僕が生まれた日 side:リシア
「アリシア様ァァァ!!」
恐ろしい獣から放たれた一筋の雷光が我が主を貫いた
胸の中心を穿たれた少女はそのまま背を大地に倒した
「あ、あぁ・・・アリシア様・・・」
もう助からない
絶命は必至
流れる血もどんどん増えてゆく
「ルルオオオ」
そしてヤマアラシはわたしの方へと歩み寄ってくる
きっとわたしは、あの魔獣の胃の中に収まるのだろう
その日は暗い曇り空だった
部門の名家トーエン家は一人前の証として魔獣の討伐を課している
先日10歳の誕生日を迎えたわたしの主
アリシア様
その日はアリシア様の試験の日だった
「リシア!わたしも今日から一人前のトーエンになるわ!」
「はい、アリシア様。立派に成し遂げましょう!」
お父様譲りの藍色の綺麗な髪
お母様譲りの空色の美しい瞳
わたしの主はそれは可愛らしい少女だ
トーエン家と隣接する魔獣の森、ディアボリ・シルバ
その浅いエリアで魔獣を倒すこと
それが試験の内容だ
浅いところならそれほど驚異のある魔獣は出てくることが無く
初めての討伐にはうってつけと言われている
アリシア様はまだ上手く魔法は使えないがお父様譲りの剣技はそれは見事な物だ
家臣団一の騎士とも渡り合えるほどの才能がある
だからきっと、この試験も早々と終わるだろう
誰もがそう思っていた
「騎士団は総員抜剣!アリシア様の馬車を中心に円陣を組め!全方位警戒!物音も影も見落とすな!」
森に入って間もなく、かつてのけもの道を整備した大きな十字路に差し掛かった辺りで状況が変わった
突如として雨が降り出し、次第に勢いをました雨粒は馬車の屋根に穴を開けかねない
曇天は雷鳴を伴い、森は闇が支配し始めていた
「様子がおかしい!このまま陣形を保って帰還する!」
家臣団の団長、トゥーリが部下に指示を飛ばす
以前傭兵をやっていた彼は腕も確かで的確な指示を飛ばす
「リシア、なにか怖いわ」
「大丈夫です、アリシア様。わたしが付いております」
馬車の中にいたわたしは震えるアリシア様を抱きしめていた
「隊長!前方から何か近づいてきます!木々が揺れている!」
十字路の正面
闇の中から僅かな光が現れた
その刹那
雷鳴が轟いた
馬車を中心とした落雷
馬車は砕け
家臣団は倒れ
折れた木々は火を纏った
酷い耳鳴りの中、アリシア様は衝撃で飛ばされ投げ出されていた
そして主の前に立ちはだかった黒い闇は
唸る
「ルルルルオオオオオオオオ」
「ヤ、ヤマアラシ・・・」
こんな浅い森にはいるはずのない
雷を司る天災の魔獣
手練の傭兵ですら苦戦するそれが主の前にいた
「アリシア様!」
わたしはこちらに注意を引いて主を逃がそうと声を上げる
「アリシア様!!」
近づこうとした足に痛みが奔る
見れば馬車の木片が刺さっていた
「逃げてください!アリシア様!」
何度声を張り上げでも主には届かない
いや
届いているが、主もまた動けないのだ
「アリシア様!早くお逃げください!わたしがあの魔獣の囮のなります。だから早く逃げてください!」
痛みを堪えて這いずるけれど
それでも主の元へは届かない
やがて魔獣は毛を逆立てて
一つ、唸りを上げた
その毛先から束ねられた雷光は主の胸を穿った
「アリシア様ァァァ!!」
大きな穴を胸に空けた主はそのまま倒れた
そしてヤマアラシはもはや用済みとばかりにわたしの方へ歩みを進める
「ルルルルル」
その特徴的な鳴き声は獲物を前にした舌なめずりのようだった
わたしはこの短い人生に感謝した
わたしを拾ってくれたトーエン家に
わたしを使えさせてくれた主に
わたしを産んでくれたこの世界に
祈りを済ませ最期の瞬間を待った
目前に迫った魔獣が大口を開いたその瞬間
恐ろしい体躯が宙を舞った
何か大きなものに殴り飛ばされるかの如く
真横に吹き飛んで木々をなぎ倒した
驚愕に見開いたわたしの視線の先には
「それは僕の従者だ。魔獣風情が、気安く触れてくれるな」
白雪のような透き通る白い髪
情熱の塊のような赤い瞳
自身を中心に浮かぶ魔力で編まれた剣
髪の色も
瞳の色も
自身の呼び方も
使う武器さえ違うけれど
「アリシア・フォン・トーエンの名において、僕はお前を討伐する」
「ルルルルオオオオオオオオ!!!!」
わたしの愛する小さな主が
そこにいた
ヤマアラシの鳴き声については各自で脳内補完してください
ちなみに作者は甲高いイノシシだと思ってます