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帰らない女


☆帰らない女

「とりあえずはこれで・・・いっかな」

 旅行用のバックに1週間分の着替え、メイク道具一式を詰め込んで家を出る。歩いて5分なんだし、何か足りなかったらすぐにとりに来ればいい。部屋着は興輝のTシャツでも借りればいい。おっと、日傘も持っていかないとね。

 休日だからといって、そんな盛大に寝坊するわけでもない。7時半には目覚めて、ちょっとごろごろして、8時にはぱっちり起床。そして準備をして、9時に鬼藤家へ向けて出発。買い物は9時半開店の大型スーパーへ行くから、洗濯物干してから出ればちょうどいいね。

 ひとり勝手に今日のプランを立てながらインターホンを押す。興輝なんて、平日の朝は5時起床、休日だって6時半起床の若年寄なんだから、絶対起きてる。

「おはよー」

「おう、ずいぶん早ぇな」

 目覚めてからだいぶたっていることを物語るギランと輝く大きな眼。私にとって男というのはこういう感じであり、あの爽やかイケメンの狭山さんの甘い瞳なんて、全然男として魅力的じゃない。まあ、男としての興輝が好きなわけではないけど。

「うん!目覚めたから」

「ってか、なんだよ、その荷物?どっかいくのか?」

「ううん、今来たところ」

「は?」

「どっかいくんじゃなくて、今来たんだよ」

 繰り返して言えば、大きな瞳を見開いて不思議そうな顔をする。

「毎晩帰るのが遅くなってめんどくさいから、今日から帰んないことにする」

「だから、月曜からバスで通勤するからもういいって」

「他の乗客に迷惑になるからやめなって」

 電車は仕方ないけど、バスはステップも高いし、松葉づえで乗るには大変だ。しかも、朝夕のバスは時間に不規則で、時刻表なんてあってないようなもんだし。

「で、つまり?」

「部屋着になりそうなTシャツ貸して」

「住むんだな?」

「うん、住む」

 何度か泊まったことはあるけど、きっと今回が最長記録になる。

「じゃあ、2階の昔の姉貴の部屋好きに使って」

 この家は普通の一軒家なのに、興輝ひとりしか住んでいない。4LDKの庭付き一戸建てに、29歳の独身男がたった一人。

「わざわざ他の部屋まで散らかしたくないから興輝の部屋に寝せて」

「・・・・・・」

「どうせその脚じゃ襲えないでしょ?」

「おまえには興味ねーよ」

 まあ、そうだろうね。お互いにそういう興味あったらとっくに進展してるか壊れてる。

「2階の和室の押し入れに布団一式入ってるけど、しばらく出してないから今日干しといたほうがいいぞ」

「はーい」

 2階の和室は客間になってる。小さいころ泊りに来た時は興輝と興輝のお姉さんと、私とうちの兄でワイワイ騒ぎながらお泊り会をした。そんな私と興輝も29に(まだぎりぎりなってないけど)なり、割合年が離れていたお姉さんも兄貴も結婚してしまった。

「深、買い物リスト作ったから、シャンプーとかいるんだったら書いとけよ」

 ただ食料品を買いに行くだけなのに、わざわざ買い物リストなんか作ってるあたり、見た目から想像できない意味わかんない器用さだと思う。

「なに?シャンプーもないの?」

「いや、あるけど、おまえの髪の毛が絡まらないようなシャンプーかどうかは知らん」

 美容室に行くのが面倒で意味なく伸ばし続けている髪の毛はそろそろ腰に達している。前回髪を切ったのは・・・ああ、一昨年の美希の結婚式のときだな。

「それにしても伸びたな」

「うん、そろそろ切ろうかな」

「毛先が死んでるぞ」

「余計なお世話」

 お風呂場に置いてあったシャンプーは興輝が特売で買ったという知らないメーカーのものだったから、私は買い物メモにラックスのシャンプー&コンディショナーを追加した。


「あー、朝イチの特売に間に合わせたかったのにー」

 布団を干していたのが誤算でスーパーに到着したのは10時過ぎ。

「別に特売じゃなくてもいいだろ。同じもの売ってんだから」

「同じもの高く買うことになるんだよ?」

「おまえは主婦か」

 カートの上下にかごを乗せてお買い物スタート。

「ねえ、グレープフルーツ買っていい?」

「おう」

「キウイも」

「おう」

「いちごも!」

「おう」

 興輝は律儀にリストを見ながらひとつひとつを吟味しつつ、着実に野菜をかごに足していく。

「ねえ・・・」

「なんでも入れろ、好きなもの買え。いちいち訊くな」

 果物コーナーから離れる間際にパッションフルーツを手に取ったところでついに怒られた。

「アイスめいっぱい買ってやるから」

「おう、冷凍庫空いてるから好きにしろ」

 野菜や肉や魚などの主要な食品を選ぶ興輝の横で、私は明太子とかホタルイカとかお菓子とかプリンとかみたらし団子とか今川焼とかアイスとか、なくても別に生きていけそうなものをかごに詰めた。

「10,582円になります」

 レジで女の子が告げて、興輝は11,000円を払ってふたりでかごからビニールに次々とものを移して車まで運んだ。スーパーから駐車場までも何度か段差があり、興輝がつまずかないかそっと見守ってみたけど、やっぱり、そんなドジじゃないらしい。それにしても、骨折しているだけでこれほど不自由な世の中なのだ。バリアフリーの世界には程遠い。世界はまだまだバリアだらけだ。


「ただいまー」

 ふたりで出かけたのだから、帰りを待って出迎えてくれる人なんていないんだけど、一応言ってみる。

「アイス早くしまわなきゃ」

「アイスより肉と魚しまいたいだろ」

 冷凍庫にアイスを入れるべく床に座る私のはるか上で興輝が肉や魚を冷蔵庫にしまう。

「興輝脚じゃま」

「ちょっと待て」

 興輝は生鮮食品をひととおりあるべき場所にしまい終えてふと床に視線を落として私を見つめ、釣り目がちの瞳をきゅっと細めた。

「そんなに誰が食うんだよ?」

「え?私?」

 スーパーカップ×10個とその他のお菓子やプリンやみたらし団子にまみれている私。

「責任もってちゃんと食えよ」

「大丈夫だよ」

 興輝は甘いものは一切シャットアウト。私の最愛のアイスすら、興輝の中ではこの世で最もまずいものランキングのベスト10入りしている。

「あ、興輝お金」

 買い物のおよそ半分は私の果物とお菓子とアイスだから、5,000円札を差し出す。

「いいよ、別に」

「良くないでしょ」

「俺の送迎代だとでも思っとけ」

「・・・じゃあ、今回だけ」

 興輝は一度いらないといえば絶対に受け取らない。だからこんなところで食い下がるべきではない。食い下がったら最後“いらねーっつってんだろ!”という喧嘩まがいの言い争いに発展する。

「昼飯パスタでいいか?」

「ジェノベーゼ」

「はいはい」

 こうして私は鬼藤家に転がり込んだ。




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