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天使のお仕事

転生魂会議~乙女ゲームの悪役令嬢の場合~

作者: 丸井うさぎ

「では、緊急転生魂会議をはじめまーす。どんどんパフパフー」


 やる気のない声を出すのは彫刻のように恐ろしく整った顔を持つ青年。絹のように流れる金髪は輝き、アーモンド型の碧眼は目が合うだけで吸い込まれそうな深みを持っている、とは違う部署の女子の談である。といっても、今その瞳は半開きになり、前髪はちょんまげにしている状態だ。普段でも不健康なほどに白い肌は更に青白くなっている。目の下の隈が痛々しい。そして彼の背中にある白い翼も少し元気がないように見える。そう、彼は天使だ。

 青年の目の前にある机の一番下の引き出しには栄養ドリンクがこれでもか! と入っていることは周知の事実だ。その内の一つを引っ張り出しながら青年は右斜めのデスクに座る女の子に話しかける。


「飲む?」

「いえ、大丈夫です」


 “今日食べたものが明日の体をつくる”がモットーのその少女はどんな窮地でも栄養ドリンクには手を出さないと決めている。

 金色の髪に青い瞳。白い肌にはうっすらと赤みもあり、目の前にいたならばその頬に手を伸ばしたくなるだろう。桃色に色づいた唇が少女が喋るたびにぷるんぷるんと可愛らしく震える。どんなに忙しくても美容は大事だよねーと一週間前に同僚と喋っていた少女は、最近隈に悩んで遂にスチームアイマスクを購入したらしい。それでも隈は消えずに残っているし、肌も心なしか荒れている。しかし、隈があっても肌が荒れていても、その容姿はさながら童話に出てくるお姫様だ。彼女も青年と同じく翼を持っているものの、青年とは違って純白の健康的な美しい翼である。美は一日にしてならず。ブラッシングはお手入れの基本だ。


「ええと、乙女ゲーム『ラブリーナイトフィーバー』の悪役令嬢役、シャーロット・オーツへ転生する魂ですよね」


 少女はパソコンを開き、資料を開く。この部署には他にも職員がいるものの、他の天使はさっさと帰宅しており現在青年と少女の二人だけだ。

 そんな職場に先ほど要請があったのが、悪役令嬢へ転生する魂の選別だ。異世界間での魂の輪廻転生は珍しくないものの、今回のは明日の朝までに選別しておいてくれなんていう無茶苦茶な要請だ。なんでも、神同士で貸し借りがあっただのなかっただの。下っ端の天使には知る由もないことである。おかげで今日も残業が長引いている。残業中に仕事入ってくるとかブラックにもほどがあるが、下っ端だからしょうがない。


「最近前世の記憶思い出す奴多すぎんだよなー。クレームめっちゃきてるし。記憶管理部なにしてんの」

「ザエリルさんが寿退社したので人手が足りてないんですよ。仕方ないです」

「はああ」


 青年は大きくため息をついた。ため息をつきたいのはこっちだ! と心の中で悪態をつくのは少女だ。現在婚活中、周りが結婚ブームで焦っている。友人がこれ彼氏が買ってくれたのーとスチームアイマスクを見せてきたとき、それを自分で買わずに恋人からプレゼントされる世界線ってあるんだ……と呆然とした。


「いくつか候補を用意しました。資料を送りますね」

「あー、読むのめんどくさいから、読み上げてってー」


 ゴクゴクと栄養ドリンクを飲みながら青年は言った。少女はため息を堪えつつ、資料を開く。


「佐伯洋子さん、27歳。二時間後にトラックにはねられて事故死する予定です。職業はIT会社の社長ですね。二年前に学生時代の友人と立ち上げたとか。趣味は――」

「あー、だめだめ」


 青年は手をぶらぶら、翼をバサバサと振る。


「社長なんてだめ。記憶戻ったら領地経営しちゃうよ? 次は会社じゃなくて領地だ! みたいなノリであいつらやっちゃうんだから。それで領主の父親に認められちゃうパターンだね、これ。間違いない」

「そうですか」

「会計士とか弁護士もだめだからね。領地経営なんてわかんなーいってくらいの馬鹿じゃないと」

「わかりました」


 確かに最近きたクレームに悪役令嬢が半端ない領地経営しちゃって国のパワーバランスが崩れる事態になったというのがあったなあ、と少女は思い出す。謝罪に行った同僚の愚痴に付き合って朝まで飲んだくれて肌が荒れたのは記憶に新しい。


