#100 男爵夫人マデリーンの決断
セシリアさんがランバート男爵と付き合って、一年余りが経過した。
すでにセシリアさんは、この屋敷を出て、ランバート男爵の夫人となっている。頼りないランバート男爵に気の強いセシリアさん。どう見ても、セシリアさんが男爵を引っ張る構図となるものと考えがちだが、意外にもセシリアさんがランバート男爵を支える側に回る。
良きパートナーを得た男爵は、最近社交界でも積極的に他の貴族とも接触するようになる。今までの引きこもりなイメージは何処へやら。今ではすっかり男爵らしくなった。
すでにセシリアさんは男爵の子供を妊娠し、3ヶ月後には第1子が生まれるらしい。検査の結果、待望の男の子だそうだ。
さて、我が家の子供達だが、アイリーンは4歳になった。ロサさんの子供リサちゃん、サリアンナさんの子供、ダリアンナちゃんと共に、近くの幼稚園に通っている。
また、アイリーンはこのひと月ほど、空を飛ぶ訓練をしている。もうホウキにまたがって空中に浮くことができるアイリーンは、マデリーンさん直々に訓練を受けている。この歳にしては、上達が早い。さすがは王国最速魔女が指導しているだけのことはある。
一方、サリエルはといえば、もうすぐ2歳になる。だんだん言葉が増えてきた。だが、ちょっと困ったことがある。
サリエルのやつ、私のことを「あんた」と呼ぶのだ。
「あんた~あそぼ~!」
悪気はないのだろうが、なんだかしっくりこない。いくら私は「パパ」だと教えても、サリエルは「あんた」呼ばわりを続ける。
原因は、マデリーンさんだ。彼女が私のことを「あんた」で呼ぶから、サリエルも真似をしているのだ。子供というやつは、すぐに親の口真似をするというが、改めて自分たちがどういう言葉遣いをしているかを知らされる。
カロンさんは、この夏には高校を卒業だ。すでに王都にある大学への進学が決まっている。カロンさんは大学に行くことを遠慮していたのだが、こうなったらとことん好きな道に進むべきだと言い聞かせて、行かせることにした。
ギルバートとは、上手くやってるようだ。カロンさんと同じ大学に行くことが決まっている。最近、カロンさんのことが可愛くて仕方がないらしく、手をつないだり、肩を組んだり、キスを迫ったりすることもあるらしい。
その度に抗議するカロンさんだが、結局ギルバートのいいなりになってしまう。なんだかんだと言ってこの2人、仲がいい。
同じ高校のエマニエルさん、イザベルさんとも仲良くやっている。エマニエルさんは魔女登録をしたこともあって、すでに魔女であることが知れてしまった。が、こういう時代だからと、大学では物理学科に入ることになったそうだ。魔女の力の源について勉強するらしい。
一方のイザベルさんだが、まだ高校2年生だというのに、婚約していたあの子爵と結婚したらしい。高校2年生の子爵夫人。十代の結婚というのは貴族社会ではまあよくあることのようだけれど、高校生同士の結婚というのは、私にはかなり違和感がある。
そういえば、シェリフ交渉官殿はこの星の任務を終えて、地球401に帰ってしまった。アリアンナさんも一緒についていったため、彼女は地球401に住む数少ない魔女になった。とはいえ、こっちにいる時からほとんど魔女らしいことをしていないアリアンナさん、向こうに行っても、ごく普通の主婦と区別がつかない。毒舌であることを除けば。
アリアンナさんのように、夫について行って地球401に移住するという地球760出身の女性というのは多く、魔女も何人かいる。アリアンナさんは最近、その地球760出身女性を集めて「女子会」や「魔女会」を作っているようだ。最近はよく会の運営ノウハウを、マデリーンさんにメールで問い合わせてくる。
そういえば最近、宇宙艦隊司令部が正式に発足した。艦艇数も現在すでに8千隻を超え、遠征艦隊の設立も視野に入れてのことだ。
