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ハデス ~最後のティタノマキア~  作者: 底なしコップ
最終部 神々の黄昏
60/64

第58話 「黒キ王」

 黒キ王。

 ゼウスはそう呼んだ。

 全知の源泉“神の知恵”から得た知識であろう。

 それは、世界を終焉に導く存在(もの)であると。

 ヘカテは言った。

 それこそが、“ハデス”本来の姿であると。

 それは生命の完結、ヒトの一生の効率化。

 即ち“死”であると――。


「やはり! 貴様は悪の大魔王だったのだな!!」


 突然、思わぬ横槍が入った。


「―……あのバカ息子……!―」


 ゼウスが頭痛げに溜息をついた。

 誰あろう彼の息子バカ王子アレスさまである。

 確かウチの上司に地中深く埋められた筈だが、いつの間にやら復活したらしい。


「父上!!

 こやつを倒す名誉! このアレスに頂きたい!!」

「――好きにせよ――」


 ゼウスはテキトーな声で言った。

 実の父からさえ、こんな風にあしらわれる彼だが、黒キ王を前にして怯まぬその意気込みだけは見事である。

 ゼウスの加護と肉体的スペックだけでは、あの存在には立ち向かえない。


「はっ! ありがたき幸せ!!

 さあ!! いくぞ!! 冥王よ!!」


 言ってアレスは巨竜へと姿を変え、黒キ王に突撃した。

 ――かに思われたが、勢いに乗ったまま竜人に姿を変えた。


「おー! ドラゴンの力をギュッと凝縮しやがったな!?

 やるじゃねーか!!」


 何故かポセイドンが解説してくれた。


「そうなんですか?」

「んにゃ? ただの勘だがよー」


 ……なんだよ!

 一瞬関心しちゃったじゃないか!


『いえ、その勘は正しいと思います。

 わたくしの見た所、大体あっていますわ』

「へへ! ほれ見ろ~!」


 うう……!

 このオッサンめ……!


「竜人の力を受けてみよ!!」

「――……――」

「ぐをおおおおお!!!?」


 アレスが黒キ王を攻撃した瞬間、攻撃した筈のアレスが悲鳴を上げた。

 一方、黒キ王は微動だにしていなかった。


「すっげえええ!!

 さっすがにーちゃん!!

 何にもしなくても攻撃をそのまま相手に返すたあビックリだぜえ!!」

「伯父上!!

 あなたはオリンポスと冥府!

 どっちの味方なんですかっ!!」

「あ、オレ、こっち(・・・)だったわ!」


 アレスのツッコミで慌ててオリンポス側に移動するポセイドン。

 ……本当に自由だな! この人は!


