第9話 「答え合わせよろしく!」
「何で俺だ?」
全くもってその通りである。
予言者プロメテウス。
先の反乱の首謀者として現在服役中の彼だが、今回の事件には全くの無関係である。
にもかかわらず、天才だから仕方がないという事で事件の全容を彼から説明してもらう事と相成った。
「一応言っておくが、受刑中の身なんだがな」
「俺がいるから問題無いよ!」
「いや、痛いんだよ。腹が」
サムズアップするハデスに呆れて返すプロメテウス。
腹を槍に貫かれてあの淡々とした返しもどうかとは思うが。
全然痛そうには見えないが、そうか、痛かったのか……。
「それにしても何てザマだ?
クロノスには逃げられるは。
ティタンにはコケにされるは。
おまけにオリンポスの密偵に成りすまされたときた。
無様過ぎて話にならん」
「ははははは……」
「す、すごい……!
まだこちらからは何の情報も提供してないのに。
てか、オリンポスの密偵!?」
「……気付かん方がどうかと思うぞ?
ハデスがふたりいる時点でわかるべきだ。
おい、いい加減ヘタな変装を解いたらどうだ? ヘルメス」
「おや? バレちまったかい?」
「へ、ヘルメス?」
そういえばいたな、偽ハデス。
偽ハデスがサッと上着を脱ぐと――おんな!?
「ちょ! ヘルメス様って女性!?」
「時には男! 時には女!
それがアタシ! ヘルメスさ!」
……知らなかった。
本当に私は、知らないことが多すぎる……!
「納得できない顔だな?」
「いや、だから……その……」
「なんで何も知らない無関係の、それも目の見えん俺が、お前らと向き合っただけで事の詳細を把握できたのか。
その説明も無しでは俺の言を信じられんと言うのだろう?」
「そ、その通りです……」
この人スゴイよ!
凄いけど! 絶対に友達になりたくないよ! こんな人!
「……いいだろう。
ひとつひとつ解説してやる。
まず、この場にいるのは俺を除いて6人。
ハデス、コレー、ヘカテ、モイラ、ヘルメス、そしてお前だ」
「だから何で目が見えないのに――って、コレー?」
「ああ、忘れてた。
名前変わったんだよ、ウチの嫁。
今後はペルセポネって呼んであげてね」
「……そうか。
で? なんだ?」
「いや、その、だから目が見えないのに何でわかるのかと……」
「簡単な事だ。
まず、声でわかる」
「あ、そうか」
「まぁ、お前ももうわかっただろうが、ハデスについては声を聞くまでもないだろう」
確かに、今のハデスはその場にいるだけで嫌でも他者にその存在を認識させてしまう。
恐怖の対象として……。
「これでハデスとお前は断定できたな。
次にペルセポネだが、子供の足音がした。
こんな所に来る子供は他に思いつかん。
それに、ハデスがその成になった以上、傍に連れていると思ったからな」
「……足音はいいとして、裁判長が今の姿だと何故ポネ様が?」
「それは――当人に聞け」
「うん、決まりだからね」
「ほらな?
続けるぞ。
そしてヘカテだが、実態の無い気配を感じた。
はっきり言ってただの勘だったが、容易く霊体化できる奴はそうはいない。
そこにいる霊体はヘカテで当ってたか?」
『ええ、わたくしです。イアペトスの息子よ』
「……ふん。
ヘカテがいて更に義体の奴がいるなら、そいつは人形遣いモイラで決まりだ」
「義体!?」
「あらん? わかっちゃうぅ?」
「全身を常に魔力で動かしてる時点でわかる」
「すごぉい! あなた、大魔術師だったのね~!」
「いや、少しかじった程度だ。
魔法は使えん」
……つくづく、天才としか言いようのない人だ。
「で、ヘルメスは簡単だ。
ハデスと全く同じ挙動の癖を持つ気配がもう一人。
世界広しといえど、ここまで猿真似が上手いのはあいつだけだ」
「いやぁ、こいつは手厳しいねぇ!」
「どうだ? 納得したか?」
「……ま、まぁ、はい」
「霊体を感じるのが胡散臭いか?
それはティタン族特有の鋭敏さとしか言いようがない」
ピンポイントで心を読まれた!
