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#103 王都司令部

翌朝。


私の横には、フレアさんが寝ている。考えてみれば、昨日は彼女が一番疲れているはずだ。ある男爵に連れていかれそうになり、結局別の男爵に連れていかれ、馬鹿騒ぎをさせられた後にその男爵の相手をさせられたのだ。


これほど波乱に富んだ日々を過ごしながらも、幸せそうな寝顔だ。その寝顔を、私はじっと見入っていた。


確かに彼女は可愛い顔をしている。明るい場所でこうして近くで見ると、そのつるんとしたアゴのあたりに、とても愛嬌を感じる。


昨日はそのまま寝てしまったため、彼女はまだ素っ裸のまま。被せた布団の上から、体のラインがくっきりと見える。


ちらっと上半身部分をめくる。マデリーンさんのように小さいと思われた胸だが、こうして見ると意外にも大きい。全体的に、メリハリのある体型だが、少し痩せすぎだろうか?あまりいい食生活を送っていたとは言えなさそうだ。


などと勝手にフレアさんの身体をチェックしていたら、彼女が目を覚ました。


「あ……旦那様。おはようございます。」


目覚めた瞬間、自分の居場所がどこなのか分からなかったようだ。今までとはまるで違う場所へ、彼女はきてしまったことを思い出す。むくっと起き出すフレアさん。そのままベッドから出て、私の前でお構いなしに肌を晒す。そのままゆっくりと服を着てこちらを向く。


私も服を着て立ち上がり、フレアさんを抱き寄せた。


「だ、旦那様?」

「うーん、やっぱり、もうちょっと栄養をつけた方がいいかな。」


全身がやや骨ばっている。あまり痩せすぎというのも、バランス的にはよくない。しばらくは食生活に気を付けてもらった方がよさそうだな。


「朝食の時間だ。下に行こうか。」

「はい、旦那様。」


私とフレアさんは、階段を下りる。下のリビングには、もう朝食の準備ができていた。


「あ、おはようございます、フレアさん、ダニエル様。」


カロンさんが出迎えてくれる。カロンさんも、昨夜何があったかは察しているだろうけど、特に何も聞いてはこない。


マデリーンさんと子供達はすでに朝食を食べ始めていた。マデリーンさんは、朝からハンバーグ。ちょっとそれは、くどくないか?


