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永の契約

お約束の物でございます。


   永の契約


 少女はあるか無きかの呼吸を繰り返していた。薄い胸が微かに上下するからこそ、生きていると分かる。

 灰色の髪に縁取られた顔は土気色で、痛々しいほどに病み衰え、骨と皮だけのようだ。それほど痩せ衰えていなければ愛らしい顔立ちだった。

 本来なら、子供から大人へとかわる一番輝かしい年頃であるはずなのに、誰の目にも少女の命の火が消えようとしているのはあきらかだった。

 この日が来ることは少女が生まれたときから分かっていた。

 極度の虚弱体質。

 それを完治させることは魔法医学でさえ不可能だった。

 最初は少女の両親の財力ゆえに、長じては少女自身の才能を惜しむが故に、延命の処置がとられていた。

 だが、それももはや限界である。

 与えられた魔法薬も今日という日が来るのを引き伸ばしていただけだった。

 少女は日に日にやせ衰え、床に就きがちになり、やがて起き上がれなくなった。

 少女の最後の希望で、恋人とともに静かな別館へ移り住み、最後のときを迎えようとしていた。

 傍らに佇む若者も表情を抑えてはいるが、焦燥の色が濃い。

「約束は?」

 青年が唐突に尋ねると、少女は灰色の瞳を開いた。

「必ず」

 その体のどこにそれほどの気力が残っていたものか、少女は力強く言い切った。

「わたしは必ず帰ってくるわ。だから、(えい)、わたしにあなたの命を頂戴。わたしが目覚めたとき、永がいないのは嫌だもの。そうしたら、わたしをあげるから」

「いいだろう。他のものは何もいらない。すべて捨ててみせよう。久遠(くおん)のためなら、惜しむものなどない。」

 青年──永──は躊躇なく申し入れを受け入れた。

 少女──久遠は微笑んだ。

 そうして二人の契約は結ばれた。

 再会だけを約束し、それに続く数多の苦難を必ずや乗り越えようという約束──


 大通りに面した道は賑やかで、行き交う人波は一地方都市としては多いだろう。

 みやげ物を買い求めるものや、これからの旅の必需品をそろえるもの、商談をまとめる商人やら、祭りのごとき騒がしさである。

 あるいは加羅伊(カライ)の街は毎日が小さな祭りだと言えるかもしれない。流通の要所でもあり、王都や首都に比べれば見劣りはするものの、規模の割には活気のあふれた街である。

 魔道師ギルドやオードゥグ教の支部、カトラス商会の支店も比較的大きく、使用料(オードゥグ教ではお布施という名目)さえ払えば魔法動力が使用できるため、生活水準も比較的高い。

 旅行者が多いため、その懐を当てにして露店や辻芸人が毎日営業する。

 魔法生物を禁忌とするオードゥグ教の辻説法の横で、幼児ほどの大きさの、愛らしい少女の姿をした魔法生物が小鳥のように囀っているのが、加羅伊の街の混沌たる有様を物語っている。

 人語を話さないところをみると、人型の魔法生物としてはさほど高価なものではない。だが、曲芸などを見せてはいるが、一介の芸人が魔法生物を所持しているはずがない。

 おそらくはどこかの豪商か領主辺りが、余興で差し向け民衆を楽しませているのだろう。でなければ、魔道師ギルドかカトラス商会のデモンストレーションか。

 どちらにしろ、敵に回すには厄介な相手ばかりだ。

 さしものオードゥグ教でも教区でもないところでは、無差別に魔法生物を迫害するわけにはいかない。

 せいぜい、愛らしい姿と声で人々を魅了する魔法生物を、苦々しげな目で見るくらいだろう。

 笑いさざめく人の中、ひときわ背の高い青年がいた。

 腰まで届く栗色の髪と、傾城の美女もかくやという美貌のため、女のようにも見えるが、体型を隠す、ゆったりとした衣服に包まれているのは男の体である。

 衆目を集めても不思議ではないが、どこか夢を見ているような表情をし、誰かにささやくように独り言を繰り返す様子に、人々はあえて目をそらす。

 青年は辺りのことなどかまわずに、懐に向かって囁いた。

「どうだい、賑やかだろう久遠。気に入ってくれたかな? 君はずっとこんなところに来たがっていたから。人が多くて活気があって。前は直ぐ疲れてしまうから、だめだったけれど、今ならどこにでも連れて行ってあげられる。しばらくはこんな所にいようか? それとも、花畑にでも行こうか?」