「そ、そうなのですか? ヘカテさん?」
『ええ、ティタン族なら子供でもわかるでしょう。
何かいる、程度でしょうが』
「納得して頂けたか?」
「わ、わかりました」
納得云々はともかく、一応理屈は通っているとは思う。
「ここまでわかったなら後は考えるまでもない。
ハデスがその姿になったという事は、クロノスが脱獄した以外に考えられん。
クロノスが開放されればティタン族は地球を目指すだろう。
お前ら、追わんでいいのか?」
「ヘカテーさんがいるから大丈夫だよ。
ねぇ? ヘカテーさん」
『ウフフ、お任せ下さい。一瞬ですわ。
その為に、同行しましてよ?』
「……確かに、どんな宇宙船でも地球まで三日は掛かる。
急ぐ必要は無いという訳か。
だが……いや、まぁいいか」
「え? なになに?
君がそう言うと滅茶苦茶気になるんだけど?」
「気にするな。
俺が言ったところでどうしようもない事だ」
「う~ん。
じゃあいいか」
「そういう事だ」
ん?
今一瞬、プロメテウスがイタズラっぽく笑った?
こんな顔もするのか、この人。
「それじゃあ、答え合わせよろしく!
現状はわかっているつもりだけど、誰がどういう経緯で今回の件に関わったのかが知りたい。
後で事情聴取しないといけないしね」
「それはお前の仕事だろう……」と顔をしかめつつ、観念した様に予言者は語りだした。
「事の発端は先の大戦にまで遡る。
戦に負けたが、ティタン族はクロノスの復権を諦めてはいなかった。
冥府に閉じ込めようとも、水面下では常に逆襲の機会を窺っていた。
そして今になって、そのチャンスが訪れた。
クロノスの血を引くオリンポスの王子。
つまりゼウスの子なら誰でもよかった訳だが、それを担ぎ上げ冥府に散らばるティタン族を集結させた」
「あーそれで今回、ウチのポーが乗せられたのか……」
「ポセイドンも利用されたのか?
全く、今のオリンポス勢は揃いも揃って無能しかいないのか?」
「……うっ! 返す言葉もありません」
「……まぁ、あいつについてはいつもの事だから別に考察の必要は無いな。
どうせ今回も敵にいい様に使われたんだろ?」
「そう。当然の様にね」
「あの! 質問!」
「何だ? 新人」
「ポセイドン様は偽物じゃなかったんですか?」
ここをハッキリとしておきたい。
今回私たちが見たポセイドンは、そもそも本物だったのか。
モイラの人形だった可能性もあるし、ヘルメスの変装だったかもしれない。
「あれは本人だよ」
ハデスが答えた。
流石にプロメテウスといえど、ここに本人がいない以上確認のしようがないと見た。
しかし、まだ疑問が残っている。
「確か裁判長に変装していたヘルメス様が、ポセイドン様の口調が違うと。
ええっと、一人称がオレ様なのにオレ、にーちゃんを兄貴と言っていたので偽物だとか」
「あいつ、日によってコロコロ変わるよ?
気分屋だからねぇ~」
「えっ!? じゃあ……」
「ああ、あれはアタシの遊び心さ。
どうだい? まんまと騙されたろ?」
余計な事をしてくれる!
「そんな目で見ないでおくれよ。
あれはあれで意味があったんさー」
「はぁ……」
まぁ、その件にまで気にし出すとキリが無いから置いておこう。
「話を戻すぞ?
ポセイドンを利用したのは冥府側を攪乱する為だろう。
オリンポス側の足並みを崩す狙いもある。
だが、リスクもある。
あくまでポセイドンは巻き込まれただけだ。
だから計画の全容を悟られてはならない。
そこでポセイドンの目を盗んで子供を攫い、各地のティタン族を集める餌にした。
その一役を担ったのが、そこのヘルメスだ」
「そうなの?」
「ああ、スパイだからねぇ。
ご要望とあらば今すぐお縄に付きますがねぇ?」
ヘルメスはいやらしく笑った。
「それについては後にしようか。
プーちゃん。続けて」
「ポセイドンを上手く転がし、ヘルメスを使い、いよいよクロノスを開放しようとした」
ああ、だからあの時、ハデスに変装した上で地下牢にいたのか。
「ところがここに来て誤算が生じた。
地下牢を開けられるのはハデスのみ。
そうだろ?」
「うん、俺だけだよ。
俺の生体情報をスキャンしないと鍵が開かない仕組みになってる」
「やはりな。
ティタン族の時代には無い新技術を想定してなかった為に、連中は次の策に打ってでた。
モイラの人形を使ってクロノスが脱走した様に見せかけた。
その真偽を確かめる為に、ハデスは牢を開けた。
それを魔術探知していたヘカテの力で本物と人形を入れ替えた。
後はクロノスの言霊の力を使ってティタンを先導し、多数決至上主義のハデスを封殺しようとした。
仕上げとして、俺ならヘカテの能力で亜空間に閉じ込めるかな。
後はクロノスがオリンポスを制圧すれば、晴れて悲願達成って訳だ。
しかし――」
プロメテウスはヘカテの方を向いた。
「お前はここにいる」
『…………』
「それは何故か?
