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好きなの、新藤君!

*「人×人外ラブ企画」参加作品です。

*ととりとわさんのキャラ、加藤文鳥さんが友情出演してくれました。ととさん、ありがとう~。

 ――それは、本当に突然の出来事だった。

 世界を分ける『次元の壁』が何らかの理由で突如喪失したのだ。これにより、パラレルワールドと呼ばれる多次元世界は、一堂に会する事になってしまった。

 当然の事ながら、世界は混乱に陥った。人類は、けも耳にしっぽの生えた人狼に目を丸くし、魔王は空飛ぶ鉄の塊にあんぐりと口を開け、文鳥人は文鳥を追いかけた。スライムたちは相変わらずうにーんとしていたが。

 ……それでも、生き物は強かった。とりあえず、他種族とコンタクトを取ろうと試みる者たちが現れ、それぞれの種族の特性を生かして棲み分けを行うようになり、そして数世代が経つ頃には、すっかり互いに顔馴染みとなっており――人間の家の隣で、スライムたちがラジオ体操を行い、その前の道では頭にふさふさの耳を生やした狼の子が大縄跳びをしている光景が見られるようになった。

 ――これは、そんな世界での物語。小さな小さな恋の物語なのである――


***

「はあ……素敵」

 教室の窓から校庭を眺め、うっとりと溜息をつく私の隣で、「あんたねえ……」と呆れたような溜息をつく陽子がいた。

「本当、新藤君って素敵よね! クールだし、頭もいいし、運動神経もいいし!」

「まあ、そうだけどさ」

 窓から入って来る風はまだ寒い。早春とはいえ、まだまだコートなしでは外には出られない気温だ。そんな中、青いユニフォームを着てサッカーのゴールキーパーをしている新藤君の姿だけが、ぴっかぴかに輝いて見えた。

「陽子。まだ?」

「カイト君」

 がらりと教室の扉を開けて入って来た男子を見て、陽子がぱっと笑顔になった。ブラウンのブレザーに、ブラウンと薄いグレーのチェックのズボン。赤いネクタイは三年生の証だ。さらっと銀色の髪をなびかせた彼は、人目もはばからず、陽子をぎゅっと抱き締めた。しっぽをぶんぶんと振っている奴に、私はやれやれと頭を振った。

「ちょっと、御堂君。私が陽子としゃべってたの、五分もないよ? その独占欲何とかしたら?」

 むっとしたように、もふもふの三角耳がぴんと立った。

「陽子は俺の(つがい)なんだから、俺の傍にいるのが当たり前だろ」

 そう言いながらも、陽子の腰から御堂君の手が離れない。青みがかった瞳は、陽子を真っ直ぐに見つめている。

「うわあ、出た。じんろーくんの番発言が」

 陽子もうれしそうに頬染めてるから、いいけどさ。この独占欲の強さって人だったら異常だよ。御堂カイト君は人にケモミミとしっぽが生えた人狼くんである。本当はまるっと狼らしいけど、そうなると制服も着れないし、間違って野犬狩りにあってもいけないから、滅多に変身してくれない。陽子はいつも見てるらしいけど。

「それに陽子みたいな美人、一人にしたら文鳥やらスライムやら人間やらが寄ってくるんだからな! 高遠(たかとう)お前と違って」

「ヲイ。聞き捨てならねえセリフを吐きやがったな、この駄犬が」

 確かに陽子は艶やかな黒髪ストレートの和風美人。男子と同じ色合いのブレザーとチェックのプリーツスカートが良く似合っている。プロレス部で活躍してる文鳥頭の加藤君とか、科学部所属のスライム水田君に好かれてるけどさ。はふはふ涎垂らしながら、陽子の周りをぐるぐるしてるアンタほどじゃねーんだよ。

(はっ、つい言葉が荒れたっ)

 ったく、番を持った狼はこれだから。番以外を異性と認識しなくなる奴らは、番以外の女性を女扱いしない。雑な扱いをされたおかげで、すっかり心が荒んでしまったよ。

「ごめんね、明菜。今日一緒にお茶する約束だったけど」

 両手を合わせて拝む陽子に、私は「いいってことよ。その代り、明日は付き合ってよ!」と御堂君にびしっと人差し指を突き付けた。

「明日の土曜は私が陽子と出掛けるから。邪魔するんじゃないわよ」

「陽子」

「こら、未練がましく陽子を睨むな! これは前々からの約束なんだから! 私と陽子の仲はアンタよりも長いんだよ!」

 じと目でこちらを睨む人狼を無視して、私は陽子にばいばいと手を振った。「ごめんね、また明日!」御堂君に引っ張られながら陽子が叫ぶ。私は肩をすくめた。 

「そりゃ人狼系はカッコいい男の子多いけどさ。あの独占欲の強さはなあ……」

 人狼との仲が拗れて、監禁された女子高生だっているぐらいだ。それでも人気が高いのは、あのもふもふ毛のおかげだと私は考えている。陽子も「お腹の毛とかすっごく柔らかいの!」とうっとりしていた。

