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ハデス ~最後のティタノマキア~  作者: 底なしコップ
第一部 新たなるティタノマキア
6/64

第6話 「ビックリしちゃう!」

「冥王が増えた!」

「「いやいや、そんな訳ないでしょ」」


 二人の冥王ハデスは、全く同じ顔、同じ声、同じ挙動でハモっていた。


「もしかして分身の術か何かで?」

「「俺にそんなスキルは無いよ」」

「仮にできるとしたら?」

「「ビックリしちゃう!」」


 完璧じゃないか……!

 全く同じ行動しかしてないから或いはと思ったのだが、どうやら違うらしい。

 ……はてさて、どうしたものか。


「だいたい、冥王だからって何でもできると思ったら大間違いだよ」

「そうそう。そういうのはゼウスに期待すればいいのにねぇ」

「「ねー」」

「自分同士で会話しとる!

 あの! どっちかが偽物なんでしょう!?

 いい加減ややこしいんでやめてくださいよ!」

「そんなこと言われてもねぇ?」

「ねぇ?」

「おい! 本物の方はそれでいいんですか!?」

「別にいいんじゃない? 悪いことさえしてなけりゃ」

「もししてたら地獄行きだけどね!」

「おいおい、ここは冥府だよ」

「あんれま~こりゃあ一本取られたなぁ!」

「「あははははは~」」

「…………」


 長い! ウンザリしてきた!


「あのぉ! いい加減に――」


 して下さい! と言いより早く、「1階です」とエレベーターに告げられた。


「着いたよ?」

「降りないの?」

「ああっ!? ……もう!」


 

 これ以上まともに相手をするのも疲れるだけなので、これ以上どちらが本物かはこだわらない事にした。

 もうどっちでもいいや。


「「あぶない!!」」


 と、二人のハデスが私を庇った。

 何が起きたのかがわからない。

 わからないから聞いてみた。


「な、にが?」

「流石は兄貴、固え!」

「な……!」


 まず、その声に驚いた。

 聞き間違えるはずの無い勇ましく、どこか大らかな声。

 私たちより一回り大きく、さりとてティタン族程の大きさは無い影。

 鍛え抜かれた剛腕と共に繰り出された三又の矛は、私の前方を庇ったハデスの胸を貫く事無く止まっていた。


「ポセイドン様!?」

「よう! またあったな、新人!」


 最初に出会った時同様、気軽に声をかけてくるポセイドン。

 しかしその表情は不敵に歪み、獰猛な視線を送っていた。

 私が戸惑って何も言えないでいると、前方のハデスが切り出した。


「何の真似かな? ポー」

「そりゃこっちのセリフだぜ?

 まさか、プーの旦那と結託してたとは見過ごせんぜぇ。

 このオレから可愛い姪っ子甥っ子を取り上げやがって。

 人質でも取ったつもりか? あ?」


 何を言っているんだ? ポセイドンは?

 あの双子が裁判長に攫われた?

 そんな馬鹿な話は無い。

 そもそも、今の今までその双子とポセイドンをセットで探していた最中だったというのに。


「その情報の出どころは何処だ? ポー。

 お前の事だ。

 今度は誰に踊らされてる?」

「ハ! あくまでシラァ切るみてぇだな!

 面白れえ!

 久しっぷりにケンカしようぜ! 兄貴!!」

「任せた!」

「おっけ~!」


 ポセイドンが有無も言わさず襲ってきた!

 前方のハデスは、もうひとりのハデスに私を突き飛ばして逃がした。

 その咄嗟の連係プレイは正に双子の様なシンクロ率だった。

 もう何が何やら。


「裁判長! いったい何が!?」

「どうやら動き出した様だね」

「何が!?」

「敵――っていうのがわかりやすいんだろうかなぁ。

 あんまり敵対したくはなかったんだけどね~」

「敵……?」


 いつもと変わらない口調で曖昧な事を言うハデス。

 全く事態が呑み込めない。

 いきなりポセイドンが襲ってきたのもそうだが、だいたいふたりのハデスのどちらが本物かも断定できていない。

 そんな状況で、偽物かもしれないハデスと一緒にいる事自体が危険なのではないのか?

 ……今、ポセイドンと戦っているであろうハデスは、無敵の矛トライデントを弾いた。

 ならばあちらが本物で、こっちが偽物なのか?

 しかし、今私を、私程度の小物を騙すメリットがあるのだろうか?

