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弁当を作る男

☆弁当を作る男

 深が疲れている原因が俺にあるのだと、最初は思っていた。慣れない早起きと毎朝毎晩俺を送迎しなければならない時間の縛り、それが深を疲弊させているのだと思っていたが、実はそうではないと気付いたのは、水曜の夕食のときだった。

「どうした?不味いか?」

「すごく美味しい・・・」

 美味しいという割にはもともとそう高くない深の声は沈み込んでいて、手にした箸は、いまにもその手を離れそうだ。

「具合悪いのか?」

 食べることが大好きなはずなのに、今日は時折深の箸が止まる。

「ううん、なんか、ご飯って朝と夜だけでいいのになって、思って」

「江戸時代かよ」

「うん、江戸時代でいい」

 俺の知っている深は、休日のランチだって楽しそうに幸せそうに、欠かさず食べているのに。

「社食がまずいのか?」

「社食がないから、毎日同僚と外にお昼食べに行ってるんだけど、その時間が一番嫌い」

 外で“いい子”にしている分、家の中では猛毒が次から次へと吐き出される。それは別に俺に対してではないし、万一俺に対してであったとしても、それで深の気が済んで、心の平穏が保たれるのであれば別にいいと俺は思っている。

「どうして?」

 好きな店が選べるのなら、まずいものを食べさせられているわけでもないだろうに。

「だってさ、くっだらないの。みんな社内の噂話ばっかりして、人の恋バナとか結婚とか、興味ないっての!しかも最近、社内でイケメンだとか言われてる男に変に仕事頼まれて、おかげでランチタイムの餌食だよ!」

 怒りながら口に運ばれた唐揚げに一瞬同情しかけたが、そんな場合ではない。

「だったらひとりで食えばいいじゃないか」

 昼休みが一斉に始まるわけではないので、俺は日常的に誰かと昼飯を食うことよりも、ひとりで食うことのほうが圧倒的に多い。社食で偶然知ってるやつに会うとか、会議の合間に昼になって会議室で会議の延長のように支給された弁当を食うくらいじゃなければ、いつも一人だ。それはそれで気楽だと思うし、俺は特に会社の昼休みにゆっくり休もうとも思っていないからそれでそれが問題だと思ったこともない。

「ひとりだけ別の店に行くの?そんなこと言ったら、みんな一緒についてきちゃうから意味ないよ」

 怒っているときは、いつも以上によく食べる。消化に良くないと注意しかけるも、そんなことは火に油を注ぐだけだと口を閉じた。

「深のとこは全員外食なのか?」

 俺の問いに少し考えて揚げを頬張りながら答えた。

「お弁当の人もいるみたいだよ・・・なんか、屋上とか、給湯室の横の休憩スペースみたいなとこで食べるらしい。でも朝からお弁当作ってるほど暇じゃないし」

 今の俺が深にしてやれることはきっと、弁当を作って昼休みの平穏を作ってやること。俺はとりあえず、そう考えることにした。


 翌日、俺はいつもより試しに10分早く起きて弁当を作ってみることにした。

 弁当の中身のほとんどは昨日の残り物を詰めるだけだから、この10分の大半は卵焼きを焼くことに費やされた。

「・・・こんなもんか」

 姉貴が昔使っていただろう弁当箱に昨日の残り物のから揚げやその他もろもろを詰めて閉じた。引き出しからこれまた姉貴の置き土産と思しきハンカチを引っ張りだして包んで、アイスと一緒に冷凍庫に放り込まれていた保冷剤をくっつけて玄関に準備した。

「深、起きろ!」

 6時になり、俺のベッドに寝ている深を起こす。

 初日は床に布団を引いて、そっちに深が寝ていたが、翌朝起きた俺は深を踏みそうになり、2日目からは俺が床に寝て深をベッドに寝かせることにした。

「んー・・・うー・・・」

「起きろ!」

「はい・・・起きた!」

 ぱっちりと起床した深が身支度を整える間にコーヒーを飲んでひととおり新聞に目を通す。

「そろそろ出よっか」

「ああ」

 6時半になり、深が車の鍵を掴んで玄関へ向かう。

「深、これ、弁当作ったから持ってけよ」

 玄関でハンカチの包みを指させば、深はきょとんとして俺を見つめる。

「試しに弁当持ってってひとりで屋上ででも食ってみろ。少しは休めるかもしれねーぞ」

「興輝・・・ありがと」

「おう、いくぞ」

 それ以上弁当のことに触れることもなく、駅について俺は車を降りた。




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