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ハデス ~最後のティタノマキア~  作者: 底なしコップ
第一部 新たなるティタノマキア
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第8話 「眼鏡が無いと目が見えないよ」

 冥王ハデス。

 最強にして最凶にして最恐なる黒き王。

 大海を統べる海王ポセイドンの兄。

 生けとし生ける者に等しく恐怖を与える断罪者。

 人類史上最強最悪の肉体を持つ男。

 彼の声は死を齎し、誰も彼もが恐れ慄く。

 ……初めて、それを実感した。

 ハデスを知らずとも、その恐怖を理解するのは容易い。

 ただ、見ればいい。

 脱色したかの様に白かった髪は漆黒に染まり、死体の様に青白かった肌は闇の様に黒い。

 一目見ただけで、いや、もしかしたら、その場に立ち会うだけで思い知る事になるだろう……。

 あれは、邪悪そのものだ。

 理由などない。

 本能が、そう告げている。


『ヒトが……! ヒトの身で……! ……そんな……!?』


 魔女ヘカテが慌てふためく。

 だが、この場において取り乱せるのは余程の実力者である証といえよう。

 さもなくば、私の様に怯え固まり、ガタガタ震える他は無い。


『あなたは……! 何者です……!?』


 ヘカテの言っている意味が、わかってしまう。

 冥王ハデス。

 最強の王。

 かの黄金王クロノス様の息子。

 戦争に負けて捕虜となったティタン族を管理する看守長。

 法廷における最高責任者。

 非常に頑丈な身体と、強固な精神を持つ。

 普段はひょうきんだが、有事には冷酷な判断を下す厳しい性格。

 そして、私の上司。

 名前は知っている。

 どういう人物かも知っている。

 だが、知らなかった。

 いや、正しく認識していなかった。

 ハデスが何故最強と呼ばれ、どんな力を持つのか。

 その由来を、全くわかっていなかった。


「ハデスです。じゃあ、ダメみたいだねぇ……」


 それはハデス自身もわかっているのか、そんな風に答えた。

 おそらく、私たちを怖がらせないよう普段の口調で喋ったのだろうが、そんな事は何の効果も無く、ただただ恐怖を感じるだけだった。


『……違う! そうでは無い!

 今のあなたの形態など問題ではありません!

 今のあなたの状態が、理解……できない……!』


 ヘカテの言っている意味に、理解が追い付かない。

 形態と状態。

 その違いは何か?

 その事を考えるより先に私の思考を占めたのは、あの魔女はハデスの肉体(・・・・・・)自体には恐怖を感じていないという驚きだった。

 いや、それも違うのか?

 恐怖は感じてはいるが、それを上回る何かに気付いたのか。


「あの、ヘカテーさん?」

『その呼び方でわたくしを呼ぶな!!』


 空間が震えた。

 あの老練な魔女が、初めて感情に任せて激昂した。

 だがわかる。

 なぜかわかってしまう。

 あの呼び方は、正しい呼び方。

 クロノス様が発するべき本来の発音だ。

 それをハデスが同じように呼ぶと、名前を穢された様に錯覚させられる。

 クロノス様からの賜り物を踏みにじられた様な。

 正論を言われて反感覚えるような。

 ともかく、部下であるはずの私でさえ、そう感じてしまう。


『……いいえ! できる訳がない!

 たとえ可能だとしても! そんな事を!

 生物である以上! 出来る訳が無い――!!』


 ヘカテは必死だった。

 必死に、自身に言い聞かせている様だった。

 あの自答を正確に読み取る事はできない。

 あれ程の知性と力を持った魔女が、自身の数世紀年下の男を前に動揺している。

 しかしそれでも、この場にいる誰よりも、彼女は冷静なのかも知れない。

 恐怖の対象であるハデスと、傍観しているペルセポネを除いて。


『……どちらにせよ。

 あなたは消えるべき存在です。

 今、ここで、わたくしの手で――!!』


 バッとヘカテが両手を仰いだ。

 空に大きな穴が開く。

 そこから巨大な隕石が降ってきた!

 ハデスはそれを受ける!

 更に隕石が降ってくる!

 それを受け止めた隕石を投げつけて相殺する!

 周囲に破片が散乱する!

 ヘカテの攻撃は止まらない!

 私は! うずくまる事しかできない!


『この程度では傷一つ付けられませんか……。

 流石はあの人の御子……。

 ……だからこそ許せない!

 偉大なるティタンの血を引き裂き貶めた!

