世界と出会う
阿里が異世界であることに気づくお話
瞼をゆっくりと持ち上げた。
乳白色の天井が薄暗く見える。
背中の感覚から、恐らく布団か何かの上に寝かされているのだろう。
窓から注がれているだろう太陽の光が部屋の様子を照らし出し、自分の隣に座る人物をも照らし出していた。
「ようやく、目を覚ましたか。」
「尋問はいいが、あんまし手荒くすんなよ?腐っても病人には代わりねえんだからさ。」
どうやら、視界外にもう一人男がいるらしい。そして、直ぐ側でこちらを除き込む人物は女のようで、その顔を見ると相当に美人な事が分かった。ただ、その髪色が白であるのが不可解であるが。
「なんだ?……知らん間に美人でも連れ込んだっけか?」
「残念なことにそういう事ではない。貴方のような男なら抱かれてもいいとは思うがね。」
「……さては、外見しか見てねえな。」
「外見と中身は反比例してるというのが、経験則なものでね。」
渾身の冗談に乗ってくる謎の美女に気を良くしつつも、部屋の風景を見れば見るほど心には不思議が溢れてきた。
漆喰とは少し違う壁に、見たこともないような奇抜な柄の敷物、間違いなく外見的には異世界と言って差し支えないだろう。
「貴方は近隣の森の縁で倒れていたんだ。幸いこの男が見つけたものの、あのままでは最悪魔獣の餌になっていただろう。」
魔獣という聞きなれない言葉は聞き流すとして、森の縁に寝ていたとはどうも自然ではない。自分の事ながら何故そのような場所に立ち寄ったのか皆目見当もつかない。
目を覚ます前の自分の行動を思い返してみる。
「そうだ……!俺は料亭で飯を食ってたんだ。料亭はどこ行った?まさか、店がトコトコ歩いて逃げるわけがねえよな?」
部屋にもうけられた椅子に下品に座る男が小さく細かに笑う。
男というよりは少年よりの顔つきをした青年は、とても親しげに声を掛けて来た。
とても、軽々しい声だった。
「俺が他人に酒を注いでやるようなヤツに見えるか?」
彼の容姿と言葉遣いから察するに、恐らくそんなタイプではない。こういうヤツは飲むだけ飲んだ後に連れが酔っぱらってるのを確認して、さっさと一人帰るようなヤツだ。そう、自分の中の経験が語っていた。
「あー、そうだな。」
わざと感慨深く言う。
「確かに俺の知ってる料亭には、無愛想な美人女将も根性腐ってそうなクソガキもいやしなかったな。」
それに対し、女は無言で目を瞑って震え始め、男はキーッと唸って見せた。
「……悪かったって。なんにせよ、酔っぱらいが迷惑かけたみたいで悪かったよ。すまんかったな。」
「本当に...。このツケは、俺の仕事を手伝うってことで返してもらうぜ。俺も酔っ払い使ってまとまった金稼げるんだから願ったり叶ったりさ。」
「おうよ、任せな!なにせ、腕っぷしには自信があるからな!」
勝手に盛り上がる男衆を横目に、白髪の女はホッと一息吐いてイスから立ち上がる。
「それでは、私はそろそろ詰め所に戻るとする。生憎ながら最近は多忙なものでね。本来ならもう少ししっかりと事情聴取をするのだが、今回は酔っ払いの奇行ということで片づけておこう。」
「そりゃ、嬉しいね。えーっと……、」
白髪の女はこちらに向き直し、片手を胸の中心に添えて、毅然と言い放った。
「王国聖騎士・セクトだ。荒事があればいつでも詰め所に駆け込んでくれ、迅速に対応する。」
「おう、頼りにしてるぜ!……あぁ、セイキシ・セクト?」
口角を引きつらせながらそう言うと、セクトはキョトンとした表情を取る。
彼女のピンク色の唇が開かれる直前、男が口を開いた。
「俺は、ヘイルだ。傭兵のヘイル・ジャーミルだよ。」
「俺は阿里。暫くよろしくな、ヘイル!セクト!」
暫くの沈黙の後、女は部屋の隅に置いてあった兜を脇に抱え、ガシャガシャと言わせながら歩きだす。
「……さて、私は帰るぞ。」
「おっさん、俺らも出るぞ。悪いが、病人の完治を待ってるほど俺も暇じゃねえんでな。」
「おうよ、早速仕事だな!」
仕事内容を心底楽しみにしつつ、足の付いた布団の下に置いてあった愛刀に手を掛ける。
先に歩いて行ったヘイルに追いついた所で、再び周囲を見渡す。
だが、やはり見慣れない景色だ。
都とは大分遠くに来てしまったらしい。
「しかし、何から何まで見たことがねえな……。」
「随分世間知らずなおっさんだな……。一介の宿屋に大したもんは置いてねえよ。」
「そうか?まるで、異世界に来たみたいだな……。」
「酔っぱらって、随分遠くまで来たみたいだな?おっさん二度と酒飲まない方がいいぜ。」
足や体力には自信があるが、生活様式の全く違う場所まで来るとは、我ながら天晴れだ。
「とにかく、家に帰んのはヘイルの手伝い終わった後でいいか。」
「そうして貰えると助かる。」
そんな話をしつつ、宿の玄関まで来た。
ヘイルが荒っぽくドアを開くと――。
そこには、商店や人混みで賑わう大通りの光景があった。
脳機能の一切が硬直する。
馬車を引くのは筋骨隆々の馬ではなく、滑らかな鱗を持った小型の竜だった。
大通りの地面は赤色の石材が覆っており、土のような滑りや通常の石のような冷ややかさもない快適な感触。
実際に、身体も止まっていたらしく、ヘイルが驚いたように上ずった声を出す。
「おい、どうしたんだ?」
「いや――――、」
一旦、喉が詰まる。
そもそも、俺の知っている都はこんなに暑かっただろうか。
あまり感じたことのない頬を伝う汗の感触を無視し、必死に噛み締めた表現を口に出して見た。
「いや、――――
本当に異世界だったわ。」
その時のヘイルのアングリと開いた口は二度と忘れることができなかった