 先ほどの会話も、ハデスなら言いそうな独特の返しそのものだった。


「おっと! 伏せて!」

「わ!?」


 ゴチャゴチャと疑っていると、急に目の前が真っ白になった。

 幸いハデスが身を盾にしてくれたので特に怪我などは負っていない。

 だが、例え大怪我を負ったとしても、それが二の次になる程の衝撃を受けた。


「雷霆ゼウス――様……!?」


 雷霆ゼウス。

 雷霆とは雷帝の誤植ではなく、無尽蔵のエネルギーを自在に操る神の武器であり称号である。

 その名を冠するゼウスは文字通り、神の武器“雷霆”そのものであると云われている。

 仮に雷帝と呼ばれても問題はなさそうではあるが。

 ……直にお目にかかれた事は無いが、公開されている姿と全く同じいで立ちだ。

 と、そんな説明はどうでもいい。

 問題は、何故そんな大物が冥府にいるのかということだ。


「ゼウ。

 ポーはともかくお前まで来るとはね」


 やはり少しも動揺したそぶりを見せず淡々と尋ねるハデス。

 彼にとってポセイドンは「ともかく」扱いらしい。

 ……てか、ゼウって言うんだ。


「…………」


 一方問われたゼウスは一言も語らず、左腕を掲げた。


「あーマズイ! ごめんね!!」

「ちょ! わああああああああ!!?」


 攻撃の意図に気付いたハデスが私を持ち上げて投げ飛ばした。

 直後、凄まじい発光に続き激しい轟音が耳をつんざいた。

 恐怖を感じた私はとりあえず走って逃げた。

 逃げて逃げて、訳もわからずどこに向かっているのかもわからず必死で逃げた。

 そして扉の空いている部屋を目にした瞬間飛び込んだ。

 ヒーヒーフーと深呼吸。

 更にひとつ深呼吸をして一言。


「投げる事ないだろう!!」


 叫んでしまった。

 意味もなく。

 今尚絶賛錯乱中である。


「うるせえええええええ!!」


 あまりのうるささに思わず耳を塞いだ。

 

「ご、ごめんなさい!」


 そして思わず謝った。

 すごい迫力だった。

 恐る恐る怒られた方を見る。

 ……誰もいない?


「コッチだマヌケ!」

「うを!? あなたは!?」


 目線より少し下。

 そこにはオレンジがかった金髪にほっぺを膨らませた美しい幼女が私を睨みつけていた。


「し、失礼しました女王陛下!」


 果たして私は脅威から逃げ切れたのか、袋のネズミか?

 ここは最強の冥王ハデスをも殴り飛ばす暴力女王ペルセポネのお部屋だった。

 ……いったい私はどんな風に殴られるんだろう。

 いや、ひょっとしたら蹴られるのかも知れない。

 一般的に脚力は腕力の三倍の力があると――。


「……ち」


 舌打ちされた!

 てか、舌打ちで済んだ!

 いや待て!


