第二章
「……、パートナー?」
「はい」
少女は鸚鵡返しの言葉にも肯定を返す。藤俐としては意味が分からない。
「どういう意味でだ? 俺とパーティーを組みたいってことか?」
「……」
僅かに非難がましい視線になった。何故だ。
「それもそうですが、パートナーと言ったら普通は恋人じゃないですか?」
何故そうなる。
もしかしたら、自分はとんでもない女と向き合っているのかもしれない。というか、全く覚えがないのにそう言われるのは、はっきり言って単なる敵と相対する以上に怖いものがある。
「でも、先輩が恋の告白を受けてくれるとは思ってませんけど」
だから、パーティーとしてでも構いません。そう言われた。
(俺の《願い》を知ってる……?)
口振りからして確実にそうだった。
「パーティーね。まあ、そういう例はあるっちゃあるが」
藤俐たち《ゲーム》の参加者は、《プレイヤー》と呼ばれ、互いに闘っている。
――《ゲーム》の参加者は《願い》を叶えてもらい、その《願い》を維持し完成させるために、《討伐案内者》を奪い合う。
要は先払いで《討伐案内者》と契約し《願い》を叶えてもらい、《願い》を叶え続けるために他のプレイヤーから《討伐案内者》を奪うのが、この《ゲーム》の基本ルールだ。
契約したら、《願い》と《討伐案内者》の性質から《主スキル》が決定する。プレイヤーはこれを基本の武器にして闘っていく。一定の勝利を得れば、《願い》の固定に必要なエネルギー量が集まり、《願い》は完成する。対して、敗北した場合、どうなるか。
――《討伐案内者》が破壊されれば、《願い》は壊れ、《願い》にまつわる全てを忘れてしまう。
無論、《ゲーム》に関することも忘れる。《願い》に対する思いが強いほど心のダメージも大きく、場合によっては廃人同然になるらしい。
そして《討伐案内者》を破壊して手に入れるのは、《願い》を叶えるエネルギー。《ジュエル》と呼ばれる、力の結晶のようなものだ。
ジュエルには力の指向性などはなく、単純にエネルギーとしてあるだけ。《願い》を叶え続けるにはこのジュエルが必要となってくる。だから闘わない、という選択肢はあり得ない。そして維持する以上の《願い》を固定することができるほどの《ジュエル》を集めて、そこでようやく《ゲーム》は終わる。
この《ゲーム》の性質上、プレイヤー同士が組むというのは、戦略として普通のことだ。《討伐案内者》の奪い合いの《ゲーム》はバトルロイヤル或いはゼロサムゲームの性質を持っている。だが《討伐案内者》は、数は少ないにしろ、いつの間にか何処かからやってくる。《討伐案内者》は出自を語りたがらないのでどこから来るのかは知らないが、《願い》を叶え、代わりにプレイヤーとなるという契約そのものには関係ないので、藤俐は積極的に知る必要を感じていない。
《願い》を叶えるのに必要な《ジュエル》の量は《願い》によって変動するため、不確かなものの、プレイヤー全員と戦わなければならないほどではないとされている。ならば、パーティーを組むという戦略も当然成り立つ。
ただそれも、信用と信頼が成り立ってこその話だ。
「俺はお前を信用できない」
はっきりと断る。少女は当然だと言ったように頷いた。
「そうですね。先輩ならそう答えると思っていました」
「お前に俺と組んでメリットはあるのか? その逆は?」
「わたしは先輩が好きだから、その一言です。先輩は、そうですね……」
油断もしていなかったし、目を放したわけでもなかった。
なのに、少女の姿が掻き消えた。
「!?」
すっ、と。
少女はいつの間にか、藤俐の背後に回り込み、背中から抱きしめる。
細い腕と髪の匂いが、絡まる。
「――――っ!?」
「わたし、強いですよ。先輩より、……きっと、どんなプレイヤーよりも」
ふふ、と笑声に、嗜虐の色が混じる。
強者が弱者を弄ぶ、残酷で酷薄な色。
「さっき、パートナーってどういう意味かって仰いましたよね」
藤俐は少女を振り解けない。僅かにでも動いたら、何もかもが、一瞬で終わってしまいそうで。
「どんな意味でもいいんです。でもできれば、一番は、恋人がいいなとは思ってます。先輩を愛し、先輩に愛されたいと想っています」
少女の告白は切実で誠実で、なのに強迫で脅迫だった。
「パーティーとしても構いません。先輩の隣にいたい。先輩の隣で、先輩の日常に混ざって、一緒に過ごしたい」
だけど、と。
甘さすら感じる愛しさがあるのに、その愛しさは血のような――あるいは死、そのもののような――おぞましい気配が混ざる。
「先輩が望むなら、とびっきりの敵になってあげます。《願い》もそれ以外も、全てを壊す、とびっきりの敵に」
数瞬、周囲が静寂になる。
少女は藤俐の体温を名残惜しむかのようにギュッと力を込めると、ふっ、とおぞましい気配の消失と共に離れた。
「今日は楽しかったです。酷い目に遭っちゃいましたけど」
微笑に、今までの狂的な感情はなかった。昼間見た通りの、普通の少女だった。
「これは、お近づきの印と、お礼です」
ぎゅ、と握手するように、何かを握りしめられる。
藤俐はただ、されるがままだった。
「それじゃあ、また。明日、部室で」
そう言って、少女は去って行った。
†
『キミも案外、隅に置けないね』
「やかましい」
