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ハデス ~最後のティタノマキア~  作者: 底なしコップ
最終部 神々の黄昏
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第59話 「原初の巨人」

『――目醒めよ――』


 偉大なる声に導かれ、私の意識は覚醒した。

 原初の奈落タルタロス。

 底知れない暗黒の空間。

 しかし、不思議と心地よく安らぎに満ちていた。

 そしてその中心で、私は見た。

 私は感動し、震えた。

 ここに私の肉体があったなら、感涙していた事だろう。

 穏やかなる母。

 或いは偉大なる父。

 その両面を兼ね備えた、創造主たち。

 世界最大の巨人カロンすらも凌駕する巨大な身体。

 それを包み込む、真のアダマントの鎧。

 ゼウスが創造した神器の、全ての根源を手にしている。

 六柱の神々。

 “原初の巨人”――。


『――出でよ――

 ――真実の姿をここに――』


 巨人の一柱により、視界が開けた。

 そこには、“ハデス”とペルセポネ。

 そして年老いたクロノスがいた。

 あとは――?


『ゼウスです』


 ゼウス!? これが!!?

 あまりの事に、私は気が動転した。

 まるでミイラの様にやせ細った男が、幾つもの器具を取り付けられ、辛うじて生かされている。

 ヘカテさん! これって……!


『生命維持装置ですね。

 彼はもう、自力では生きられない……』


 そんな……!

 さっきまで黒キ王と互角に……!


『分身体を生み出し、戦っていたのでしょう。

 それが、無敵の王の秘密。

 プロメテウスがひた隠しにしていた、ゼウスの真実です』


 そ、そんな……!


「あり? なんだーここ?」


 ……誰だ? あのぶっさいオッサンは?


『ポセイドンです』


 えっ!? うそ……!?


「お! 術が解けちまってるー!

 ま! いっか! ガハハハハ!!」


『これが彼本来の姿の様ですね。

 おそらく今まで幻術で姿を変えていたのでしょう』


 だからコロコロと姿が変わっていたのか。

 で、でも、隠していた正体がバレたのに、何だかいつも通りというか……。


「この成りじゃ女にモテねーんだよな~!

 でもよー? このオレ様もイカすだろぉ~?」


 あ、やっぱりポセイドンだ。

 ゼウスの事がショックだっただけに、物凄く安心した。

 もしかして、実は一番の大物なんじゃないか?

 この人は。


『――役者は揃った――

 ――これより、“王”を選定する――』


 “王”の選定?


『――ヘカテーに選ばれし魂よ――』

『――(なれ)も証人として参加せよ――』


 私の事……?


『“原初の巨人たち”は寛大です。

 本来この場に呼ばれていない者。

 あなたとペルセポネの同行をお許し下された』


 ……ヘカテさん?

 何か企んでません?


『滅相も無い――』


 ……まあいい。

 “原初の巨人”相手に出し抜く事など不可能だろう。

 そもそも、意味が無い。

 ヘカテに知識を与えられた今の私には、それがわかる。

 あれは、全てのヒトの頂点に立つ存在。

 “威光”と“畏れ”、“叡智”に“言霊”、そして“魅力”。

 その全てを備える究極の至高種。

 一つの意識が、敵う様な存在ではない。


『――見よ――』

『――“王”の歴史を――』


 “原初の巨人”は全方位に映像を投影した。

 それは、クロノスの歴史だった。

 原初の時、クロノスは産み落とされ、そこで――。

 ヘカテ!?

 ちょっと! どういう事ですか!?


『驚くことはありません。

 わたくしは過去にも飛べるのです』


 でも前に過去に行ったら幼女化するって言ったじゃないですか!

 熟女じゃないですか! これ!


『そこから更に秘術で最も強い頃のわたくしを召喚したのです』


 なぜそんな事を……!


『クロノスが赤子の頃。

 彼を育てるべき母が存在しなかった。

 だから、未来からわたくしが呼ばれたのです。

 ああ……!

