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ジュノー先生とお昼ごはん。

 勇者を育成する学園だけあってジュノーが根城とする家庭科室は、普通の学校にあるような炊事場からミシンは元より、鎧修繕や武器を研磨するための道具もある。しかも、少し歩けば予備の武器庫や錬金科も使用する溶鉱炉にも近く、当然食糧庫にも近い。学園内で籠城するならココとジュノーは確信する、個人的にも安心感のある場所である。

 さらに職権乱用とは思いながらも、学園長の許可を頂いたので、昼食はこの場を使用して作っている。時折、溶鉱炉に用があるらしい生徒が、昼時にここで食事をしているのを不思議そうに眺めて行くのだが、その視線さえ気にしなければ、人通りが少なく静かで最高の溜まり場だった。


 今日も午前中の業務を終え、担当教師として管理している鍵を使い、ホームプレイスへと戻って来る。同じ学科のフレア先生は食堂か購買部だろう。G先生なんかは山で自炊しているかもしれない。ベリー先生やソル先生は午前の終業と同時にふらりと教員室を出て行ったから、どう過ごしているのか知れなかった。

 そう言えば錬金学科のスフィア先生も行方が知れないなと、どうでも良い事を考えながら、隅に設置した個人用の小さな冷蔵庫を開ける。昨日放課後に獲った魚が残っていた。白身の魚であったので、焼くのは火加減が面倒だと、煮付けにするかと取り出した。


 元々自分が食べる分の料理ぐらいは出来ていたからなのか、さらに一人暮らしをするようになったからなのか、半自動で手が魚を捌く。鱗を取った後はヒレを叩き落とし、生臭くないように内臓を取った後の、骨に残る血の塊を洗い流す。一人分にぶつ切りにした身は、味がしみ込むように身に十字の切りこみを入れて。調味料はもう目分量で適当に、ついでに臭み消しの生姜の薄切りを何切れか鍋に放り込んで煮立たせる。

 そこでピリピリとタイマーが鳴った。それは炊飯器で、そういえば出勤直後に仕込んだ記憶が蘇る。無意識に魚が残っているのに気付いていたのかなと、我ながら感心して煮立った鍋の中を覗き、魚を入れた。一度鍋の中が冷えるが再び煮立つ。落とし蓋しておけばよかったと後から思いつつ、煮汁を魚にかける。これでは焼き魚にして火加減を見ているのと変わらないなと、軽い反省を心中でしていると、背後からガタッと音がした。殺気はないのでゆっくりと振り返れば、特徴的なストロベリーブロンドが目に入る。


「スフィア先生」


「………あ、あはは…ジュノー先生でしたか」


 何か用があったかとジュノーが数歩踏み出した所で、スフィア先生から『ぐうぅっ』と聞こえ、足を止める。ドアが開いて外の風が入ったせいか、家庭科室内に充満する煮付けの匂いに気がついた。今日の夕飯用に二切れ作ったのはタイミングが良かったのだろう。気まり悪く顔を赤くする彼女に気付かない振りをしながら、ジュノーは言った。


「ご一緒に如何ですか?」


 聞けば、錬金学科の研究が気がかりで昼食を忘れていたらしい。そこで購買部にでも行こうとしていた所、料理の匂いがしたので足を止めたとの事だった。流石に米と煮付けだけでは寂しいと、煮付ける鍋でゴボウを煮、残っていた葉野菜を湯がいて御浸しにする。申し訳ないが味噌汁はインスタントで我慢してもらおう。二人分用意して並べると、スフィア先生の目が輝いた。


「実家に帰ってきたみたい…」


 女性と二人きりなのに、うん、嬉しくない。それでも『手抜き料理で申し訳ないが』と勧めて、二人で席についた。こんな所をフレア先生にでも見られたら、今後一カ月はからかわれる。だが、彼女の言に気が抜けてしまって、もうどうにでもなれとジュノーも箸を取った。

 少し煮付ける時間が短かった気もするが、まぁ、味は問題ない。横目で見れば、スフィア先生もにこにこと平らげている。一安心だなとほっとした辺りだろうか、ふとスフィア先生の肩が震えているように見え、ジュノーは顔を上げた。


「うっ…うぅうっ…」


「ど、どうしました!?」


 なんと彼女は涙ぐんでいるではないか。動揺して立ち上がり、ジュノーが『口に合わなかったか』と問えば、彼女は無言で首を横に振った。では、と、ジュノーがスフィア先生を覗きこもうとすると、急に彼女がこちらを見上げてきて、一瞬身を引く。次の瞬間。


「お、おかぁーさぁーーーーんっ!!!」


 叫び声と一緒に、胴体に衝撃。自分の体とは違う柔らかな感触は言わずと知れた胸の感触で、ぎょっとする。抱きつかれている。けれど、やっぱり嬉しくない。何より。


「おかん!?」


 そこにショックを受けて、ジュノーは固まった。だから、だろうか。料理の匂いとスフィア先生の声に、どやどやと人の気配が近づいてきているのを、ジュノーは全く気付けなかったのは、また別のお話。

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