「マデリーンさん、朝からハンバーグ食べてたら、太っちゃうよ。」

「今日だけよ。フレアの食事を考えてたから、ちょっとね。さ、フレア、これがあなたの朝食よ。」

「ええーっ!?あの、これは……」

「ハンバーグって言うの。美味しいよ。」

「はい、でも朝からこんなに豪華な食事なんて……」

「いいのよ。あんたは特別。しばらくはこういうのを食べてもらうわ。」

「はい、いただきます。」


朝からハンバーグを食べるフレアさん。少食のようなので、サイズは小さめ。しかしデミグラスソースたっぷりで、カロリー密度は高そうだ。


で、マデリーンさん、突然私に昨日のことを聞いてきた。


「で、どうだった?」

「うん、さすがはマデリーンさんが気に入った人だと思ったよ。ただ…」

「なに?」

「多分、マデリーンさんも分かってると思うけど、ちょっといいもの食べた方がいいね。身体が華奢過ぎるかな。」

「そうよね。やっぱり、そう思うわよね。ねえ、そのうちミリア牛ステーキでも食べに行きましょうか。」

「そうだな、そろそろ品評会もあるとエイブラムも言ってたし。」


私はスマホでエイブラムのメールを探していた。それを見たフレアさん、珍しそうに覗き込んでくる。


「あのぉ、これ、何ですか?」

「えっ?ああ、これはスマートフォンという道具だよ。略して、スマホ。」

「へえーっ、そうなんですか。一体何をする道具なのかなと思いまして。」

「あれ?フレア、スマホ知らないの?」

「はい、街中で誰かが持っているのは見かけましたが、一体何をするものなのかまでは分かりません。」

「そうか……そこから教えないといけないのね……じゃあ、行こうか、ショッピングモール。」

「えっ?ショッピングモール?」

「あれ、それも知らない?」

「いえ、知ってます。ですが、高価なものばかり売っているところで、1、2回足を踏み入れただけで何も買ったことがなくて……」

「なんだ、そうだったの。じゃあ、ちょうどいいわね。ねえ!ダニエル!」


急に私に声をかけるマデリーンさん。


「今日フレアに、電子マネーとスマホ与えてもいい?」

「ああ、いいよ。どうせ必要だしね。」

「じゃあ、あとで行こうか。そういえば、カロン、あんたもう学校に行く時間じゃない?」

「うわぁ!そうだ、遅刻遅刻!」


カロンさん、フレアさんのことが気になって、危うく自分のことを忘れるところだったようだ。


卒業まで、あと1か月。最後の高校生活を満喫している。


気がついたらもう高校卒業なんだな、カロンさん。早いものだ。あれからもう3年になるのか。学校に行きたがっていたあの頃と比べると、随分と背が高くなった。


おっと、そんなことを考えている場合ではない。私も行かねば、遅刻してしまう。


私は地球(アース)760、宇宙艦隊司令部 王都支部に勤務している。略して「王都司令部」。


正確に言えば、王都司令部はまだ正式に設立していない。ようやく王都宇宙港内に事務所をおいたばかり。今まさに設立準備中といったところ。


いよいよ1週間後に、正式に「王都司令部」が始動する。その王都司令部の事務所に向かう。


さて月曜日のせいか、少し休みボケが残っている。いや、これは休みボケじゃないな。どう考えても昨夜のあれが原因だ。


ぼーっとしたまま、バスで宇宙港に到着。そのままセキュリティゲートを通過して、宇宙港の奥の建物に向かう。


ドックの横にポツンと建てられた10階建の建物、これが我が地球(アース)760の防衛の要である、王都司令部の建物だ。私は中に入る。


ここはちょっと前まで王都駐屯地と呼ばれ、航空隊のみが駐在していた場所であるが、ここに王都宇宙港に駐留・在籍する1000隻の中艦隊の司令部を加えて、王都の防空と艦隊運用を一括管理する役割が与えられた。


さて、今日は1週間後から機能し始める当司令部の上層部の人事が発表されることになっている。


我々艦長、航空隊隊長以上の士官は、建物内の最も広い部屋である講堂に整列していた。そこに司令本部からやってきた幕僚が、辞令を持って現れる。


しばらくここで、この支部の偉い人となる人の名前が呼び上げられるのをひたすら待つだけの時間が過ぎる。正直言って、司令部の上層部と関わることなどせいぜい週に一度の艦長報告をする時しかない。最近はパトロールしても平穏な日々が続いているし、哨戒艦の報告によれば、ここしばらくは連盟も動きが鈍いようだし、その上層部には「問題なし」の報告をするだけの日々が続くだろう。そんな報告をする相手の名前なんて、知ったところでたいして意味は……


「ダニエル大佐!」


……あれ?今、ダニエルって言わなかったか?だが、階級を「大佐」と呼んでいた。私は中佐。階級がひとつ違う。同名の士官がいるのか?


「ダニエル大佐はいないか!?」


誰も名乗り出ない。私はここで口を開く。


「あの、ダニエル中佐なら私ですが……」


その幕僚殿、手元の書類を見て言い直す。


「ああ、いかんいかん、まずはダニエル中佐だった。ダニエル中佐、本日付を持って大佐に任ず。で、そのダニエル大佐には、来週より就役する戦艦ヴェルニーナの艦長、および約300隻の小艦隊司令官を兼務してもらう。」

「は!謹んで拝命……って幕僚殿!質問があります!」

「なんだ?」

「小艦隊司令官には通常、佐官ではなく将官級を当てるのではありませんか?大佐の身分では、いささか荷が重すぎるかと……」

「ああ、もう一つ言い忘れた。ダニエル大佐は、今週金曜日に再び辞令を交付することになっており、そこで准将に昇進となる。なお、地上勤務時のことを考慮し、王都支部の副司令官を兼務してもらうことになる。ダニエル大佐が抜ける駆逐艦0972号艦の艦長職は、追って発表される。後日、引継ぎを行うよう。ダニエル大佐に関しては、以上だ。」


そして、別の人事発表に移っていった。


……ちょっと待て。なんだって、私が小艦隊司令官!?おまけに、地上勤務時は王都司令部の副司令官!?どうなってるんだ?そんな話、聞いてないぞ!?