 乳飲み子のクロノスに授乳する時の興奮……!

 至福の時間でしたわ――!!』


 ……この人は!

 原初の頃から変態だったとは……!

 話自体は壮大なんだが、この阿婆擦れのせいで台無しである!

 まさか! それで爆乳になったとか言いませんよね!?


『女体の神秘ですわ』


 うるせえよ!!

 クロノスも顔を赤らめてるじゃないか!

 これ以上、あの好々爺を困らせないで欲しい……!

 しかし、凄いですね……。

 初めからクロノスを呼び捨てしている時点で只者ではないとは思っていたが、まさか育ての親だったとは……。


『うふふ。

 クロノスの事は何でも知っていますわ。

 臣下として、乳母のように、育みました。

 より良い未来へと導くために――』


 ……ヘカテさん。

 ひょっとして、あなたは未来の人とか?


『鋭いですね。

 このわたくしは、未来より召喚されました。

 現代のわたくしの肉体を依り代として。

 この時代のわたくしは、まだハデスよりも年下ですのよ?』


 そ、そーなんだー……。


『まあ、“ハデス”に殆どを焼かれてしまいましたが……』


 あははは……。

 でも、消えていないという事は……!


『ええ、きちんと復活しますわよ』


 ……喜んでいいのか悪いのか。

 この変態を野放しにする事を考えると……。


『――ヘカテー、そろそろ――』

『申し訳ありません!』


 “原初の巨人たち”は我々の意思疎通を穏やかに見逃してくれた。

 流石は偉大なる創造主!

 ここまで脱線しても寛大なる御心で許して下さる! 素敵!!

 ……ん? このくだり、ヘカテの時と同じ様な……。

 と、私が要らん事を考えている間に、クロノスの歴史が続いてゆく。

 クロノスはヘカテに守られ、健やかに成長していった。

 “原初の巨人”と同じ肉体を持つ彼は、その性質により獣をヒトへと進化させ、自然の赴くままに“王”となった。

 “王”としての自覚が芽生えた頃、彼は理想郷をつくる事を思い立ち、黄金郷を建国した。

 そして長きに渡る黄金時代を築き、人類は未曽有うの繁栄を謳歌した。


『――しかし、クロノスは失脚した――』


 “原初の巨人”は、次なる投影を映し出した。

 それは、ゼウスの歴史だった。

 彼は未熟児だった。

 しかし彼を生み出した研究者は“ハデス”の瘴気を浴びせた。

 その結果、瀕死の赤子は想像を超える力が宿った。

 それが、ゼウスの光の力だった。

 だが、その代償はあまりに大き過ぎた。

 ゼウスは自力で立つ事さえままならず、逃亡後は兄弟たちに支えられ何とか生きてきた。

 そんな彼の中で、最も影響を与えたのが、メティスという女性だった。


「……ああ……メティス……

 ……死ぬことばかり考えてた僕に……

 ……未来があると教えてくれた……

 ……初めての……女性(ひと)……」


 彼女は生きる事を諦めていた当時のゼウスにとって、唯一の希望だった。

 しかし、彼女もまた瘴気によって亡くなった。

 その時初めて、ゼウスは彼女の分まで生たいと願った。

 そしてプロメテウスに出会い、後は彼の記憶通り。

 だが、この投影が、隠された真実を捕捉した。


「……ああ、懐かしい……」

「ゼウス! 喋って大丈夫か!?」

「……平気だよ……ポー兄さん……。

 思えば……この頃は楽しかった……」


 ゼウスは安らかにそう言った。

 しかし、映像の中の彼は、とても辛そうだった。

 プロメテウスに会った時点で、既に彼は自力では動けなくなっていた。


「……ハデス兄さんのお陰で……動けるようになった……」


 だが実際には、目覚めた力で無理矢理身体を動かしているだけだった。

 それがどんなに苦痛かは、想像するしかない。


「……ポー兄さんの幻術のお陰で……やつれても……

 ……皆に心配を掛けずにいられた……

 ……ありがとうね……」

「ヘッ! よせやい! 照れるじゃねーか!」


 ……ゼウス!