その本部が建てられた場所は、なんとオルドムド公国の首都オルドディーバ。ここには戦艦用ドックがあること、この地球760の多くの国から最短距離に位置すること、周辺に軍港を作るだけの広大な土地があることが、本部が置かれた理由だ。オルドディーバは、かつての交易の街から、軍港の街へと変化した。
なお、ローランド中佐は司令部付きの作戦参謀本部に配属された。で、階級は大佐、准将を数日づつ経験したのち、一気に少将となった。なんと、ついに閣下になられたのである。これに伴い、ローランド少将はオルドムド公国に引っ越し。当然、イレーネさんもついていく。というか、イレーネさんの実家にローランド少将が居候することになった。侍女のアンナさんも、ローランド少将同様に司令部に配属となった夫のジェームス大尉も、オルドムド公国に引っ越していった。フェルマン、キャロル夫妻と共に、公国で元気に過ごしているようだ。
そういえば、その王都にも最近、ビルが建ち始めた。宇宙港隣接の街には、高さ300メートル級のビルがいくつか建てられた。宇宙港の取引が増加して、事務所が足りなくなってきたためだ。アイリスさんの会社事務所もその高層ビルに移り、その会社の魔女達もそのビルに通う。
そういえばアイリスさんは現在、産休に入っている。最近、アランさんとの子供が生まれたためで、悪戦苦闘している。ちなみに、男の子だそうだ。
あのブラック企業の面々も元気にしているようだ。ペネローザさんも最近、子供が生まれた。こちらは女の子。先日、大きなベビーベッドを購入して、夫のレーガンさんと並んでそのまま持ち上げて歩いているところを目撃されている。
マドレーヌ、ブッシュコンビも健在らしい。最近、営業トークに磨きがかかったと聞く。漫才の方は相変わらずなようだ。
カトリーヌさんはというと、最近は公国によく出向くそうだ。宇宙艦隊司令部の輸送業務を請け負ったようで、忙しく働いている。こちらはまだ当分、子供を作る気がないらしい。ヴァリアーノ少佐がぼやいていた。
そのヴァリアーノ少佐だが、さすがに少佐に昇格して駆逐艦の哨戒機パイロットではもったいない。そこで、司令部付きの航空隊隊長として、転属していった。このため、カトリーヌ、ヴァリアーノ夫婦の生活拠点も公国に移っている。
砲撃長とエドナさんだが、まず砲撃長こと「ミラルディ」中佐は艦長になった。もはや「砲撃長」ではないのだが、その名で呼び慣れているため、未だにかつての駆逐艦6707号艦仲間からは「砲撃長」と呼ばれている。現在は、駆逐艦5310号艦のリーダー艦艦長。我が艦隊一のパワハラ職場として、勇名を轟かしている。一方のエドナさん。子供も生まれて、多少はあの性癖が和らいだ感があるが、それでも時々ドキッとすることを言って王都女子会を騒然とさせているらしい。
グラハム少佐は、すでに駆逐艦4221号艦を任される艦長だ。だが「艦長」業より、妻のシャロットさんと繰り広げる「新作発表」の方で本領を発揮している。王都と地球401の文化を両取りした衣装デザイン「コルマール・ヌーヴォー」のデザイナーとして活躍中だ。それをあのデーシィさんがファッションショーで披露する。
アルヴィン男爵に保護されていた3人魔女の残りの1人、アマンダさんだが、彼女は産休で穴の空いたアイリスさんの役割を引き受けている。元々リーダー気質の彼女は、アイリスさんの代わりを上手くこなす。しかもアマンダさん、魔女ということもあって地球401など外の人間には好評で、アイリスさん以上の営業成績をあげてるとも聞く。アマンダさんの活躍するのはいいのだけれど、アイリスさんの帰る場所があるのか、心配になってくる。
もっとも、アイリスさんも産休だからといって家に引きこもったりはしない。先日、アランさんが誤発注したミネラルウォーター30万本を、子供を抱えたままショッピングモールの売り場などで一生懸命に売りさばく姿が見られた。