 微かに微笑みさえ浮かべる青年の傍らには誰もいない。それでも青年は囁き続ける。

「君がずっと行きたがっていたところだ」

 ふと、青年が足をとめた。

 人ごみの中でやはり足を止め、誰もがあえて見ないようにしている青年を、真っ向から見詰めている壮年の男がいた。がっしりとした体に巌のような顔。特徴的なのは、左目の眼帯だろうか。

 男は声も出さずに唇だけを動かした。青年は一度頷き、男は路地裏へと歩き始めた。青年もそれを追う。

 やがて二人は人気のない場所へとたどり着いた。男と青年は最初に対峙した距離を保っている。この距離が最低限の間合い外だった。この間合いの外より攻撃する方法はいくらでもあるが、不意打ちではない対峙している場合、直ぐに気取られて反撃を食らう。すぐさま有効な攻撃を加えるには、あと半歩ほど踏み込まなければならない。

 だが、そんなことにはならないだろうと青年は判断していた。

 確かに自分たちは針一本、いや素手でさえ、人を殺すことが出来る。そういうモノだ。だからこそ、仕掛けるときに、気配を隠しもせず、相手の前に堂々と姿をさらすことはない。

 おそらく以前には〝駒〟として使われていたが、負傷し、魔法義肢が体質的に合わなかったがために連絡係(とり)にまわされたものだろう。

東倶(とうぐ)の永だな」

 青年──永は頷いた。

「〝(さい)〟からの決定を伝えにきた」

 男は名も告げず伝言だけを告げた。

「異例のことだが〝裁〟はお前の申し出をうけるそうだ。組織内部の沈黙を条件に〝裁〟はお前から手を引く。だが、お前を追う組織からの依頼があれば、人材を派遣しないわけにはいかない。だが、〝裁〟はその後については関知しない」

 〝裁〟とは暗殺を請け負う組織である。暗殺だけではなく、暗殺から身を守るための護衛をも金次第で派遣してくれる。この大陸のどこか、あるいは、別の名で知られている地域──一つではない──にあるといわれている。しかし公式にはそのような組織の存在は、確認されていないことになっている。

 だが、現実に〝裁〟は存在し、多くの国や組織が刺客、あるいは護衛を雇っている。どこの国や組織にも、奇麗事だけではやっていけない事情があり、内部での権力闘争もある。そうした権力者にとっては、あるはずのない暗殺組織は都合がよい。

 国に黙認されている幻の暗殺組織、それが〝裁〟である。

 手配された刺客、あるいは護衛に、〝裁〟の内部情報を問うのは暗黙の了解により出来ないことになっているし、実際に動くものにも守秘義務が課せられている。とくに組織の場所などは、自白(はく)ぐらいならば自決するように教えられている。

 組織にとっては、内情を知るものの流出は死活問題である。その技術の独占を狙うものから、暗殺を恐れての撲滅まで、〝裁〟を狙うものも少なくない。

 故に、組織を抜けようとするものには例外なく刺客を送る。

 しかしそれは、たとえ成功したとしても無報酬には違いない。そして、刺客──人材は間違いなく〝裁〟にとっての財産である。そして、それが人であるかぎり、補充しようにも、個人の技量というものは取り返しが付かず、新しく人材を育てようにも、時間がかかる上、計算どおりに育つものではない。