「では次です。上沼まなみさん、29歳。三十分後に階段から転落死します。職業は医療事務です。趣味が手作り石鹸つくりで――」

「だめ」

「ええと、この方は医療事務なのであまり経営については存じてないと思うのですが」

「手作り石鹸つくりて。アウトすぎるでしょ、新しい石鹸開発しちゃうじゃん。名産になるじゃん。父親に認められるじゃん、ストーリー狂うじゃん!」


 バッサバッサと青年は翼を揺らす。羽が宙に舞うのを視界の端に見て、ああ掃除係さん大変だろうなあ。お疲れ様です、と少女は心の中で労わった。


「薬剤師とかもだめだよ、新薬開発しちゃうから。あと趣味ガーデニングとかも新種の何か育て上げちゃうかもしれないからアウトね」

「ガーデニングはいいのでは?」

「ストーリー狂って怒られるのはうちなんだからー。少しでもリスクあったらやめとくのー。減俸勘弁してー。まだローン払い終わってないってのにー」


 天井を仰ぎ見た青年は両手で顔を覆う。金色のちょんまげがしゃきーんっと天井に向かって立っている。そういえば調子に乗って高い車を買ったと言っていた。女子会でみんなが似合ってるだの隣に乗りたいだのきゃあきゃあ言ってたなあ。顔はいいからこの上司はもてるのだ。しかし少女の結婚相手候補からはいの一番に外れている。だって後先考えずに高級車買うとか金銭感覚があわないし、その他もろもろ顔以外は問題だらけだ。


「では、次いきますね。斎藤美優さん、20歳。一時間後に通り魔に刺されて死亡。職業は大学生ですね。趣味はキャンプ、サバゲ―。幼少期から活発な子で――」

「ストップ!」


 またか、と少女は横目で青年を見た。青年は右手を地面と平行に、左手を垂直にしてこちらを見ている。それはストップではなくタイムだ。


「活発な子、ってどれくらい? かけっこレベル?」

「ええと、そうですね。農村育ちなので、よく男の子に混じって山で遊んでいたようで、ターザンとか木登りとかやってますね」

「あー、だめ」

「理由を聞いてもいいですか?」

「記憶戻ってアクティブに動く悪役令嬢の姿に婚約者の王子むねきゅん」

「へ?」

「貴族っておしとやかなわけじゃん? 王子の周りも当然おしとやかな子が多いし、王子はそういう貴族しか知らないわけよ。なーのーに、紹介された婚約者の女の子が木登りとかしちゃうやんちゃ系だったら、“えっ、こんな子はじめて見た……きゅん!”なんてことになっちゃうわけさー」


 “きゅん”と言いながら両手を胸に当てて大げさに演技をする青年につっこみたいところはあったものの、少女は何も言わずに頷く。上司は絶対。これは天界の掟なのだ。


「本が好きな子とかも除外ね。貴族は本なんて読まないから」

「そうですか……」


 少女はパソコンを操作する。多めに候補者をリストアップしたつもりだが、今の時点でかなりの候補者が外れてしまった。あー、こんなにパソコン見てると目が乾く。やっぱ仕事中はカラコン入れなくて正解だと思う。最近、天界の女子の中でカラーコンタクトがブームなのだ。瞳を大きく見せるためでもあるが、それより色を変える点において人気がある。カラコンのキャッチコピーは“これであなたも堕天しちゃう!?”。悪魔の赤い瞳に憧れる女子が急増中なのである。


「じゃあこの方はどうでしょう。増田小百合。明日の早朝、幼いころからの心臓病で病死。幼少時より入院していたため、病院から出たことが少なく――」

「待って待って」


 今度はなんだ、と顔をしかめそうになるのをぎりぎりで耐える。スマイル、スマイルよ私! 少女は自分自身に言い聞かせた。今日は仕事が終わったら飲みにいこう。気になってたあのバーに行こう。ひとりで飲んだらもしかしたらイケメンに話しかけられるかもしれない。ポーチにいれてるカラコンをつけていこう。私は小悪魔になるんだ。だから、スマイル、スマイルよ私!


「お前は悪魔か」

「え」


 少女のスマイルは崩れた。私、天使だし! 堕天してないし!


