#10 公国へ
あの戦闘から、2週間ほどが経っていた。
再び私は教官としての職務を遂行していたが、今日は最初の訓練生の卒業式を迎えていた。
わずか半年の教練所生活ではあったが、ここの卒業生はこの先2年間、研修生として働きながら技量を磨いていく。
祝辞を読むのは、あの砲撃長。マイクなど不要なほど大きな声でありがたいお言葉を読み上げていらっしゃった。もっとも、スピーカーが音割れして、ほとんど聞き取れなかったんだが。
この一年で地上に哨戒機を生産する設備は整っており、今日卒業した彼らのために順次、供給されることになっている。
さて、次の訓練生が配属されるまで、2週間の休暇となった。
…が、私とマデリーンさんに、コンラッド伯爵様より仕事の依頼がきた。
この伯爵様、以前からマデリーンさんに書簡の配達の仕事を与えてくれた人であり、私もこの星に来ていろいろとお世話になった方だ。
その伯爵様からの御依頼となれば、断るわけにもいかない。
そこで、私とマデリーンさんは早速、伯爵様のお屋敷にうかがう。
「おお!早速来たか!待っていたぞ!」
「ご無沙汰しております、伯爵様。」
この元気な方が、コンラッド伯爵様だ。この王国で実質的にナンバー2の地位にいるお方で、才能も人望もある、実に素晴らしい方だ。
このお方がいなければ、こんなにも早く我々と王国や帝国との交渉は進まなかったことだろう。我々の母星である地球401にとっても、いや連合側にとっても、大事なお方である。
さて、その伯爵様から、ある人物に書簡を届けてもらうよう依頼された。
その人物とは、オルドムド公爵様。その名を冠するオルドムド公国の支配者である。
かつてはこの王国の公爵であったが、10年ほど前に王国の外れに位置する領地を勝手に独立させて公国を名乗り、以来この王国とは疎遠になりつつあるお方である。
宇宙との交易が始まり、帝国が自勢力内の国々や他の大国に対して使者を送って、この宇宙時代に対応するためのこの惑星の統一機関を作ろうと尽力しているのは周知の事実。だが、あまりに小さすぎて、帝国から把握されていない小国では、未だにこの新たな時代の到来を知らないままでいる国があるようだ。
この公国もその一つ。そこで伯爵様は公爵様に書簡を送り、新しい時代への参加を呼びかけたいようだ。
で、その仕事がなぜ私とマデリーンさんなのかといえば、かつてマデリーンさんはこの公国に出向いたことがあるそうだ。王国からの書簡を送るためにマデリーンさんが飛んだことがあるらしい。
ただこの公国、最速の魔女マデリーンさんをもってしても、4日はかかるというほどの距離。
私は公国までの場所を確認するため、地図を見た。哨戒機ならば4時間もあればいけるが、今回は政府からの依頼ではないため、哨戒機は使えない。
だが、車なら3日もあれば着きそうだ。マデリーンさんが単独で飛ぶよりもずっと安全。そこで私は車で行くことを進言した。
「わざわざ車で行くのは大変ではないか?わしが政府に事情を言って、哨戒機の使用を許可してもらったほうが早くはないか?」
「いえ、今から政府に依頼するとなると、許可が下りるのに1週間はかかります。私はちょうど休暇ですし、マデリーンさんと一緒に遠出しようと思っていたところです。喜んで行ってまいります。」
「そうか…では、頼んだぞ。」
そして、伯爵様よりその書簡を受け取った。
翌朝、我々夫婦は王都を出発した。
王国内はほぼ自動運転エリアになっているため、運転は楽だ。ただし、辺境に行くと舗装道路ではなくなるため、がたがたと揺れながらの走行となる。
馬車をよく見かけたが、ここはトラックで走るのはとても無理そう。この辺りの道は、しばらくは馬車が活躍しそうだ。
揺れに揺られて、国境近くの町「エストマナフ」についたのは、日が暮れてからのことであった。
なんとかその街で宿を探して泊まる。2人そろって車に揺られすぎて、くたくただ。
「飛ぶよりはマシなんだけどねぇ、もうちょっとゆったりと乗りたいわね。」
とはマデリーンさんの談。
翌朝、いよいよ王国を出る。
エストマナフを出て少し行った道の脇に小さな道しるべがあった。ここが公国との国境だ。
ここから先は自動運転が効かない。自分で運転しなくてはならない場所だ。
車が警告を出す。もうすぐ自動運転エリアを出ると言ってきた。私はハンドルを握る。この簡素な国境の標識を越えると、そこはオルドムド公国だ。
ここには国境検問所がない。境界線もあやふやだ。だいたい公爵が勝手に自分の国だと主張しているだけで、王国は独立を認めてはいない。だから、この簡素な標識だけが公国に入ったことを我々に教えてくれる。
もっとも、この星の国の境界はどこも同じだ。測量技術が発達しているわけでもないし、だいたいこの辺りが国境といった具合だ。しかしいずれ、その国の境目などたいした意味がなくなる時代がやってくる。
舗装されていない道をゆっくりと進む。そこはもう、この公国は山に囲まれたところで、なかなか人が行き来するには大変な場所のようだ。
このため、エストマナフを過ぎると、急に馬車を見かけなくなった。この辺りは時折斜面が急すぎる場所もあって、馬車では通りづらいようだ。
私の車はいわゆるSUV車だ。こういう道も楽々通れる。ただし車はいいが、中の人間は揺さぶられてちょっと辛い。
ゆっくりと山中の森林の間を走る。背の高い、真っ直ぐな木が並んでいる。なかなか壮観な風景だが、旅行と呼ぶにはいささか殺風景な場所だ。マデリーンさん、退屈してるんじゃないのか?
…と思いきや、マデリーンさんはご機嫌だ。
「ああ〜心地いいわぁ!この木々から香るなんとも言えない匂いがいいのよねぇ!」
なんだろうか、もしかして魔女は、こういうところが落ち着くのだろうか。
森林浴を続けながら走り続けると、小さな町についた。エールディンという公国の町だ。
ここはどう見てもまだ我々の技術や文化が入り込んでいない場所のようだった。通貨も、我々の使うユニバーサルドルは通用せず、王国の銀貨、銅貨しか使えない。
こんなこともあろうかと、銀貨はたくさん持ってきた。そのまま町の中心部まで走る。
ところで、ここの町の人は奇妙な面持ちで我々の方を見てくる。
馬がないのに走る馬車。我々の車をそう見ているようだ。まだ我々の存在を知らないようだから、とても奇妙なものに映ったようだ。
ある宿の前に来た。マデリーンさんが一度立ち寄ったことのある宿だという。そこに今夜は泊まることになった。
もう夕方だ。これだけ未開の場所では、世はすぐにふける。だが、せっかく来たのだからと、街の中の酒場に行ってみようということになり、2人で町中を歩いた。
道を歩いていると、突如、数人の男達に囲まれた。
手には短剣、棍棒など、物騒なものを持っている。
「お前ら、王国から来た連中だろう?おとなしく出すもん出してくれたら、すぐにでも開放してやるぜ。」
公国に着いた私とマデリーンさん。そこで、いきなり強盗集団に囲まれてしまった。