よほど慌てて作った人事とみえる。こんなでかい話が、全く本人に事前通告無しだ。そういえばほかの人事発表でも、私同様、問いただしている人が多い。


それにしても、大佐をすっぱかしていきなり准将!?おまけに小艦隊司令官!?今でも10隻の船を動かすのにヒーヒー言ってる私に、300隻以上の艦隊を指揮しろと言うのか!?どういう人事なんだ!?


なんだか釈然としないままバタバタしていたら、夕方になったので家路につく。帰りのバスの中でも、ぼーっとしている私。


さて、小艦隊司令官という役職について、分かっていることを整理しよう。


宇宙艦隊は基本的に、一個艦隊当たり1万隻から構成される。その内、1千隻ごとの中艦隊に分けられ、さらにその中艦隊を3分割した約300隻の小艦隊がいる。つまり、一個艦隊は10の中艦隊、30の小艦隊、1万隻の駆逐艦から構成される組織だ。その階層ごとに、上から宇宙艦隊司令長官、中艦隊司令官、小艦隊司令官、艦長という組織長がつく。なお、正式な組織ではないが、10隻ごとを「チーム艦隊」とし、下一桁が「0」の艦がリーダー艦として、その艦長を「リーダー艦長」と呼んでいる。ただし、私のチーム艦隊だけは特殊で、0972号艦がリーダー艦をしていた。


なお、小艦隊は正確には300隻以上ある。330隻だったり、350隻だったり、310隻だったりする。とにかく、中艦隊の中で3つの小艦隊を合わせてちょうど1千隻となるように、各小艦隊毎に適当に割り振る。ところで、小艦隊毎に戦艦が1隻ついてくる。戦艦の役割は、小艦隊に所属する約300隻の指揮と援護、および補給支援だ。戦艦の中には街があって、駆逐艦乗員の慰労のために使われているのは周知のことである。


まだ我が地球(アース)760の防衛艦隊は9千隻に満たない数ゆえに、8の中艦隊、24の小艦隊しかない。あと2千隻の駆逐艦と6隻の戦艦が就役していない。艦艇はほぼ揃っているらしいが、艦長以上の人材が足りなくて、就役できないそうだ。


さて、1つの小艦隊には5人の小艦隊司令官がいる。小艦隊司令官は、小艦隊の旗艦である戦艦に乗って指揮をする。5人いると言っても、5人が旗艦に同時に乗り込むわけではない。5人が交代で1週間ごとに入れ替わりで乗って指揮をするのだ。このため、小艦隊司令官は5週間に一度、宇宙に出る。


戦艦という船はそう簡単に地上に寄港できないため、ほぼずっと宇宙空間にいる。このため、司令官が乗っていないと内部の運営が滞ってしまう。それで5人組の交代制がとられている。戦艦というのは、アステロイドベルトに常駐しているのが普通だが、まれに地球(アース)760周回軌道に来ることもある。


さて、小艦隊司令官は残りの4週間を一体何をしているのかといえば、地上勤務を行っている。その際の肩書きが「副司令官」となることが多い。1人が宇宙に行って、4人が地上にいる。これを交代で回す。そういう仕組みだ。


しかし、地上にいる間、副司令官というのは暇そうにぼーっとしてるわけではない。ここでの主な任務は、戦艦への物資補給。補給というとなんだか簡単な仕事のようだが、前線で戦艦と300隻以上の駆逐艦を安定して運用するため、宇宙からやって来る膨大な要求に対応しなくてはならない。300隻の駆逐艦といえば、だいたい3万人の乗員がいて、戦艦には約2万人の乗員が乗っている。全部で5万人ほどの人を養うだけの食料や生活用品、主砲のエネルギー粒子、核融合炉の消耗部品と燃料、これを週一回輸送しなくてはならない。これらの物資の調達、輸送船の手配、人員の補充を、1人が前線にいる間は、4人が必死になって戦艦の物資を支えるというのが、王都司令部の主な役割である。


