日常を変える女
☆日常を変える女
「深!晴!起きろ!」
朝からフルパワーの怒鳴り声とともに引きはがされそうになる布団。
「んー・・・」
「あと5分・・・」
意味がないとわかりきっているけど抵抗をしてみる。
「俺、もう出るから遅刻すんなよ!」
完治した右脚はもう送迎を必要としていないが、引っ越したおかげで家を出る時間が早まり、興輝が私たちを起こしに来る時間は彼が家を出る6時。
「んー・・・」
「いってらっしゃい・・・」
送り出す言葉を紡ぐのすら億劫だと思っている私と、眠いながらも律儀に言った晴眞がしっかりと覚醒するまであと10分。
「深ちゃん、終わった?」
「うん、あとちょっと」
ベランダで洗濯物を干し終わった晴眞がリビングに降りてきて私が洗ったばかりのお皿を拭いて食器棚へ戻し始める。
「よし、ラスト!」
「さて、俺らも行くとしますか」
すっきりとまとめられたブロンドがかったポニーテール。普通の日本人じゃ似合わないベージュのスーツを着て、イタリア製の革靴を履いて。それなのに、そんな恰好で歩くのはコンクリート舗装もされていない山道。雑草も生えっぱなしで、狭い獣道の両側から木々が迫ってくるような、そんな道。
「ほら、手を貸して」
「大丈夫だって」
山道を降り切ったところに流れる小川の少々不安定な小さな橋を渡るたびに手を貸せといわれる。本当はこの橋がなくても、小川は頑張れば飛び越えられる。ヒール履いてるから、本当に頑張らないと飛び越えられないけど。
「それにしてもいい天気だねぇ」
「ほんと。仕事いくのやめよっか」
「そうしたいけど、ばれたら興輝から大目玉だよ」
「あははは」
私たちの日常は今、とても不思議なものになった。
東京都内までギリギリ通勤圏内のド田舎の町で、それなりに広い庭と、それなりに住める古い家と、ふたりの男とひとりの女。
「それにしてもさ」
「うん?」
「どうにかなんないかな」
「なにが?」
「んー・・・俺たちの関係?」
なぜ、家族になれる方法は結婚や養子縁組なのだろう。
「結婚以外で家族になれる方法があったら即飛びつくんだけどな」
「別にいいんじゃない?」
「このままで?」
駅まで歩いて20分。
結婚がすべての人にとって、幸せだなんて限らない。結婚しなくたって、子供がいなくたって、ひとりでいたって、幸せな人は幸せなのだ。私たち3人の選んだ“家族の形”というのは確かに傍から見れば奇妙なものかもしれないけれど、幸せなんだからしょうがない。
駅から歩いて20分。




