけてきた。
「大丈夫です、おかげさまで。」
「そうか、それは良かった。それにしてもこの公国も随分と乱れてきたものだ。あんな輩が出没するとは…全く父上は何をしているのか…」
何やらぶつぶつ言い出した。
「あの~、剣士さん?」
「おお、すまんすまん。今のは独り言だ、聞き流してくれ。」
「剣士さんは、この辺りの方なのですか?」
「いや、私はこのオルドムド公国の首都、オルドディーバから来たものだ。いや正確には、帰るところなのだが…」
「はあ、そうなんですか。実は我々、その首都に向かってるところなんですよ。」
「何!?本当か!?」
「ええ、明日にでもそのオルドディーバに向かうため、今日はここで泊るところだったんですよ。」
「本当か!では、ぜひ頼みがあるのだが!」
「はい?」
「私も一緒に、オルドディーバに連れて行ってはもらえないか?」
「はあ、いいですけど、それまた何で?」
少し長い話になりそうなので、近くの酒場に入った。
明るい場所でこの女剣士さんを見ると、一つの事実に気付く。この人すごい美人だ。金髪に、すらりとした顔立ち。歳はマデリーンさんと同じくらいだろうか。
「自己紹介がまだだったな。私の名はイレーネ。この公国の騎士だ。」
なんとこの方、女騎士さんだった。この話し方、いかにもプライドの高そうないでたち、強敵に負かされると、いかにも「くっころ」って言いそうなイメージのお方だ。
「私は宇宙艦隊所属のパイロット、ダニエルです。で、こっちは私の妻のマデリーンさん。」
「マデリーン…?はて?どこかで聞いた名前のような…」
「雷光の魔女、マデリーンといえば、お分かりかしら?」
「そうだ!王国周辺で最も速いといわれる魔女の名だ!まさか…お主がその魔女なのか!?」
「ふふん、夜暗くてお見せできないのが残念だけど、私こそ王国最速の魔女、マデリーンよ!」
「なんと!噂には聞いていたが、まさかこんなところで会えるとは!」
なんだか二人で盛り上がっている。ここでもマデリーンさんの名は轟いているようだ。
「それにしても、イレーネさんのさっきのいで立ち、最高でしたよ!さすがは騎士!お強いですねぇ!」
「いや、私などまだまだ。王国の騎士となれば、さらに強い者がいるであろう。」
「いやあ、王国の騎士なんてたいしたことないですよ?うちの旦那が教育してる程度の奴らですから。
「何!?お主が騎士を鍛錬しているのか!?ということはお主、実は凄腕だったのか?」
いや、私が教えてるのは航空機の操縦技術であって、剣や格闘ではないのですが。
それにしても、2人で酒をかっ喰らってノリノリで喋っている。おかげで、聴きたい話から随分と話題が外れてきた。話を戻そう。
「ええと、イレーネさん?あなたはどうして我々と一緒に首都へ行こうとしてるんでしたっけ?」
「おお!そうだ!それなんだが、実は…」
聞くと、乗っていた馬が道端で転んで怪我をしてしまったらしい。そのまま馬を乗り捨てて、歩いてここまでたどり着いたものの、ここから先は徒歩ではきつい山道、どうしようかと思っていたところだと言う。
「そなたら2人でオルドディーバに行くということは、当然馬車に乗っているのであろう。ならばと同乗させてもらえないかと思って、お願いしたまでだ。」
「なるほど、いいですよ、あと1人くらい乗せることはできますし。」
「よかった!助かる!いやあ、急ぎ公王に報告しなければならないことがあるのに、先に進めず困っていたところだったのだ。」
「何ですか?その急ぎの報告って。」
「そうだ、お主らは王国からきたと申していたな。まずは、これを見て欲しいのだが。」
そう言って、我々にあるものを見せてきた。
「こんなものが、王国の国境の町エストマナフで売っていたのだ。」
イレーネさん、えらく興奮している。
が、それはどう見てもただの小さな鏡だった。しかも、1ドルショップで売っている安物だ。
「こんな歪みのない鏡を、なんと銅貨5枚で売っているのだぞ!?どんな職人を使えば、このようなものがこんな値段で作れるというのだ!?」
ああ、そういえばこの星の技術では、こんな鏡は作れないんだった。この星に元々存在する、青銅を磨いて作る鏡では、どんな職人でもこれほどきれいにはできない。少し歪みが残り、ややくすんでしまうのが普通だ。しかも、恐ろしく高い。
今でこそ落ち着いたが、以前王都で鏡が売り出されると、あっという間に売り切れたという。それほどこの鏡は、この星の人にとって衝撃的なものらしい。
