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気づいた女


☆気づいた女

 私は待っていたんじゃないのかもしれない。もしかしたら、ずっと待っていたつもりで、ずっと待たせていたのかもしれない。いつから?誰を?どうして?

「体調が悪いので、今日は休みます」

 人生で初めて、仮病を使って会社を休んだ。興輝を駅まで送った後、ひとり戻った鬼藤家のリビングで、私はもう、何かを考えることもできなくなっていたから。


 ―――今日で終わりにしよう―――


 今朝興輝が言った言葉の真意を、ずっと考えている。

 出会ってから今日まで、私がどんなにわがままで毒舌で苛烈で嫌な女でも、いつだって私の話を聞いて、黙って傍にいてくれた興輝。その興輝に、今日、初めて宣言された。”終わりにしよう”と。

 何を終わりにするのかはわからない。ただわかったのは、もうこのままではいられないということだ。興輝の身に何かが起こって、私たちはもう、このままの関係ではいられなくなった。所詮血を分けた兄妹でもない私と興輝は結婚する以外に本当の家族になる方法なんてない。だからいつかは、例えばどちらかが別の相手と結婚でもしてしまえば、もう家族ではなくなる。私はそれを知っていた。その日が来るのが怖くて、いつだって興輝と“家族”でいられるように、必死に“家族”でいる理由を探していた。でも、そんな努力もむなしく、もう、“終わり”になるらしい。

「気づくのが遅かったんだ・・・」

 何も考えられないまま、リビングのソファーに座り込んで、無意味に時間ばかりが過ぎた。


 めったにこないiPhoneへの電話の着信に気づき目を向ければそれは、私にとって運命のコールだった。この着信を受けるために、1度もかえないでいた電話番号。きっと電話が来たら、飛びついてワンコールもしないうちに出て、泣くほど喜んで、嬉しすぎて声も出なくて、興奮で何日も眠れなくなる・・・そう思っていたのに。手の中で続くコールは、6回目。それは確実に、あと1度で切れる。コールは7回まで。いつだってそうだから。

「・・・はい」

 震えた指で応答と表示された画面に触れ、震えそうになる声を抑えて、やっと返事をした。

『出てくれた』

 迷ったよ。出ようかどうしようか、本気で迷ったよ。

 待つのはやめようと、もう決めたのに。

 どうしてあなたはいつも、最後の糸が切れる前に私の手を掴みに来るの?

『深ちゃん、電話なんだから、声くらい出してよ』

 出せないよ。電話をつないだので精いっぱい。出ただけで、勇気なんか全部使っちゃったんだから、声を出せなんて、そんなことまで望まないで。

『・・・会いたいよ』

 今更そんなこと言わないでよ。

 どうして今なの?

 どうして今日なの?

 私は今日、やっと自分の本当の気持ちに気づいたのに、どうしてそれを見失わせようとするの?

『・・・深ちゃん?』

 胸に手を当てて、自分の鼓動を緩めようとしてみたけど、うまくいかない。でも、私は今、声を出す必要がある。返事をする必要がある。自分のために。

「・・・もう、会えない」

 ごめんなさい。でも、きっと責任は半分こ。

 今朝興輝を抱きしめた後のような、長い沈黙が訪れた。今朝空気を溶かしたのは私。今空気を溶かしたのは晴眞。

『俺は何をしても、結局興輝に勝てないんだね』

「そんな・・・」

 中学時代はライバル校のエース同士で、決勝戦はいつも興輝と晴眞。3年間の幾度かの試合の中で、晴眞は一度も興輝に勝ったことはない。高校時代は同じ高校の弓道部の主将と副将。興輝が持って帰るのはいつも優勝旗だったけど、晴眞の名がかかれている表彰状は2位止まり。一見派手で恵まれているように見える晴眞は、いつだって興輝の影を歩いていた。

『ありがとう』

「せ・・・」

『もう呼ばないで。俺の名前なんて、呼ぶべきじゃないよ』

 どうして最後まで、私を迷わせるの?

『じゃあ・・・』

「遅いよ!」

 気づいたら怒鳴っていた。興輝のそばを一歩離れたらいつだってどこでだって“明るく楽しい直井深”を演じて生きてきた。それはとても窮屈で、でもこの窮屈さはきっと、人を好意的にみられない私への罰なんだと思って、ずっと耐えてきたのに、あなたはそれを壊した。

「今日まで何してたの?なんでこんな時間かかったの?私のことなんだと思ってるの?いつまでも待ってるとでも思った?なんで今更帰ってくるの?私に何をどうしろって言うの?馬鹿なんじゃないの?自惚れるのもいい加減にしてよ!」

 言葉を選ばずに全部吐き出した。

『・・・あははは』

 思いつく限り怒鳴ったのに、電話の向こうで晴眞が笑い出した。

「・・・何笑ってんのよ」

『深ちゃんだなって思って』

「・・・・・」

 いつだってそうだった。私がどんなに怒っても怒鳴っても、晴眞の屈託のない笑顔と青い左目は楽しそうに笑って、私がどんなに暴言を吐いても、興輝だったら真顔で注意するようなことでも、楽しそうに聞いて最後は私の機嫌を直してくれた。

『・・・やっぱり、俺は会いたいよ』

「さっきもう会わないって言った!」

『うん、でも、いま言わなかったよ。怒鳴ってる間に“あんたになんかもう2度と会いたくない”っては言わなかった』

 その意味を、私だって理解してる。

「だからなによ?」

 でもあえて、あなたに訊いた。

『いや、本気で俺を遠ざけたかったら言うでしょ?“苛烈で毒舌家の直井深”なんだからさ』




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