雪ノ城蛍【プロローグ】
雪ノ城蛍
女/15歳/150cm/人魚族
素直で子供以上に残酷で無邪気。疑うことを知らない。その為何をするにも躊躇いが無い。
身体が弱く、入退院を繰り返す生活を送っていた為友達がいなく外の世界を知らない。なので神様ゲームに参加できたことが楽しくて仕方ない。日の光に当たらない生活を続けてきた為不自然な程色白。髪は元々黒かったが、入院時によるストレスにより白くなった。
願いは【どんな病気にもかからない健康な身体が欲しい】
青い天という海を自由に泳ぎ回る鳥をずっと見ていた。
白くて清潔な籠の中から見る鳥は、とても楽しそうで伸び伸びとしているように思えた。
「蛍ちゃん、検査の時間だよ」
蛍はその声に視線を窓の外から反対側にあるクリーム色のカーテンに移した。一度口をきゅっと結んでから、蛍は口角を上げてカーテンに手をかけた。
「はーい」
蛍は産まれたその瞬間に母親と引き離され、代わりに夥しい量の管と繋がれた。身体の機能が上手く働かない。生を受けた筈なのに、彼女は一秒も経たない内に最も死に近い人間となった。
それからの十五年は殆ど白い籠の中で過ごしてきた。身体を動かすと直ぐに疲労で具合が悪くなる。日の光に長時間当たると具合が悪くなる。だから運動も病院の敷地内の散歩も最低限。後はベッドの上で一日が終わるのをひたすら待つだけであった。
たまに家に帰る事は出来たが、交通手段は車、外に「出た」とは言えないぐらい丁重に籠から籠に移されては蛍の意思とは関係なしに周りの人間が無声映画の早送りの様にあくせくと動き回っていた。
家に帰っても特に変わった事はこれといって無い。病院で生活する時間の方が長いせいか「自分の家だから落ち着く」という感覚は無かったし、自分の部屋だという所に入っても新品の勉強机と本棚が掃除された空間に虚しく置かれているだけで、彼女には違和感しかなかった。
蛍は自分の存在に疑問を抱いていた。病院のベッドの上で一日を消費する自分は何なのだろうと。自分が生きている意味は何なのだろうと。
その疑問は歳を重ねて知識が身につく度に強まっていった。
そんな思春期の蛍に担当医は素直に、蛍の病気が現代医学ではどうにもならないことを伝えた。下手に隠すと逆に余計な負担が掛かると考えたのだろう。実際その通りであった。
その通りであった、から。
日課になった病室を抜けての散歩。その折に偶然両親を見かけてしまった蛍は息を飲んだ。嫌な予感が彼女の全身を支配した。両親が見舞いに来る際はいつも事前に連絡を寄こしていたからだ。
蛍は履いているスリッパが鳴らないよう脱いで片手に持つと、両親に気がつかれないよう細心の注意を払い周りの目を忍んで二人に着いて行った。吐息が空気と混じり合う。両親は会議室と書かれた部屋に入って行った。蛍はこっそりと少しだけドアを開け、片耳をくっつけて全神経を聴くことのみに集中させる。
----蛍は走った。行く宛てなど無い。だが走り出さずには、逃げ出さずにはいられなかった。
暑くて肌の表面からは吹き出した汗が玉になっているのに、身体の芯だけ冷凍されているかのように冷たい。暴れ回る心臓が痛くて、蛍はその場に立ち止まると蹲った。呼吸がうまく出来ない。苦しい、助けて。視界がどんどん狭くなって、世界が黒に塗り潰されていく。生温い大粒の涙がボロボロと零れた。様々な液体がぐちゃぐちゃに混ざって気持ち悪い、そんな感覚も直ぐに失われていく。
私、もう、耐えられない。
永い永い、暗くて冷たい海底を彷徨うような日々はどれくらい続いたのだろう。目を覚ました瞬間両親が泣きながら抱きついてきたので、もう何ヶ月も意識を失っていたのかもしれない。実際のところは、よく分からない。
気怠さを感じる身体に力を入れて上半身を起こした瞬間、蛍の視界に白い糸のような物が映り込んだ。理解が追いつかないまま蛍は「ソレ」を手の平で掬う。ふわふわとした真っ白くて…透き通るほど白くて醜い…彼女の頭皮から生えているソレは。
「私の…髪の毛…?」
後から聞いた話によると蛍は強いストレスを受けた事によって昏睡状態になり、髪の色素にも影響が出たらしい。
何故急激にそんな状態に陥ってしまったのか。蛍は知らぬ存ぜぬを貫き通していたが…自分自身は、騙せない。
足の裏からヒンヤリとしたコンクリートの無情さが伝わってくる。蛍はヒタヒタとなるべく足音を消しながら病室を抜け出した。そして、病室だけでなく病院の敷地すら抜けて…。ここまでの大脱走をしたのは始めてだ。パジャマのまま裸足で抜け出して来たため、周りの視線が痛い。でも、そんなことは気にしていられなかった。
少しでも外の世界を見ておかなくちゃ。
何かに誘い込まれるように人気の無い路地裏に吸い込まれていく。不思議と、体調は悪くなかった。
少しでも外の世界を見ておかなくちゃ、大人になる前に。
少しでも外の世界を見ておかなくちゃ、命が完全に潰えるその前に。