00-2/ド田舎の野球少年
東は田んぼと田んぼと田んぼと田んぼに囲まれたとある田舎に生まれた。
東には青春がなかった。
恋愛要素というものがなかった。
年の近い異性は三つ年下の妹しかない。
というか同年代の友達がそもそもいない。
村に子供がいないのだ。
友達はカメとメダカとカエルだった。
代わりにジジババに囲まれた。
娯楽は将棋と囲碁とゲートボールだけだった。
東は頭を使うのは苦手だったが生まれつき運動神経だけは良いらしく、将棋と囲碁はさて置きゲートボールは滅茶苦茶うまかった。
アウトドア系のジジババ達に引っ張りだこの毎日である。
そして付いた渾名が「公園の魔術師」だ。ダサい。
学校は小中が一つになって一クラスのみだった。
というかただの公民館である。
クラスメイトは妹である。
なんと教師は一人である。
なんせ自分と妹の二人しか子供がいないのだから仕方がない。
とはいえ色々とおかしいのだが、幼少期の東にはそれがおかしい事なのだという事すら理解できなかった。
それを理解し始めたのは中学生も終わろうかという頃だ。
誕生日のプレゼントにと両親からラジオを買ってもらった。
東が地道にオネダリした成果である。
東は村の外の事が知りたかった。
これまではテレビもなければラジオもない生活だった。
ゲートボール仲間のジジババの一人、シゲさんが良くラジオを聞いていたが、いつも野球中継ばかりで、ラジオとはそういう機械なのだと思い込んでいた。
それがどうも違うらしいと教えてくれたのは妹のヘラである。
「お兄ちゃん、知ってる? ラジオって野球以外にもいろんな事をしゃべるんだよ?」
東は「まじか」と思った。
もしかしてそれが今、流行しているという人工知能という奴だろうか。
なんてハイカラなんだと思った。
(めっちゃ、欲しい)
そう思った。
なんせシゲさんは野球しか聞かない。
そして「オレのもんはコレしか流れんのじゃ」と言う。
ならばと東は急に野球少年になった。
ゲートボールのスティックを木製バットに持ち替え、これ見よがしに田んぼのど真ん中で素振りをした。
「公園の魔術師」がスティックを捨てた!
その噂は一夜にして村中を駆け巡った。
さすが田舎である。
世界が狭すぎる。
しかし、そもそも東はなんとなーくでしか野球をしらない。
ボールを投げて、打って、よくわからないがとにかく走るらしい。
最初は滅茶苦茶にバットを振るったが、その噂を聞きつけたシゲさんが色々と教えてくれた。
聞けば、シゲさんは昔に野球をやっていて『甲子園の四番バッター』だったという。
四番とは強いやつの事らしい。
さすがシゲさん。シゲさんはゲートボールも村では東の次にうまい。
「あの頃はオレも『怪物』なんて呼ばれとったんが」
シゲさんの熱血指導の成果もあり、東は坊主になった。
野球少年とはこうあるべきなのだと言う。
確かにスイングも体に馴染んできた。
バットはまるで体の一部のようになり、縦に横にと自在に振るえるほどのテクニックを手に入れたのだ。
(これは、強い!)
東は確信した。
これなら勝てる。
正面からだろうが上空からだろうが、今の東ならバット一つで向かってくる敵を全て叩き伏せることができるだろう。
そんな戦闘力など野球には一ミリも関係ないのだが、東は野球のルールを知らないのだから仕方がない。
そうして、立派な野球少年へと『擬態』した東はついぞ、念願のラジオを手に入れたのだ。