今までは、ただ前線に出て弾を撃つだけの仕事しかしていなかったが、ここに来て前線指揮と後方支援を交互にすることになった。特に後方勤務は結構大変な仕事だと聞いている。


しかし、補給なんてどうやってやるんだろう。そんな業務、やったことがない。上手く出来るんだろうか?准将に昇進できることよりも、不安しかない。


頭をクラクラさせながら、家に着く。私があまりにふわふわと歩いてるので、マデリーンさんが心配そうに声をかける。


「あんた、どうしちゃったの?昨晩、フレアと励みすぎて、精力がなくなったんじゃないの?」

「いや、そんなにしてないってば。そうじゃなくて、私に新たな任務が与えられたんだよ。」

「へぇ、どんな任務?」

「小艦隊司令官といって、戦艦に乗って300隻余りの船を指揮するんだよ。」

「へえ~っ!すごいじゃん!いよいよ戦艦勤務なの?」

「で、急に准将に昇進することが決まっててね……」

「ジュンショウ?なにそれ?」

「将官の一番下の階級だよ。その上が少将、中将、そして大将になるんだけどね。」

「ええっ!?てことは、あんたそれ将軍じゃないの!すごいわね、まさか将軍になれるなんて!」

「まあ、こっちの言い方では『将軍』かな。我々なら『閣下』という肩書きがつく。そういう身分だ。」

「なんだ、おめでたいことじゃないの。なのに、なんだって落ち込んでるのよ!」

「いや、そうは言っても、責任は増えるし、やったことのない仕事をこなす羽目になるし……」

「相変わらず心配性ね!そういうのは、ぱぱっとやってりゃあどうにかなるものよ!艦長になった時だって、やれ責任が増えただの不安だのと散々愚痴ってたくせに、どうにかしてきたじゃないの。あんまり深く考えない方がいいわよ?どうせ、どうにかなっちゃうんだから。」


相変わらず楽観的すぎるマデリーンさん。まあ、私にはこういう奥さんがいたから、救われたのだろう。


そういえば、もう一人の奥さんがいない。どこに行ったのだろうか?


「そういえば、フレアさんは?」

「ああ、彼女なら今、カロンからスマホの操作を教わっているところよ。」

「へぇ、ついに買ったんだ、フレアさん用のスマホ。」

「あれが使えないと、連絡するのにも困るからね。なんとか短期間で使えるよう、カロンには詰め込んでもらってるのよ。」


奥の部屋を見ると、スマホとにらめっこしているフレアさんがいた。彼女も今、まさに大きな変化の只中にある。私も頑張らねば。


今日はショッピングモールに行って、魔女グッズ専門店にも寄ったらしい。別に彼女は魔女ではないのだが、なんだか変なペンダントを買っていた。男が生まれやすくなるおまじないらしい。効くのかねえ、それ。


明日はコンビニ・デビューを果たす予定だそうだ。1人一個限定グッズを2人がかりで攻めるんだと。なんだか、いいように使われてるな、フレアさん。


で、再び夜になる。またしても私はフレアさんの部屋で寝る。昨日よりは抵抗感はないが、それでもまだまだ緊張する私。それを上手くほぐしてくれるフレアさん。マデリーンさんと比べると、まるでマシュマロのように柔らかくて壊れやすそうなフレアさんを、今夜も私は優しく抱き寄せる。


で、翌日また司令部へ出勤、地上勤務の説明を聞いてクタクタになったところを、再び夜はフレアさんのお相手。


准将の辞令をもらった金曜日には、なんと昇進祝いということで、マデリーンさんまで参入してきた。一晩で2人を同時に相手するという、体力的に厳しい要求をされる。


で、そのまま3人で一つのベッドに寝る。なるほど、こういう時のための大型ベッドか。マデリーンさんを見ると、フレアさんを抱き寄せて寝ている。よほど彼女のことが気に入ったらしい。


