00-1/蝉時雨
その音はセミの鳴き声によく似ていた。
ジジジと絶え間なく鳴くアブラゼミに、ミンミンとノリの良い鳴き声のミンミンゼミ。
ジュワジュワ力強く鳴いているのはクマゼミか。
遠く小さくヒグラシの鳴き声も混じっている気がする。
けれどそれらの音の全ては人間の喉から出て来きた声だ。
東はとある聖堂の真ん中で一人、そのセミの大合唱を一身に受け、ただ突っ立っている。
意味不明な状況だが、今、東は教会の『祝福』を受けている最中なのだ。
『聖歌隊』と呼ばれる彼らは、いかにも「私、聖歌を歌います」と言わんばかりの白いローブを身にまとったポッチャリ系集団だった。
男女比は半々くらいの20人程の集団である。
彼らの『歌声』が東に『祝福』を授けるのだと言う。
なるほど、ならばこれから讃美歌の一つでも歌い始めるのだろうかと思った矢先、聖堂を震わすほどのボリュームで撒き散らされたのがこのセミの鳴き真似である。
混然一体となったその合唱を一言で現すなら「とてもうるさい」である。
東に音楽の嗜みは薄いが、恐らくは歌への冒涜である。
あまりにもその状況が東の理解力を超越しすぎていて、どんな表情をして聞いていれば良いのかもわからない。
そもそも東が何故こんな目に合っているのか。
それは東が東京に憧れたせいである。
そう、全ては娯楽の少ない田舎暮らしが悪いのである。