努力無き才能
ヘイルが悩むお話し。努力無き才能か、才能無き努力なのかを。
疾風迅雷の如き立ち回り。
唯一無二の型。
威力と技術、その両方において自分を凌駕する。
同じ人でありながら強大な差異が存在する。
そんな理不尽をヘイルは目視を持って―――
――――理解した。
眼前に佇む二刀流の剣士は、大量の巨大蟻の死骸の天辺に立ち、ニッと爽やかに笑う。
「こっちは終わったぜ。」
その体に外傷は全くなかった。
汗を掻いているということも無い。
「……なんだ、その戦い方は!?」
見たことも聞いたこともないような薄すぎる剣、それも両手に一丁づつ。
剥ぎ取り用のナイフなどではなく、両方全く同じ長さだ。
鍛え上げられた彼の胴ほどの長さの剣を二丁同時に振るうなどという芸当は、そんじょそこらの酔っ払いが習得しているものではない。
「お?そうかそうか、こっちの世界じゃ誰も見たことないんだったな。」
阿里は死骸の山から飛び降りると、やたら細い剣を鞘に仕舞い、せっせと巨大アリの首を拾い始めた。
「まぁ、あっちの世界でもあんまり見せたことないからな。……いや、速過ぎて見られないからか?」
「いや、確かにすごかったが、まぁ見えないほどじゃなかった……。」
ギリギリではあったが。
「そこは、世辞でも褒めときゃ何かあげたかもしんねえのにさぁ。」
そういう阿里はこの世界に身一つで来たため、勿論俺に何かを奢るような金銭は持ち合わせていない。
ジョークだとは理解しているが、この状況でヘラヘラとしている彼に少し不安を感じた。
何故なら、彼は今現在この世界についての知識が童子程度にしかないのだ。
間違いなく、俺が面倒を見なくては行き倒れてしまうだろう。
「そういえば、通貨も教えなきゃな。後は街の案内と……まぁ、それは地図でも買ってやるよ。」
「おう、それはありがたい!金稼いでも使えなったら意味がないからな!」
数時間話して分かったことがある。
「豚に真珠ってやつは御免だ。」
どうやら、彼は馬鹿ではないらしい。
馬鹿と言うよりも、適当と言うか全てに無頓着というか……。
それこそ、童子レベルに。
「さぁ、次行くか、ヘイル?」
「あぁ、そうだな。」
そうやって、次の獲物の元へ向かう。
森に点々と存在する巨大な土の出っ張り。
それは、一種の古風な家屋のようにも見えるが、実の所、害虫の巣でしかない。
それの地面の近いところには穴が開いており、そこから無数の巨大な蟻が出現する。
それほど、危険度の高くない虫だ。傭兵でなくても、刃物さえあれば殺せる程度には弱い。
しかし、知識はやはり必要なのだ。
例えば弱点。間接に位置する箇所以外は硬質な皮膚で覆われており、まともに刃は通らない。
よって、奴らを狩るには奇襲が得策とされている。
甘い匂いを発する香でおびき寄せ、それに注目している間に背に飛び乗り、首を掻っ切るという方法である。
または、先に足を切断し、転倒している所を襲う。
勿論、今回もその作戦で行こうとしたのだが、この男には作戦等無意味だった。
目の前では、阿里が両手に愛剣を携え、仁王立ちで立っている。周囲には全長約二メートル程の巨大蟻が三体。
一見すれば危機ではあるが、それは違う。
その真逆、蟻にとっての詰みである。その証拠に渦中の阿里は嬉々としている。
三体の内の一体が阿里に突進を仕掛ける。
巨大な質量が高速で走行し、阿里のいた場所に頭から突っ込む。
しかし、既に男の姿はなく、ただ横薙ぎの風が蟻の鼻を掠めた。
俯瞰ならとても分かりやすい。彼は、蟻が突進をし始めた直後に真横にダッシュ、そのまま他の一体の蟻の顔面を蹴りつけ、空中に舞上ったのだ。
ボヂュッ‼という汚い音が遅れて聞こえる。蟻の首が重力に逆らうことなく、地面に落ちた音だった。
それを合図に、もう二体も突進を始める。
もし、通常時ならばそれはピンチだろう。なにせ、剣は一丁しかない。一は二に抗い得ない。
すなわち、ことこの男ーーー阿里に限っては二対一と言うのは許容の範疇にある物。
刃が驚くべきスピードで方向転換し、当たり前のように二丁の剣が別々の軌道を描く。
薄い剣が鞘に収まった瞬間、同時に二つの音がする。何の音かは言うまでもないことだ。
最初の一体が突進を始めてから、僅か数秒。それだけの時を超えて、巨大な蟻の死骸が三つ出来上がった。
「よし、ここも終わったな。おい、ヘイル。今何体目だ?」
視界が激しく明滅する。眼前に気づきあげられた死骸の群はまとな判断力を奪うのには十分過ぎたらしい。幼少期からのの傭兵生活でもう血を見ることにも慣れたつもりでいたが、それは違ったのだ。人為的な物でしか許容できないのだった、例えば目の前で起こった超常的な物には点で耐性が無かった。
「おい、ヘイル?どうしたー?」
血の気が引くような、血が枯渇するような感覚がないままに、全身の血が戻って来る感覚がし――――
「おい、ヘイル!大丈夫か!?」
意識が、
「あっ、あ、あぁ、大……丈夫だ。」
戻った。
モットーとして、努力は全てを凌駕する。
才能ですべてが決まるなんて世界は存在しない。全ての者に平等に足元が存在して、さらにそれを掬う手段も身に着けることができる。
頑張るということには成果が伴って、怠惰と言う事には価値はない。
そういう思想は誰しもどこかに抱いているだろう。自分はそれをより一層意識的に抱いていた。
しかし、この男を目の前にすると、急にその考えが形を歪め始める。
才能という物は存在しない、しかしそれはおかしいと感じ始める。
阿里の起こした現象を引き起こすためには自分の知っている努力ではどうにもならない。
ならば、才能ではないのか。
もし、それでも傲慢に努力であると断じるなら。
彼は、努力の天才なのだろう。




