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我が愛しの羊駱駝  作者: にゃあ
3/3

我が永遠の羊駱駝

 今回は、『アルパカ』『百合』『学校』を使った、去り行く夏を惜しむような作品を書きます。補助要素として『まもる音』(ビー玉が転がるようなあの音)を効果的に使用します。

 これは、すぴばるの企画【企画】まもるくんとの夏の参加作品です。谷山浩子さんの曲「まもるくん」をイメージした作品となっておりますが、実際は、ほぼ関係ありません。

 なお、お題は、同じく変態神様の参加作品に、ちゃちゃを入れたお仕置きです。


 かん、こん………

 ころころころころ…………


 高原の、突き抜けるような高い空のむこうから、聞こえる空き缶か何かを転がすような音がきこえた。

 怪訝そうな顔で小首をかしげた彼女は、和服に真っ白な看護婦のエプロン。今日は、特に日差しが強いと言うことで、日よけに大きな白いナースキャップをかぶっている。

「どうしました?」

 僕は、草の上に寝ころんでいたのだが、彼女の小首をかしげる様子があまりにも可愛かったので、思わず声を掛けてしまった。

「何か、音が聞こえませんでしたか?」

「いえ、なにも」

「そうですか?」

「はい」

 地球の南半球の高原に住むというアルパカという羊の仲間。僕は、彼女の大きな瞳に見つめられる度に、その愛らしい顔を思い出す。

「何をそんなに見つめているんです?」

「いえ。あ、百合の塔が、たくさん立ち並んだなあと思って」

「百合の塔?」

「あ、そんな言い方しないかな? ほら、植物の茎の中でも、先っちょにつぼみをつけたのを塔っていうでしょう?」

 彼女は、少し考え込むような顔付きをして、それから、ぱっと、輝くような笑顔に変わった。

「ああ、ふきのとうとか、そういうのですね」

「はい。そうです」

「物知りでいらっしゃるのね?」

 はあ、と僕は頭をかく。

「ほかにも、なにか、ありましたっけ?」

「いや。よく考えるとあんまり言わないかもしれません」

と、僕は、ごまかす。

 本当は、女の人が、若い盛りを過ぎたのを「塔が立つ」等と、よく使う言葉なのだが、若い彼女との話題にはふさわしくないと思ったのだ。


 かん、こん………

 ころころころころ…………


 また、あの音が聞こえる。

 ここ一ヶ月、毎日彼女とこの高原に来ているが、こんな音が聞こえたことは一度もない。まあ、たぶん、問題はないだろう。

「もう、そろそろ帰りましょうか」

 話題も途切れたことですし、と、心の中で付け加えて、僕は身を起こす。

 彼女が、僕の車椅子を押してきてくれる。

 立ち上がりを手助けしてくれようとする彼女の手を、僕は、笑顔で押し返す。

「もう、だいじょうぶ。一人で立てます」

「そうですか」

 彼女は、少し寂しそうに笑う。

「このところ、とても、調子が良いんですよ。9月からは、学校に戻れるんじゃないかと思います」

と、僕は言う。

「そうですか」

 アルパカさんは、寂しそうだけれども、ほっとしたような表情になる。伏せた瞳は、何かを言うか言うまいか、迷っている様子だ。

 僕は、じっとアルパカさんの顔を見つめる。そう言えば、彼女の本当の名前を僕は知らない。

 長いこと迷って、アルパカさんは、重い口を開いた。

「私も」

と、アルパカさんは言う。

「9月に、サナトリウムを辞めるんです」

やっぱり、と思う心を抑えて、僕は、努めて、平静を装う。

「別の病院に移られるんですか?」

「結婚するんです」

「結婚・・・ですか」

「親の決めた許嫁なんですけど・・・、幼なじみです」

「いい男性ひとなんですか?」

「ええ、明るくって、健康で・・・」

 あっ、と言って、アルパカさんは、口を押さえた。

 僕は、そんなアルパカさんに笑いかける。

「気にしないでください。僕も、健康になったら、きっと、いい女性(人)を、見つけます」


