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キミのカタチは不定形  作者: 珠川理緒
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第一章

『明日入学式だー』

『楽しみです(*^▽^*)』

『多分、藤俐は新歓いかないと思う』

『あら(;_;)』

『学校案内とかしてもらって、あわよくばハプニングを狙っていたのに(>_<)』

『いや、藤俐そういうの嫌いだと思うよ、それ』

『真っ先に部室行けばいいよ。行き方わかる?』

『……』

『えっとね、聞けばなんとかなるよ、多分』

『他の子は新歓いくと思うけど』

『一応、誘っていくね』

『二人きりがいいよね?』

『はい』

『ありがとう、風花さん』

『頑張ります』


   †


 廊下は既にHRが終わった生徒たちの声で溢れているのに、伏見(ふしみ)藤俐(とうり)のクラス、普通科2-BではまだHRが終わっていなかった。

「新入生歓迎会が始まるが、それについていくつか注意事項が……」

 新しい担任の話を聞くことも面倒になって、藤俐はスマートフォンの画面をスライドしていく。見ているのは都市伝説のまとめページだ。

 色々と、眉唾な事ばかりが書いてある。『くねくね』『天使を見た』『勝てるとなんでも願いが叶うゲームがある』『本当は怖い○○な話』など。

 『勝てるとなんでも願いが叶うゲーム』の項目をタップしてみる。『勝てば願いが叶い、負ければ全てを失う』らしい。

 正直、暇つぶし以上の意味は持たなかった。

「おい、伏見! 聞いてるのか!?」

 新しいクラスメート全員がだらけた雰囲気の中、嫌われている教師がよりにもよって絡んできた。

 腫れ物に触るな馬鹿、というクラスの声が聞こえた気がする。

 藤俐は自分の白く脱色しきった髪をぐしゃぐしゃと掻いた。明らかな校則違反だが、高等部に入ってからはもうこの髪と色、他人を拒絶する刺々しい雰囲気を纏った目つきの悪さは周知のものとなっている。教師からは目の敵にされていて当然ではあるが、藤俐もHRに付き合うことさえ面倒になった。

「俺、新歓いかないんで。その辺の話聞く必要もないと思うんスけど」

「そうじゃない。今日までに髪を黒く染める約束だったよな? お前みたいに協調性を乱すやつがいるから……!」

 がたん、と敢えて音を立てて立ち上がった。びく、と教師が後ずさる。

 藤俐はそれに構わず、鞄をとると、

「じゃ、俺帰るんで」

「お、おい。待て、伏見! 話は」

「そろそろ新歓始まるんで、話は終えた方がいいッスよ?」

 クラスメートは無言だったが、藤俐に同調の気配。担任もその空気を読み取ったのか、

「で、では解散する。くれぐれも先輩の自覚を持って、節度のある行動をとるように」

 誰も担任の話を聞かず、解散していく。

 藤俐は廊下の人の流れに逆らうように、一人で部室に向かった。

 

   †


 新入生歓迎会が始まっている事を外の喧騒でなんとなく知るが、藤俐には特に関係なかった。窓ガラスを見てみると、脱色していた筈の白髪は根元が少し黒くなっている。自分の鏡像を透かした外の景色は楽しみと不安でいっぱいな生徒達。自分があの中に入れば不安が増すだけなのはわかったから、藤俐は歓迎会には行かなかった。衆目を浴びたくないというのが一番の理由だ。

 だが結果として、藤俐は暇を持て余すことになる。部室にこもっていたが、やるべきことは特になかった。かといって外の喧騒に紛れるのも嫌で、若干鬱屈としながら机の上のパンフレットを眺める。暇すぎて視線は字面を追っていく。

 『私立深明(しんみょう)学園 学校案内』

 深明学園は生徒人数およそ六千人、面積は約八十四ヘクタール、およそ東京ドーム十八個分の広大な敷地を持ち、校舎は七棟、体育館は四館、グラウンドも十二枚と、設備も生徒数も日本有数の学校だ。初等部、中等部、高等部の名前でそれぞれ小中高、十二年間一貫教育を戦後いち早く取り入れたことでも知られている。それが生徒の質の向上に繋がるかといえば疑問だという内心は、言葉にはしなかった。藤俐は白髪を掻き上げ、それ以上の思考をシャットダウンする。

