我が永遠の羊駱駝
今回は、『アルパカ』『百合』『学校』を使った、去り行く夏を惜しむような作品を書きます。補助要素として『まもる音』(ビー玉が転がるようなあの音)を効果的に使用します。
これは、すぴばるの企画【企画】まもるくんとの夏の参加作品です。谷山浩子さんの曲「まもるくん」をイメージした作品となっておりますが、実際は、ほぼ関係ありません。
なお、お題は、同じく変態神様の参加作品に、ちゃちゃを入れたお仕置きです。
かん、こん………
ころころころころ…………
高原の、突き抜けるような高い空のむこうから、聞こえる空き缶か何かを転がすような音がきこえた。
怪訝そうな顔で小首をかしげた彼女は、和服に真っ白な看護婦のエプロン。今日は、特に日差しが強いと言うことで、日よけに大きな白いナースキャップをかぶっている。
「どうしました?」
僕は、草の上に寝ころんでいたのだが、彼女の小首をかしげる様子があまりにも可愛かったので、思わず声を掛けてしまった。
「何か、音が聞こえませんでしたか?」
「いえ、なにも」
「そうですか?」
「はい」
地球の南半球の高原に住むというアルパカという羊の仲間。僕は、彼女の大きな瞳に見つめられる度に、その愛らしい顔を思い出す。
「何をそんなに見つめているんです?」
「いえ。あ、百合の塔が、たくさん立ち並んだなあと思って」
「百合の塔?」
「あ、そんな言い方しないかな? ほら、植物の茎の中でも、先っちょにつぼみをつけたのを塔っていうでしょう?」
彼女は、少し考え込むような顔付きをして、それから、ぱっと、輝くような笑顔に変わった。
「ああ、ふきのとうとか、そういうのですね」
「はい。そうです」
「物知りでいらっしゃるのね?」
はあ、と僕は頭をかく。
「ほかにも、なにか、ありましたっけ?」
「いや。よく考えるとあんまり言わないかもしれません」
と、僕は、ごまかす。
本当は、女の人が、若い盛りを過ぎたのを「塔が立つ」等と、よく使う言葉なのだが、若い彼女との話題にはふさわしくないと思ったのだ。
かん、こん………
ころころころころ…………
また、あの音が聞こえる。
ここ一ヶ月、毎日彼女とこの高原に来ているが、こんな音が聞こえたことは一度もない。まあ、たぶん、問題はないだろう。
「もう、そろそろ帰りましょうか」
話題も途切れたことですし、と、心の中で付け加えて、僕は身を起こす。
彼女が、僕の車椅子を押してきてくれる。
立ち上がりを手助けしてくれようとする彼女の手を、僕は、笑顔で押し返す。
「もう、だいじょうぶ。一人で立てます」
「そうですか」
彼女は、少し寂しそうに笑う。
「このところ、とても、調子が良いんですよ。9月からは、学校に戻れるんじゃないかと思います」
と、僕は言う。
「そうですか」
アルパカさんは、寂しそうだけれども、ほっとしたような表情になる。伏せた瞳は、何かを言うか言うまいか、迷っている様子だ。
僕は、じっとアルパカさんの顔を見つめる。そう言えば、彼女の本当の名前を僕は知らない。
長いこと迷って、アルパカさんは、重い口を開いた。
「私も」
と、アルパカさんは言う。
「9月に、サナトリウムを辞めるんです」
やっぱり、と思う心を抑えて、僕は、努めて、平静を装う。
「別の病院に移られるんですか?」
「結婚するんです」
「結婚・・・ですか」
「親の決めた許嫁なんですけど・・・、幼なじみです」
「いい男性なんですか?」
「ええ、明るくって、健康で・・・」
あっ、と言って、アルパカさんは、口を押さえた。
僕は、そんなアルパカさんに笑いかける。
「気にしないでください。僕も、健康になったら、きっと、いい女性(人)を、見つけます」
かん、こん………