ところで最近、アイリスさんの会社もだんだんブラック企業ではなくなってきた。宇宙港のすぐ横に事務所を構えて、おおっぴらにサービス残業や休日出勤、安月給を強いることがやり辛くなってきたからだ。企業イメージも悪くなるし、何よりも他の貿易会社に人材を取られかねないためだ。アマンダさんやデーシィさんなどは魔女であるがゆえに人気が高く、ヘッドハントの恐れが出ているらしい。おかげで、このところ待遇改善の機運が高まってきた。残業代や基本給は改善されて、産休制度が拡充されたのはこの流れを受けてのことである。というわけで「もはやブラックではない!」と豪語するその会社の王都支社長だが、自分でブラックではないという会社の社長のいるところほど怪しい会社なのも、また事実である。
ベルクソーラさんは一旦リトラ王国に帰ったが、半年ほどで我が屋敷の離れの部屋に戻ってきてしまった。アイスを作る会社をリトラ王国に誘致するためらしいが、あんな寒い国にアイスを売ってくれる会社もなく、難航しているらしい。せめてもっとあったかいものを作ってくれる会社を誘致すればいいのに…
家賃代の代わりに、ベルクソーラさんはアイリーンの教育係をやってくれている。マデリーンさんにはない遠隔魔法を使える魔女だけに、資格は十分だが、いたずら好きのアイリーンが変な魔法を覚えなければいいのだが。
街に魔女があふれてきたため、ショッピングモールの魔女ショーはすっかり行われなくなった。あのとき集結した魔女達は今、各々の生活を送っている。
長距離遠隔二等魔女のアリサさんは、郵便屋さんをしている。数十メートル範囲内のポストに同時に10通の投函ができるため、その能力が重宝されているらしい。この投函風景は、ネット動画でも大人気だ。
キャロル、キャロリンの双子姉妹は、2人そろってとあるグラビア会社に就職した。魔女のファッションショーで2人そろって登場し、一躍人気者となっているようだが、まれに母親のキャロラインさんが参入し、まるで三つ子姉妹のように演出して騒然とさせる時があるようだ。
最も異色な就職先は、やはりカリーナさんだろう。彼女はわが軍に就職。配属先は「特殊部隊」。なんでも、司令部は魔女による特殊部隊を編成中らしくて、カリーナさんは祖国のためと志願した。現在、軍司令部の本部のあるオルドムド公国に引っ越していった。
なお、同じ魔女特殊部隊に入っていったのは、カピエトラの街で魔女ショーをやっていたレイラさん。あの、破壊系の魔女だ。その特殊能力を買われてスカウトされたようで、こちらも公国で訓練中だそうだ。
他のカピエトラの魔女、ビアンカ、フェリス、ジゼルの3人は、そのままあの温泉街の魔女ショーを続けている。観光客向けにはまだ魔女ショーは大人気らしい。
魔女といえば、あの魔女グッズ専門店。今は一体どうなっているのかと思ったら、魔女登録制度がはじまってからというもの魔女の客が急激に増えたため、王都に支店を作ったらしい。支店長は、あの南国からやってきた呪術型魔女のパナラットさん。ショッピングモールの本店、王都の支店ともども、何人かの魔女を雇い、どちらも繁盛しているらしい。
魔女の活動範囲も広がったもので、地球001にまで行った魔女が現れた。リュウジさんの妻のレアさんである。
リュウジさんが地球001のニホンという国で研究発表を行うために、レアさんもついて行った。片道3500光年、2か月近くかけて行った先では、この星に初めて訪れた魔女として大歓迎されたらしい。いつものあの水球を作って、会場を沸かせていたようだ。
我が艦の乗員だが、アルベルト大尉は、相変わらず仕事より私生活を重視して、ショッピングモールのアニメショップに通い詰めだ。妻のロサさんも我が子リサを連れてよく付き添うが、さすがに以前のように毎週魔法少女ショーはやらないらしい。とはいえ、店長の付き合いで月に1回はやってるそうだ。しかしロサさん、すでに子持ちの魔女だというのに、未だ魔法「少女」で通用するとは…
ロレンソ先輩も相変わらず大尉のままだ。この人、もうちょっと器用だったら私なんかよりずっと出世してそうな気がするんだが…相変わらず、サリアンナさんにどやされて生活している。
