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キミのカタチは不定形  作者: 珠川理緒
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第八章


「萱島先生!? 大丈夫ですか!?」

「……あ、あの」

 怪我の心配や家庭科室のあちらこちらが派手に壊れていることについて、萱島は何も説明できない。

 ただ涙を滂沱と流していた。

「萱島先生? あの、お怪我でも?」

 生徒の一人が落ち着きを取り戻させるように問うが、やはり萱島は答えられない。

(キョウコさん! 聞こえる!?)

(――ユノさん?)

 頭の中に語りかけられている。その声にようやく気付いた。

 この《ゲーム》において、唯一自分と信頼できる、《願い》を叶え自らの命をプレイヤーに預けた、《(メイン)討伐案内者(マスコット)》。

(良かった、気付いて……! ずっと呼びかけてたの、聞こえなかった……!?)

 ユノは失態を責めなかった。

 傍目から見たら呆然としているように見えたのだろう、周囲も困惑していた。

「萱島先生、あの、何か――!?」

 咄嗟だった。ボロボロの衣服で職員室に駆け込む。ぎょっとされるが構っていられない。

 記憶を探り目当ての書類の棚を見つける。鍵はかかっていたが探す手間も惜しく、スキルで強引に棚の鍵を裏返し破壊、書類を奪って逃げた。


 ――はあ、はあ、はあっ


 そう、萱島は逃げていた。時間を浪費している暇はない。

(葵が、殺される……!)

 恐怖が焦燥を加速させる。だけど対決を避けることも、負けることも萱島にはできなかった。

 どちらの結果でも、萱島が、葵が終わってしまう。

 自分の車に乗り込み、法定速度を無視して学校を抜け出す。

「ユノさん」

(わかってる。あのアメミヤって子よね?)

 他の《討伐案内者(マスコット)》の性格は知らないが、ユノは人間で言うと女性的で優しい性格だった。自分の《願い》も、痛みも傷も、少なくとも他の人間よりはるかにわかっている。

「勝たなきゃ……勝たなきゃ、全部終わる……!」

(落ち着いて、キョウコ。大丈夫、《討伐案内者(マスコット)》はみんな、この《ゲーム》に参加している時点で、命のやり取りになることは覚悟しているから)

 優しく落ち着いた声が、焦燥を鎮める。だけど怒りは鎮まらない。

「どうして……、どうして!?」

 ただ、親子が親子でありたかった。たったそれだけの《願い》だったのに。

 葵の《願い》もきっと、それだけのことなのに。

 また、踏みにじられるのか。当然の幸せを。普通に生きて、普通に家庭を築いて、それだけの事すら許されないのか。

 自分と同じく悲壮な覚悟と《願い》を持ったプレイヤーに奪われるなら、それは萱島も覚悟していた。

 だけどよりによって、人を傷つけ弄ぶことに快感を覚えるような残虐な、あんな酷いプレイヤーに、《願い》を奪われ、踏みにじられるのか。

(あの子からアオイを取り返すことを優先しましょう。アオイがプレイヤーだったことに気付くのが遅れたのは、本当にごめんなさい)

 本当に後悔しているユノの声が、心に染み込んでくる。無理矢理に心を落ち着かせる。

 路肩に止め、エンジンを切る。《討伐案内者(マスコット)》とこれからの方策を練る。

(キョウコさん、学校から書類奪ってたけど、それは……生徒のプロフィール?)

「ええ。私一人じゃ、雨宮さんには絶対に勝てない」

(……そうね。そう思うわ。あの子は規格外よ。アオイを取り戻したとして、逃げられるか……)

「いえ、殺してでも勝たないといけない。逃げる選択肢は、無いわ」

 萱島は言い切る。あの悪魔からは逃げられないという確信がある。

(そうね。あの子はプレイヤーを逃がしたりするようなことはしないでしょうね)

 書類をめくっていく。目当ての項目を見つけた。

「伏見君……あった」

 賭けだ。賭けに出るしかない。

(あの男の子に協力体制を求める気?)

「絶対的に、戦力が足りないの。それに、伏見君は私を庇ったわ。少なくとも、あの子とは方針にはずれがあるはず」

 伏見藤俐の連絡先が書かれている。ケータイの番号も。

 自分は伏見藤俐以外に、他のプレイヤーを知らない。

 連絡を試みようとして、

「ひっ」

 指が、止まった。

(……まだ、あの子が指定した時間まで、少し間があるわ。休む時間が必要よ。落ち着きましょう)

 自分の《願い》を、痛みを知っているユノは、そう提案してきた。

 休めそうにはない。だけど無理矢理にでも休めないと、全てを失う。

 萱島は目を無理矢理に閉じた。極度の緊張が解けたのか、意識が遠くなっていく。

 悪夢が、萱島の心を苛んだ。



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