ころころころころ…………
僕は、車椅子に座り、アルパカさんが、それを押す。僕たちの夏の終わりが近づいたのを僕は知る。二人は、患者と付添いの看護婦のままで終わるのだ。
「あ、百合の花が・・・・」
アルパカさんの目の前で、大きな白い花が咲いている。夏の花の百合が、この高原では、秋近くになって、慌ただしく花を開く。
振り返るとさっきまでのつぼみが、次々と花開き、辺り一面に甘い香りが漂う。
僕は、勢いよく車いすを漕ぐ。驚いて手を話すアルパカさんを置き去るように、前へと進み、そして、振り返る。
青い空。緑の草原。咲き誇る真っ白な百合の花。
その中にたたずむ、初恋の人の白い姿。
僕は、この風景を一生忘れまいと、思った。
かん、こん………
ころころころころ…………
すうっと、僕の目の前の景色が、残像と共に消えた。
小さな四角い部屋の中に、僕は、一人、車椅子に座っている。
ここは、恒星間を旅する宇宙船の中のフォログラムルーム。長い長い旅の間、人々の心を癒すための幻の部屋。
ここでは、3次元映像だけではなく、光子を使って作られたものに触れることも可能である。
「たのしかったかい?」
フォログラム技師が、扉を開けて入ってきた。
「ごめんね、途中で、ヘンな音が入って・・・」
若い男の技術者は、そう言って、壁のフォログラム投影機に向かう。
「この『まもるくん』、最近、ちょっとお疲れ気味なんだ」
フォログラム投影機、通称『まもるくん』。開発者がいろんなところに、ダリアの花に似た「まもるくん」なるものを、生やして遊んだことからそう呼ばれる。
「いえ、大丈夫です」
と、僕は、笑顔を作る。
「ここ一ヶ月、ありがとうございました」
「大丈夫って、君、泣いてるじゃないか」
指摘されて、やっと、僕は、自分が泣いていたことに気がつく。
高原のサナトリウム。肺病を患った青年と、優しい看護婦の少女の、出会いと別れ。一夏の思い出。
一ヶ月間にわたるプログラムの中で、いつしか僕は、フォロ映像と、光子でできた女の子に、本当に恋をしていたのかもしれない。
「今のプログラム。だれが、作ったんですか?」
「わからないよ」
と、若い技術者は笑う。
「僕たちと同じように、故郷を離れた誰かが、作ったのは間違いがない」
「本当にあったことなんでしょうか?」
「さあね」
と、彼は首をすくめる。
「えらく時代がかっているからね」
かん、こん………
ころころころころ…………
ああ、と、技師は、頭を抱える。
僕は、ことさらに、元気よく車椅子から立ち上がり、技師に手を振って、幻の部屋を後にする。
歩きながら、僕は、アルパカさんの笑顔を思い浮かべる。
胸が切なくなって、涙があふれてくるのが分かる。
これから、僕は、コールドスリープのカプセルの中で、夢を見ることのない十数年の眠りに入る。これは、その前に与えられる一ヶ月に渡る休暇のようなもの。遥かなる故郷を忘れないための通過儀礼。
涙が、僕ほの穂を伝う。視界がぼやけ、無機質な宇宙船の中の通路が、夢の中のように感じられる。
眠りにつく準備は全て整っている。この通路の先に、その部屋はある。
せめて、そこにつくまでは、と、僕は思う。せめて、眠りにつくまでは、この涙を流れるままにしておきたい。
通路で、何人ものクルーとすれ違う。
けれども、僕は、人目を気にせずに、歩き続けた。
多分、お題を出してくれたフォロワーさんの意図をことごとく、と言っていいほど裏切りました。
それでも、書き上げたご褒美にイラストを頂いたので、宝物としてとってあります。
一応、過去から始まって、未来へと進んだということで、このシリーズは完結とさせていただきます。
ありがとうございました。




