00-5/東京ラジオ
「うお、なんだこれ? かった! ……もしかして、コレ、ただの飾りか何か?」
「そ、そんな……」
ヘラが捻っても動かないつまみに、ならば男の腕力でと東も力を込めてみたが、これが全く動かない。
いや、正確にはピクリとはするのだが、それだけで、それ以上つまみらしく回転する事はなさそうだった。
これ以上に力を込めては本当に壊れかねないと、ひとまず兄妹仲良く一休み。
電源が入ったままのラジオからは尚も野球実況が垂れ流されている。
ヘラは目に見えて落胆していた。
当てが外れたとばかりにションボリと落ち込んでいる。
東には良くわからなかったが、恐らくはヘラなりに何か確信めいたものがあっての事だったのだろうと頭を撫でて慰めてやる。
しかし、冷静に考えてみると妙な話だった。
父親はわざわざ「触るな」と忠告してきたのだ。ただの飾りならそんな事をする必要がない。
東がそんな風に疑ってしまうの無理はないだろう。
それに加えて言うならば、こういう時のヘラの、直感なのかどこからか仕入れた情報なのか、それはわからないが、とにかく判断というものには言葉にし難い信憑性があるのだ。
とにかく正解である事が多いのだ、こういう時のヘラの行動というものは。
そう考え始めると「つまみ」がヤケに怪しいものに思えてならなくなってくる。
再びラジオに顔を寄せると、つまみに力を込めながら観察してみる。
「何か引っかかってるのか……? わざと固定されてるとか……?」
父親は手先が器用だ。
東の手先の器用さも父親譲りのものだろう。
つまみの内側に何かがひっかけられているように思えるが、だとしたら父親は一度ラジオを分解して内側からわざわざ細工を仕掛けたことになる。
東よりも手先の器用な父親なら、簡単にやってのけそうで、なかなか可能性は高い気がした。
ならば、同じように自分でも分解し、細工を解除できる可能性がある。
だが、父親は歳を重ねている分だけ東よりも知識が豊富だ。
ラジオの事もより詳しく知っているに違いない。
人工知能の事も理解しているかもしれない。
そうなると、二人の実力には必然的に差が出てくる。
父親にはできても、東にはまだできないかも知れない。
分解すれば、やはり壊してしまうことになるかも知れないんだ。
「よし、わかった」
色々と思考を巡らせた結果、力技で行くことにした。
どちらにしても壊れる可能性があるのなら、それならば方法はシンプルな方が良いに決まっている。
つまみを思いっきり握り込み、全力で捩じる。
先ほどは壊れないようにと手加減していたが、こうなったらもうどうにでもなれの精神である。
「ふんぎぎぎ……!」
ガチャガチャと捩じりまくる。
逆に考えるのだ。もう壊れちゃっても良いや、と。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! 壊れちゃ……」
突然の兄の暴挙に慌てたヘラが止めようと声をかけた時、つまみの中で小さな悲鳴が上がった。
パキリと、何か小さな棒のようなものが折れる断末魔だ。
「お、おぉっ!?」
同時、流れ続けていた野球実況がプツリと途切れた。
初めて電源ボタンを押した時のような、いや、それ以上の騒がしさでノイズが響く。
「動いたの!?」
ヘラが目を輝かせてラジオに駆け寄ってきた。
「おう、動いたぞ!」
つまみを動かすのに合わせてノイズが微妙に変化しているようだった。
そして、つまみを元の位置に戻すとまた野球実況が始まるらしい事にヘラが気づいた。
野球実況の位置からつまみを捩じって遠くなるほど、ザーザーとノイズが酷くなる。
ヘラは、ラジオを喋らせるにはこのつまみをどこか別の位置に合わせるべきに違いないと予測を立てた。
そうしてぐりぐりとつまみを回しまくっていた時、ほんの一瞬、何かが聞こえた気がした。
ノイズに紛れて、初めて聞く誰かの声が聞こえた気がしたのだ。
兄妹は顔を見合わせた。
お互いに嬉しさを隠し切れないと言った表情で、余計に笑ってしまう。
声が聞こえた気がした位置を探して、慎重につまみを捻る。
少しずつノイズが小さくなっている気がした。
ザザザザ――
「…………京…………」
ザザ――
「………ラジ……」
ザ――
そして、ついにラジオがノイズのない声を上げた。
「皆さんこんにちは。東京ラジオの時間です」
その日、その時、東は初めて『東京』という世界を知った。