「この鏡だけではない。なんと、魔女でもないのに空を飛ぶことができる者が王都にはたくさんいると聞いた。他にも、見たこともない食べ物や飲み物、見たいものを映してくれる魔法の鏡もあると言っていた。」
どうやら、宇宙港がもたらしている様々なものや技術について、あの国境の町で聞いたようだ。
「王国にはそんな魔法のようなものがあふれているという。そんな話を、エストマナフの誰もが話すのだ。だから父…あ、いや、公王様にすぐにお知らせして、調査していただくよう進言するつもりだ。本当ならば、我々にとっては由々しき事態だ。」
「ええと…まずイレーネさんがおっしゃってるものは確かに王都にはあります。」
「何?やはりそうなのか!?」
「本当も何も、私はそれをもたらした張本人の1人なんですが…」
「なんだと!?そなたが!?ということはそなた、職人か魔術士か何かなのか?」
「いや、そういうのじゃないですよ。ちょっとこれを見てもらえますか?」
私は、ポケットからスマホを取り出した。
「なんだこれは!?」
「まあ、ご覧ください。」
そう言いながら、私はスマホの画面をつけた。この画面に昨日撮影したエストマナフの写真を映す。これを見たイレーネさんは、当然驚く。
「なんだこれは!?まさに話に聞いた魔法の鏡ではないか!お主やはり魔術士か!?」
「こんなもの、魔術の心得などなくても使えますよ。それはいいとして、こちらをご覧ください。」
私は立体動画を表示した。
それは、地球760の立体画像だ。丸くて青い星、宇宙から見たこの星の姿をイレーネさんに見せた。
ホログラフィで画面の上にぽっかり浮かぶその丸い星は、イレーネさんを魅了したようだ。
「…うーん、これは綺麗だ。まるで大きなサファイアのようなものだな、これは。しかし、いったいこれがなんだというのだ?」
「これは宇宙から見た、この大地の姿ですよ。我々の宇宙船から撮影したものです。」
「宇宙?なんだそれは?」
「この空をずっと登ったその先の、星の世界のことですよ。」
「何?では、そなたは星の世界からやってきたというのか!?」
「そうです。私がここに来たのは、もう1年前のことになりますね。」
そして、我々は王国、そして帝国との間ですでに交易を始めていることを話した。この鏡を始め、イレーネさんが話していた不思議なものは、我々がもたらしたものであるとも言った。
「私だって持ってるわよ、スマホ。王都でも持ってる人は増えてるわ。」
マデリーンさんも、持っているスマホを見せていた。
「なんということだ…いつのまにか王国では、いや帝国ですらそんなことになっていたとは…だから、あれほど王国の情勢を調べておくべきだと進言したんだが…」
イレーネさん、考え込んでしまった。
「イレーネさん?イレーネさん!」
「…あ、申し訳ない、少し考え込んでしまった。」
さっきまでの威勢のよさがなくなり、すっかり元気がない。先ほどから察するに、王国が発展することが気がかりなようだ。
「何もそんなに深刻に考えるほどのことではないんじゃないですか?」
「いや!王国から来たものにこう言うのは申し訳ないが、我々は王国の理不尽な要求に耐えかねて独立をしたのだ!その王国が不思議な力を身につけてしまったら、いつ我々の国に攻めて来るやもしれぬ!そうなっては、おしまいなのだ!」
「いや、イレーネさん。王国はもう、あなたの国を攻めることなどしないですよ。」
「なぜ、そう言い切れるのだ。」
「時代が変わったんですよ。我々の出現により、この星も地上の争いごとをしている場合ではなくなったんです。」
「そうなのか?」
「今この星では、帝国どころか、海の向こうにあるという国も含めて一つになろうと、今帝国の皇帝陛下が動いておられます。この星中の国が一箇所に集まって、連携していこうとしているのは事実です。この辺りの国も、帝国を中心に一致団結しつつあるのです。」
「腑に落ちないな。なぜ今、わざわざそんなことをする必要があるのだ?」
「それは宇宙という外の世界に、強大な敵がいるからなんです。」
ビールのようなお酒を飲んだ。冷えていないから、味はいまいちだ。飲んで一息ついた後、私は続けた。
「先ほど見せた青い星。あのような星は今この宇宙に760個以上あるんです。だが、私の星のように、あなた方に友好を示す星ばかりではない。ついこの間も敵が攻めて来て、宇宙で戦闘をしたばかりなんです。」