「やっぱりもふもふは人気だよねえ……」

 もう一度窓の外を見る。ゴールでボールに飛びつき、豪快に蹴り飛ばす新藤君。あああ、素敵すぎる。

「新藤君の良さが分からないなんて、皆しっぽやケモミミに気を取られすぎよっ」

 まあライバルも減るという事だから、それはそれでいいのだけれど。新藤君のカッコよさが認められていないのは、何だか悔しい。

「~~~よし! 明日プレゼントを見つけるんだ!」

 一ヶ月後はバレンタイン。だから、思い切ってチョコとプレゼントを渡す事にした。単なるクラスメートの私からってびっくりするだろうな。だけど、もう時間がないんだもの。

「新藤君には何が似合うかなあ……」

 私は新藤君の雄姿をもう一度じっくり見てから、鞄を手に持ち教室を後にした。


***


「ううーん……やっぱり緑色かな……それともアイボリー……でも……」

 毛糸玉を持ったまま悩む私に、陽子は「まだ悩んでるの」と呆れたような声を出した。

 駅前の大きな手芸店。大きなワゴンには、もふもふの毛糸玉がずらりと並べられていた。私と同じように、毛糸を持って悩む女子中高生も多い。だってバレンタインだもんね。今からなら、マフラーとか手袋なら間に合うはずだし。

「だって新藤君カッコ良すぎて何でも似合うんだもん。でも、やっぱり緑かな……そうだ!」

 深い緑色とアイボリー色の毛糸を一つずつ手に取って並べてみる。うん、いい感じ。

「うふふ……太めのしましまにしたら、似合うよね、きっと」

 にまにまと毛糸を持って笑う私を見る陽子は、残念そうな顔をしていた。そんな顔でも白いダッフルコートを着た陽子は、人目を惹いた。まあ、すらっと背が高くてスタイル良くて美人だものね。こじんまりとしている私は、いつもウラヤマな気持ちを抱えている。

「よーし、これにしようっと!」

 私は毛糸を買い物かごに入れ、レジの精算の列に並んだ。同じように毛糸を買うために並ぶ女の子たちも、私と同じなんだろうなあ。ふと店内を見ると、壁に建て付けられた姿見が目に入った。

 ――うーん。ちびだな

 ブラウンのダウンジャケットは、短めのはずだけど、腰ぐらいまでの長さになってる。赤と紺のタータンチェックのプリーツスカートに、黒のスパッツ。もふもふが付いたブラウンのショートブーツを履いても、まだ陽子の背には届かない。

「そう言えば、新藤君ってどんな女の子が好みなんだろう……」

 硬派な新藤君が自分から女の子に話しかけるところなんて、ほとんど見た事がない。それでも、そっと目立たないように、困っている人を助けたりしてる彼の姿は、良く知ってる。道に迷ったおばあちゃんをおぶって歩き出したところ、陰から見た事あるもの。それを陽子に言ったら、「ストーカーだよ、それ」と言われたけど。私は新藤君の親衛隊第一号なだけだよ! 彼の素敵なところを、数えてるのよ!

(本当、一目惚れだったもんなあ……)

 今から二年半前、桜散る入学式の日。緊張して夜寝られなかった私は、下駄箱付近で貧血を起こしてうずくまってしまった。そこにたまたま居合わせたのが、新藤君だ。さっと私を抱き上げた新藤君は、そのまま医務室へと運んでくれた――らしい。らしいというのは、その時私の意識は朦朧としていて、はっきりと覚えていないからだ。惜しい事をしたっ! と後で悔やんだけれど。

 その時触れた新藤君の手が、すっごく気持ちよかった事は覚えてる。医務室のベッドの上でぼんやりと目を開けた私が見たのは、「怪我がなくて良かった」と口端を上げて縦の瞳孔を細めた新藤君の顔。それを見た瞬間――私は恋に落ちた。まさにFall in Loveですよ、奥様。すっごく綺麗な瞳だったんだもの。ふちが金色がかってて、瞳孔は黒くて。獲物は一匹たりとて逃がさない、そんな感じだった。

 その彼と同じクラスだったと知った私の喜びは、とても言葉では語り尽くせない。残念ながら新藤君は、用事がある時以外は話さない寡黙なタイプで、特に女の子とは気軽に話はしない。だからこの二年間、新藤君の背中ばっかり追っかけて、教室の片隅から熱い視線を送ってるだけだったんだよなあ……。陽子には、「アンタ、バレバレだって」って呆れられたけど。

「これでちょっとでも温まってくれたら、いいなあ」

「あれ高遠? 広瀬も」

 ん?、と声のした方を見ると、そこにはブラウンのダウンジャケットを羽織った加藤君が立っていた。ジャケットの前、閉めてないんじゃなくて閉まらないんだろうなあ、きっと。白いTシャツが筋肉で押し上げられてる。ジーンズもぴっちり系だけど、肉付きいいよねえ、本当。私の隣に立ってた陽子が、加藤君に話しかけた。