 返り討ちにあうということは、貴重な資源の浪費、損失となる。

 多くの人材を失った〝裁〟は、永からの異例とも言える提案を受け入れたのである。

 すなわち、仕事として依頼されれば人材を派遣するが、組織は〝裁〟は今後、組織単体で永に刺客を送ることはない、と宣言したのであった。

「本来なら、逃亡者を生かしておくのは、組織の存続をも危険にさらしかねない事態だが、死なないお前を処分するには、更なる人材の投資がいる。すでに失われた人材だけでも採算が合わん……個人的な意見を言えば、我ならば、そのような厄介な代物は、さっさと手放すがな」

「……それ以前に、組織を出ようとも思わないだろう」

「違いない。お前は自分の意思で〝裁〟を抜けた。そんなことが出来るはずがないのにな。

だが、それほどの価値のあるものか? お前が抱えているものは」

「ある。傀儡(くぐつ)には分かるまい」

 傀儡とまで言われた男は微かに不審そうな顔をしただけだった。

「〝裁〟は手を引くが、お前を追うものはまだまだ多い。どこまで逃げ続けるつもりだ」

「必要ならば、どこまででも」

「ならば、好きにするがいい。すでにすぐ後ろまで来ているが……お前の相手ではないな。どこまでも行くがいい、いけるものならば」

 男が背を向けると、永の後ろに隠れていたものが、通路を塞ぐように現われた。

 単眼の男は予備動作もなく跳び、壁に取り付くと一気に屋根まで達した。そのまま駆けるように屋根の向こう側へ姿を消した。

 ただの人には、男が一瞬で消えたとしか、思えないだろう。

「今、人が消えなかったか」

「ばかな、見間違いだ」

 こそこそと、男達が囁き交わす。

 永はゆっくりと振り向いた。

 永の一瞥を受けて、一瞬、男達が息をのんだ。党首格らしい男がそれを振り払うように、声を上げる。

「きさまが永だな」

「……確かにそういう名だが、何用だ? 物取りか?」

 永はそっと懐に手を当てた。

 そこにあったふくらみが見る見る平坦になっていくのを激昂した男は気づいただろうか。

「誰が、物取りだ! 我々は魔道師ギルドから派遣されたものだ! きさまが魔道師ギルドから持ち去ったものを返してもらうぞ」

「人を泥棒のように言うな。不当に持ち去ったものなどない」

「こいつ、ぬけぬけと!」

「やっちまいましょうぜ、相手は一人だ」

 最初からその気の癖に、今そう決めたかのように下っ端たちが言う。

 ありきたりな三文芝居だと、永は心の中で呟いた。

「まあ、待て。俺達の仕事はこいつを殺ることじゃあ、ない。ブツを取り戻すことだ。今こいつが持っていなきゃ、取り戻せるものも、取り戻せねえ」

 男は手下に言い聞かせるようにして、実は永に聞かせている。脅しのつもりらしい。数の優位を疑いもせずに、続ける。

「どうだ。ブツを素直に渡せぱ、命は見逃してやってもいいんだぜ。俺達だって無用な殺生はしたかねえやな。どうする?」

「……お前たちは、取り戻すべきものが何なのか、聞いているのか?」

「なにぃ!」

 男達はいっせいに刃物を抜いた。

 永はおくしもせず問い返す。

「取り戻すものが何か、知っているのか?」

「おとなしくしてりゃあ、付け上がりやがって、手前が、魔道師ギルドの裏の御尋ね者になってるのを、知らねえとは、言わさねえぞ! 表沙汰にできねえからには相当やばいもんらしいな。だからって、泣き寝入りするわけにゃあ、いかねえんだよ。四の五の言わず、さっさと出すもん出しゃあがれ!」

 魔道師ギルドでは魔法に関する様々な研究がされている。個人での研究も盛んだが、そういうものの中には、一般に知られれば非難を免れないものもあり、禁断の実験に手を染めるものも少なくない。

 ギルドがそれを察知した場合、それなりの処置がとられるがそれらの実験結果はギルド内に秘匿される。

 そういう禁断の品に関することは公に出来ないだけに、密かにそれらを処置する『裏』と呼ばれる部門がある。だが、それらも下っ端になれば、そこいらのゴロツキと変わらないものもいる。