 かん、こん………

 ころころころころ…………


 僕は、車椅子に座り、アルパカさんが、それを押す。僕たちの夏の終わりが近づいたのを僕は知る。二人は、患者と付添いの看護婦のままで終わるのだ。

「あ、百合の花が・・・・」

 アルパカさんの目の前で、大きな白い花が咲いている。夏の花の百合が、この高原では、秋近くになって、慌ただしく花を開く。

 振り返るとさっきまでのつぼみが、次々と花開き、辺り一面に甘い香りが漂う。

 僕は、勢いよく車いすを漕ぐ。驚いて手を話すアルパカさんを置き去るように、前へと進み、そして、振り返る。

 青い空。緑の草原。咲き誇る真っ白な百合の花。

 その中にたたずむ、初恋の人の白い姿。

 僕は、この風景を一生忘れまいと、思った。


 かん、こん………

 ころころころころ…………


 すうっと、僕の目の前の景色が、残像と共に消えた。

 小さな四角い部屋の中に、僕は、一人、車椅子に座っている。

 ここは、恒星間を旅する宇宙船の中のフォログラムルーム。長い長い旅の間、人々の心を癒すための幻の部屋。

 ここでは、3次元映像だけではなく、光子を使って作られたものに触れることも可能である。

「たのしかったかい?」

 フォログラム技師が、扉を開けて入ってきた。

「ごめんね、途中で、ヘンな音が入って・・・」

 若い男の技術者は、そう言って、壁のフォログラム投影機に向かう。

「この『まもるくん』、最近、ちょっとお疲れ気味なんだ」

 フォログラム投影機、通称『まもるくん』。開発者がいろんなところに、ダリアの花に似た「まもるくん」なるものを、生やして遊んだことからそう呼ばれる。

「いえ、大丈夫です」

と、僕は、笑顔を作る。

「ここ一ヶ月、ありがとうございました」

「大丈夫って、君、泣いてるじゃないか」

指摘されて、やっと、僕は、自分が泣いていたことに気がつく。

高原のサナトリウム。肺病を患った青年と、優しい看護婦の少女の、出会いと別れ。一夏の思い出。

一ヶ月間にわたるプログラムの中で、いつしか僕は、フォロ映像と、光子でできた女の子に、本当に恋をしていたのかもしれない。

「今のプログラム。だれが、作ったんですか?」

「わからないよ」

と、若い技術者は笑う。

「僕たちと同じように、故郷ちきゅうを離れた誰かが、作ったのは間違いがない」

「本当にあったことなんでしょうか?」

「さあね」

と、彼は首をすくめる。

「えらく時代がかっているからね」


 かん、こん………

 ころころころころ…………



 ああ、と、技師は、頭を抱える。

 僕は、ことさらに、元気よく車椅子から立ち上がり、技師に手を振って、幻の部屋を後にする。

 歩きながら、僕は、アルパカさんの笑顔を思い浮かべる。

 胸が切なくなって、涙があふれてくるのが分かる。

 これから、僕は、コールドスリープのカプセルの中で、夢を見ることのない十数年の眠りに入る。これは、その前に与えられる一ヶ月に渡る休暇のようなもの。遥かなる故郷を忘れないための通過儀礼。

 涙が、僕ほの穂を伝う。視界がぼやけ、無機質な宇宙船の中の通路が、夢の中のように感じられる。

 眠りにつく準備は全て整っている。この通路の先に、その部屋はある。

 せめて、そこにつくまでは、と、僕は思う。せめて、眠りにつくまでは、この涙を流れるままにしておきたい。

通路で、何人ものクルーとすれ違う。

 けれども、僕は、人目を気にせずに、歩き続けた。

 多分、お題を出してくれたフォロワーさんの意図をことごとく、と言っていいほど裏切りました。

 それでも、書き上げたご褒美にイラストを頂いたので、宝物としてとってあります。

 一応、過去から始まって、未来へと進んだということで、このシリーズは完結とさせていただきます。

 ありがとうございました。

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