 なんて健気な事だろう……!

 ……だが、そんな健気さは無残にも踏みにじられた。

 異形の人々の虐殺。


「……ああ……僕に力がなかったから……

 ……助けてあげられなかった……

 ……そして……兄さんに……

 ……全てを背負わせてしまった……

 ……この時ほど……

 ……悔しかった事は無い……!」


 ゼウスの声は弱々しいが、その言葉には強い意志が込められていた。

 この時彼は、理不尽な世界を変える為に、“叡智”を手に入れた。

 自ら犠牲にして。


「……その結果が……この姿さ……

 ……そして……

 ……こんな姿になってまで……

 ……僕は自分自身を律し切れなかった……」


 身体の自由と引き換えに得た創造の力で、ゼウスは理想の自分を分身体として生み出し、理想の王を目指した。

 だが、その為には人類の歴史を知る必要があった。

 そして彼は、人の負の側面を見過ぎてしまった。

 心は折れ、道徳心は踏みにじられ、それでも人々の為と信じて見続けた。

 だが、最後には果て無きヒトの業に押しつぶされ、絶望してしまった。

 投影は続く。

 そこには彼がいつしか忘れてしまっていた、守るべき者たちが映った。


「……ヘラには酷い事をした……」


 動けぬ彼を、それでも愛した妻。

 彼女の献身により、ヘパイストスが誕生した。

 だが、両親は喜んでも、世人には受け入れられなかった。

 その事が二人を深く傷つけ、それを紛らわす様に、ゼウスは理想の肉体を以ってアレスを設けた。


「……満たされなかった……

 ……僕は……自分の事しか考えられなくなっていった……」


 歯止めがきかなくなった彼は、分身体によりアトラスの娘マイアを娶った。

 その根源的理由は、アトラスという名のトラウマを克服する為だった。

 コイオスの孫娘レトを妾にしたのも同じ理由である。


「……僕は……独りよがりの暴君と化した……

 ……後には……意固地な使命感だけが残った……

 ……今にして思えば……黒キ王に挑んだのも……

 ……僕を止めて欲しかったのかも知れない……」


 そして、ゼウスの投影が終わった。


『――ゼウスは優し過ぎた――』

『――“王の器”としては脆過ぎる――』

『――ならば――』

『――ポセイドンはどうか?――』


 ポセイドンの歴史が――。


『――いや――』

『――自由過ぎて統治に向かぬ――』


 投影されなかった!


「アーハッハッハッ! バカでー!」


 お前だよ!!

 ホントにもう! 痛快だよ!

 器だけなら宇宙一だ!!


『――ならば――』

『――やはり――』

『――“ハデス”――』


 “原初の巨人”は“ハデス”を投影した。

 歴史ではなく、あらゆる側面の彼を。

 誕生と同時に己という存在を理解した“御子”。


『――生まれながらに最も強く正しき者――』


 あまりに強大過ぎるが為に、自身の齎す影響力に気付かない“ハデス”。


『――如何なる環境にも耐え得る個体――』


 高すぎる知性と理性が仇となり、ヒトと異なる価値観を得た超人。


『――あらゆる事象をも解明しうる頭脳――』


 果ては、世界をも滅ぼす力を手にした黒キ王。


『――そして全てを凌駕する実現力――』


 “原初の巨人”は確認する様に“言葉”を発し合った。


『――答えは出た――』


 “原初の巨人たち”は互いに声を同調させた。


『――黒キ王――』

『――世界の“王”として君臨せよ――』

『――汝なれば――』

『――それが(あた)う――』


 これは神々の決定だった。

 審判は下った。

 以降それは、新たなる世界の理となる。


「――いやです――」


 ……筈だった。


「――面倒くさいんで――」


 “ハデス”は神々に逆らった。

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