当ててやろうか?
お前はティタンの為だと言うだろう。
だが、それは正確ではない」
『…………』
見えない筈の目を見開き、挑戦するかの様に魔女を見据えて弁舌を振るう。
「お前は気付いてしまったんだ。
例えクロノスが返り咲いたとしても、冥王ハデスがいる以上意味は無いと。
だから今度は、クロノスを止める為に寝返った」
『…………』
対してヘカテは反論もせず、黙って聞いていた。
さも罰を受けるかのように。
「そうしなければ、世界が滅ぶ。
そんな風に思ったんだろう?
だから世界を守る為に、かつての自分をかなぐり捨てて、ハデスを選んだ」
『…………』
ヘカテの眉がピクリと動いた。
驚愕、ではなく、関心しているかの様な表情だ。
「世界の為、と言えば聞こえがいいが、要するに今ある社会を壊されたくないだけだ。
クロノスを内包し、ティタンが辛うじて許される今の世界の在り様を、守りたい。
その為なら、クロノスに、同胞に拒まれようと構わない。
違うか?」
『…………』
問いかけを否定しない。
その沈黙こそが答えだと言わんばかりに。
「ハデスの内側を見たんだろ?
こいつの真の恐ろしさを。
そしてお前は、その考えに至った」
『…………』
気付けばプロメテウスはジワリと汗をかいていた。
追い詰める様に論じておきながら、自身を問い詰める様に。
「俺もそうだったから、よくわかる……」
『…………』
そして目を閉じ、小さく息を整えた。
「というのが俺の憶測だが、大体合ってるか?」
『……見事です。
プロメテウス。
正にあなたの言う通り、付け加えるものさえありませんわ――』
讃える様に、ヘカテは両手を広げた。
『まさか我が胸の内さえも見通すとは、ティタンは惜しい才能を失っていたようですね』
「……お褒めに預かり」
ヘカテは、慈しむ様にプロメテウスを眺めていた。
我が子を誇らしげに見つめる母親の様に。
それが居心地悪かったのか、プロメテウスが目線を逸らした。
……目、見えてないんだよな?
「……解せんのはヘルメスがここにいる事だが失態だったな」
唐突に話を変えてきた。
どうやらヘカテが苦手らしい。
哀れヘルメスに矛先が向けられた。
「隙を見て子供を助けるつもりだった様だが、クロノスの威光で役に立たんかったと見える」
「……本当に、手厳しいねぇ」
「俺からは以上だ。満足か?」
「ありがとう! 助かったよ~」
「ありがとうございます!」
流石は予言者プロメテウス。
お陰で知りたい事はおおよそわかった。
後は――。
「さて、そろそろ親父を追うとしますか」
『その前に、少し時間を下さい』
「え?」
『すぐに済みますわ。
プロメテウス。
貴方の気高さを見込んでお願いがあります』
「いやだ」
まだ何も言ってないのに、プロメテウスは即答した。
この人の場合、どんな頼み事もこうやって断りそうではある。
まぁ、どうせどんなお願いかもわかるんだろうけど。
『そう言わずに、お願いします』
「なんで俺なんぞの過去に興味がある?」
やっぱりわかってた。
こうなると最早ギャグである。
『ウフフ。
やはり、貴方は、素晴らしい――。
貴方のその類稀なる頭脳が必要なのです!』
尚も強引に食い下がるヘカテ。
先程プロメテウスに全てを暴露された事を根に持っているのか?
『さあ!
このわたくしに!
あそこまで意見したその胆力!
今一度見せて下さいな――!』
「だ・か・ら! 何で俺なんだ!?」
この日、私は思い知った。
天才では熟女に勝てない事を――。