その妻のサリアンナさん、一向に上がらない夫の給料に業を煮やして、最近平日はパートに出るようになった。仕事は、とある貿易会社の事務。魔女なのに事務。でも考えたら、飛ぶのが嫌いなサリアンナさん。魔女でなければ務まらない仕事は嫌だったらしい。しかし、時々職場で魔女の能力を見せてくれとせがまれるので、渋々飛んでるらしい。
フレッド中佐は、ようやく我がチーム艦隊から独立した。王都航空隊隊長および王都駐屯地司令として、王都防衛とパイロット育成を行う施設の長を務めている。
アンリエットさんだが、やっと念願の長男を生んだそうだ。コルネリオ男爵が先日の社交界で泣きながら私に報告してきた。これでお家安泰。できれば、あと一人男を生んでくれとアンリエットさんとフレッド中佐にお願いしているらしい。なお、長男の名はコルネリオ男爵の名を取って「トルネリオ」と名付けられた。
トビアス少佐とラナ少尉の夫妻だが、ラナ少尉はただいま産休中。あと3か月で男の子が生まれるらしい。だが、さすがに子供が生まれたら駆逐艦勤務は無理。復帰後は、フレッド中佐のいる航空隊での管制業務につくことが決まっている。
ワーナー大尉だが、こちらは相変わらず駆逐艦0977号艦の砲撃長。問題は、妻の方だ。
モイラ殿は、母親になった。恐ろしいことに、彼女にも子供ができるのだ。なんだか私には違和感しかない。女の子が生まれたようだが、無事に育つのだろうか?まさか、恋愛の達人2世にするつもりではあるまいな。
友人で、我が作戦参謀のカルラ大尉も現在妊娠中。このため、我が艦の作戦参謀はただいま産休中。こちらは2か月後に男の子を生む予定。アルヴィン男爵は大喜びだ。だが、こちらも駆逐艦勤務は無理。こちらも、航空隊預かりか。
このため、代わりに新しい作戦参謀がやってきた。カルラ大尉に比べると、いたって普通の男性士官。でも、これが普通なのだ。ちょっとカルラ大尉がマニア過ぎて、貴族受けしすぎた。
領地であるダミア村、ミリア村、そしてカピエトラの街は問題なく発展中。いや、エイブラムのやつが勝手に発展させている。いつの間にかミリア村にはビルが建っていたり、ダミア村周辺は大農場ができていたり、カピエトラの街には民間宇宙港まで誘致してしまった。おかげで、私の収入は増えるばかりである。
エイブラムとミリアさんの間には、第2子が生まれた。2人目も男の子。エイブラムのやつ、可愛くてしょうがないと、子供の写真付きのメールを送りつけてきやがる。
という具合に、私の周辺では毎日どこかで変化が起こっているが、それに伴うトラブルというものはなく、この1年ほどはいたって普通の生活が続く。宇宙でも、戦闘も海賊行為もない。子供らはすくすくと育つ。領地経営は順調。地球401との交易や、防衛艦隊の拡大、人口増による農地拡大や工場の増加で人手が足りず、貧民と呼ばれる人々がほとんどいなくなってしまったくらいで、おかげで最近の王国や帝国の治安もいい。
このまま、平穏な日々が続くと思われた、私がこの地球760に来てちょうど7年目の、ある春の日のこと。
マデリーンさんの一言が、再びこの家に大きな変革をもたらすことになる。
それは、私がパトロール任務から帰り、リビングでお茶を飲んでいる時だった。
最近は学生生活で忙しいカロンさんに代わり、ベシィさんがお茶を入れてくるようになった。セシリアさんが産休で魔女ハンターをお休みしているため、こちらも開店休業中。ということで、カロンさんの代わりに我が家の使用人をしているのだ。
芳醇な香りの帝国紅茶を飲んでいる私に、マデリーンさんが突然、こんなことを言い出した。
「あのさ。」
「なに、マデリーンさん。」
「相談があるの。」
「なに、相談って?」
「私が言うのも変なんだけどさ……」
マデリーンさんにしては、深刻そうな顔をしてこちらを見る。一体、どうしたのだろうか?