こんな調子で迎えた土曜日。起きたのは10時過ぎ。久しぶりにダラダラとベッドの上で過ごす。


「パパーっ、起きろー!」


フレアさんの部屋に、アイリーンが参入してきた。大型ベッドの上に乗り込み、私の上にのしかかってくる。


気がつけば、マデリーンさんもフレアさんもいない。もうすでに2人は起き出したようだ。私もアイリーンを抱えて、下に起き出す。


下ではマデリーンさんがスマホを片手に何かをやっている。どうせ女子会か魔女会のメンバーにメッセージを送信しているのだろう。横でフレアさんがその様子を見ている。


「あ、おはようございます、旦那様。」

「やっと起きたのね、何ぐずぐず寝てんのよ!」


2人の奥さんのこの夫に対する態度の違いは、一体何だろうか?どちらがいいかと問われれば、多くの男性はおそらく第2夫人の方を選択するであろう。


「さて、今日は宇宙港に行くわよ!」

「へ?宇宙港?なんで?」

「昨日、約束したじゃない!ミリア牛食べるって!」


ああ、そういえばベッドの上でそういう話をしたな。その後の激しい運動で、私はすっかり忘れていた。


ということで、皆を連れて宇宙港のビルにある、あのレストランに行く。フレアさんと、ベシィさんはここに来るのは初めてだ。なお、クレアさん対策のため、ご飯を大量に用意してもらうのは忘れない。


「うわぁ、とてもいい眺めですね。驚きました。」


フレアさんはこのレストランの眺めが気に入ったらしい。最上階ではないけれど、ここでもそこそこ高い場所。王都を一望できる。


王都もずいぶんと変わった。郊外には新しい住宅街ができた。宇宙港周辺も高層ビルが増え、王都の市街地にも新しいお店が進出している。貴族の屋敷街と王宮の辺りだけが昔のままの姿をなんとかとどめている。


そういえば、フレアさんの住んでいたあの平民の住宅街も取り残されている。その外にある貧民街は大きく変わり、アパートが立ち並んでいる。


そういえば、魔女や貧民といった、目に付く人々の対策というのは行われているため、これらの人々の生活は大きく改善されている。


また、貴族は宇宙進出に伴う新たな事業に手を出して、それで一儲けする人々も多い。


ところが、貧民以上、貴族未満の平民と呼ばれる階層は、ほとんど手つかずだ。


フレアさんの家は、平民でもかなり貧困が進んだ階層の人々。多くは靴職人や鎧職人などの技量を持った人々で、貧民よりは定職にある分ましなだけの人々。だが、最近は生活様式が大きく変化し、これらに人々の収入が激減している。フレアさんの父親があの男爵から借金をしたのは、生活の変化に伴い、資金繰りが悪化したためであろう。


そろそろ、中間層の対策を取らなくてはならない時期に来ているようだ。宇宙港も拡大の一途をたどっているし、人不足は深刻。こういう人々がいることを知らせた方がよさそうだ。