 人類の天敵よ!』


 ヘカテは叫びながらハデスを握りしめる。

 対するハデスはされるまま、何の反応もない。

 魔女の身体がブレる。

 半透明に光る、もうひとりの小さなヘカテ。

 いや、けして小さくはない。

 私たちと同じぐらいの大きさだ。

 その半透明のヘカテがハデスに迫る。


『その本性を! 見せなさい――!!』


 頭を両手で抑えられたハデスは尚も無反応だった。

 いったい何が行われているのか解らない。

 ヘカテが両手に力を込める。

 私の位置からでも凄い圧を感じる。

 おそらく凄まじい魔術的な何かが行われている様だ。

 ハデスの瓶底眼鏡が割れる。

 あの恐ろしい凶悪な視線。

 しかもおそらく、以前よりも一層凶悪さに磨きがかかっているであろう視線。

 だが、ヘカテは怯まない。

 あの至近距離で、怯まない。

 ほとんど動かない両者だったが、これは間違いなく真の強者同士の戦いだ。


『ひやああああああああああああああ!!!?』


 悲鳴と共にヘカテが燃えだした。

 半透明のヘカテが身体に戻る

 しかし、同時に燃えだした肉体は完全に火だるまだった。

 痛ましい叫び声と共に、魔女ヘカテは消滅した。


「……終わった、のか?」


 思わずそう声が出た。


「いや、まだだよ。

 これでようやく親父を追える」

『お待ちなさい――』


 ハデスの声にギョッとし、それを遮った声にハッとした。

 その声は、先ほど焼け死んだはずのヘカテだった。

 やはり空間から穴が開き、半透明のヘカテが現れる。

 小さい、我々と同じ大きさの方だ。

 更に、あの派手なドレスではなく、最初に着ていた黒い喪服の姿で戻ってきた。


『最早わたくしに、貴方と争う意思はありません。

 むしろ、あの人を、クロノスを止めたいと存じますわ』

「え?」


 ハデスと私は顔を見合わせ――。


「わあああああああああああ!!!?」


 …………数分後。

 ようやく意識を取り戻せた。

 ハデスの視線に充てられてしまっていたらしい……。

 めっちゃ怖かった!!


「ゴメンゴメン!

 でも困ったなぁ。

 眼鏡が無いと目が見えないよ」


 そこに(ハデスの目を我々が)と付け加えるべきだ。

 以前に見た視線が可愛く思える程の、途方もなく邪悪な眼をしていた。

 これでは会話する事すら困難である。

 よくヘカテは耐えられたものだ。

 敵ながら尊敬してしまう。


「……しょうがない。

 これでどう?」


 細目になった。

 ……慣れた為か、辛うじて顔は見られる。

 すごく怖いが、問題無いといえば無い。


「な……なんとか!」

「じゃ、これでいこう!」


 ……なんだか、どんどんキャラが変わっていくなぁウチの上司は……。


『よろしいですか?』

「あ、そうだ。

 ヘカテーさん、無事だったね! いやぁ良かった良かった~」

『ええ、まぁ。

 肉体の殆どを失い、最低限の臓器を移し、肉体再生に努めている現状を無事だというのであれば』


 おお、こわいこわい……。

 ニッコリ笑ってウフっと答えてくれたのが、余計にこわい。


「で? ヘカテーさんは何で心変わりしたんです?」

『……全ては、ティタンの為です』

「え?」


 不意に声がついた。


『何でしょう?』


 ヘカテがこちらを向いてきた!

 どうしよう!

 とにかく! 頑張れ! 私!


「えっと、ヘカテ、様は……」

『ヘカテで結構ですよ』

「……ヘカテさんは、ティタン族の為に裁判長……ハデス様と敵対したのですよね?

 それがどうして今になって?」

『といいますか、今回の計画を立案したのは、わたくしです』


 事件の張本人だった!


『浅はかでした……。

 まさか、貴方がそれ程の存在だったとは――』


 ヘカテはハデスを見た。

 見つめている?

 というか、さっきからハデスを見る目が変わっている?

 「あなた」の言い方も、どこか変わった気がする。

 何となくそう思うだけだが。


『ティタンの時代は終わりました。

 いいえ、既にあの時終わっていたのです。

 クロノスが敗れた瞬間から……。

 ならばこれ以上、あの人には甘えられない。

 わたくしの我がままに、世界を巻き込む訳にはいきません。

 ハデス。

 貴方に同行する事をお許し願います――』


 ヘカテは深々と頭を下げた。

 ハデスは困った表情(と思うのだが、怖くてよくわからない)の後、承諾した。


「さて、それじゃあ張り切って行きますか!」

「ちょっと待って下さい!」

「え? どしたの?」

「今回の件。いまいち全容が掴めないのですが……」


 こんな事を聞いている暇はないとは思うのだが、できれば教えて欲しい。


「わからない?」

「ええ」

「そんな時は」

「そんな時は?」

「プーちゃんに聞いてみよう!」

「えっ!? なんでそこでプロメテウス!?」

『わたくしもそれが良いと思いますわ』

「いやでも、あの人は関係無いじゃないですか!」

「でもプーちゃんに聞くのが一番早いんだよ。

 ねぇ? ヘカテーさん」

『ええ。

 天才ですから、あの子』

「そう。天才だから仕方ない」


 ……よくわからないが、天才だから仕方ないらしい。

 仕方がないから、私たちは稀代の天才。

 予言者プロメテウスを訪ねる事になった。

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