「な、何で舌打ち!?」

「……オマエ、ハデスの手先だろ?」

「いや、手先って……」


 そう言やカロンも似たような事を言ってたような……。


「出てけ」

「いやぁ、その……」

「何だ? ハッキリしろ!」

「その……現在謎の襲撃にあってまして……」

「ハア? 訳わかんねーぞ? テメエ」

「すすす、すみません……。

 私にも何が何やら……」

「フン! どうせ、またあのバカのせいなんだろ?」


 あのバカとはハデスの事だろう。

 ペルセポネはいい気味だとでも言いたげな笑みを浮かべて吐き捨てた。

 ……別に庇う訳じゃないけど。


「いえ、今回は裁判長のせいではありません。

 突然オリンポスの――」

「うっせーなわかってるよ。

 アイツは何も悪くない。

 でもアイツのせいなんだよ。全部な」


 その言葉は要領を得なかったが、どこかで聞いたような台詞だった。

 あれだ。

 既に他者の理解を諦めた様な、それでも心の中でくすぶり続ける本音の吐露。

 プロメテウスが、ハデスに対して投げかけていた言葉の様に思えた。


「オマエもこの際だから覚えとけ。

 アイツは、暗くて、冷たくて、嫌なヤツだ……」


 ……確かにハデスは時に冷徹で感じが悪い時もある。

 しかし、それは冥府全体を慮っての、統治者としての優れた判断でもあるはずだ。

 それを一方的に負の三段活用で片づけられては、部下として立つ瀬が無い。

 それに普段のハデスは、おちゃらけててノリの軽いフレンドリーな上司だ。

 彼女との間に何があったのかは知らないが、一応は夫婦だろうに。

 夫婦……。

 今一度ペルセポネを見ると「見てんじゃねえ!」と言わんばかりのふくれっ面の幼女が映っていた。

 ……よく考えたらロリコンなのだろうか? ハデスは……。

 …………。

 深く考えるのはよそう。

 前にも、この方達は見た目と年齢が意味不明の種族だから気を付けろと自分で結論付けたばかりだった。

 と、ここまで考えて気になった。


「あのぉ……女王陛下はおいくつで?」

「ア?」


 しまった! つい失礼な事を聞いてしまった!

 何か緊張が解けてしまい、うっかりミスを!


「……今年で24。

 あと、その女王陛下ってのはヤメロ」

「はい……ペルセポネ様」

「様も要らん。さんも付けるな。

 なんかムカつく」

「はぁ……」


 何というか、意外と怒られなかった。

 何気にハデスと同じ事言ってるし。

 動機は違うけど。

 それにしても24歳か……。

 私とタメぐらいか。

 それにしても幼い。

 もしかして、オリンポス族は成長が遅いのだろうか?

 ハデスが30になると言っていたから、年齢的にはロリコンでは無いということか。

 ともかく、様もさんも要らないと言われはしたが、呼び捨てもどうかと思うのだが。


「ポネ様」

「ポネさまアー!?」

「だ、ダメでしょうか!?」

「もうめんどくさい! 好きに呼べ!」

「ありがたき幸せ! ポネ様~!」

「フン!」


 あれ?

 もしかしてポネ様。

 結構話せるタイプなのか?

 初対面での乱暴狼藉っぷりのせいで怖いと思っていたが、案外会話ができている気がする。


「で、オマエ。

 こんなコトしてていいのか?」

「は! 確かに!」


 危機を回避した事に加え、ペルセポネが予想外に喋ってくれるのでスッカリ和んでしまっていた。

 とはいえ、今から何をどうすればいいのか皆目見当がつかず動けないのも事実。

 そう、けして忘れていた訳じゃない。


「うわあああああああ!!」

「!!?」


 などと、言い訳を思い浮かべていたらハデスが壁を突き破って落ちてきた。


「裁判――」

「ハデス! テメエ!!」

「ファ!? 君の部屋!? ごめんご――!?」


 取り付く島も無く、ポネ様はハデスの足首を掴むと、ブン! と大きく素振りをし、壊れた壁を粉砕した。


「裁判長ぉおおおおお!!」

「ピクピク……」


 また効果音を自分で言ってるし……。

 痛いという意思表示なのか?

 もっとも、これまでの経緯から殆どダメージが無い事は薄々わかってはいるが。


「……オマエか? このバカとハシャいてるのは?」

「…………」


 相変わらずゼウスは応えない。

 代わりに、かざした手の平から雷がほとばしる。


「無視か?」

「…………」


 あ、もう少し下がってよ。


「テッメ!!」

「あ~れ~!」


 ついにペルセポネがキレた!

 そしてブンブンと振り回されるハデス。

 最強の王を武器に戦う冥府の女王。

 無敵の王ゼウスを相手にどうかと思うが、考えようによっては十分対抗できるのかも知れない。


「ギャン!!」

「な!?」


 と、驚いたのは私!

 ハデスの頭がゼウスの頭を叩き割った!

 しかし本来なら非常にグロテスクなはずだが、血が飛び出さない。


「何だこりゃ!?」

「……人…形?」

『あらあら、バレちゃったわねぇ~』


 ふざけた女の声。

 壊れたゼウス人形から聞こえてくる。


『でもでもでもぉ~。

 もしもぉ、本物だったらどうしてたつもりぃ~?』


 あからさまなバカ女の口調で挑発してくる声。

 聞かれたのは我々だろうが、直接手を下したのはポネ様だ。

 そのポネ様は「それがどうした!?」という表情のまま黙して語らず。

 なので、仕方なさそうにハデスが代わりに応えた。


「まぁ、初めから偽物だろうと思ってたからねぇ」

『あらん? 初めっていつからぁ?』

「ポセイドンと再会してからだよ。

 あいつ、自分のことをオレ様、俺のことは、にーちゃんって呼ぶからねぇ。

 勉強不足だよ」

『え~? そんなことでぇ?』

「それに、あの程度でゼウスがどうにかなるハズないし。

 そもそも、あのゼウスがこんな所に出向く訳ないじゃん!」


 あはははは、と苦笑するハデス。

 毎度思うのだが、この人は不気味な愛想笑いしかできないのだろうか?


