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叩き起こす男


☆叩き起こす男

「深、起きろ!」

「んー・・・」

「おら!遅刻するぞ」

「んー・・・今何時?」

「6時」

「わかった!起きる!」

 言い終わる頃にはぱっちりと目覚めている。覚醒するまでものの10秒。そのうえ、出かける30分前に起きれば朝食・化粧を含めて完璧に支度ができるというのだから、ある意味尊敬する。

「洗濯回しといてくれた?」

「おう」

「興輝送った後に干す」

「頼む」

 俺は5時に起きて洗濯を回しながら身支度を整え、朝食・・・といっても、たいしたものではないが、の支度をして深を起こす。深は6時に起きて支度をして6時半に俺を駅まで送り、戻ってから朝食の後片付けと洗濯を干して家を出る。そんな朝の計画が今日から実行に移された。

「おまえ、本当に間に合うのか?きつくないか?」

「大丈夫だって、だって今すぐ会社いけるくらい完璧なんだよ?家戻ってから30分あるから食器の片づけと洗濯干すくらいの余裕はあるよ」

「まあ、ならいいけど」

「心配しないで。私、人生で遅刻したことないんだから」

「知ってる」

「じゃあ、いってらっしゃい」

「おう、いってくる」

 いつも通りの深の声と、朝から大音量すぎる“君こそスターだ”に送られて、俺は駅のエレベーターに乗った。


「鬼藤、骨折したんだって?」

 先週1週間ボストン出張に行っていた同僚と昼の社食で同じテーブルになった。

「ああ」

「なんでまた?」

「いや、剣道の試合中に、ちょっとな」

「おまえ、高校生みたいだな」

 高校時代も1度脚を骨折したが、あの時は弓道部だったから、たいした不自由も生じなかった。学校に行くのに多少不自由はしたが、5つ年上の姉が今の深のようにしばらく駅までの送迎を買って出てくれていた。

「通勤大変だろ」

「横浜線が混んでるからな」

「家から駅は?20分くらい歩いてるっつってたろ?」

「送ってもらってる」

 こいつはどうしてこうも他人の事情に無駄に詳しいのだろう。いつだって、1番くらいの速さで社内の噂話を拾ってくる。大体にして俺の家から駅までの距離なんて、話した記憶すらない。

「誰に?一人暮らしじゃなかったか?」

 それも話したか?

「幼馴染」

 答えれば、食べかけのカレーうどんを吐きだしそうになる。ふざけんな、飛ぶ。

「幼馴染って、マジ?そんな仲よしとか、マジでウケる!だからお前彼女もできないんだよ!男同士でそんなキモいだろ?」

 俺の話を最後まで聞かずに爆笑。

「女だよ」

「・・・は?」

 さっさと食べ終わってひとり席を立つ。

「幼馴染は女」

 この情報がのちにどんなことになるのか、この時の俺は特に深く考えなかった。


「やばいな、雨か・・・」

 暗くなって外へ出れば、雨がぱらつき始めていた。といっても会社は駅直結だし、どのみち松葉づえの俺に傘をさすという選択肢はない。ひとつ気になるのは深が今朝干した洗濯物がこの雨にあたっていないかどうか。

 そんなことを考えながら横浜線に乗り込めば、深からLINEが送られてきた。


 深LINE:雨降ってきたから今日のお迎えはエレベーター付の新ロータリーのほうでよろしく!


 自由奔放で、底なしに明るくて、自分本位にわがままに振舞っているように見せて、実はとても細かい気遣いを持っている深。でも、彼女は過去の経験からそれを家族以外には発揮することがない・・・というよりは、俺以外の前で発揮することがない。

 そんな深がいつだって窮屈そうに見えているのに、俺は何もしてやることができないまま、かれこれ10年以上が経過して今日に至っている。

「おかえり!」

 障害者用の屋根付きの乗降場所に陣取るカペラに乗り込むと、今日はまだ元気そうで上機嫌に歌いながら、アクセルがゆっくりと踏み込まれる。人に運転してもらって車に乗るのはとても久しぶりで、最初こそ深の運転が恐ろしかったものだが、慣れとは怖い。楽しそうな深の横顔を見ながら、俺は彼女が傍にいる日常に早くも慣れ切ろうとしていた。





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