00-3/友達計画
ラジオのコンセントを指し、アンテナを窓へ向ける。
いよいよ電源ボタンを押さんとする東の指先は喜びと興奮のあまり小さく震えていた。
「よし、押すぞ……!」
「…………」
「…………」
「……お兄ちゃん、呼吸とまってるけど大丈夫?」
「ぶはぁ!」
緊張しすぎて息も止まる。
「くぅ! ワクワクしすぎて心臓が破裂しそうだぜ!」
満面の笑みで汗だくになっているヤバめの兄を見る妹、ヘラの目は最早、我が子の成長を見守る母親のそれである。
未だ小学生とは思えない心の余裕だった。
「押すのが怖いなら代わりに押そうか?」
「ダ、ダメだダメだ! お前にはまだ早い! 良いから! 俺が押す! 兄ちゃんに任せとけっ!」
そうしてボタンが押されたのは開封からしっかり一時間が経ってからの事だった。
「こ、今度こそ押すぞ……!」
「うん、お兄ちゃん。がんばって!」
ヘラの生暖かい目に見守られる中、東はそのボタンをカチリと、力強く押し込んだ。
カチリ、と硬い音が静かな部屋に響いた。
ザー、ザッ、ザザーー。
一瞬のノイズ。
息を飲み込む音が二つ、シンクロする。
そして、ラジオが産声を上げた。
「ピッチャー、振りかぶって第三球、投げました! 打ったー! これは大きいか? 大きいぞ!」
それは聞き覚えのある、やけに活舌の良い早口な男声だった。
「おい、これって……」
「野球実況、だね」
「打球は高く、高くあがっている。センター下がって、下がって、下がって、取った! 取りました。大きな当たりは惜しくも外野フライに終わっています。スリーアウトチェンジ。工藤、初回のマウンドをしっかりと三者凡退で終えました」
シゲさんが愛好している野球実況だ。
確かにラジオは動き出したらしい、
しかし、今の東が聞きたいのはそれではない。
「どうすれば別の事を話すんだ?」
「うーん、どうなんだろう」
ラジオの梱包にはこのラジオ本体以外には何も入っていなかった。
父親が簡単に操作を教えてくれたが、聞くときは「アンテナを窓に向ける事」、「大きなつまみは動かさない事」、そして電源ボタンしか教えてくれなかった。
他のボタンも昔は使われてたが、今は使えなくなっているため押しても意味がないらしい。
「くっそー、ここから何をどうして良いのかわかんないぞ」
「ごめんね、お兄ちゃん。私もわかんない……」
こんな時、いつも頼りになるのは妹であるヘラの方だった。
東は体を使う事は得意でも、頭を使うのはどうも苦手だ。
反対にヘラは体を動かすよりも頭を使う事が得意だ。
ヘラは兄の力になれない事を心底申し訳なさそうに感じているらしく、今にも泣き出しそうな顔つきになっている。
東は慌ててその頭を撫でた。
「大丈夫だって! お兄ちゃんに任せとけ。こう見えてコミニュケーション能力は高めだから! すぐにこのラジオもベラベラ喋れるように友達になってやるぜ!」
東はいまだにラジオが人工知能を持ったロボだと思い込んでいる。
ヘラには一瞬、意味の分からないセリフだったが、すぐに「いつものお兄ちゃんか」と納得して笑顔になった。
お兄ちゃんはたまに意味不明なことばかり言うが、やるときはやる。
ヘラは東を頼れる兄だと信じているのだ。
そして東の孤独な闘いが始まった。
挨拶は欠かさなかった。
朝、起きればまずは隣で寝ているラジオに「おはよう」を言い、軽くボディタッチ(電源)。
「鋭い当たりだー! 三遊間、抜けたー! 三塁ランナー走った!」
ラジオはご飯は食べない。
おそらくはコンセントから電気を補給して栄養にしているのだろう。
一緒にお風呂に入ろうとした時には割と真面目な感じで母親に叱られた。
友情を深めるには裸の付き合いが一番だとジジババ達に聞いたことがあったのだが、聞けばラジオは水にすこぶる弱いらしい。
なるほど、ロボは水が弱点だったのか。
夜は「おやすみ」を告げ、そもそも人工知能は寝るのかもわからないが、とにかく一緒に布団にもぐった。
寝る前にも軽くボディタッチ(電源)して眠りにつく。
「三番バッターが打席に入ります。おっと、これはバントの構えですね」
やっぱりうるさいから電源を切る。
どうやら人工知能は寝ないらしい。
そして一週間が経った。
進展、なし!