「加藤君もお買い物?」

「ああ」

 加藤君がぴいと頭を縦に振った。つぶらな黒い瞳が私をじっと見下ろしている。

「加藤君は頭温かそうだよね」

 白い羽毛に覆われた頭部は、ふわふわそうだ。きっとぬくいんだろうなあ、と私が思うと、「いや、結構寒いぜ?」と加藤君がくちばしを開けた。ペリカンの半田さんはくちばし大きいけど、文鳥の加藤君はくちばしも可愛い。それで、身体はムキムキの筋肉って反則だよねえといつも思う。 

「加藤君は高校卒業したら、プロに入るんだよね。凄いなあ」

 だって、虎のマスク被る必要もないんだよ!? つぶらな瞳がぎらぎらと輝き、鷹に変わる瞬間。滑らかに盛り上がった筋肉から汗が飛ぶ。スポットライトに浮かびあがる、背中の白い羽。ちょっと想像しただけで、鼻血出そうになったわ。

「デビュー戦決まったら教えてね! タオル投げに行くから!」

 私がそう言うと、加藤君は照れたように頭を掻いた。その時、私のセンサーがぴくりと反応した。加藤君と反対側に顔を向けると、そこには緑色の毛糸を抱えた新藤君がいた。黒のウィンドブレーカーに黒のパンツ。カッコ良すぎ!

「新藤君!」

 私が声を掛けると、新藤君はひゅっと目を細めた。そのままゆっくりと私の近くまで歩いてくる彼の姿は、それはもう、カッコよかった。

「高遠に広瀬……加藤も」

 ううううわああああああ。いい声だあ……低くて甘くて。私の心の萌えゲージが一気にチャージされ、幸福感に頭がくらくらとしてきた。 

「新藤君も毛糸買うの?」

 私が抱えた毛糸玉を見ると、「ああ……卵孵すのにアクリル毛糸役に立つんだ」と新藤君が言った。

「卵?」

 私が首を傾げると新藤君が小さく笑った。

「魚の。毛糸を束にして水槽に入れとくと、そこに産卵するんだ」

「へえ」

 知らなかった~。私が感心して新藤君を見上げると、後ろから不機嫌そうな声がした。

「新藤が卵? おまえら卵盗るくせによ」

 新藤君が無表情に私の後ろを見る。振り返ると、加藤君が頭の羽毛を逆立てて立っていた。

「加藤君?」 

 ぴっと加藤君のくちばしから、息が漏れる。

「こいつらは鳥の巣から卵を盗んで喰ってしまう。俺の親父だって、兄弟卵が食べられてしまって、親父と伯父貴しか生まれる事が出来なかったんだぜ」

「えっ!」

 私はあんぐりと口を開けた。

「加藤君、卵から生まれたの!?」

 加藤君ががくっと膝を折った。新藤君は無言のまま。陽子ははああああと深い溜息をついた。

「驚くところ、そこなの、明菜……」

「なんでよ、ビッグニュースじゃない!」

 それだったら、加藤君と結婚したら子どもが卵だよ!? 卵産むの!? 卵から産まれる子ども達……可愛いかもしれない。私が色々と妄想している間に、新藤君が金色の目を細めて加藤君を見た。

「俺はそんな事はしない。俺の家族も」

「ふんっ、どうだか――大体、お前気に喰わなねーんだよ。いっつも澄ました顔して、いいとこ掻っ攫っていきやがって」

 加藤君はちらと私を見た後、大きく胸を膨らまし、びしっと人差し指を新藤君の胸に突き付けた。

「勝負しろ、新藤。お前格闘技もできるだろ。卒業前に今までの恨み晴らしてくれる」

「……」

 新藤君がちろと割れた舌の先を見せた。私は思わず大声で叫んでしまった。

「加藤君と新藤君が試合!?」

「え」

「は」

「ちょっと明菜」

 私の両手は、感動でぷるぷると震えていた。

「プロになる前に、友達の新藤君と一戦戦いたいんだね! 加藤君の気持ち分かったよ! すごいね、新藤君! 男同士の友情だね!」

 興奮する私を見る明菜の目は、何故か残念そうだった。

「いや、それ絶対に違うよ、明菜」

「なんでよ! これぞ男同士の繋がりだよ! 女の子には理解できない、拳と拳で分かり合う世界だよ! すごいーっ!」

 新藤君が鼻息を荒げた私をじっと見た後、加藤君の方を向いた。

「……分かった。勝負を受けよう。いつにする」

「ちっ、受けるって事は、そうか、やっぱりな。なら……」

 

 ――あああ、これぞ、青春! 青春の一ページだよ!

(すごいよ、加藤君のプロレスに新藤君の格闘技って……!)

 二人とも上半身裸だよね? こんもりした筋肉が見れるんだよね? 血沸き肉躍る試合が観戦できるんだよね?

「絶対に身に行くから! 二人とも頑張ってね!」

 私が満面の笑みで称えると、何故か加藤君はぴいと鳴いて項垂れ、新藤君は縦の瞳孔を一瞬大きくしたのであった。

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