藤俐は寮の自室に戻り、ベッドに倒れこむ。かなり疲れた。
『キミにしては、焦りすぎたようだね』
自室に戻ったのをわかったように、PCが話し出す。億劫そうに、藤俐は視線だけをPCに向けた。
グレーのロシアンブルーの気品ある様を可愛らしくデフォルメしたキャラクターが声に合わせて唇を動かしている。見た目の可愛らしさをは裏腹に、声には感情はあまり込められていない。性別や年齢のわからない、無機質な声質は可愛らしいネコの見た目とは不似合だったが、藤俐はその不自然さも慣れていた。
「プレイヤーが向こうから来たんだ。準備も出来なかったらああなるだろ」
少しは言い返してみたが、
『基本的に準備は常にしておくべきものだよ。《ゲーム》は基本、遭遇戦なんだ』
指摘した、といった感じすらも受けない。このネコもどきの口調はいつものことだから気にしてはいけないのだが、苛立ちは増す。
「俺のスキルは戦闘には向いていない。事前の情報収集からの奇襲が基本戦略なのは、お前も承知しているだろう」
『そのキミにしては、多少慎重さを欠いていたようだけどね。ただ、確かにそろそろ《ジュエル》を手に入れてもらわないと、ボクも困るけども』
「わかってるなら文句言うな」
このネコもどきのキャラクターは『エルヴィン』と藤俐が名付けた、藤俐の《討伐案内者》だ。
「ったりぃな……」
『あの少女のことだね?』
「他に何がある」
ベッドから起き上がる。ようやくPCのエルヴィンに顔を向ける。
「お前、どう思う?」
『パートナーの話だね……安易に答えは出せないな。情報が足りないからね』
そりゃそうだな、と対して藤俐は落胆を見せずに納得した。《ゲーム》に対する慎重さは、互いが互いに理解している。
『少女自身の印象としても、かなりの曲者といった感じがするしね。そもそも、ボクらの『第一段階』を破って部室に入ってきた時点で、スキルが完全に破られている』
「それもある」
はっきり言って、あの少女に勝てる要素は、現時点では何一つないだろう。
藤俐とエルヴィンの共通理解として、純然たる現実を認識する。
『とにかく、情報収集だね。安易な返事は避けて、サオのスキルが何かを知って。今はとりあえず、それだけを考えよう。情報が足りない中での憶測は足元を掬われるからね』
「お前は、パーティーの件はどう思っているんだ?」
『どうだろうね』
無機質な声の中に、僅かながら困惑が混じった。
『一瞬でトーリの背後に回ったよね。あれは空間転移の類じゃなく、単に高速で移動しただけだ。一瞬で最高の速度まで上げることができるんだろうね。大概のプレイヤーはそれで虚が突ける』
キミがさっきそうされたようにね、と釘を刺された。
『戦闘能力は高いだろうし、本人も自負している。何より、キミがもらった三つの《ジュエル》』
去り際に持たされたのは、《ゲーム》の勝利の証である《ジュエル》。
『彼女はキミに、人に分け与えられるぐらい、人の《願い》を踏み躙ってきているんだ』
「…………」
雨宮紗緒が、相当に強いプレイヤーなのは、間違いなかった。
戦闘力の低い藤俐なんかは、一瞬で敗北するだろう。
だが断ったら、彼女の言葉通りに、少女は敵に回る。
そして、その結果として行われるのは、
「風花……」
震えが全身を貫く。あのおぞましい血の気配が、藤俐の大事な存在に向けられたら――
エルヴィンは、何も言わなかった。
†
「うーん」
雨宮紗緒は、迷っていた。
「……ここ、どこだろう」
カッコつけて憧れの先輩と別れたのはいいものの、そもそも引っ越したばかりでこのあたりの地理に明るくなく、紗緒は藤俐が自室作戦会議をしている時間になっても、まだ自宅に戻れないでいた。
「にしても、早かったなぁ。……どこでバレたんだろ」
おそらく、部室に罠がかけられていたのだろうと、紗緒のプレイヤーとしての部分が冷徹に推測する。
例えば、単なる入部希望程度の意思ではそもそもたどり着けないような、迷彩がかかっていたとか。
その迷彩を破ることが出来るのは、藤俐の知っている人間か、プレイヤーだけ、とか。
「あれで良かったかな。うーん。ちょっと脅しすぎたかな」
言葉の内容とは裏腹に、表情は愛しむように、嬉しそうに今日の思い出を振り返っていた。
「あの珈琲はひどいなあって思ったけど」
苦笑も嬉しさに変わる。
やっと、同じ舞台に立てたのだから。
「風花さんもあの部室に戻ってくれば、きっともっと楽しいだろうな」
その為には、紗緒も何とか入部して、藤俐の傍にいなければ。
ビクン、と身体の中が震えた。
大丈夫、と声をかけるが、効果はない。がくがくと、怯えによる震えだけが伝わってくる。そう怯えなくても、殺したりするつもりはないよと伝えるが――むしろ怯えは増した気がする。
だからもう怯えを払うのは諦めて、愛しく撫でるだけにした。
個人的にとても好みの《願い》で、それをどうぶつけようかを考えるだけで一日を愉しく過ごせそうな、純粋で愚かで弱く強い《願い》だった。だから紗緒は、これを憧れの先輩に見せようと思って、とっておきとして、大切に扱っている。
「とりあえず、帰らないと」
紗緒は周りを見回す。周囲に人影や視線はない。
グ、と力を込めると、スキルを発動する。
そこにはもう、少女の姿はない。
ただ一筋の水が、雨でもないのに流れていた。




