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遠ざけられる女


☆遠ざけられる女


 ―――今日、遅くなるから先に寝ろ―――


 今朝まで何も言っていなかったのに会社を出る時間になってからそんな連絡が来た。一緒に暮らしはじめて分かったことだが、興輝は基本的に、金曜以外は残業はしない。仕事はほとんど毎日持って帰ってきて、終わらない時は寝るころまでパソコンを眺めていることもあるが、帰ってくるのが20時より遅いということはほとんどない。

 先に寝なければならないくらい帰りが遅いとは・・・何かしらのトラブルだろうか。


深LINE:何かあったの?遅くなってもいいから連絡して


興輝LINE:タクシーで帰るから今日はいい


 理由を教えない。忙しいからなのか、何かいえない理由なのか。興輝には嘘を吐いて私を出し抜くという選択肢はない。私に限らず、誰かに嘘を吐くということがないからだ。

「ま、いっか」

 興輝が帰ってこないのならばとスーパーのお総菜コーナーに寄ったが、日々興輝によって作られる料理の数々に慣れてしまっている私には、どれも食べたいと思えるものではなかった。

「・・・・・・」

 結局何も買わずに家に帰り、昨日の残りのパエリアを温めて食べることにした。

興輝のいない家の中は、当然だけどシンと静まり返っていて、それだけで、不安になる。興輝がいたところで、興輝自身はあまり喋らないし、いつも私が一方的に文句や愚痴を言って、それに対してパソコンを眺めながら、時には仕事を中断して真剣に、黙って聞いて最後に私を救ってくれる一言を静かに言うだけなのに。

「・・・早く帰ってきてよ」

 仕事が立て込んでいるのなら、連絡はするべきではないと思い、柄にもなく、何度もiPhoneを見そうになる自分を抑えて食事の後片付けをして、風呂に入って、興味のないドラマをながら見して、寝る支度を整えてもまだ、興輝は帰ってこない。

「もう、23時だよ・・・何やってるのよ、私を放っておいて」

 彼女でもないのに、そんな恋人みたいなことを声に出して言ってみた。

 布団にもぐりこんだまま、日付が変わるまで待ったのに、興輝は帰ってこなかった。そして翌朝、6時に私は叩き起こされ、いつも通りの金曜の朝が始まっていた。




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