私は、スマホで駆逐艦の映像を見せた。
「これは、私が乗っている宇宙船です。大きさは、この町の中心部とほぼ同じくらい。我々は今、この船をこの星の周りに一万隻も展開させてます。」
「い…一万!?駆逐艦というものがどのようなものかはわからないが、船が1万隻もいるということが驚きだ!そんなにたくさんあって、どうするのだ!?」」
「それくらいいないと、宇宙では敵に対抗できないんですよ。だから今、帝国や王国はその強大な敵に対抗できる艦隊作りと人材集めをしているのです。そのため、地上で争いごとなどしてる場合ではなくなったんですよ。」
これを聞いたイレーネさん。ちょっと考えて言った。
「…そなたの話は、飛躍が大きすぎて私には分からない。だが、そなたのいう通り、この大地のはるか上に強大な敵がいたなら、帝国や王国も我々にかまっている場合ではなくなる。そういえばここ最近、王国がめっきり公国に対して何も言ってこなくなったが、つまりはそういうことか。」
この人は、話よりも肌で感じるタイプの人のようだ。ここであれこれと話すよりも、実際に王都あたりに行ってみれば、すぐに理解してくれるだろうに。
「だが、それなら我々の国はどうするべきなのだ?このままでは我々は周りの国から取り残されてしまう。さりとて、王国に頼るなど、我々には到底受け入れられぬことだ。」
何があったのか知らないが、よほど王国とこの公国との間でいろいろあったようだ。どうしても、王国と手を組みたくはないらしい。
「そこで、伯爵様が動いてるのよ。今回私達がここに来たのは、その伯爵様のお手紙を公爵様に届けるためなんです。」
マデリーンさんが言うと、ややうなだれていたイレーネさんは、急にムクッと起き出した。
「なんだと!?伯爵殿が!?」
「そうよ。今の公爵様のことを心配されてるのよ。きっと何かお考えがあると思うの。」
なんだかイレーネさんの反応が変わった。この反応を見るに、王国は毛嫌いしているようだが、伯爵様は別のようだ。
マデリーンさん曰く、なんでも伯爵様は最後まで公爵様の味方だったようだ。だが、ついに国王陛下と公爵様との確執を解くことかなわず、別々の国に別れてしまった。
それでも時々、伯爵様は公爵様にマデリーンさんを通じて書簡を送っていたようだ。王国と公国を結ぶ唯一の糸、それが伯爵様のようだ。
「なるほど、伯爵殿の使いで参ったのか。それは有難い。だが、私は足手まといにならないか?馬車であれば、私一人分の負担が増えると、馬が進まないぞ。」
「いえ、私の車なら一人くらい増えても何ら変わりありませんよ。」
「そうか、では遠慮なく同行させてもらう。そのかわり、この店のものはおごらせてくれ!」
正直言って、ここはあまり美味しい店ではない。が、イレーネさんの真心だ。ありがたく受け取っておこう。
翌朝、我々とイレーネさんは、宿の前で待ち合わせることになっていた。
車で待つ我々にところに、イレーネさんが現れた。
「いや、すまんすまん、遅れてしまった。よろしく頼む。」
甲冑は着ているが、こうして明るい場所で見ると、やはり綺麗な方だ。騎士などやめて、普通の格好をすればいいのに。
「ところで…この馬車、馬がないようだが。」
「馬なんていりませんよ、この車は。さあ、行きましょうか。」
イレーネさんを乗せて出発した。
「おい!馬がないのに走るぞ!どうなってるんだ!?」
いちいちうるさい人だ。私だってなんで走るかと言われても、知るわけがない。車というものは、ハンドル握ってアクセルを踏んだら走るものなのだ。
山道にさしかかる。道は思ったより広いが、急な坂道が時折あらわれる。
だが、この車なら難なく超えてくれる。馬車では確かに辛そうだが、我々の車なら楽勝だ。
ようやく峠を越えた。向こう側には街が見える。
「あれが、我がオルドムド公国の首都、オルドディーバだ。」
山に囲まれた大きな台地に、建物が立ち並んでいる。中央には大きな宮殿があって、こんな山奥にしては大きな街だ。
下り坂道を下りて行く。ここは随分と綺麗な道だ。あまり揺れない。さすがは首都といったところか。
やはりここでも、この車は目立ってしまう。馬のない馬車、イレーネさんがそう評したように、この辺りの人も思っているに違いない。そんなものが馬車よりも早く走る。奇妙で仕方がないだろう。
さて、首都に着いたもののどこに行けばいいか分からない。マデリーンさんは宮殿のあたりに行けばというが、いきなり宮殿は不味くないか?