 春休み明けであり、まだスイッチが入っていないのだろうと自己分析した。いつもの部活のメンバーが揃えばもう少しはマシなのだが、メンバーは外の浮ついた喧噪をむしろ楽しむような連中ばかりで、今日は部室には来ないだろう。実際今日は部活を行う日ではない。藤俐が居場所を求めて、なんとなく足が向いたからここにいるだけ。珈琲メーカーのコポコポとした音を聞くと、外の喧騒がより浮かび上がる。

 ここは、今日に限っては藤俐だけの場所になるはずだった。

 コン、コン、と、控えめなノックの音がするまでは、本当にそう思っていた。

「…………」

 面倒さと煩雑さと、喜びとそれを感じたことへの拒否感を複雑に抱えながら、それでも藤俐は無視することなく、扉を開いた。

「あ、こんにちは……」

 入ってきたのは見知らぬ少女だった。それも、とんでもない美少女だ。一瞬、息を呑んでしまうほどに。

 つぶらな瞳は硝子玉のようで、薄めの唇は花弁のようだった。鼻梁は筋が通っており、小柄な体躯に腰まである艶やかで真っ直ぐな黒髪も相まって、どこか日本人形めいてもいる。クラスにいるよりは画面の向こうにいる方が違和感がないような容姿。清楚であると同時にどこか儚げな印象。

「えっと、その、部員の方ですか?」

 声も透き通っていて、涼やかで柔らかだった。草原の葉擦れを想起させるような、ずっと聞いていたくなるような声。

 藤俐は制服の校章を見た。校章は学年ごとで一部色が違う。それを見れば何期生かがわかる。

「新入生?」

「あ、はい。さっき、入学式が終わって……」

 おどおどと少女は答える。仕草は小動物めいていて、大抵の人間の庇護欲を誘うだろうと藤俐は思った。

「あがれば」

 対して藤俐はお世辞にも善人には見えない。そもそも髪を白に染めている時点で完全に校則違反であり、見た目は不良にしか見えないだろう。ついでに言うなら目つきが悪い自覚もある。

 少女は怯えを見せつつも、素直にパイプ椅子に座った。

「入部希望? 見学?」

「け、見学、です。《ゲーム研究会》ですよね? ここ」

「まあな」

 少女は部室を見渡した。チェスや将棋、オセロやモノポリーなどのボードゲームや、トランプやUNOなどのカードゲーム、古い外国のTRPGまである。一応申し訳程度に、隅には小さなブラウン管テレビとファミコンがあるが、それも含めて棚やテレビには汚れ避けのビニールがかぶせてある。

「アナログゲーム専門だけど。ゲーム好きなの?」

「あ、はい。あの、詳しいわけじゃないんですけど。好きです」

 そこでようやく笑顔を見せた。野に咲く小さな花が咲いたような、可憐な微笑。大抵の男はこれを向けられたらオチるだろうなと思うが、少女の表情自体は藤俐には響かなかった。

「見学つっても、今日は部員俺だけなんだよ」

「え、そうなんですか……? あの、いつもは」

「今日は祭りみたいなもんだし、誰も来ねぇよ」

「はあ」

 気の抜けた返事をして、少女は流されるままに席に座った。

 藤俐は少女にノートを差し出す。

「学年とクラス、名前と、出来るならケータイの番号とアドレス書いといて。一応、見学者は記入してもらってる」

 はい、と大人しく少女は丁寧に文字を綴っていく。


『普通科1―A 雨宮紗緒』


「あまみや、」

「あ、あの。あめみや、です。あめみやさお」

「ふうん。俺は伏見。普通科の二年」

「あ、じゃあやっぱり先輩なんですね。あの、よろしくお願いします」

 ペコ、と頭を下げる仕草は、初々しく可愛らしい。恥ずかしそうに僅かに俯いているのも好印象だ、と女評論家気取りのクラスメートあたりは評するだろう。正直、藤俐にはそういった部分はどうでもいいが、不細工で愛想のない女よりは観賞用としては高評価なのは確かだ。

