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キミのカタチは不定形  作者: 珠川理緒
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第四章


 一方、雨宮紗緒は、藤俐が思うほどに余裕を持っていた訳ではなかった。

(ずるいなぁ)

 好きな女の子の前だと簡単に激昂する藤俐の焦燥と敵意は――背筋にゾクゾクとくるものがある。風花に危害を加える気は全く無いのだが、あの稚拙な紗緒への、敵への害意は、一瞬で激情と熱情が飽和してしまう。そのぐらいに、

(気持ち良かったなぁ)

 自分が他者とどうしようもなくズレているのは自覚している。人として、どうしようもなく残酷な《願い》を叶え、叶え続けている以上は、ずっと相容れることはないだろう。

 だからもうしばらくは取り澄まして、激情も熱情も敵意も殺意も、《ゲーム》のプレイヤーにしか、駆け引きとしてしか見せるつもりはなかったのに。

 でも、理解っていた。

 雨宮紗緒は、本当に伏見藤俐が大好きなのだから。

 その彼に、どんな種類の感情であれ、強く強く紗緒に向けられたら――自分の感情は簡単に引っ張り出されること。

 もっと我慢強いかと思っていたが、思っていた以上に自分は藤俐にぞっこんらしい。

 ピリ、と左手から痛みが走る。

 治そうかと思ったが、すぐに却下した。ついでに奪ってしまったツールナイフと、喉元の小さな痛みと同じく、彼からのプレゼントだ。じっくり付き合っていこう。

 滴り落ちる血液を、唇に塗っていく。

 衝動って怖いなと、少しだけ思った。

「本当にファーストキスだったのにな」

 もう少しシチュエーションが整っていたらと少しは思う。だけど、唇の血の紅を舌先で味わっていくと、そんな僅かな不満が掻き消えるほどの、感じたことのない幸福感に包まれる。

 思い出すのは、目の前にいる自分を敵として認識していたにも拘わらず、こんな僅かな傷を与えただけで躊躇と後悔の入り交じった戸惑いと恐怖に満ちた無表情を浮かべる、大好きな人の姿。

(あれは駄目ですよ、先輩)

 全てを奪いたくなってしまう。先輩の心も身体も、《願い》も《絶望》も全て――

 自分がこれだけ他人に執着するのは、きっと彼が最初で最後だろう。

 ふう、と意識的に息を吐く。

 やっと同じ舞台に上がれた。ならもっともっと愉しく踊らなければ、勿体ない。

 ただでさえ、《ゲーム》というとても面白い舞台があるのだから。

 藤俐が何を選び、何を切り捨て、何を知って、何を傷つけ、それでも前に進もうとするのか、立ち止まり迷うのか、諦めるのか。

 その繰り返しの取捨選択の果てに、藤俐は何を得られるのか。

 今の紗緒の望みは、だたそれを見届けたい。それだけだ。それだけでいい。

 それは藤俐の傍にいれば、充分叶うものなのだから。

 そのためにはまず、紗緒の力とプレイスタイルを藤俐に理解してもらう必要がある。自分は有用であると見せなければならない。

 既に種は蒔いてある。プレイヤーは近いうちに自分達と戦うだろう。

 その時は紗緒も、プレイヤーとして、一切手加減なく《願い》を蹂躙し、プレイヤーの最後の支えである《願い》の象徴である《討伐案内者(マスコット)》を奪い、徹底的に相手の心を折ろう。

 紗緒は屋上に戻る。

「紗緒? 大丈夫?」

 風花が心配そうに、こちらを見ていた。

「え? ええ」

 その意味を理解して、少しだけ申し訳なく思う。風花は紗緒を、本当に親友として大事に思ってくれている。

 すぐ後ろから藤俐も戻ってきた。流石に同じ轍を踏む気はないのか、それとも《ゲーム》に関することは風花の前では一切見せないと決めているのか、ぶっきらぼうな紗緒の、そして風花の大好きな藤俐に戻っている。

「手を怪我していたことに先輩が気付いてくれて、水道まで連れてってくれたんですよ」

 躊躇なく嘘をつく。藤俐も内心は苦い思いをしているだろうが、とりあえずは肯定した。

 藤俐は嘘が苦手、と言うよりも、《願い》の性質上もあって自分が嘘をつくのは殆どできない。

 風花は嘘を信じ、「そっか」と心配そうになる。

「ハンカチしか持ってないや。これでいいかな」

 それでも過剰に心配すると向けられた側が恐縮することを知っている彼女は、軽く笑うと紗緒の掌に負った傷をハンカチで覆う。

 藤俐は複雑そうに、それを見ていた。風花がそれに気付いている様子は、ない。

(これでいい)

 紗緒には本当に、風花を《ゲーム》に巻き込むつもりはない。藤俐への感情とは全く別のベクトルで、風花が紗緒を大事にするように、風花を親友として大事にしているからだ。

 だから、大事な人が二人、目の前にいる幸福を、紗緒はとても愛しく思う。

 だけど、同時に思う。


 ――此処に、わたしはいない。


 悲壮も何も感じず、現実としてそう感じる。〝いつものように〟。

「ねえ紗緒、それ紗緒が作ったの?」

 風花は一緒にお昼ご飯を食べられるのが嬉しくて仕方ないと言いたげな笑顔で、興味津々に紗緒の弁当を覗いている。

「一人暮らしですから。もう作ってくれる人はいないですからね」

「そっか、そうだね。ねえ、紗緒の家に遊びに行ったらダメかな?」

「何もないですけど、引っ越してきたばかりで」

「そこでね、トランプやろうよ。藤俐も一緒に」

「俺もかよ」

 面倒そうにツッコむ藤俐は総菜パンを適当に食べている。

「え、えっと」

「トランプが嫌なら人生ゲームでもする? ツイスターゲームでもいいよ」

「しねぇよ」

 そう言いつつも、無意識だろうか、藤俐は風花の頭を撫でる。よくわかってない風花は、それでも自然に身を委ねている。

 藤俐がこちらを観察しているのがわかるが、藤俐こそわかっているのだろうか。

 風花が頭を撫でさせるのは、藤俐だけということに。

 幸せそうな風花の微笑は、紗緒がその気になりさえすれば一瞬で壊せるものだということには気付いておいて、その根源はどこから来ているのか気付こうともしないのは、好きな人とはいえ、少しどうかなとは思う。まあ風花も風花だとは思ってはいるけど、自分はそこまで親切じゃない。

 だから曖昧に、思わせぶりに微笑を返すだけにとどめておく。

 風花を撫でる藤俐の目に、姫君を守る騎士のような覚悟を見て、藤俐と風花に対する感情が、ちくちくちくちくと刺激され、それをいつ爆発させようかと考えるのが、あまりに愉し過ぎて――それ以上は、だから考えない。今はまだ。

『放課後、部室に来い』

 短いメール文が、紗緒のケータイに入っていた。

 アドレスは登録されていなかったが、誰から来たのかはすぐにわかって、だから紗緒は、そのメールを保存した。


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