『うふふ。

 そうねぇ、笑えるわねぇ。

 でもぉ。これを見てもまだ笑えるかしら?』

「!!?」


 女の笑い声と共にゴゴゴゴゴ! と地響きが鳴り響いた。

 ハデスはポネ様と私を抱えると、ハイスピードで城の中庭に退避した。

 中央噴水が弾け飛ぶと、地面から巨大な物体が轟々と音を立てて出現してきた。


「まさか! カロン船長!?」


 突如現れたのは身の丈15メートルを誇るティタン族最大の巨人、カロンだった。

 あまりの大きさゆえに、未だ瓦礫か上から落ちてくる。


「ちょ! カロンさん!!

 あなた! 裏切ってたんですか!?」


 叫ぶ私の声が届いていないのか、全く相手にされない。

 もう一度問いかけようとした時、ハデスに肩をポンと手を置かれ静止された。


「船長、眠ってるね。

 おそらく声の主に眠らされたんだろうね」

「……また人形という可能性は?」

「あんな大きな人形そうそう用意できないと思うよ?

 それより、船長の肩の所」

「あ! あれは……!」


 ハデスに促されるままにカロンの肩を見ると、右肩にはアポロン、左肩にはアルテミスが立っていた。

 二人とも、出会った時とは異なる衣装を身にまとっている。


「……裁判長、あの出で立ち」

「ティタンの民族衣装だねぇ。それも、王族を表す意匠が施されてる。

 どうやらティタンも本気の様だねぇ」

「……それはつまり!」

『ティタン再興の時よ――!』


 女の声が響き渡る。

 反響のせいで、どこにいるかは特定できない。


「えっと、そろそろ事情を聴きたいんだけど?

 古の魔女モイラさん」


 取り乱す私をよそに、ハデスは落ち着き払ってそう言った。

 すると目の前に、奇妙な格好をした女が現れた。

 ハッキリ言おう、痴女である。


「いにしえなんてヒドイじゃなぁい?

 おねえさんのことは、ミス・モイラと呼んでね、ボクぅ?」

「じゃあ、ミ・ス・おねえさん。

 ボクゥにもわかるように君らが何をしたいのか説明して欲しいんだけど?」

「説明より見た方が早いわぁ。そ~れ~」

「わ! 何だコレ!?」


 モイラがグルグルと踊りだすと体が勝手に動き出した。

 流石にハデス達は操られて――。


「さぁ、踊りましょぉ」

「わー目が回る~」


 操られている!!

 しかもポネ様に至っては、ジト目ながら結構楽しんでらっしゃる! 意外!!


「ご来場の紳士淑女の皆さま!

 大変長らくお待たせしました!」

「は? 皆さま?

 わ! いっぱいいる!?」


 城外を見ると、城壁をぐるりと無数の巨人が押し寄せていた。

 なぜ今まで気が付かなかったのかが不思議なぐらいに。


「我らが黄金王! クロノス陛下です!!」

「えっ!? マジで!!」


 大歓声と共に沸き立つ城外。

 それと同時にサラッと踊るのを止めたハデス。

 やはりふざけてただけだったのか、こいつ……。


「……違う。

 あれは偽物だ!」

「は! そうか!!

 モイラの人形ですか!」

「うふふふふ……なんちゃって!」


 偽物を看破した直後、モイラはいやらしく笑うと人形が一瞬霞んだ。

 それと同時に同じものにすり替わる。

 いや、アレは同じモノではない。

 アレと同じモノなどこの世に存在しない。

 なぜ私は、そんな不遜な事を思ってしまったのか。

 いっそ死んで許しを――!


「そこまで!!」

「ハッ!」


 ハデスに肩を叩かれ我に返った。

 何だったんだ? 今のは……。

 まるで幻術にでもかかったかの様な……。

 ……この感覚を前に一度……。

 そう……確か、ハデスの視線の様な……。


「―平伏せ―」


 平伏した。

 当然の事だ。

 あの存在がそれを望むならば、そうするべきなのだ。

 何故などと理由を考えるまでもない。

 何故なら、あのお方こそは――!


「―クロノスである―」

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