「――素晴らしい!!――

 ――これぞ! 人類が生み出した究極の叡智の結晶!――

 ――ハハハ!――

 ――ハハハハハハハハハハハハハハハ!!――」


 ゼウスは大いに呵々大笑した。

 その理由はわからない。

 常人たる私には、最早そんな余裕も知性も無い。


「――“こんなモノが、君の求めていたものか?”――」


 黒キ王の“言葉”に、絶対的な強制力を感じた。

 何の指示も命令も無いただの“言葉”。

 しかし、ゼウスの“言霊”など及びもつかない程の、絶対性があった。

 理由などわからない。

 本能が、そう告げている。


「――我のみに非ず!――

 ――ヒトは!――

 ――生命は!――

 ――常に至上を求めるもの!――

 ――その象徴たる汝が、何故疑問を抱く!?――」

「――“そんなに大袈裟な事か?”――

 ――“そもそも、俺たちはそんな議論をしていた訳じゃない”――

 ――“クロノスの処遇について争っていた筈”――」

「――さもあらん――

 ――クロノスを引き渡せ――

 ――黒キ王よ――」

「――“何故、そこまで親父に拘る?”――」

「――わかっている筈だ――

 ――クロノスがいる限り、オリンポスの時代は始まらぬ――」

「――“親父が怖いのか?”――」

「――ち、違う!!――」

「――“そうか、なら納得できる”――」

「――違うと言っておる!!――」

「――“ゼウス”――」

「――……なんだ?――」

「――“頑張ったね”――」

「――おのれ! 愚弄するか!!――」


 光と闇の戦いが始まった。

 ゼウスは雷光を纏い、認識できない程の高速で“黒キ王”を攻撃した。

 瞬時に無数の神器を生み出し、即座にその全てを最も効果的にぶつけた。

 しかし、その全てが無残に玉砕した。


「――効かぬか!?――

 ――“王”をも貫く神造兵器が!?――」


 ゼウスはすかさず距離を取った。

 そして自らが纏う武具を一新させた。


「――“原初の巨人”が創造したアダマントの武具――

 ――これを貫けるものは未だ存在せぬ――」

「――“そうか”――

 ――“なら、遠慮なく”――」


 黒キ王は一瞬でゼウスを捕捉し、軽く小突いた。


「――ぐをおおおお!!?――

 ――馬鹿な!? 砕けた!!?――

 ――宇宙で最も硬い筈の鎧を!!?――」

「――“それは、お前の願望だろう?”――

 ――“お前はそれを、再現しただけだ”――」

「――ぐぬう!! おのれぇええ!!!――」


 ゼウスはまたも武具を一新させ、黒キ王から距離を取り、無数のケラノウスを背後に出現させた。


「――如何に最強の肉体を持とうと生物である以上消耗する!――

 ――対して! 我は無敵!!――

 ――如何なる致命傷も!――

 ――我が加護によって無効化される!!――」

「――“そこまでいうなら戦おう”――」

「――なに!?――」

「――“準備はいいか?”――

 ――“無敵のゼウス”――」

「――な!?――

 ――ブ!!――」


 黒キ王の一撃で、ゼウスの身体が死に絶えた。

 無尽蔵の防御力を誇るゼウスの鎧。

 それは無残にも打ち砕かれ、大穴が貫通している。

 だが――。


「――言ったであろう!――

 ――我は無敵!!――」

「――“そうだった”――」


 黒キ王は再度ゼウスを貫いた。

 しかし、ゼウスは何度倒されても復活した。


「――流石だ! 黒キ王!!――

 ――だがこれにはどう対処する?――」


 ゼウスは巨大な建造物を創造した。

 塔から城に、城から城壁を、そしてついには一つの都市となっていた。


「――見よ! これぞ“創世の力”!!――

 ――これこそが! 真の王たる者の力だ!!――」


 ゼウスは勝ち誇った様に笑って言った。

 その真下。

 彼を見上げる黒キ王は、事も無げに聞いていた。


「――“どうやら相当、王にコンプレックスがある様だ”――」

「――ぐぬぬぬ……!――

 ――よかろう!!――

 ――ならば思い知らせてくれる!!――

 ――これが!! 次代の!! 王の力だ!!!――」


 ゼウスが生み出した城から一斉砲撃が開始された。

 その何れもが神器と同等の破壊力を秘めていた。

 しかし、黒キ王はその全てを打ち砕いた。

 避ければ背後にいるティタンに被害が出る。

 黒キ王は、一人の被害も出さず、たった独りでゼウスの国を相手取った。


「――おのれ!――

 ――図に乗る出ないわ!!――」


 ゼウスが塔の天辺から雷を投げつける。

 黒キ王は焼き尽くそうとするが、雷撃は消える事無くすり抜け黒キ王に衝突した。


「――どうだ!?――」


 しかし、黒キ王には大した効果は無かった。


「――くう……!――

 ――バケモノめ……!!――」


 迫り来る黒キ王にゼウスは戦慄していた。


「――来るな!!――」


 塔の天辺で、ゼウスが無尽蔵に神器をぶつける。

 しかし、黒キ王は全てを焼き、或いは叩き落とした。

 そして先ほどと同じように、ゼウスの身体を貫いた。


「――ぐぬをっ!!?――」


 だが、ゼウスもまたすぐに復活する。

 それがいったい何度繰り返されたのか。

 無敵と最強。

 最強の王は確実に敵を倒す事で最強を証明し、

 無敵の王は何度倒されても復活する事でその無敵性を証明し続けた。


「ひひ……!

