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東京迷宮  作者: じばしば
東京、なう
6/14

01-1/東京行き弾丸ライナー(片道)

「いや~、お客さん本当にラッキーでしたねぇ」


 ガタガタと揺れる鉄の箱に乗ったのは(あずま)にとって初めての経験だった。

 先頭で乗り物を運転している男、車掌さんが言うにはこれはバスという乗り物らしい。


 東も車というものは知っていたが、こんなに大きい車は初めて見た。

 席は十個以上もあり、三十人くらいは乗れそうだった。

 もっとも、今そのバスに乗っているのは車掌さんと東を除けば、最後尾で居眠りしている少女だけというスカスカの状態だったが。


「何せ一か月に一本しか通らないバスですからね。あの辺の人なら初めて見るのも仕方ないでしょう」

「そ、そうなんですか! いや、助かりました! マジで!」


 初めての巨大な乗り物に東のテンションも上がる上がる。



 それは少しだけ昔の話。

 この国の中心は『東京』という巨大な村だったらしい。


 それはそれは華やかな場所だったらしく、全国各地から『東京』に憧れた若者たちが集い、夜通しパーティーを開いて踊り歌ったという。

 それがかの有名な『上京』なるものであるらしい。


 食べ物を売る店に飲み物を売る自動の機械。

 アイスにクレープ、カキ氷と専門店も数えきれない程あった。

 服を売る店、靴を売る店、帽子を売る店と様々な店が村中に並び、閉店という概念すらなく、夜も光に溢れていて眠る者すらいなかったという。


 欲しいものは何でも揃う。

 一生遊んでも飽きることはない。



 それが大都会、『東京』――。



 ラジオから聞こえてくるそんな夢物語のような話の数々は、田舎で暮らしていた一人の少年の心に火をつけた。


 それはまるで異国のお話のようだった。

 その異国の世界に行ってみたいと思ってしまった。

 

「決めたぞ、ヘラ。俺、上京する!」

「……へ?」


 そうして少年、(あずま)は生まれた村を飛び出した。


 東京への道のりなど全くもって分からないが『()京』というくらいなのだから()だろうと、村の北方にある山を越えたところでこのバスに拾われたのだ。

 ひび割れたアスファルトが伸びた大きな道路に出た所で、一人歩く不審な人影を見つけた車掌さんが声をかけてくれたおかげだった。


「こんなところで一人、どうした少年よ」

「俺、東京に行きたいんだけど……」

「あぁ、それなら乗っていきな。こいつは東京への直行便だよ」

「マジですか!」


 と、出来すぎた偶然であるが、水とヘラが握ってくれたおにぎりのみをリュックサックに詰め込んで飛び出した東にとってはまさに救いの神が手を差し伸べてくれたかのような幸運だ。

 このままでは一晩を過ごす宿も食料もない状態になる。

 妹に大見得切って飛び出した手前、このままトンボ帰りになるのは恥ずかしすぎる。


「今時めずらしいからねぇ、東京に行きたいなんて言う若者は」

「え? そうなんですか?」

「あぁ、そうだよ。おかげでこのバスもいつも乗客0続き。今日は二人も乗ってくれるなんて本当、ツイてるって感じだよ」


 補装も整備もされていない荒れ放題の道を進み、東京へ向かっているというこのバス『東京行き弾丸ライナー』は月に一本だが毎月この道を走っているというが、乗客がいる方が稀なのだという。


「おかしいな……ラジオで聞いてた話と違うような……」


 東のイメージでは東京を目指す若者は国中に溢れているハズだったのだが、どうやらそうではないらしい。

 ラジオで聞いた話の数々を思い出し「東京はあんなに楽しそうな場所なのに」と東が頭を捻っていると、山越えの疲れからか、瞼がだんだんと重たくなってくる。


「おい、少年」


 不意に車掌さんに呼ばれる声がして東は目を覚ました。

 疲労と睡魔には勝てず、いつのまにか居眠りしてしまっていたらしい。


 寝ぼけ眼に、車掌さんがバスの正面を指さしているのが見えた。


「見えたぞ。東京だ」


 その言葉に、東京という単語に、東は弾かれた様に頭を上げた。

 一気に覚醒する視界に、バスのフロントガラス越しに、見たこともない程の巨大な白色が見えた。


「あれが東京を囲んでる白鉄雲(プラチナホール)さ」


 それは巨大すぎる雲だった。

 綿菓子のようにグルグルと円を描く純白の雲が、目の前の空に現れていた。

 バスが近づけば近づくほどにその巨大さは増していく。

 その雲の下に、東京はあるらしい。


(す、スゲー! 都会ってスゲー!)


 そんな東の感想は感激のあまり言葉にならなかった。

 口をパクパクさせて感激する東を見て、車掌はニヤリと笑うと、バスを止めた。

 もう目の前には白鉄雲(プラチナホール)の壁が見えるほどの距離だ。

 東京は近いのだろうと、東にもなんとなくわかる。


「あれ? どうしたんですか?」

「どうしたも何も、もう東京だ。じゃあ、後は頑張れよ、少年」


 そういって車掌さんはバスを降り、東に向かって親指をグッっと立てて見せると、反対の手で何かのボタンを押した。

 途端にバスのドアが閉まり、ブゥンと止まっていたエンジンが再始動する。


「え? えっ?」


 何が起こっているのかわからないまま、東の体が強烈な衝撃に襲われる。

 バスが急発進したのだ。 


 これまでの車掌さんのトロトロとした運転とはまるで違う、フルスロットルで白鉄雲(プラチナホール)に突撃していく。


「え? ちょっ!? コレぶつかって大丈夫な……!!」


 大丈夫なの? なんて、誰に聞いたつもりなのか。

 咄嗟に口をついた独り言は、雲を割る呆気ない景色の前に尻切れトンボになってしまう。


 雲を割って進む風切り音がバスの窓をビリビリと揺らし、車内の照明もカチカチと不安げに揺れる。

 バスは雲の中をどんどん進んで行き、ガタンと止まった。


「うぉ……!?」


 自動でバスのドアが開き、車内の照明が落ちる。 


「つ、着いた、のか……?」


 バスの先頭についていた電光掲示板には、「東京」の文字だけが点灯している。

 どうやら、目的地に到着したという事のようだ。


 その事実を確認して、東の胸は高鳴った。


 ここが東京。

 大都会、東京。

 夢にまで見た、東京なのだ。


 そうして荷物を抱え直し、恐る恐るバスを降りた東の眼前には――


 雄大な大自然が広がっていた。

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