「……何も知らされていないわけだな。命が惜しければ、帰れ。久遠は、誰にも渡さない」

「こいつ、命がいらねえらしいな! やっちまえ!」

 首領格の合図とともに、十人ほどの男達がいっせいに襲い掛かった。

 そして、裏通りの一角で惨劇が起きた。


 永が裏通りから出ると、出口の辺りに小柄な男がいた。

 一見、丸腰に見える男の前で、永は立ち止まった。

 男はにっこりと笑った。

 ふわふわの金の巻き毛に、愛くるしい童顔。無邪気な天使のような微笑みだった。

「やらないのか?」

「やんない」

 男は即答した。

 大きなアンバーの瞳で永を見上げる。

「俺はさ、やめとけって、言ったんだぜ。どう考えても、誘いじゃん。あんた、気づいてたろ。前、歩いてたのも、素人じゃねえしな。そいつはどうしたんだい? 一緒じゃねえの? ま、どっちでもいいけど。あいつら、最近組んだんだけど、素人の相手ばっか、してたみたいなんだよね。金に目が眩んで、手ぇ出したのは軽率だったけどさ、相手の力量も測れねえ奴は、長生きできねえよな。まー、こっちから仕掛けといてなんだけど、見逃してくんない? 俺らの仕事はあんたを見つけ出すことだけどさ、その後のことは、担当者が付くまで保留だったはずなんだよね。旦那もあんま、時間かけるのも、不味いだろ。人が来るしさぁ。ここは痛みわけってことで」

 一気にまくし立てた男は天使のように微笑んだ。

 よく喋る男だ、と永は心の中で呟いた。

「……よかろう」

「じゃ、そーゆー事で」

 永が立ち去るのと入れ違いに男は路地裏へ向かった。入り口の辺りに、いざというときのため配布されている呪符を貼り付ける。

 せいぜい認識攪乱してくれる程度の呪符だが、これでしばらくは、この路地には誰も入ろうとは思わない。

「おやまあ」

 予想していたものの、見事に血の海だった。

 男は怖気づく様子もなくしゃがみ込み、あたり一面に散らばった仲間の死体を眺めた。

 首を刎ねられた者。胴体を輪切りにされたもの。袈裟懸けに切られたもの。頭から股間まで唐竹割にされたもの。斬られた場所は様々だが、全て一刀の元に葬られている。

「い~い腕じゃん」

 男は手前に転がっていた元仲間の首を拾い上げ、しみじみと切り口を眺めた。

「すっげえ、切り口。惚れ惚れするほどだねぇ。だから、やめとけって言ったんだぜ、長柄。旦那にも言ったけどさ、相手の力量もわかんねえ奴は長生きできねぇよ。あんた、素人相手に粋がってたけどさ、本物相手にしたことなかったろう。まあ、後悔もできねえだろうけどな。人の忠告は聞くもんだぜ」

 男はまるで生きている相手のように生首に話しかけ、陽気に笑った。やがて、飽きたかのように無造作に生首を捨てると、立ち上がって周りを見渡した。

「やんなくて、正解だったかな」

 男は喉を鳴らして笑ったが、別れた後の永の姿を見ていれば、また違った答えを出していただろう。


 男と別れた永は、直ぐに人影のない路地に逃げ込んだ。膝が砕けて地面にくず折れる

 悲鳴はない。だが、蒼白になり全身に汗をかいている。腹部を押さえて細かく震えるその姿は明らかに苦痛を堪えている。

 どのような苦痛がその身を苛んでいるものか、それでも永は声を殺して耐えていた。

 不意にその震えが止まり、呼吸が落ち着いた。身を起こす永の懐から、何かが転がり落ちた。

 透明の、両の掌で包み込めるほどの大きさの球体。

 永はそれを拾い上げた。

 大事そうに掌で包み込み、その中でたゆたうものに永は優しく語りかけた。

「大丈夫。耐えられるから。大丈夫だ。またすぐに君のために戦える──久遠」

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