 きひひひ……!!」

『ペルセポネ!!

 自分を保ちなさい!!』


 ペルセポネの様子がおかしい。

 黒キ王のオーラに充てられたのか?


「ヘカテさん!!」

『……彼女もまた戦っているのです!

 黒キ王を恐れる、自分自身と――!』


 ペルセポネの身体が変化してゆく。

 あの時と同じく、美しき化物に……!


「う……! この甘い香りは……!?」


 これは……!

 ペルセポネの“魅力”……!

 抗い難い……!

 “性”の欲動……!


『いけない!

 ペルセポネ!!

 思い出すのです!!

 貴女は“ハデス”と寄り添うのでしょう!?』

「アア……!?

 嗚呼……!!

 ああああああああ……!!!

 ……ああ! オレは! 負けない!!」


「異常進化が止まった!

 ……しかし、何故……?」

『……黒キ王。

 その本質に最も触れた彼女だからこそ、強く影響してしまったのでしょう。

 見なさい――』


 ペルセポネが自らの首を絞めている!


「ポネ様!!?」

「うるぜぇ……!

 こんぐらいなんどもねえよ……!」


 そんな馬鹿な! 明らかに苦しそうである!


『……そこまでせねば!

 彼女は自分を抑えられないのです……!』

「そんな……!」


 この戦い!

 早く終わらせなければならない! 


「裁判長!! 早く決着を――!!」


 私の願いが届いたのか、黒キ王はゼウスを天高く突き飛ばした。


『見届けましょう!

 我らも――!!』


 両者の姿は見えなくなったが、ヘカテの魔術で宇宙空間が映し出された。

 広大なる宇宙。

 そこでは、光の化身と闇の覇者が、凄絶なる闘いを繰り広げていた。

 光は星々を生み出し、闇目掛けて惑星ごと放った。

 対する闇は黒い太陽を生み出し、星々を焼き尽くした。

 光が生み出した星々は脆く一瞬にして消し炭にされたが、瞬時に何度も創造された。

 闇が司る太陽は強力ではあるものの、たった一つしかなかった。

 互いに拮抗する光と闇。

 幾つもの星々が生まれては消えてゆく。

 その光景は、正に神々の戦いだった。

 互いに譲らぬ破壊と創造のせめぎ合い。

 どれ程の時がたったのであろう。

 だが、実際には数分の事だった。

 決着は付かないかに思われた。

 しかし――。


『見なさい!