「まあ、よろしく」

 当たり障りなく返し、ノートを返してもらう。多分ここに名前が増えることはもうないだろう。

 ゴボン、と不吉な音がしたのは、ちょうどその時だった。不吉さに紗緒が気付いている様子は、ない。まあ藤俐もそうだった。

 椅子をどけて、机の下に潜り込む。

「あ、あの?」

 少女が不審そうに立ち上がって、

 珈琲メーカーが爆発した。

「はうあ!?」

 突然の出来事に少女は奇声を上げ、そのまま愕然と自分の姿を見下ろす。珈琲豆が爆散し、服や髪を思い切り汚していた。

「たまにあるんだよ。六回に一回ぐらいの割合で」

 藤俐は平然と机から身体を戻す。

「え、え、? そんなの使ってるんですか?」

「ロシアン珈琲メーカー。スリルがあっていいだろ?」

 その意見は藤俐だけのものだったが、わざわざ言う必要もない。

「とりあえず、制服びしょびしょだぞ? 染みになるから落とした方がいいってか、もう着替えた方がいいレベルだな」

「あ、う、うぇ!? えっと、でも机」

「お前のリアクションが面白かったからここは俺が掃除しとく」

 かーっと顔が面白いように赤くなると、「すみませんごめんなさいお手洗いどこですか申し訳ないです!?」と飛び出していった。からかい甲斐は、意外とあるのかもしれない。

 頭を振って、そんな思いを逃がす。からかう面白さより、持ち込まれる厄介ごとの方が、よっぽど面倒なのは間違いなかった。

 予感に同意するように、藤俐のスマートフォンが、ブォン、と一回だけ震えた。


   †


「すみません、送ってもらうことになって……」

「まあいいよ。一応俺が悪いし」

 一応ではなく完全に藤俐が悪いのだが、結局紗緒は制服のブラウスまで水道でびしょびしょに洗ってしまい、仕方がないので教師に(生徒にヘルプを頼むと嫌な噂が性病のごとく広まるのだ。普段の藤俐の行いのせいで)事情を話して着替えを貸してもらった。何故か強姦疑惑が上がったが、それは紗緒が否定してくれた。自分がどう思われているのかを考え、もう少し品行よくした方がいいのだろうか。しないが。

 染み抜きまでやってくれるということで、家庭科の教師に感謝を送るとむしろ不気味がられた。ただ時間が遅くなるので、寮には電話しておくから年少者を送りなさいとは命令された。淫行は絶対になしでと言われたが、これは若者に対する不信なのか藤俐に対する不信なのかは微妙だった。アラサーの男性恐怖症気味の女性教師は教え方も上手いし熱意もあるが、男子には少々距離を取っているので有名なのだ。

 ブラウスとブレザーが乾くまでに少し時間がかかると言われた。その間ほっといてどっか暇をつぶしたかったが、教師の視線がさすがにそれを許してくれなかった。ただ教師の矛先は紗緒に向いて、藤俐との会話が殆どなかったので助かった。会話を聞いて分かったのは、紗緒は相当な聞き上手で、話を引き出すのが上手いということだった。人当りがとにかくいい。人を基本的に信用しない藤俐から見ても、紗緒の人当たりの良さは特別さを感じる。流れの軌道修正をするのが上手いタイプなのだろう。