「あんた、第2夫人を迎える気ない?」
「は!?」
危うく帝国紅茶をこぼすところだった。この突然のマデリーンさんの提案に、私は問いただす。
「いや、急にどうしたの?賞味期限切れのハンバーグでも食べたんじゃないの!?」
「いたって正常よ。真面目に考えたから、こういう話をしてるんじゃない。」
「でもどうして!?私が言うのならともかく、なんでマデリーンさんが第2夫人だなんて言い出すの!?」
「あんたさ…貴族社会というのを知らないからそういうこと言えるけど、貴族の男子がただ自身の欲望を満たすために第2夫人を迎えるわけじゃないんだよ。」
マデリーンさんによれば、第2夫人のことを考えたきっかけは、あのセシリアさんだという。
そういえば、セシリアさんとマデリーンさんは異母姉妹だった。つまり、2人の父上のエグバード伯爵は、2人の夫人がいたのだ。
内、マデリーンさんの母親である第1夫人の方は亡くなってしまったのだが、第2夫人は今でも健在。それはともかく、2人の夫人からそれぞれ男子が1人ずつ生まれている。マデリーンさんが気にしているのは、この男子のことだ。
「男子ってのは、一人いればいいってもんじゃないのよ。急に病気や事故で亡くなることもあるし、重い障害を持つことだってあるの。だから、貴族というのは普通、継承権を持つ男子が最低でも2人必要なの。」
「まあ、そうだよね。でも、マデリーンさんに頑張ってもらうというのは、ダメなの?」
「それでもいいけど、私ももうすぐ27歳よ。さすがにもう歳ね。無理だわ。」
いや、うちの星ではそれくらいの年齢でも、普通に産んでるけど。
「それにね、第2夫人がいたから、私は救われたところもあるのよ。」
「そうなの?」
「私にとっては継母だったセシリアの母親。私の母親が亡くなったあとに、彼女が私を育ててくれたのよ。」
「へえ、そういえば、そうだよね。」
「もしも私が死んでしまったら、アイリーンやサリエルには母親がいなくなっちゃうのよ。それもどうかなって、思うじゃない?だから、第2夫人のこと、考えようって思ったんじゃないの。」
「うーん、でもさ、そんな不吉な想定をしなくても…」
「最悪のこと考えなきゃいけない身分なのよ、あんたは。あんたとサリエルがいなくなったら、この家族だけじゃなくてダミア村やミリア村、それにカピエトラの街までほったらかしになっちゃうんだよ。もはや、自身のことだけ考えて良いって身分じゃないんだから。」
ずいぶんと深いことを考えたものだ、マデリーンさん。おっしゃることはごもっとも。反論の余地はない。
「でも、地球401の人間の感覚では、ちょっと抵抗があるなぁ。なんだかさ、マデリーンさんを裏切ってるみたいでね。」
「この王都の貴族の間じゃ第2夫人を作らない方が、正室に対する裏切りみたいなものよ。そう考えた方がいいわ、あんたも。」
今日のマデリーンさんは、どうしてなかなか思慮深い。少し考えさせてくれとマデリーンさんに言って、その場は収めた。
思えば、これがマデリーンさんに感じた初めての異文化断絶ではないだろうか。どちらかというと、マデリーンさんは地球401のもたらした文化を吸収する側で、おかげで特に文化的軋轢を感じたことがなかった。今回はマデリーンさんからこちら側の「常識」というやつを強く説かれた。こんなことは、多分初めてだ。
「あんた~あそぼ~」
息子のサリエルが、私にしがみついてくる。サリエルを抱えて高い高いをすると、きゃあきゃあと大喜びする。それを見たアイリーンも、私のところにやってきた。
「ねえ、パパ。ほら、こんな絵を描いたんだよ。」
「へえ、なんだい、これは。」
「家族の絵。幼稚園で書いたの。これが私で、これがパパ。ママはこれね、地面に転がってるのがサリエル。カロン姉さんも、ベシィもクレアもいるよ。」
まるでサリエルが、足元に落ちた薪のように描かれているのが気になる。それはともかく、この絵にもう一人、いや、子供を入れてあと数人増やそうという話を、マデリーンさんとしているところなのだ。
「ただいまー。」
そこに、カロンさんが学校から帰ってきた。今日はギルバートさんは一緒ではないようだ。
そういえばこの家には、地球401出身の人間は、私とカロンさんだけだ。ならばと、敢えてカロンさんに第2夫人のことを聞いてみる。
「カロンさん。」
「はい、何でしょう、ダニエル様。」
「ちょっと変なこと聞くけどさ。」
「はい。」
「…第2夫人を迎えることについて、どう思う?」
これを聞いたカロンさん、顔を真っ赤にして怒り出す。
「ちょ……ダニエル様!何考えているんですか!この変態男爵!」
「いや、あの……」
「しかも、マデリーン様という奥様がいながら、なんてこと言い出すんです!奥さまに対する冒とくですよ!これは!」
「いや、そのマデリーンさんが言い出したんだよ、第2夫人のこと。」
「……へ?マデリーン様が?なんで?」
私は、先ほどのマデリーンさんの話をカロンさんにする。それを聞いたカロンさんも、マデリーンさんの意見に思わずうなずく。
「……なるほど、そこまで考えていらっしゃるんですね、マデリーン様。私は貴族のことなんて、ちっとも知りませんでした。」
「いや、私もそうだよ。でも、さっきのカロンさんの反応、あれが地球401出身者ならば当然の反応だ。だから、この件についてどうしようかと考えているんだ。」
「うーん、でも、私にふられても困りますね、この話。あまりに奥が深い話ゆえに、私のような者ではなんとも言えませんね。」
「そうだよね……いや、悪かった。もういいよ、カロンさんに聞くのはさすがに酷な話だ。私1人で考えるとする。」
「でも、もし第2夫人を迎えるとして、お相手はどなたにするんです?まさか……私?」
「あ、いや、カロンさんのことは考えていないよ。カロンさん、これから大学に行くわけだし、ギルバートさんという恋人もいるし。」
「ななななんでもありませんよ!ギルバートとは!じゃあ私、失礼します!」
あの反応、絶対ギルバートさんと何かあったような気がするな。それはともかく、この件はどうしようか。
あの恋愛の達人にでも相談してみようかと一瞬考えた。だが、明らかにジャンル違いだろう。さすがにこの件は「恋愛」とは程遠いし、第一、モイラ殿に相談すれば何を言われるか分かったものではない。
サリエルを抱っこしながら、私は少し考えた。もし第2夫人を迎え入れた場合、我が家がどうなってしまうのだろうか?