 天使たちを―!』


 ゼウスの使徒たる天使たちが浮力を失い地に伏した。


『彼らはゼウスの“力”の貯蔵庫。

 それが浮力を維持できなくなったということは―』

「電池切れか!」


 だとするなら、この勝負……。

 いや、ゼウスのスタミナ切れが目に見えた所で、まだわからない。

 条件は黒キ王も同じ筈。

 この勝負、どちらが勝ってもおかしくはない。


『ああ――!』


 黒キ王が、燃え盛る黒い太陽を圧縮していく。

 「そうはさせぬ!」と、ゼウスが無数の彗星をぶつける。

 しかし、その全てが黒き太陽に飲み込まれ消滅していった。

 黒キ王が圧縮した太陽を片手にゼウスに席巻する。

 ゼウスは闇に向き合ったまま後退しつつも星々の盾を創り続けた。

 その全てを蒸発させる黒キ王。

 しかし、流石に消耗したのか黒き太陽は消えていた。

 ゼウスは安堵した様に停止する。

 しかし、何かに驚いていた様だ。

 その様子を見ていた黒キ王は、何らかのエネルギーでゼウスから離れた。


『……戻ってきたようです!』


 ゼウスと黒キ王が大地に降り立った。


「――どうした!? もう終わりか!!――」

「――“ああ、終わった”――」

「――なに?――」


 黒キ王は“ハデス”に戻った。


「――何のつもりだ!?――

 ――今すぐ黒キ王と成れ!!――

 ――でなくば殺すぞ!?――」

「――いや、やめておこう――」


 “ハデス”は背を向けた。

 隙どころの騒ぎではない。


「――……貴様!!――

 ――うぐ……!?――」

「―どうやら、戦いに夢中になって気付いていないみたいだね―

 ―君は無理をし過ぎたんだよ―」

「――そ! そんな事は!!――」


 ゼウスが纏っていた武具が消滅していた。

 再度武具を創造する。

 しかし、すぐに砕けて消えた。

 必死に創造しようとしていたが、何も現れる気配はない。

 彼は背後の天使たちを見る。

 最早全員、その力を使い切っていた様に倒れていた。

 その要たる叡智(アテナ)さえも――。


「―これ以上続ければ取り返しがつかなくなる―」


 “ハデス”は諭す様に言った。


「―ふざけるな!―

 ―我は! われは!!―

 ―我こそが! 真の……! ……王!―

 ―人々を導く……! 創世の……!―」


 ゼウスは必死に“ハデス”に立ち向かった。

 しかし、既に足に力が入っていなかった。

 だが、それでも気力だけで立ち上がろうとしていた。


「世界を導く指導者として……!

 われには……! せきにんが……!」


 いつしかゼウスは青年の姿に戻っていた。

 “威光”が剥がれ落ち、“言霊”も失せた、ただのか弱い弟に。


「―頼むよ? ゼウ―

 ―わかっておくれ―」


 “ハデス”はぎこちなく笑った。

 不気味な笑みだ。

 そして肩に手を置いた。

 それは、不器用な優しさだった。


「……私は! 人々を救いたい一心で力を得た!!

 それなのに……!

 いつしか救いたかったはずの人々に絶望し……!

 力に溺れてしまった……!!

 そんな人間の弱さを……! 否定したかったのに……!

 ()は兄さんの様に……! 強くなりたかった……!!」


 ゼウスは泣きながら懺悔していた。

 そんな彼を、“ハデス”は優し気に励ました。


「お前は強いよ。

 昔からそうさ。

 俺なんかよりずっと強い。

 俺は生まれた時から力があっただけだ。

 でもお前は、自らの手で、その力を手に入れた。

 そんなに傷付いて、後悔して。

 それでもお前は、自らの足で歩んできた。

 だから、お前は強いんだ――!」


 ハデスもまた、ただの兄に戻っていた。

 その姿は、本当に普通の人間の様に思えた。


「ヘカテさん。

 これでもまだ、ハデスは人間じゃないと言うんですか?」

『……難しい問いです。

 彼は確かに、“人間らしさ”を獲得したのかもしれません。

 しかし、だからといって彼を人間と断ずるのは早計では?』

「……そうかもしれませんが」

『見守りましょう。

 “ハデス”の行く末と、人類の未来を――』


 ……ヘカテの言う通りかも知れない。

 現時点で答えが出るような問題じゃないのかもしれない。

 ならば、私たち人類が“ハデス”と向き合う事で、それを確かめていくしかないのではあるまいか?


「じゃあ、いいね?」

「……わかった。

 クロノスは、冥府に任せる」


 これにて一件落着。

 まだ腑に落ちない点や未解決の事案もあるが、世界を巻き込んだ騒動はこれにて収束した。


『――そうはいかぬ――』


 どこからか“声”が響き渡った。

 母の様に優麗でいて、父の様に厳格に響く“声”。


『――ヘカテーよ――

 ――彼らを我が下に――』


 “声”に命じられ、ヘカテの表情が変わった。

 古の魔女ヘカテ。

 “原初の巨人”の御使い。


『は! かしこまりました!

 我が主、“原初の巨人”よ――』


 ヘカテが何らかの魔術を行使した。

 意識が遠のく。

 いったい何をしたのかわからない。

 だが、それも一瞬だった。

 気付けば、私は虚ろだった。

 ……肉体が、無い!?


『案ずる事はありません。

 あなたを連れてきました』


 連れてきた?


『あなただけではありません。

 わかる(・・・)でしょ?』


 ヘカテの知識が頭に流れ込んでくる。

 ……ここは原初の地。

 その最奥に位置する永劫の奈落……。

 “タルタロス”――。

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