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キミのカタチは不定形  作者: 珠川理緒
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第十章

 目覚めは水中からいきなり引きずり出されたように、突然で激しかった。

「……っ!!」

 だが気持ちとは裏腹に身体が動かず、痛覚の遮断も解けていて、痛みがぶり返してきている。

「気が付きました? 先輩」

 藤俐の身体と心情とは全く対極の、穏やかな声にそちらを振り向く。それだけでも喉元から酸っぱいものがせりあがってきた。かなり血液と体力を失っている。

「……ここはどこだ?」

 見渡す。白を基調とした壁紙に、黒を基調とした家具。フローリングで八畳ほどの部屋は全体的にモノトーンで構成されていて、生活感がない。藤俐はその部屋のベッドに寝かされていた。やたらと柔らかく感じる。

 紗緒は安心させるように微笑すると、「わたしの家です」と簡潔に答えた。

「すみません、乱暴な手段に出てしまって。素直には来てくれないと思ったので」

 誰のせいで、と言いかけたところで、気付いた。腕の感覚が、ある。

 幻肢痛のようなものかと思ったが、目で確認すると本当に繋がっていた。

「治癒を《願い》にする人は、結構多いんですよ」

 疑問を察したのか、先回りで答える。紗緒はそのまま、水を張った洗面器でタオルに水を含ませ、絞っていく。

(エルヴィン、いるか?)

(なんとかね。トーリが気絶していたのは二十八分ほど。その間にサオの家に連れてこられた。GPSの情報を確認するかい?)

 いやいい、そう頭の中で答え、現状の打破を考える。

「先輩、わたしが拭いて」

「自分で拭く。貸せ」

 少女は少し傷付いたような顔をしたが、気のせいだろう。

 濡れタオルを額に載せる。身体全体が寒いくせに火照ったような気分の悪さがあったが、それが若干和らいだ気がした。

「スポーツドリンク、ありますけど。飲みませんか?」

「……」

「心配しなくても、何も仕掛けたりしませんから」

 全く安心できない。だが体力を回復させるのが第一だと強引に判断する。

 ペットボトルの蓋を開けると、グラスに入れ直す。藤俐の中ではペットボトルは口を付けて飲む物であって、わざわざ入れ直しているあたり、やはり育ちはいいのだろうと思う。

「服着替えてきますね」

 少し悪戯っぽい光が目に走る。

「覗いちゃいやですよ?」

「お前自分の身体にそんだけの価値あると思ってんの?」

「――っ!? そ、んな」

 本気で傷付いたらしかった。

「別に自信があるとかじゃなく、その、そこまで否定することもないんじゃないでしょうか……?」

「何今更清純ぶってんだこのビッチが」

「え、え!? あの、わたし身体は清純ですよ? あの、もしかして昼間のファーストキスを信じてくれてなかったりします?」

「そういう問題じゃねえよ。大体処女なんて病気がない以外の部分はただ面倒くさいだけじゃねえか」

「色んな人を敵に回す発言ですよね、それ!?」

 わざとらしく頬を膨らませていたが、ふっと一瞬で苦笑に変わると、「本当に着替えてきますね。そのあとわたしは出かけますから、いやでもゆっくり休んでください」と出ていった。

 腕の感覚がじくじくと熱を持って気持ちが悪い。逃げるとは考えないのか、そう考えて逃げる意味がないことに気付いた。

 とにかく、今は確かに動けない。外部に助けを求めるのは論外だ。休息が必要だ。

 こんこん、とノックの音がした。

「失礼します……」

 おどおどと入ってきたのは、あの葵と呼ばれていた子供だった。

「すみません。あの、お姉さんに言われて、急いで買ってきたんですけど」

 家庭科室でいきなり現れた時とは打って変わって、普通に、むしろしっかりとした受け応えをする。

 持っているのは着替えや栄養ドリンクなど、今の藤俐に必要だと思われるものばかりだ。

「お前、あいつの言うことに従ってるの?」

 萱島の、母親のところに帰らなくていいのかという問いを言外に込める。

「あ、その、わたしはその、……帰れないんです」

「いやお前、簡単に逃げれたよな? 一人で買いに行ったんだろ?」

「逃げたら、お母さんが殺されますから……」

「……ふーん」

 ずいぶんと健気なガキだ。

(キョウコにも「どこにいてもわかる」とサオは言っていた。そういうスキルを持っているのだろうね)

(なあエルヴィン)

(なんだい?)

(お前、俺が勝てると思うか?)

(……ずいぶんと唐突に気弱なことを言うじゃないか。恐れをなしたのかい? 《討伐案内者(マスコット)》は運命共同体だから、簡単に負けそうな人間の《願い》は叶えないよ)

 エルヴィンはそう、言い切った。

(簡単に負けそうな人間の基準て、なんだよ)

(そこは、人間たちと変わりないと思うよ。《願い》と出会った時の印象。《討伐案内者(マスコット)》も万能ではないからね)

 それがどうかしたかい、と問われる。脳内の会話では意味がないのだが、藤俐は無意識に首を横に振った。

(……いや、忘れてくれ。ちょっと確認したかっただけだ)

「お前、葵って言ったな。《討伐案内者(マスコット)》はどうした?」

「お姉さんに……奪われました」

 栗色の髪が、力なく揺れた。首元まであるセミロングの髪は、本来なら可愛らしさを引き立てるためのものだろうに。

「不意打ちで襲ったとか言ってたが」

「……はい」

 人は見た目ではわからない。それは確かにそうだ。見た目で一番得しているのは、あの雨宮紗緒だろう。あれだけの苛烈な攻撃と卑劣な行為を同時にできるというのに、見た目は残念ながら確かに清楚なお嬢様なのだから。

(トーリ、カヤシマ親子の情報を直接転送する。少し脳が揺れるが耐えたまえ)

 ぐら、と一気に視界が暗くなる。いつもそうだが、脳に直接情報を送られると五感が一瞬消失する。おそらく一時的に脳が外部の情報を強制的に遮断して、直接情報を送るという荒業に耐えているのだろうが、この感覚が重度の貧血の今では辛すぎる。

 だが送られてきた情報は、藤俐をそれ以上に唖然とさせた。

「お前」

 葵と呼ばれる子供を見る。子供はきょとんとしている。西洋人形のような、愛らしい姿。

「男か?」

 子供は――少年は、泣きそうになりながら、何も答えなかった。

 ブォン、とスマートフォンが震える。藤俐のポケットからだ。

 取り出してみると、見知らぬ番号。

(カヤシマキョウコからだ)

 すぐさまハックして、発信元が確認される。

 おそらくここが正念場となる。体調が絶不調だろうと、気を抜いていいはずがない。



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