「あれ?お姉様じゃないですか。」


突然、どこかで聞いたことのある声がする。よく見るとそれは、セシリアさんだ。


「なんだ、セシリアじゃないの。」

「なんだじゃないですよ、お姉様。何をしていらっしゃるんです?」


よく見るとセシリアさん、大きなお腹を抱えてステーキを食べている。そうか、あと2か月ほどで出産予定だ。


「見てのとおり、ステーキを食べてるのよ。ほら、フレアに栄養付けなきゃいけないから、美味しいお肉を食べてもらっているのよ。」

「あら、お姉様にしてはずいぶんとお優しいご配慮で。ところで、フレアさんて何なのです?新しい使用人ですか?」

「いや、側室よ。男を産んでもらうの。」

「ええっ!?ダニエル男爵様、こんな若い娘を探しだすとは……いやあ、好きですねぇ、男爵様も。」

「いや!マデリーンさんが決めた相手で……」

「分かっておりますよ、貴族の事情くらい。お家断絶は、あってはならないことですからね。私も側室の子ゆえ、心得ております。」

「あんたのところはどうするのよ!?」

「私は、頑張って2人の男子を産んでみせますわ。どうしようもなければ、ランバート様には頑張っていただいてもう一人お迎えいたしますけど。」

「いやあ、私はセシリアだけでいいかな。」

「まあ、ランバート様ったら。」


相変わらず、仲は良いらしい。セシリアさんの本性を思えばこの2人、よく上手くいっているものだと不思議に思う。


「ところでダニエル殿。」

「はい、何でしょう、ランバート殿。」

「最近、宇宙港に王都司令部というのができたのをご存知でしょう。」

「はい、私はそこに勤務していますから。」

「そうですか。いや、私はあそこの事業に手を出そうとしているのですが、なかなかとっかかりがなくて困ってるんですよ。なんとか、口利きをお願いできませんかね?」

「なんだ、いいですよ。それくらい。」


なにせ私は副司令官だ。多少の融通は利くだろう。


「あそこの事業には、多くの王国貴族が関心を寄せていてね。特にシャイロット男爵が熱心に活動しているようだと聞くよ。」

「えっ!?シャイロット男爵!?」

「あれ、ご存知ないのですか?シャイロット男爵のこと。」

「いえ、シャイロット男爵は知ってますが、まさか宇宙艦隊の補給事業に介入しているなど……」


なんてことだ。宇宙艦隊の補給物資の調達先に、あのシャイロット男爵がいるなどとは知らなかった。


だが、これは良い情報を聞いた。金貨22枚分の恨み、晴らさせてもらおう。


翌、月曜日。ついに「王都司令部」は正式に運用を開始した。


私が戦艦ヴェルニーナに乗り込むのは3週間後。今週は、副司令官だ。


早速、私は調達先の載った帳簿を見る。その中に、あのシャイロット男爵の名前があった。


私が王都司令部で副司令官として行った最初の仕事。それは、このシャイロット男爵を調達先から抹消したことだ。翌日には、早速そのシャイロット男爵が抗議のためやってくる。


「酷いではありませんか。何の理由もなく、勝手にわしを帳簿から抹消するなど。貴殿は王国貴族をなんだと思っておられるのですか!?」

「理由はある。貴殿はとても信用できる相手ではない。だから、調達先から外した。それだけのことだ。」


そう話すと、シャイロット男爵は私の方を見る。そこでようやく彼は気付いたようだ。


「はっ!もしや、あのときの軍人。」

「私はここの副司令官、ダニエル准将だ。貴殿のあのときの振る舞い、私には到底看過できない。だから、調達先から外させていただく。それだけのことだ。」

「何を申される、あの程度のこと、この王都では普通ですぞ。金貨22枚ならお返し致しますゆえ……」

「金貨を変えそうが返すまいが、結論は変わらない。我々は、あなたとは取引をしない!」


強硬に言ってのけたら、シャイロット男爵は逆ギレし始めた。


「くそっ!覚えておれ!王国貴族の団結で、お主の今の言葉、後悔させてやる!!」


とうとうこの男爵、「王国貴族」という看板を出してきた。ところがどっこい、私も王国貴族だ。しかも、この王国ナンバー2のコンラッド伯爵を味方にできるという、絶妙なポジションにいることを、彼はまだ知らない。


すでにコンラッド伯爵には、シャイロット男爵の悪行を報告済み。人身売買、不当利息、おまけに同じ貴族から金を巻き上げるという脅迫行為。これらの罪状のおかげで、後日、陛下の御裁可のもと、シャイロット男爵は爵位はく奪、領地・財産没収となった。


たかが金貨22枚のために、彼はすべてを失った。噂では、その日のうちに服毒自殺を図ったらしい。


ただ、思えばシャイロット男爵がいたからフレアさんに巡り合えた。私は、その相手を完膚なきまでに叩きのめしてしまった。その点はちょっとだけ、私も心苦しさは感じている。

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