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夕食を作る男

☆夕食を作る男

「お、か、え、り」

 なぜか一文字ずつ区切られる言葉に、深の表に出さない疲労をくみ取れなかったのはきっと、俺自身もなれない松葉づえ通勤で多少なりとも疲れていたからだろう。日曜に骨折してから深の送迎により1週間の通勤を終え、ようやく金曜の夜にたどり着いた。

「おう、ただいま」

「今日遅かったね。なんかあった?」

「金曜だといつもこれくらいだな・・・悪いな、遅くなって」

 俺が1時間遅くなったということは、その分半端な時間が増えて深は待ったということになる。

「ううん、私も1時間残業だったの。間に合わないかなーって思ったけど、ちょうどよかったね」

 相変わらず車内の中心である“君こそスターだ”は、一体いつ別の曲に代わるのだろう。

「飯は?」

「ん、まだ」

「ドライカレーぐらいでいいなら」

「やった!興輝のドライカレーは最高に美味しい!」

 ここ1週間買い物に行っていない。ひとりだけのときは自炊すら面倒だから大して減らない野菜や米を、深が送迎してくれるようになってから、珍しく使い果たしそうになっていた。

「はい、到着」

 今日も一発でぴたりと駐車して、深は俺から家の鍵を受け取ると俺より先に家に入っていく。

「30分ってとこだな」

「了解!」

 俺が晩飯を作る間に深は洗濯物をさげて、風呂を洗う。いつの間にかこの1週間でそれは決まったことになっていた。そして晩飯を食べて、真っ暗な夜道を危なっかしく帰っていくのだ。

「深、できた」

「いまいくー」

 皿を運ぶのさえ下手になった俺の代わりに手際よくテーブルをセットして、俺と向かい合わせに座る。

「いただきます」

「いただきます」

 食べる前に手を合わせるのは、作ってくれた相手と、今日の食材に感謝する印。幼いころの祖父の教えは祖父がなくなって久しい今でも俺と深の中に根強く生きている。

「んー・・・」

「どうした?」

 一口目を口に入れて急に唸り始める。久しぶりに作ったから勘が狂ってたか?まずかったか?辛かった・・・ということは深に限ってありえない。あるなら逆に甘かった?

「・・・美味しい!」

「そりゃよかった」

 俺を見て笑った深は本当に美味しそうに幸せそうに、それはまあ、よく食べる。

「もっと食べたいくらい美味しい!」

 見た目のわりに大食らいの深には俺とほとんど同じ量を盛ったがまだいけるという。

「好きにしろ、まだ残ってるから」

「わぁい!」

 フライパンに半分ほど残っているドライカレーを2杯目なのに山盛りにして戻ってきた深はやっぱり子供の頃と変わらない、幸せそうで無邪気な顔をしていた。この深の顔を眺めているときが、俺が一番安心できる時だということに、俺はもう、何年も前から気づいている。

「なあ、深、明日、予定ある?」

 俺の問いかけにもスプーンを止めることなく軽く首を振る。

「ううん、特に何も」

「悪いんだけど、食料品の買い物だけ付き合ってくれないか?」

「いいよー」

 脚の骨折というのは、何もかもに不自由する。たとえばこれが腕だったら、送迎もいらないし、買い物も一人で行って、片腕で持てるだけの量を買って帰るのかもしれない。

「午前中行く?」

「おまえのいい時間で」

「じゃあ、朝洗濯干して、そのあとね」

「休みの日まで洗濯干してくれなくてもいいぞ」

 別に全く何もできないというわけではない。ただ、骨折していない時よりも格段にすべてのことに時間がかかるというだけで。

「いやだって、なんか危ないじゃん。別にどうせ来るんだったら洗濯くらい干すよ」

 相手に気を使わせないし、自分も気を使わない。深は俺に対して昔からこうだ。でも、明るく楽しい女の子を演じすぎて、外では全くの別人になる。高校時代、ふとしたきっかけで俺の友達と付き合い始めた深の話をそいつから聞いた時に、俺は自分の知っている深とそいつの彼女である深の違いに愕然とした。だが、その時は兄のような俺に対してと、彼氏に対しての違いだろうと思ってあまり深く考えなかった。その時もう少し深の何かに気づいてやっていたら、何かが変わっていたのだろうか。

「うーん・・・食べた!苦しい!食べ過ぎた!」

「そんだけ食えばな」

 食事をする時は、料理を作る人と後片付けをする人に別れる。いつからだか知らないが、俺と深の間にはそんなルールがある。ここ1週間は毎晩俺が作って深が片付けている。

「あー、帰るのめんどくさいな・・・」

 歩いて5分とはいえ、1週間分の疲れをため、しかも時刻は22時。面倒だという気持ちはよくわかる。それじゃなくても深は夜遅くになると外に出たがらない。ついでに言えば、たった5分でも街灯もろくにない夜道を歩かれるのは心配でもある。だからといって、松葉づえの俺が何をしてやれるわけでもないのだが・・・強いて言えば。

「カペラに乗って帰っていいぞ」

「ありがと。でも、駐車場ないからやめとく」

「あ、だよな」

 してやれることは何もないらしかった。

「うん、でも、やっぱり」

 帰りがけの玄関で、ふと何かを考えて足を止めた深。

「乗って帰るか?」

「今日は帰るけど、明日から帰るのやめる」

「ああ。慣れてきたし、バスで通勤するからいいぞ」

 松葉づえだってなれればまあ、そこまででもない。バス停まで歩く時間を見込んで早起きして、夜はまあ、遅くなっても自業自得だと思えばいい。

「違くて・・・まあ、いいや。じゃあ、明日ね」

「おう、悪いな」

「いいえ~」

 玄関で手を振って、暗闇の中に消えていくその後姿を見送る。深が何を考えていたのかも知らずに。




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