「わかってる? これ、悪役令嬢に入る魂だよ? かわいそうじゃん」

「いえ、でも結局誰か入るわけですし」

「だめだめ、その子にはチートつけて他の世界に回そう。むしろヒロインに転生させてもいいくらい」

「勝手なことすると減俸ですよ」

「ばれなきゃいいんだよ! はい次!」


 翼をバサバサバサバサする上司にいらっとするものの、やはり上司は絶対だ。今度机の上に育毛剤を置いといてやる。さぞかし不安になるだろう。ぴょこぴょこ揺れる金色のちょんまげを横目で見て少女は思った。

 今まで上司が言っていた条件にあう候補がいないため、ちょっと待ってください、と言って少女はMSL――もうすぐ・しぬ・リスト――を開いた。目を細めてMSLをスクロールしていく。


「あ、この人なんてどうですか。春日トメ子さん、76歳。お孫さんとこのゲームをプレイしたみたいです。もうすぐ老衰で亡くなりますね。趣味は囲碁。専業主婦で、ときどきお料理教室を開いてたみたいです」

「あのな、想像してみて」


 青年はまた引き出しから取り出したのであろう、栄養ドリンクのキャップを開けている。育毛剤も間違えて飲みそうだな、と少女は思ったので置くのはやめることにした。少女は優しいのである。


「自分は前世76歳でした。今生、婚約者がいます。婚約者がかわいい女の子にとられそうです。さあ、どうする?」

「えっと、いじめ……」

「ないでしょ。いじめなんてしないでしょ。76歳だよ? 精神成熟しきってるでしょ! 余裕しかないでしょ! しかも家事万能! 料理上手い! 母性! そんなん王子好きになるわあ、このおばあちゃんのこと好きになるわあ! むしろ俺が好き!」


 マザコン? むしろグラマザコン? 熱弁する上司に引きながら、少女はこれだから結婚できない天使は、と自分のことを棚に上げた。この上司は顔がよく、外面も良いため違う部署の女の子からはモテる。しかし告白されても振りまくっている。理由を聞くと、「家事できない女はちょっと……」「二世帯住宅はいやだっつーから」「なんかお母さんがだめだって言うから」。これだからマザコンは。


「年齢は十代がベスト。記憶を思い出しても人をいじめそうなやつ」

「そんな人いますかね……」

「んー」

「記憶管理部がきちんとしてくれたら済む話ですし、どの魂でもいいのではないでしょうか」

「そうかなあ。嫌な予感するんだよなあ」


 ぶつぶつ言うマザコンにそうですかねーと心のこもってない相槌を打ちながら、少女は再びMSLに目を通す。文字が小さい。目が悪くなりそう。眼鏡にだけはしたくない。やっぱり早く結婚して寿退社したいなあ。婚活婚活。


「でさあ、ドライブ行ったときにお母さんが栄養ドリンクやめなさいって言ってて。でもこればっかは俺も譲れないわけよ。青汁にしなさいとか言われるんだけど、青汁はさすがになー、お母さんが作ってくれるなら飲むけど、俺も一人暮らしだし毎日ってわけにはいかないじゃんかー、でさ、」

「あっ」

「ん?」


 10秒に一回は「お母さん」という単語を挟んでくる青年の話を遮るように、わざとらしく少女は声をあげた。と言ってもただ話がうざかったから遮ったわけでなく、見つけたのだ。ちょうどよさそうな魂を。はやくおしゃれなバーに行きたい少女は早口気味にしゃべり始める。


「この子いいかもしれないです。沢渡友、14歳。三時間後にお風呂で眠ってしまい、溺死します。学生で趣味はゲーム。インドア派ですが、本より漫画、料理は作ったことがないレベルです。ずっと家でゲームをしてるみたいですよ」

「おー、おー!」


 青年はがたっと椅子から立ち上がる。今まで半分しか開いてなかった目が全開になっていた。


「いいじゃーん! 見せて見せて!」


 MSLを覗き込んでくる青年。栄養ドリンクくさいな、と少女は密かに体を遠ざけた。ちらりと青年の横顔を見るとむかつくくらい睫毛が長く、肌も青白いものの荒れてはいない。いらっとした少女は机の上に置いてあったリップクリームを塗った。


「うん、いいねー、いいねー! じゃあこの子でー!」


 うんうん頷きながら満面の笑みを見せる青年に少女もやっと仕事がひとつ終わったと口角があがる。あといくつか残っているものの、もうそれは明日に回そうかな、別にいいよね明日の私がんばれ! と帰ることに決めた。


「いやー、よく見つけたねー!」

「いえいえ、それほどでは」

「これ申請したらもう帰っていいからねー。あとの仕事俺やっとくわー」

「ほ、本当ですかー!」

「うん。頑張ってくれたし」

「ありがとうございますー!」

「そうだ、栄養ドリンクいる?」

「遠慮します」

「あ、うん」




 後日、沢渡友という男の魂を悪役令嬢に転生させたことで悪役令嬢がヒロインにアプローチするという展開になり、青年と少女は仲良く減俸を食らった。

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