しかし、イレーネさんも同じことを言う。とにかく、宮殿に向かって欲しいと。
マデリーンさんはかつて訪れたことのある場所だし、イレーネさんに至ってはここの住人だ。その2人がそう言うのならと、私は車で向かう。
だが宮殿までの道の途中には、2箇所の関所があるという。こんな怪しげな車を通してくれるものだろうか?
「止まれ!そこの怪しい馬車!」
案の定、止められてしまった。関所には門があって、強行突破はできない。どうするんだ?これ。
するとイレーネさん、車から身を乗り出して、そこの衛兵に向かって叫ぶ。
「私はイレーネだ!公王に火急の用件あり!急ぎここを開けよ!」
なぜかこのやりとりだけで、あっさりと関所の門が開く。
2つ目の関所でも同様だった。イレーネさんが顔を見せるだけで、門が開かれて通過できた。
確かに彼女、公爵様に意見をいうとか何とか言っていたようだが、それにしたって、一介の騎士である。宮殿への通門にはそれなりの時間がかかるものだと思うのだが、ほぼ顔パスだ。いったい、何者なんだ、イレーネさん。
こうして、我々はあっさりと宮殿の前に到着した。
「しばしここで待たれよ。必ず戻る。」
そう言ってイレーネさん、宮殿の奥に入っていった。
イレーネさん、よほど公爵様に信頼されている騎士なのだろうか。でなければ、こうもあっさりと公王のいる宮殿の前まで入れてはもらえまい。
伯爵様にしても、私やマデリーンさんのように無位無冠の者を屋敷に通してくださっている。まさに、信頼されているがゆえだ。我々もそれに応えようと、こうしてこの公国まで出向いてきた。それと同じように、公爵様に信頼されている騎士ということなのだろう。
特に王国の内情は何かと掴んでおいた方が良い。その役目として任命されたのが、イレーネさんなのではないか。
しかし、そのイレーネさん、宮殿の中に入ってから随分と経つ。
もう2時間は待たされているが、イレーネさんはおろか、誰も出てこない。衛兵が数人、出入り口付近に立ってるだけだ。
ちょっと不安になってきた。我々夫婦はいつまで待っていればいいのか?
「遅いわね!」
マデリーンさんも流石にイラついてきたようだ。
だが、ここまできた以上、せめて書簡だけでも受け取ってもらわないといけない。誰かが現れるのを待った。
それから30分ほどして、ようやく宮殿の奥から人が見えてきた。
だが、そこには予想外の人物が現れた。
それは、紫がかったドレスを身にまとう金髪の美女だった。
イレーネさんはどうしたんだろうか?それにいったい、この人は誰なのか?
この女性の周りには数人の侍女たちがついていた。内2人はスカートの端を持ち、1人はこの女性の右隣に随行している。
どう見ても貴族のご令嬢だ。王国の晩餐会などに行くと、子爵以上の貴族の令嬢はこういういで立ちで現れる。
それを見て、唖然とする我々夫婦。だがこのドレス美女は、なんと我々の前までやってきた。
「待たせてしまった。父君がお待ちだ。私についてまいれ。」
さっきから薄々感じていたのだが、このご令嬢はやはり、あのイレーネさんであった。