まず心配したのは、マデリーンさんのことだ。あのマデリーンさんとうまくやっていけるだろうか?私の星でやっていたドラマでは、後妻が正室とうまくいかない話がよくあった。ああなってしまっては、マデリーンさんもその第2夫人も可哀そうだ。
が、よく考えたらすでにうちの屋敷には何人もの女性が同居している。カロンさんにクレアさん、ベシィさんがいるし、かつてはレアさんも住んでいた。あれだけいろいろな人物がいて、マデリーンさんは上手くやっているのだから、何とかなるかもしれない。
我が子も同様だ。これだけ大人に囲まれていれば、今さらあと一人増えてもなんとも思わないだろう。第2夫人と、その後生まれてくる子供らとも上手くやるだろう。
一番問題なのは、私自身かもしれない。私が一番、踏ん切りがつかない。地球401では一夫一妻制が普通。もう一人奥さんを迎え入れるなど、倫理的に問題があるというのがあちらでは普通の感覚だ。
だが一方で私は艦長だ。つまり、軍人だ。軍人である以上、いつか戦闘で死んでしまうかもしれない。
今や魔女のことは連盟側にも知られていることだろう。魔女から得られた重力子エンジンの効率化、それによる艦艇の高速化技術。魔女のおかげで、軍事的重要度が他の星と比べてはるかに高い。
ゆえにこの星は連盟側に狙われることになる。防衛艦隊だからといって、安穏としていられない。いつまた大規模な艦隊戦が起こるか分からない。次の戦いで生き残る保証など、ないのだ。
以前、駆逐艦6702号艦が撃沈した直後の、未亡人たちの顔が忘れられない。残されたものは悲惨だ。ましてや、私は男爵でもある。家族だけでなく、使用人や領地のことも考えなくてはならない。
領地といえば、今はエイブラムが上手く発展させてくれている。だが、あの領地は所有者がいるという事実が歯止めとなっているから上手くいっているだけで、もしこの男爵家が断絶し、あの領地が空洞化したら、エイブラムのやつはどんな勝手なことをしでかすか分からない。やはり領地経営には、この家は不可欠だろう。
総合的に考えると、やはり第2夫人を迎えるという結論がベターだと出てしまう。やはり貴族社会で側室を迎えるということには、実に合理的な理由があるのだと感じてしまった。
寝室で、私はマデリーンさんに話す。
「第2夫人の件だけどさ……」
「うん。」
「マデリーンさんの言うとおりだと思ったから、考えてみるよ。」
「そう。」
「だけど、一つだけ条件がある。」
「なに、その条件って。」
「マデリーンさんが気に入った人であること。それが、条件だ。」
「なによそれ。」
「どうせ迎えるなら、私はその方がいい。私が死んだときのことを考えると、残されたものがぎくしゃくする関係であることが一番困る。だから、マデリーンさんが気に入った相手であることが条件だ。魔女でも、貧民でも、貴族でも誰でもいい。」
「そう、分かったわ。じゃあ早速明日から当たってみるね。」
ところで、この家のことを一生懸命考えてくれているマデリーンさんを見ていると、今日はなんだかムラムラしてきた。そこでサリエルが寝ている横で、私はマデリーンさんに遅いかかる。
こうして、私の「第2婚活」が始まった。