 制服が乾き、紗緒を送る頃には月が見える時間になっていた。日は落ちたがまだ僅かに光を残し、オレンジから群青色のグラデーションがビルの影を浮かび上がらせる。

「あの先生、すごいですね。染みが完全に取れちゃいました」

「うちの学校は技能だけは優秀だからな。性格は知らねえけど」

 紗緒のは寮ではなく、一人暮らしでマンションを借りてるらしい。一人暮らし=寮生活のイメージである学園の生徒にとっては、少し珍しい存在だ。

「そうなんですか? わたしは、実家が遠いので。先輩は?」

 おどおどとした態度は緩和され、距離感が近くなってきている。あまり良くないな、と藤俐は直感する。

 だから、ペースに巻き込まれる前に、勝負に出ることに決めた。

「そろそろいいか」

「はい? どうしました?」

 藤俐が立ち止ったのは、人通りのない土手沿いの道路だった。小さな桜が一本、夜に白く浮かび上がるように、電信柱の明かりに照らされている。

「まあ、俺はどっちかと言うと駆け引きは苦手なんだ」

「はあ」

「お前、《プレイヤー》だろ? 俺と《ゲーム》しに来たんだよな?」

 あまりに愚直に、ただ知らない人間には意味の分からない単語で持って、直接に。

 藤俐は嘘をつくのがこの上なく苦手だった。性質以上に、《願い》に反するものだからだ。

 雨宮紗緒は、きょとんとしたまま、何もわからないと言った風で、動かない。

 ただ、何も知らないにしては、動かない時間が長すぎて――


「――ふふっ」


 そして今までのおどおどした態度が嘘のように――おそらく実際に、演技だったのだろう――穏やかに嫋やかに、だけども静かな迫力を持って、微笑した。

 夜に桜を背にした少女は、微笑したまま髪を耳に掻き上げる。その仕草に今までにない、妖艶さと荘厳さすら感じた。

 直感が正しかったと、藤俐は警戒のギアを二段階上げる。

(ヤバい相手に当たったかもな)

 それでも内心の焦燥は一切見せず、藤俐はもう敵意を隠さない。

「俺でよければ、相手になるぞ?」

 挑発にも少女は微笑して、乗らない。

 ただ首を横に振り、少しだけ残念そうに、微笑を薄めた。

「こんなに早く見破られちゃうなんて、さすがは先輩ですね」

 だけど、表情には嬉しさが含まれている。その意味が分からず、不愉快だった。

「出来れば何も知らない形で、しばらくは普通の学校生活を先輩と送りたかったんですけど。初日でばれちゃいましたか。訊いてもいいですか? 何故わかりました?」

 純粋に疑問をぶつけるようで、だけど藤俐の敵意を無視した嫋やかな微笑はそのままで。

 だから、苛々はした。その苛々を、更に敵意に変える。

「お前は強い。そういうやつは、気配を隠すのが下手なんだよ。隠す必要がないからな。まあ演技力は認めてやるが」

 事実の割り出し方を言って手札をばらす馬鹿は流石にしない。だけどまるっきりの嘘でもなかった。直感でしかないから、根拠がないだけだ。

 少女は、少し納得いっていないようだった。これだけ気配を切り替えられるのに、それが下手だと言われても、確かに納得はいかないだろう。

「わたしのこと、知っていました?」

「いいや」

 そう、知らない。自分には少女の情報がほぼない。対して、向こうは明らかに情報を持っている。不利はこちらだ。

 少女は少し落胆する。それ自体は嘘だとは思えないが、表情を見抜くことに関しては自負を抱いている藤俐にも、少女の真意は分かり辛い。

「わたし、先輩のこと、以前から知っていました」

 唐突に、少女から微笑が消える。真剣な気配。

 藤俐も身構えるが、だがしかし、少女には敵意を感じない。ただひたすらに、真剣さがある。

「わたしは、先輩の《願い》に救われたんです。あなたは覚えてない、小さなことかもしれない。でも、だから――」

 そして、少女は、

「ずっと、ずっと、好きでした」

 とびっきりの笑顔を、藤俐ただ一人に向ける。


「わたしを、パートナーにしてください」


 そして、告白される、想い。

 ――今やり取りされているのは、全身全霊を込めた《願い》のはずで、

 その《願い》をかけて、藤俐たちは《ゲーム》に臨んでいる。

 少女もその《プレイヤー》の一人で、《プレイヤー》は《願い》を賭けた敵同士でしかない。

 《ゲーム》と矛盾した好意と告白は、藤俐を一瞬、淡い硬直に追いやった。


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